第5話『お茶会』
庭の入口の方からまたぞろぞろと足音が聞こえた
「ロゼリシア嬢…!よかった、無事だったのね」
声の主は、リオヴァルト殿下のお母様――王妃殿下だった。私のところまで駆け寄ってくると、心配そうにに私の姿を確認する。
「どこか怪我はない? 怖い思いはしなかったかしら?」
「だ、大丈夫です」
私は慌てて立ち上がる。逃げることばかりを考えていたけど、こんなに大勢の人に迷惑をかけてしまった。スカートの裾を小さな手でつまみ、王妃殿下へ向き直った。
「初めまして、王妃殿下。ロゼリシア・エルフィーナと申します」
一度頭を下げてから、もう一度言葉を続ける。
「本日は、私のことでご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
「まあ……」
王妃殿下は少し驚いたように目を丸くした。
失礼はなかっただろうか。不安になりながら見上げていると、王妃殿下はふっと表情を和らげた。
「そんなに気にしなくていいのよ。無事に見つかって、本当によかったわ」
「ありがとうございます」
もう一度、小さく頭を下げる。
「ふふ。とても礼儀正しいのね」
王妃殿下はそう言って、優しく微笑んだ。
「マリシェラの娘さんだから、会えるのを楽しみにしていたのよ」
「お母様から、王妃殿下のお話はうかがっております!」
「まあ、そうなの?」
王妃殿下が嬉しそうに笑う。
「それなら、少し安心したわ。初めて会うのだもの、私のことを怖がられてしまったらどうしようかと思っていたの」
「…!怖くなんてありません!」
思わず、すぐに答えてしまった。
すると、王妃殿下はくすっと笑った。
「それならよかったわ」
そう言って、私の頭をそっと撫でる。
その手つきが優しくて、さっきまで張りつめていた気持ちが少しだけほどけていく。
「では、そろそろ中へ戻りましょうか。お茶の用意もできているでしょうし」
「そうね」
お母様も頷いた。
「ローゼ、行きましょう」
「はい、お母様」
私はお母様の手を取った。すると、リオヴァルト殿下が振り向き話しかけてきた。
「ローゼ」
「どうしました?」
「ローゼは甘いものすき?」
「すきです!」
思わず即答すると、リオヴァルト殿下は嬉しそうに笑った。
「よかった、美味しいお菓子沢山あるよ」
「ほんとうですか?」
「うん。気に入ったやつがあったら、僕のも食べていいよ」
「いいのですか??」
「もちろん」
そう言って笑うリオヴァルト殿下につられて、私も笑った。
王妃殿下は、そんな私たちを見て微笑んでいた。
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その後、私たちは応接室へ戻り、予定通りお茶会が始まった。先ほどまでの騒ぎが嘘のように、部屋には穏やかな時間が流れていた。
お母様と王妃殿下は昔の話に花を咲かせ、私は二人の話を聞きながら、用意されたお菓子を少しずついただいた。
正面に座るリオヴァルト殿下は、時折こちらを気にするように視線を向けてくる。
「このお菓子、好き?」
「はい。とても美味しいです!」
「じゃあ、これあげる」
「いいのですか?」
「うん。僕はもうたくさん食べたから」
そんな他愛のない会話をしているうちに、いつの間にか時間は過ぎていき、帰る時間になった。
「今日は本当に楽しかったわ。またいつでも遊びに来てちょうだいね、ローゼちゃん」
「ありがとうございます、王妃殿下」
私は立ち上がり、小さく頭を下げてにこっと微笑んだ
そして、隣に立つリオヴァルト殿下にも向き直る。
「リオヴァルト殿下。本日はありがとうございました」
「こちらこそ」
その短い返事が、なぜだか少し寂しく感じた。
「……それでは、失礼いたします」
もう一度頭を下げて、お母様のもとへ戻る。
これでいい。これで、もう会わなくてもいい。きっと今日のことは、ゲームの中のロゼリシアとリオヴァルトが経験した、決められた出来事のひとつなのだ。私がどれだけ逃げようとしても、今日ここで出会ったことだけは変わらない。
でも、それならここで終わりにすればいい。
そう思った。
お母様の手を取る。小さな手を包むように握られた温かな手。その感触に少しだけ安心しながら、私は王宮の出口へ向かって歩き始めた。
正面玄関を出て馬車のある場所まで進む。
朝きた時は少しでも早く帰りたかったはずなのに、今はなぜか少しだけ名残惜しく感じられた。
もう帰れるのだから、嬉しいはずなのに。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「ローゼ」
後ろから、声をかけられた。私はぴたりと足を止める。
少し離れたところに、リオヴァルト殿下が立っていた。わざわざここまで来てくれたのだろうか。
そんなことを考えていると、殿下は少しだけ迷うようにこちらを見つめてから、口を開いた。
「……また、遊びに来てね」
その言葉に、私は少しだけ目を丸くした。
――また会う。
その約束をしてしまったら、物語から逃げられなくなるような気がした。曖昧に笑って、お母様のところへ戻ればよかった。それでも。
「……はい!」
口から出たのは、そんな素直な返事だった。
どうして断らなかったのだろう。どうして、こんなに嬉しいのだろう。胸の奥が、ぽっと温かくなる。
ほんの少しだけ。ヒロインが出てくるまでの数年間なら、また会ってもいいはず。そんな気持ちが、心の中に生まれてしまった。
「……ローゼ?」
お母様に呼ばれて、私は慌てて振り返る。
お母様の手を強く握り、今度こそ王宮を後にする。
馬車の前についた時、ふと振り返ると、リオヴァルト殿下は、まだそこに立っていた。
私と目が合うと、今度は嬉しそうに手を振る。
私も小さく手を振り返した。そして、馬車に乗り込む。
扉が閉まったあとも、私は何度も何度も、後ろを振り返り、見えなくなるまで殿下の姿を眺めていた。
今日は用事があり短め&遅くなりました!
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