第4話『出会い(リオside)』
庭に来たのは、なんとなくだった。
——遡ること、数分前。
今日はかあさまに呼ばれて、応接室でかあさまとその客人を待っていた。けれど、出迎えにいったきりなかなかかあさまが戻ってこない。
そしてなんだか廊下が妙に騒がしい気がする。
「ローゼ様は、まだ見つからないの?」
「はい、きた道は探したのですが……」
「王宮からはでてないはずよ、次はあちらを探しましょう」
足を止めた。
「ローゼ様…?」
聞き慣れない名前だった。
こちらに気づく様子もなく、何人もの使用人が慌ただしく行き交っている。
「どうしたの?」
近くにいた侍女に声をかけると、驚いたように振り返った。
「リオヴァルト殿下…!」
「なにかあったの?」
「実は、公爵家のお嬢様が……」
なるほど。噂のローゼ様は、かあさまのお客様だったらしい。
「いなくなったの?」
「はい。少し目を離した隙にいなくなってしまったようです……。」
王宮の中で迷子になったのなら大変だ。
「僕も探そうか?」
「いいえ、殿下はこちらでお待ちください。」
「歳の近い僕の方がみつけられるかもしれないよ」
「…よろしいのですか?」
「うん」
それに、なによりこの部屋でずっと待っているのは退屈だった。
「じゃあ、僕も探してくる」
そう言って、僕は廊下へと歩き出した。
王宮には、とうさまやかあさまを訪ねてくる貴族がたくさんいる。けれど、いつも会うのは大人ばかりで、僕と歳の近い子と会う機会はまだほとんどなかった。
僕を見ると、みんな決まって少し緊張したような顔をして、深く頭を下げる。王子だから仕方がないのだろうけれど、僕はああいうのがあまり好きではなかった。
僕と同じくらいの歳なら、僕を見ても大人たちのように畏まったりはしないかもしれない。どんな顔をしているのだろう。何を話すのだろう。
知らない場所で一人になったら、怖いだろうか。泣いているかもしれない。もしそうなら、早く見つけてあげないと。
小さな胸をほんの少しだけ張って、リオヴァルトはローゼを探し始めた。
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みつからない。そりゃそうだ。こんなに沢山の使用人達が探してるのに、まだ見つけられてないということはそう簡単に見つかる場所にいるはずがない。
なんだか少し疲れてしまったリオヴァルトは、気づけば庭にいた。いつも暇な時はここにくる。ここにいる時だけ、自分が王子ということを忘れられる気がした。
「あれ……?」
お気に入りの花が咲いている場所まで歩いていると、今日は先客がいるようだ。
小さな女の子が花の前にしゃがみこみ、じっと花を見つめていた。ちっちゃい。
「それ、気になるの?」
声をかけると、女の子がびくっと肩を揺らした。
ゆっくり振り返った彼女は、大きな瞳で驚いたように僕を見つめている。その表情があまりにも可愛くて、なんとなく目を離せなかった。
「その花、さっきから見てたよね」
そう聞くと、女の子は少し迷ってから、小さく頷いた。
「……はい」
「僕も好きだよ」
そう言って、女の子の隣にしゃがみ込む。
「きれいだから」
「ほんとですね」
女の子はそう言って、もう一度花を見た。
なんだか静かな子だな。僕は隣で同じ花を眺めながら、少しだけ考える。
「この花、ここにしかないんだ」
「え、そうなの?」
「たぶん。こっちにも似た花があるけど、少し違うんだよ」
「ほんとだ」
女の子が身を乗り出して、二つの花を見比べる。ちゃんと見てくれているのが、なんとなく嬉しかった。
「よく知ってるのね」
「この庭、よく来るんだ」
「じゃあ、おはなに詳しいの?」
「そんなに詳しくないよ」
そう答えながらも、少しだけ胸を張る。庭のことなら、少しくらい教えてあげられる。そう思っていると、女の子がふふっと笑った。
「……何?」
「ううん。なんでもない」
どうして笑ったのかは分からなかったけれど、さっきより少しだけ楽しそうだった。よかった。僕のことを怖がっているわけではないみたいだ。
「こっちに噴水もあるよ」
「みたい!」
「じゃあ、いこう」
僕が先に歩き出すと、女の子もついてきた。
噴水の近くまで行くと、水面が陽の光を反射してきらきらと輝いている。
「きれい……」
「でしょ?」
「うん!」
嬉しそうな声に、僕もなんとなく嬉しくなる。
さっきまでローゼ様を探していたことも、すっかり忘れていた。
この子は誰なんだろう。王宮にいるくらいだから、貴族の子なのかもしれない。そう考えながら隣を見る。
「ねえ」
「なに?」
「きみ、王宮にはよく来るの?」
そう聞いてから、ふと気づいた。
まだ、この子の名前を聞いていない。
「……そういえば」
女の子が首を傾げる。
「まだ君のなまえ、聞いてなかった」
「あ……」
女の子は小さな手でスカートを持つと、少し緊張したように姿勢を正し、僕に向かってぺこりと頭を下げた。
