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第2章 コミカライズという第二の入口――漫画からなろうへ

好きなWeb小説が書籍になった。


表紙が付き、挿絵が付き、本屋に並ぶ。


それだけでも十分すごいと思っていた。


ところが、そのうちさらに、


「コミカライズ決定!」


という文字を見るようになる。


今では当たり前になったこの言葉。


でも振り返ってみると、コミカライズは単に、


「小説が漫画になりました」


というだけの話ではなかった気がする。


なろう系にとって、漫画はもう一つの巨大な入口になったのだ。


そして私は後になって、


そのことを身近な友人によって思い知らされることになる。


ここでは仮に、


マッチョなY君


としておこう。


Web小説を読むには、当たり前だが文章を読まなければならない。


タイトルを開く。


あらすじを読む。


第一話を読む。


面白ければ続きを読む。


当然のことなのだが、これにはそれなりに時間がかかる。


特に長編Web小説になると、


「ちょっと読んでみるか」


で開いたら数百話。


文字数を見れば何百万字。


そんな作品も珍しくない。


私のように長い作品を見て、


「お、まだまだ読めるじゃん」


と思う人間もいるが、


普通はそこで、


「長っ!」


となる人もいるだろう。


漫画なら、そのハードルはかなり下がる。


一ページ開けば、


主人公の顔が分かる。


世界観が分かる。


ヒロインが出てくる。


戦闘が始まれば、何が起きているのか一目で分かる。


小説なら数ページ使って説明していることを、一コマで見せることもできる。


つまり漫画は、


作品の内容をものすごく短い時間で伝えられる。


これが、なろう系との相性をかなり良くしたのではないかと思う。


特に、なろう系でよく使われる設定は漫画にすると分かりやすい。


異世界へ飛ばされた。


ステータス画面が出た。


ものすごい魔法を使った。


巨大な魔物を一撃で倒した。


ボロボロだった村が発展した。


不遇だった主人公が見返した。


文章で読んでももちろん面白いのだが、


こういう場面は絵になった時に非常に強い。


「主人公がどれくらい強いのか」


を何行も使って説明するより、


巨大な敵が一発で吹き飛ぶ絵を見せた方が早い。


美少女が登場するなら、その魅力も視覚的に伝わる。


料理ものなら料理が見える。


建築なら町が出来ていく様子が見える。


モンスターなら姿が見える。


Web小説だった時には読者の頭の中にしか存在しなかった世界が、


漫画になった瞬間、一気に目に見えるものになる。


これはかなり大きかった。


そして私自身も、いつの間にか、


漫画からなろう作品を知る


ことが増えていった。


最初の頃は逆だった。


なろうで原作を読む。


書籍化を知る。


コミカライズされたら、


「漫画版も出たのか」


と読んでみる。


つまり、


原作 → 漫画


だった。


しかも当時の私は、


周囲の友人たちと比べても、


なろう作品についてはかなり読んでいる方だったと思う。


「あ、それ原作読んでるよ」


「それなら、こっちも面白いよ」


そんなことを言う側だった。


ちょっとした、


古参ポジション


である。


そんな友人の一人に、


先ほど書いたマッチョなY君がいた。


Y君は、どちらかといえば漫画派だった。


小説を片っ端から読む私とは、


作品の探し方が違う。


だから最初の頃は、


私が、


「これ面白いよ」


「これ原作なろうだよ」


と教えることも多かった。


私の方が先に知っている。


まあ当然である。


こちらは長年、


なろうのランキングを延々掘っているのだから。


……と思っていた。


ところが。


コミカライズ作品がどんどん増えていくにつれて、


少しずつ状況がおかしくなる。


Y君が言う。


「これ読んだ?」


知らない。


「じゃあ、これは?」


知らない。


「これ面白いよ」


それも知らない。


……あれ?


