第18話『呼応』
リオは、溢れ続ける魔力を持て余さないように、次々と魔法を放っているようだった。だからこそ、私が近くにいても助けになるどころか、足手まといになることは明白だった。
道から外れ、森の中へ入る。それでも、リオの姿が見えなくなるほど離れることはできなかった。霧の向こうにかすかに見える銀白の髪を追いながら、私は足を止める。
私はただ守られていることしかできない。こんなことになるなら私もフィルと一緒に剣術だけでも習えばよかった。少しでも戦えたなら違ったかもしれない。そんな後悔ばかりが頭の中を巡る。
しばらくその場に立ち尽くしていると、後ろから近衛騎士が声をかけてきた。
「公女様。ご無事で何よりです。お助けするのが遅くなってしまい申し訳ありません。」
そう言って、騎士は片膝をつき深く頭を下げた。
「大丈夫よ。ありがとう」
むしろ、こんな足場が悪い中見つけ出してくれたリオと、ついてきてくれた騎士の方々には感謝したいくらいだった。
もちろん、心にはまだ傷が残っている。暗い木箱の中で感じた恐怖も、連れ去られた不安も、全部なくなったわけじゃない。それでも今は、自分のことを気にしている余裕なんてなかった。
目の先にいるリオの方が、ずっと心配だった。
「殿下はどちらに?」
「あそこよ」
霧の方を指差す。その瞬間、リオの放った魔法が大きく弾けた。風が一気に吹き抜け、白い霧が晴れる。リオは一人で三人も相手しているようだった。
三人がかりで襲いかかってくる攻撃を、リオは魔法で防ぎながら、隙を見つけて反撃している。けれど、いつもなら迷いなく扱っているはずの魔力が、今日は明らかに不安定だった
「リオ様…」
騎士もローゼの視線の先を追い戦場を見つめる
「殿下なら、あれくらいの相手に後れを取ることはないでしょう」
「でも……」
何もない、いつものリオなら、そうかもしれない。けれど、今のリオは違う。あの霧は、リオにとって毒物も同然だ。魔力を無理やり引き上げられた状態で、さらにあれだけの魔法を使い続けている。
大丈夫なはずがない。リオが一人の攻撃を受け流し、別の男へ魔法を放つ。その直後、ほんの一瞬だけ身体が揺れた。
「……っ」
小さく息を呑む。リオが放った魔法がこれまでとは比べものにならないほど大きく弾けた。森の木々まで揺らすほどの衝撃に、敵の三人が大きく後退する。
今まで見たことがないくらい、強力な魔法。
でも、その反動も凄まじかった。
「……リオ!」
リオの身体が大きく傾いた。片手を地面につきかけ、それでもすぐに立ち上がる。
「殿下!」
騎士が声を上げる。リオは何事もなかったように敵へ向き直ったけれど、その動きは明らかに先ほどより鈍い。このままじゃ、リオが壊れてしまう。
「リオ……!」
気づけば、私は一歩前へ踏み出していた。
「公女様、危険です!」
騎士に腕を掴まれる。
「離して……!」
「いけません。公女様を第一にお守りするよう、殿下から命じられているのです」
「でも……!」
リオが苦しそうに息を吐く姿が見える。私には何もできない。
——本当に?
あの人が私を守ってくれたように、私だって
「……私だって、リオを守りたい」
そう願うと、胸の奥がぽかぽかと温かくなった。
「……何、これ……」
リオが光ってる。それに、私も。リオは気づいていない。ただ目の前の敵だけを見据え、再び魔法を構えている。なんだか身体の内側で何かが動いているのが分かる気がする。
「公女様…?」
騎士が驚いたような顔でこちらを見た。
その時、敵の一人が死角からリオへ向かって魔法を放った。
「リオ!」
男の放った魔法が、リオへ向かって飛んでいく。避けきれなかった。魔法が肩を掠め、服が裂ける。
「……っ」
リオの身体がわずかに揺れる。白い服に、赤が滲む。思えば、私は誰かが悪意を持って傷つけられる瞬間を、ほとんど見たことがなかった。それは、この世界が平和だったからではない。きっと、私が知らないところで、誰かが私を守ってくれていたからだ。
危険から遠ざけられて、傷つかないように守られて、何も知らないまま過ごしてきた。そのことに、今さら気づいた。
——お願い、リオが傷ついてるところなんて見たくないよ。
ただ、それだけを強く願った。神様に縋るように、必死に。
その瞬間
「……っ!」
何かが身体の中を駆け抜けたような感覚に戸惑った瞬間、肩に鋭い痛みが走った。
何が起きたのか分からない。慌てて肩へ手を当てる。さっきまで何ともなかった場所から、血が出ていた。
「……え?」
慌ててリオをみる。服の裂け目からみえる肌から、傷が消えていた。まるで、最初から何もなかったかのように。
リオはそれに気づくこともなく、再び敵へ魔法を放っている。私は呆然としたまま、自分の肩を見つめた。
「……私が受け取った?」
答えを教えてくれる人は誰もいない。リオを守りたいと願った瞬間、私の魔力とリオの魔力が繋がって、その傷そのものが私のところへ移った。
痛い。それでも、不思議と怖いとは思わなかった。むしろ、胸の奥に今までになかった感覚が広がっていく。リオに守られているだけじゃない。私も、リオを守れる。
「公女様、怪我をされていたのですか…!?」
肩を押さえる私に気づき、騎士が慌てて駆け寄ろうとする。
「大した傷じゃないので平気です」
「公女様が怪我を負われてると知ったら殿下がなんというか——」
その言葉を遮るように、再び遠くで魔法が弾けた。
もう、怖くない。まるでずっと昔から知っていたことを、身体が思い出したみたいに。どうすればいいのかも、何が起きているのかも、全てが分かる。
痛みだって怖くない。リオが一人で傷を負い続けることのほうが、ずっと怖い。
私は段々と薄くなっていく肩の傷にそっと触れながら、霧の向こうにいるリオを見つめる。
——もう、リオを傷つけさせない。
そのためなら、この痛みくらい、いくらでも受け入れられる気がした。




