第3章 「アニメ化決定!」がゴールになった時代
書籍化した。
コミカライズもした。
そこまで行けば、十分すごい。
……はずだった。
ところが、その先にさらに大きな文字が待っている。
「TVアニメ化決定!」
今では毎クールのように目にするこの言葉も、
昔の私にとっては、かなり特別なものだった。
今回は、
なろう作品がとうとう「動いて喋る」ようになった頃
を振り返ってみたい。
書籍化した時、
「本になった!」
と思った。
コミカライズした時、
「漫画になった!」
と思った。
そしてアニメ化が発表された時は、
やはり少し意味が違った。
「ついにアニメになるのか!」
だった。
本屋に並ぶのもすごい。
漫画になるのもすごい。
だがテレビアニメになるとなると、
急に「一般の人の目に触れる場所まで来た」という感じがしたのである。
少なくとも当時の私にはそう見えていた。
当然ながら、アニメになれば作品は一気に変わる。
キャラクターに声が付く。
動く。
音楽が流れる。
魔法が光る。
戦闘が動く。
街並みが画面いっぱいに広がる。
小説で何十万字もかけて読んできた世界が、
三十分の映像になる。
原作を読んでいた側としては、
これだけでもかなり感慨深い。
「あ、この声なんだ」
「この街、こういう感じだったのか」
「あの魔法、映像になると派手だな」
と、
知っているはずの作品を、また新しく見ることができる。
書籍化やコミカライズ以上に、
作品そのものが別の形へ変身した
という感じが強かった。
そして何より大きいのが、
アニメから作品を知る人の数が圧倒的に増えること
だったと思う。
小説を読む人。
漫画を読む人。
それぞれ当然たくさんいる。
だがアニメは、
テレビ。
配信サイト。
動画サービス。
SNSの切り抜き。
主題歌。
声優。
いろいろなところから人が入ってくる。
原作小説には全く興味がなかった人でも、
アニメなら一話だけ見てみることがある。
そこで、
「これ面白いな」
となれば、
漫画を読む。
原作を探す。
そして初めて、
「これ、なろうだったのか」
となる。
第二章で書いた、
漫画からなろうへ
という流れが、
アニメ化によってさらに大きくなる。
私自身も、
なろう原作だと知らずにアニメを見て、
後から原作へ行った作品が増えていった。
それまでは、
なろうで知る
↓
書籍化を知る
↓
漫画を読む
↓
アニメを見る
だったものが、
いつの間にか、
アニメを見る
↓
面白い
↓
原作を調べる
↓
「これ、なろうだったのか」
という順番になる。
完全に入口が逆転している。
そして、この逆転が起きるようになった時点で、
「なろう」はもう、
小説投稿サイトの中だけの文化ではなくなっていたのだと思う。
ただ、
最初の頃はまだ、
なろう作品のアニメ化そのものが話題
になっていた気がする。
「Web小説がアニメになった」
ということ自体に新鮮さがあった。
ところが、成功作品が増えてくる。
一本ヒットする。
また一本ヒットする。
次々に書籍化される。
コミカライズされる。
そしてアニメになる。
そうしていくうちに、
アニメの新番組一覧に、
異世界もの。
転生もの。
俺TUEEE。
悪役令嬢。
追放もの。
スローライフ。
そんな作品が何本も並ぶようになる。
すると、こちらの感覚も変わってくる。
昔なら、
「なろう作品がアニメになる!」
だった。
それがいつしか、
「今期は、なろう系何本あるんだ?」
になる。
慣れとは、本当に恐ろしい。
第一部で、
私は何度も、
「はいはい、異世界転生ね」
と言えるようになるまでの話を書いた。
それと同じことが、
アニメの側でも起きていたのだと思う。
最初は新しかった。
珍しかった。
目立った。
だが、数が増える。
似た作品も増える。
見る側も慣れる。
そして、
「また異世界か」
「また追放か」
「また最強主人公か」
となる。
これは別に、
ジャンルそのものが悪くなったという話ではない。
ロボットアニメが大量に作られた時代もあれば、
学園ラブコメが大量に作られた時代もある。
流行すれば似た作品が増える。
当たり前のことである。
ただ、なろう系の場合は、
Web小説の流行が、ある程度の時間差を置いて漫画やアニメの流行として見える
というのが面白い。
なろうのランキングで、
あるテンプレートが流行する。
似た作品が増える。
その中から人気作品が書籍化される。
コミカライズされる。
さらにその一部がアニメになる。
当然そこには時間差がある。
だから、
Web小説をずっと読んでいる人からすると、
アニメで大流行している頃には、
「それ、なろうでは数年前からいっぱいあったな」
ということが起きる。
悪役令嬢。
追放。
ざまぁ。
スローライフ。
配信。
Web小説側ではすでに次の流行へ動いているのに、
アニメ側では少し前の流行が今まさに大量に出てくる。
私が時々、