おかしい。


私は古参なろう読者のはずである。


なのに、


コミック派のY君から、知らないなろう系作品を次々教えられている。


いつの間にか、


立場が逆転していた。


しかもY君は、


私とは作品を拾う基準まで少し違う。


大きな犬が出る。


蜘蛛が出る。


そんな要素に妙に反応したりする。


一方で、


『野人転生』


のような、かなりハードな転移ものも読む。


『マイノグーラ』。


『駆除人』。


『山、買いました』。


『不死王はスローライフを希望します』。


『魔王になったのでダンジョン造って人外娘とほのぼのする』。


ほかにも、


「そんな作品どこで見つけてきたの?」


というものを次々持ってくる。


こちらとしては、


「いや、それ知らないわ」


となる。


これが結構面白かった。


もちろん、


私がなろうを読まなくなったわけではない。


相変わらず読む。


新しい作品も探す。


でもWeb小説だけでも作品数は膨大である。


全部読むことなど不可能だ。


一方Y君は、


漫画アプリ。


電子書籍。


コミックサイト。


おすすめ。


広告。


そういう、


私とは違うルート


から作品を拾ってくる。


だから、


私がなろうのランキングでは見落としていた作品を、


Y君は漫画版から見つけている。


つまり、


同じ「なろう系が好き」という人間でも、


見ている入口が完全に違っていた


のである。


ここで私は、


かなり分かりやすく実感した。


コミカライズは、


原作ファンに、


「漫画版もありますよ」


と届けるだけのものではない。


むしろ、


原作を読んでいなかった人を、新しいなろう系読者にしてしまう。


Y君は小説中心ではない。


でも、


なろう系作品について話せる。


しかも気が付けば、


私の知らない作品を大量に知っている。


なろうを十数年読んでいる私が、


コミック派のY君に、


「何か面白いのない?」


と聞く。


……なんだこの逆転。


でも考えてみれば、


当然なのだ。


入口が違うのだから。


私は、


なろう → 作品


というルートで探している。


Y君は、


漫画 → 作品


というルートで探している。


そしてコミカライズが大量に存在するようになれば、


後者だけでも、


なろう系をいくらでも掘れる。


それどころか、


漫画アプリのおすすめ機能などによって、


次から次へ作品を提示してくれる。


一作品読む。


すると、


「これを読んだ人にはこちらもおすすめ」


と別作品が出てくる。


読む。


また出てくる。


読む。


また出てくる。


……終わらない。


Web小説のランキング沼とは、


別の沼が出来ていたのである。


これが、


コミカライズによる読者層の変化を、


私が一番実感した出来事だった。


それまでは、


「なろう系に詳しい人」


といえば、


なろうをたくさん読んでいる人だと思っていた。


でも、もう違う。


漫画だけで、


なろう系に詳しくなれる。


アニメまで加えれば、


なおさらである。


つまり、


「なろう系」と「小説家になろうを読むこと」が、少しずつ別のものになり始めた。


そして、この流れをさらに加速させたのが、


スマートフォンで漫画を読む文化


だったと思う。


昔なら漫画を読むには、本屋へ行って単行本を買う必要があった。


もちろん今でも紙の本はある。


だが漫画アプリや電子書籍なら、


広告を見て、


タイトルを押して、


そのまま第一話を読む。


そこまで数十秒である。


SNSを見ていたら漫画広告が出る。


ゲームをしていたら漫画広告が出る。


ニュースサイトを見ていても出てくる。


そこに、


「追放された」


「婚約破棄された」


「実は最強だった」


「異世界でスローライフ」


みたいな、内容が一目で分かる言葉が並ぶ。


……まあ、気になる。


私も何度押したことか分からない。


そして一話読む。


続きも読む。


気が付けば、


「原作あるのかな?」


と検索している。


完全に出版社の思うつぼである。


そして、


これはY君のような漫画派の人だけの話ではない。


私自身も、


気が付けば同じことをするようになっていた。


昔は、


まずなろうを開いた。


今は、


漫画を読んでいて、


「これ面白い」


と思う。


調べる。


すると、


「これ、原作なろうだったのか」


となる。


つまり、


私自身の入口まで変わっていたのである。


これは考えてみれば、


かなり大きな変化だ。


それまで「小説家になろう」を知らなければ出会わなかったかもしれない作品が、


漫画という別の場所から読者のところへやってくる。


しかも、その読者は必ずしもWeb小説を読む人ではない。


普段は漫画しか読まない。


ライトノベルもほとんど読まない。


それでも、


「この異世界漫画、面白いな」


と思って読む。


そして、その人にとっては、


