第7話『リオの魔力』
第6話ゲームの中のロゼリシアについて加筆修正しました。
前回の魔法の授業から何日か経った。
私はあれから魔法の練習から逃げてしまっている。先生は焦らなくてもいいと言ってくれた。でもやっぱり私に才能がないことだけが分かったらどうしよう、そんな不安は簡単には消えてくれなかった。
私は椅子に座ったまま、ぼんやりとその景色を眺めていた。
「ローゼ」
「はい」
振り返ると、お母様が部屋へ入ってくるところだった。
最近のお母様はあちこち走り回っていて、家を一週間ほど空けることも珍しくない。だから、こうして顔を合わせる時間はあまり多くなかった。そんなお母様が、今日は珍しくゆっくりと私のところへ来てくれた。
「今日はいい天気ね」
「はい」
「お出かけしましょうか」
「おでかけ?」
私はぱちりと瞬きをした。
お母様は私の隣まで歩いてくると、窓の外へ目を向ける。
「えぇ、久しぶりに王宮に行くわよ」
「王宮……」
その言葉に私は顔を上げた。
思い返すと、あれが最後のお母様とのお出かけだったかも。
「またエルネリアに会いにいくだけよ。そんなに緊張しないの」
そういって私の頭を撫でた。
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馬車がゆっくりと王宮へ向かっていく。
窓の外を流れていく街並みを眺めながら、私は膝の上で小さく手を握った。
魔法のことを考えると、胸の奥が重くなる。
せっかくお母様とお出かけできるのだから、今日は考えたくない。そう思いながら、窓の外へ視線を向けた。
王宮に着くと、以前と変わらない大きな扉が出迎えてくれた。応接室に案内されると、そこにはエルネリア様が待っていた。
「まあ、ローゼちゃん! 久しぶりね!」
「お久しぶりです、王妃殿下」
「まあまあ、そんなにかしこまらなくていいのよ」
エルネリア様は笑いながら私のところまで来ると、しゃがんで目線を合わせてくれた。
「少し大きくなったんじゃない?」
「そうですか?」
「ええ。前よりずっとお姉さんになったわ」
そう言って、頭を優しく撫でてくれる。
「……ふふ」
少しだけ、頬が緩んだ。
それから、お母様とエルネリア様がお茶を始める。
窓から差し込む午後の光が、テーブルの上のティーカップを淡く照らしていた。紅茶の香りと、焼き菓子の甘い匂いが部屋いっぱいに広がっている。
私は二人の話を聞きながら、お菓子を少しずつ食べていた。けれど、大人のお話は難しい。
ふと窓の外を見る。庭が見えた。
「お母様」
「どうしたの?」
「……お庭、見てきてもいいですか?」
「ええ。侍女と一緒ならいいわよ」
「はい」
私は侍女と一緒に部屋を出た。
庭へ出ると、柔らかな風が頬を撫でた。室内とは違う、草と花の匂いがする。陽の光を浴びた花びらがきらきらと輝き、白い石造りの小道には木漏れ日が揺れていた。
色とりどりの花が咲いている。前きた時のようにしゃがみながら花を見つめていた。
「ローゼ?」
「……!」
聞き覚えのある声がした。
「……リオヴァルト殿下」
前に会ったときより、少しだけ背が伸びている気がする。
「やっぱりローゼだ!」
綺麗な髪を揺らしながら、リオ様が駆け寄ってくる。
「久しぶり!」
「……お久しぶりです」
私は小さく頭を下げた。
胸の奥が、ほんの少しだけ跳ねた。けれど、その気持ちには蓋をした。
「ずっと来なかったね」
「……そうですね」
「また遊びに来てくれると思ってた」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「えっと……」
答えられずに黙っていると、殿下が私の顔を覗き込んだ。
「ローゼ、元気ない?」
「……そんなことありません」
「そう?」
「はい」
私は笑った。
リオ様は少しだけ考えるような顔をしたけれど、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、あっち行こう」
「どこへ?」
「秘密!」
手招きしながら庭の奥へ走っていく。
「……待ってください」
私は慌てて追いかけた。
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庭の奥には、小さな池があった。
透明な水の中を、小さな魚が泳いでいる。水面には木の葉が浮かび、風が吹くたびにゆらゆらと揺れていた。
「ここ、僕の秘密の場所なんだ」
リオヴァルト殿下が、少し得意そうに言った。
「そうなんですか?」
「うん。誰にも教えてない」
「……私に教えていいんですか?」
「ローゼならいいよ」
あまりにも当たり前のように言うので、私は少しだけ目を丸くした。
「見て、ローゼ」
「お魚……!」
「うん。でも、もっとすごいもの見せてあげる」
「もっとすごいもの?」
リオヴァルト殿下が池から少し離れた場所へ移動する。
そして、こちらを振り返った。