「初めまして、リオヴァルト殿下。ロゼリシア・エルフィーナと申します。本日はお目にかかれて、光栄でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「……え?」
思わず目を見開く。なんだか、すごく丁寧だ。僕はまだ貴族の名前などは詳しくないから、どこの貴族かは分からない。でも、こんなに小さな子が、こんなふうにきちんと挨拶をすることには驚いた。
さっきまで花を眺めていた姿とは、まるで別人みたいだ。さっきとは違う、別の一面を見て目が離せなかった。
「うん。よろしく、ロゼリシア」
僕もそう返すと、彼女は顔を上げた。
けれど、まだ少し緊張しているみたいだった。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「ですが……殿下ですから」
「そっか」
そう言われると、仕方がない気もする。
僕が王子だから、みんなこうなるのかな。少しだけ残念に思いながら、噴水の傍にあるベンチへ腰かけた。
「ここ、好きなんだ」
「噴水が、ですか?」
「うん。水の音がするから」
噴水から落ちていく水を眺める。
「静かでおちつくんだ」
「……分かります」
ロゼリシアも隣に座って、噴水を眺めた。
しばらく、二人とも何も言わなかった。水の音だけが聞こえる。さっきまで騒がしかった王宮の中とは違って、ここは静かだった。
「ロゼリシアは、庭が好き?」
「はい!ここのお庭はとってもひろくて、お花がたくさんで、すてきです」
「僕もすき」
そう言って、さっき一緒に見ていた花へ目を向ける。
「今日は、ちょっと疲れたから来たんだ」
「お疲れだったのですか?」
「うん。でも、ここに来たら少し元気になった」
そう言うと、ロゼリシアは少しだけ笑った。
「ロゼリシアも?」
「え?」
「さっきより、顔がこわくなくなった」
「……!」
ロゼリシアが驚いたように、自分の頬へ手を当てる。
「そんなにこわい顔をしていましたか?」
「うん。ちょっとだけ」
「……はずかしいです」
そう言って俯くロゼリシアを見ていると、なんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。かわいい。そんな言葉が不意に浮かんだ。
「でも、いまは大丈夫」
「……なら、よかったです」
ロゼリシアも小さく笑った。
最初は少し緊張しているようだったけれど、今はもう大丈夫みたいだ。知らない女の子だったはずなのに、いつの間にか心を許し始めてる自分にも驚いた。もう少しだけ、こうしていたい。
そんなことを考えていた、そのときだった。
突然遠くから声が聞こえてきた。
「ローゼ様ー!」
僕は顔を上げた。
声のした方を見ると、何人かの侍女がこちらへ向かって走ってくる。
「……?」
すると、その中から一人の女性が駆け寄ってきた。
「ローゼ!」
「おかあさま……」
ロゼリシアが立ち上がる。
女性はロゼリシアの肩に手を置くと、ほっとしたように息を吐いた。
「もう、どこへ行っていたの?心配したのよ」
「ご、ごめんなさい……」
僕は二人のやり取りを眺めながら、首を傾げた。
……ローゼ?
さっき、侍女たちが探していた名前も、確か――。
「……ローゼ?」
思わず口にすると、ロゼリシアのお母さんがこちらを見た。僕はロゼリシアと、ロゼリシアのお母さんを交互に見る。
「ローゼって、ロゼリシアのこと?」
「ええ、そうですよ」
「……そっか」
僕はもう一度、ロゼリシアを見る。
目の前にいる女の子が、さっきから探していたローゼ様だったんだ。ようやく分かった。泣いてもいないし、怪我もしていない。
それだけでも、なんだかほっとする。
でも、それだけじゃなかった。
「じゃあ……ロゼリシアが、ローゼなんだ」
「はい」
そう答えたロゼリシアの顔を見ていると、なんだか嬉しくなった。
そして、さっきまで一緒に花を見たり、噴水を眺めたりしていたこの子が、ローゼ様だったんだ。ちょっと考えたら分かったはずなのになんで気づかなかったんだろう。
……でも、そんなことはどうでもよかった。
探していた子が、この子でよかった。どうしてこんなに嬉しいのかは、自分でもよく分からない。
ただ、さっきまで一緒にいた時間を思い返すと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「じゃあ、ローゼって呼んでもいい?」
「はい、もちろんです」
「分かった。じゃあ、ローゼ」
初めてその名前を呼ぶ。なんだか、さっきまでより少しだけ近くなった気がした。すると、ローゼは少しだけ嬉しそうに笑った。
「はい、リオヴァルト殿下」
その声を聞いて、僕も自然と笑った。
もう少し話していたい。
そんなことを思っていると、遠くからこちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。