「またこのタイプか」
と思ってしまう理由の一つも、
たぶんここにある。
私はアニメで初めてそのテンプレートを見るわけではない。
その前に、
なろうで何十本も見ている。
だから新鮮さがない。
一方で、
アニメから初めて見る人には、
それが新しい。
この温度差は結構大きい。
しかし、そう考えるとアニメ化というのは、
単なる映像化以上の役割を持っていた。
なろうの中で生まれたテンプレートを、外へ大量に運ぶ装置
でもあったのだと思う。
異世界転生という言葉を知らなかった人が知る。
悪役令嬢というジャンルを知らなかった人が知る。
「追放されたけど実は最強」
みたいな構造を、
Web小説を一文字も読まずに知る。
そして、その構造がさらに一般化する。
そうなると、
なろう発ではない作品まで、
「あ、なろう系ね」
と呼ばれるようになる。
この話は最後の章で改めて考えるとして、
少なくとも、
アニメ化が「なろう系」という言葉をサイトの外へ広げた影響
はかなり大きかったのではないかと思う。
そして作品を作る側から見ても、
アニメ化は大きな意味を持つ。
書籍が出る。
コミックが出る。
それだけでも商業作品として十分なのだが、
アニメになれば、
原作を知らない層にまで一気に届く。
主題歌が売れる。
キャラクターグッズが出る。
イベントが行われる。
ゲームとコラボする。
声優が作品について語る。
作品名を目にする場所が一気に増える。
ここまで来ると、
一つのWeb小説だったものが、
完全に一つのコンテンツになっている。
私が昔なろうで一人で読んでいた小説が、
テレビから流れてくる。
店にグッズが並ぶ。
SNSで大勢がキャラクターの話をしている。
そう考えると、
改めてすごい変化である。
そして、こうした成功例が増えれば増えるほど、
Web小説から見た「成功」の形も変わっていく。
最初は、
書籍化できたらすごい。
だった。
次に、
コミカライズまで行ったらすごい。
となる。
そしていつの間にか、
アニメ化まで行けば大成功。
という、一つの出世コースのようなものが見えるようになる。
もちろん、
これは外から見ている一読者である私の感覚にすぎない。
出版社や作者が実際にどう考えているかは別の話である。
ただ、読者から見ていると、
どうしても、
Web
↓
書籍
↓
漫画
↓
アニメ
という階段があるように見えてしまう。
人気作品を読んでいると、
「この作品はどこまで行くかな」
と考えてしまうのも、そのせいだと思う。
そして、さらに慣れてくると、
アニメ化が発表された瞬間から、
別のことまで考えるようになる。
「どこの制作会社だろう」
「何クールやるんだ?」
「原作のどこまで行く?」
「声優は誰だ?」
「この戦闘、ちゃんと動くかな」
「一巻から六巻までを十二話に詰め込むとか言わないよな?」
……期待より先に不安が出てくる。
なぜなら私たちは、
アニメ化すれば必ず幸せになれるわけではないことを、
だんだん知ってしまったからである。
書籍化なら、
基本的には文章が中心だ。
コミカライズなら、
漫画家という大きな要素が加わる。
だがアニメになると、
さらに関わるものが増える。
監督。
シリーズ構成。
脚本。
キャラクターデザイン。
作画。
演出。
声優。
音楽。
制作会社。
そして、
話数。
この中のどれか一つで作品の印象が変わる。
原作ファンからすれば、
「アニメ化決定!」
は最大級にうれしいニュースであると同時に、
最大級に、
「頼むぞ……」
となるニュースでもある。
コミカライズガチャより、
さらに巨大なガチャ。
アニメ化が当たり前になったことで、
私たちは今度は、
「アニメ化したかどうか」ではなく、「どんなアニメになったか」
を見るようになっていった。
そして、ここから話は少しややこしくなる。
原作は面白い。
コミカライズも面白い。
でもアニメは……。
逆に、
原作ではそこまで気にしていなかった作品が、
アニメになった途端、
「こんなに面白かったのか!」
となることもある。
同じ物語なのに、
映像化の仕方一つで印象が大きく変わる。
コミカライズでもガチャはあった。
しかしアニメでは、
そこにさらに大量の要素が加わる。
つまり。
またしても、
ガチャである。
しかも今度は、
SSRを引くための条件がやたら多い。
「TVアニメ化決定!」
昔は、その文字だけでかなり興奮した。
そして今でも、好きな作品がアニメになるとやはりうれしい。
ただし、
アニメ化作品を何本も見てきた今では、
その直後に、
「どこが作る?」
「何話?」
「どこまでやる?」
と考えてしまう。
私たちは、知りすぎてしまった。
次は少し横道へ。
作画、構成、声優、話数、制作会社――アニメ化ガチャ。
アニメになって化けた作品。
そして、
「原作は面白いんです」
と言いたくなってしまった作品。
その辺りを、勝手に振り返ってみよう。