「僕、最近は魔法の勉強してたんだ」
「……!」
私は思わずリオヴァルト殿下を見る。
「魔法……」
「うん!」
殿下は得意そうに胸を張った。魔法。今は、できれば聞きたくない言葉だった。けれど、目の前のリオヴァルト殿下は楽しそうに笑っている。
「見てて」
小さな手が前へ伸びる。
ぱっと、手のひらから光が弾けた。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
光はきらきらと輝き、周りの花まで淡く照らした。
「すごいです……!」
「でしょ?」
――ゲームの中のリオヴァルト。
攻略対象の中でも、魔法の才能に恵まれた第二王子。
基本の5属性、更に限られた人にしか使えない光属性の6属性を使いこなす。特に光属性の魔法は得意で、ゲームのイベントでも何度か印象的な演出があった。
画面いっぱいに広がる光。きらきらと舞う魔法の粒。
当時の私は、それを綺麗だと思いながら何度も見ていた。
でも、実際に目の前で見ると、全然違う。
画面の中の光よりずっと眩しくて。もっと近くて
何より、魔法を使っているリオヴァルト殿下が、すごく楽しそうだった。
「もう一回!」
気づけば、私はそう言っていた。
「うん!」
リオヴァルト殿下は嬉しそうに頷く。
「今度はもっとすごいよ」
「もっと……?」
私は少しだけ期待してしまった。
もう一度、手を伸ばす。その瞬間空気が、変わった。
さっきまでとは比べものにならない光が、一気に手のひらへ集まっていく。光の粒が増える。増えて、さらに増えて、まるで小さな太陽が、殿下の手の中に生まれたみたいだった。
「……すごい」
思わず呟く。ゲームで見たものより、ずっと大きい。
そもそも、こんな幼い頃のリオヴァルト殿下が魔法を使う場面なんて、ゲームにはなかったはずだ。
リオヴァルトが本格的に魔法を使うのは、もっとずっと先。いや、ゲームの中で分からなかっただけでこの歳から鍛錬していたのだろうか。
「リオヴァルト殿下、これ……」
「見てて!」
殿下は嬉しそうに笑った。
けれど、次の瞬間。光が、不自然なほど大きく膨らんだ。
「……っ!」
ぱちっ、と小さな音がする。光が弾け飛んだ。
「いたっ……!」
「リオヴァルト殿下!」
リオヴァルト殿下が慌てて手を引っ込める。
「いたっ……」
手の甲が火傷のように赤くなっている。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
殿下は笑おうとした。
けれど、口元が少しだけ引きつっている。
「見せてください」
「これくらい平気だよ」
「でも……」
私はリオヴァルト殿下の手をそっと取った。
赤くなったところを見る。私がもう1回なんて言ったから、だから殿下が怪我をしてしまった。
「……いたいですか?」
「ちょっとだけ」
「……」
何かしてあげたい。でも、私は治癒魔法どころか殿下が見せてくれたような簡易的な魔法でさえ使えない。そうだ、お母様にみせたらきっと治癒魔法で治してくれる。
助けなきゃ
そう思った瞬間、指先がほんのり温かくなった。
「……あれ?」
自分でも分からない。
細い糸のようなものが、身体の中をすっと進んでいく。
指先まで届いたそれは、そのままリオヴァルト殿下の手へ流れていった。
まるで、行き先を知っているみたいに。
「……いたいの、いたいの」
自然と、言葉がこぼれる。
リオヴァルト殿下は目を丸くしていた。
「ローゼ?」
「とんでいけ……」
小さな声で、もう一度。
「いたいの、いたいの、とんでいけ……」
その瞬間だった。ぱっと淡い光が私を纏った。
「……!」
驚いて目を見開く。
淡い光はすぐに消えていった。そして、リオヴァルト殿下の手の甲を覆っていた赤みが、ゆっくりと薄くなっていく。
「……あれ?」
リオヴァルト殿下が自分の手を見る。
「痛くない」
「……ほんとですか?」
「うん」
「よかった……」
私はほっと息を吐いたのと同時に困惑した。
魔法の才能がない。そう思っていた。ゲームの中のローゼも、魔法が使えなかった。だから私は、自分も同じなのだと思っていた。
「ローゼ、すごいね」
「……?」
「ローゼも魔法使えたんだ」
「私が……?」
「うん!」
リオ様は嬉しそうに笑う。
「僕の手、治してくれた」
「……」
自分の手を見つめる。実は諦めがつかず自分で魔法を使ってみようとしたことがある。でも、全く使えなかったのだ。やっぱり、何も分からない。どうしてできたのかも。さっきの感覚がなんなのかも。
「……痛くなくなって、よかったです」
「うん!」
リオヴァルト殿下が笑った。
その笑顔を見ていると、まあいいかと思えてしまった。
「ローゼ」
「はい?」
「また魔法見せてあげる」
「……今度は怪我しないでくださいね」
「う…うん」
リオヴァルト殿下が困ったように笑う。
私は思わず、くすっと笑った。
久しぶりに心から笑えた気がした。