漫画版こそが最初に触れた作品


になる。


こうして「なろう作品」の読者は、


なろうの外へ広がっていった。


そして、ここでもう一つ面白い流れが起きる。


漫画から原作へ戻る読者


である。


漫画を読む。


続きが気になる。


でも漫画版は、


まだそこまで進んでいない。


そこで原作を探す。


なろうへ行く。


すると、


「まだこんなに先があるのか!」


となる。


これはWeb小説好きの私には、


非常によく分かる感覚である。


漫画なら数巻先まで待たなければならない。


でも原作Web版を見たら、


何百話も先まである。


……読むよね。


最初は、


なろう → 書籍 → 漫画


だった。


それが、


漫画 → なろう


と逆流するようになる。


入口が一方向ではなくなったのである。


これはWeb小説にとって、


かなり大きなことだったと思う。


漫画が単なる派生作品ではなく、


原作へ新しい読者を送り込む装置


になったからだ。


こうなってくると、


「なろうを読んでいないのに、なろう系には詳しい人」


まで普通に出てくる。


異世界転生を知っている。


追放ものも知っている。


悪役令嬢も知っている。


チート主人公も知っている。


でも、


「小説家になろうはほとんど読んだことがない」


という人がいる。


Y君なんて、


私にとってはまさにその象徴だった。


昔なら、


なろうのことは私の方が知っている。


そう思っていた。


ところが漫画という別ルートが巨大化した結果、


原作から追っている古参読者より、コミック派の方が新しい作品を知っている


ということまで普通に起きる。


これは地味に衝撃だった。


そして、


ちょっと悔しい。


第一部では、


「異世界転生」


「追放」


「悪役令嬢」


などのテンプレートがどう増えていったのかを振り返った。


だが、そのテンプレートがここまで広く知られるようになった理由の一つには、


コミカライズの存在がかなり大きかったのではないかと思う。


文章ではなく漫画という形になったことで、


今までWeb小説に触れてこなかった人まで、


その文法を共有するようになった。


だから今では、


長いタイトルを見ただけで、


「ああ、こういう話ね」


と大体分かってしまう。


よく考えると、かなりすごいことである。


たとえば、


『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』


『陰の実力者になりたくて!』


FUNA作品の、


『私、能力は平均値でって言ったよね!』


『ポーション頼みで生き延びます!』


『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』


など、


原作小説と漫画版の両方を知っていると、


「この作品、漫画との相性がいいな」


と思うことがある。


原作にあったテンポやギャグが、絵になることでさらに分かりやすくなる。


文章では想像するしかなかった場面が、


「こういうことだったのか」


と一発で伝わる。


逆に漫画版から入った後で原作を読むと、


「漫画では省略されていたけど、こんな細かい設定があったのか」


と分かることもある。


同じ作品なのに、


媒体が変わることで違った楽しみ方ができる。


この辺りから、


コミカライズは原作のおまけではなく、もう一つの作品として読まれる


ようになっていった気がする。


ただし。


ここで一つ、新しい存在が加わる。


漫画家である。


書籍版なら、基本的には原作者が書いた文章を編集して出版する。


もちろん編集者やイラストレーターなど、多くの人が関わっている。


だがコミカライズでは、


原作を読んで、


それを漫画として再構成する人がいる。


キャラクターの表情。


ギャグの間。


戦闘シーン。


コマ割り。


演出。


どの場面を残して、


どの場面を削るのか。


原作では数行だった場面が、


漫画では何ページにも膨らむこともある。


逆に、


原作では一章使っていた話が数ページで終わることもある。


つまりコミカライズは、


原作をそのまま絵にする作業ではない。


漫画という別の媒体で、


もう一度、作品を組み立て直す作業


なのである。


そして当然ながら、


誰が担当しても同じものが出来上がるわけではない。


原作を読んで、


「この場面、漫画だとどうなるんだろう」


と期待する。


連載が始まる。


第一話を開く。


そして――。


「おお、これはいい!」


となることもあれば、


「……あれ?」


となることもある。


そう。


ここにも存在するのである。


ガチャが。


原作を読んでから漫画を読む。


最初の頃、


私にとってコミカライズとはそんなものだった。


そして私は、


自分の方がなろう系には詳しいと思っていた。


ところが、


コミカライズが増え、


漫画という入口が巨大になった。


気が付けば、


コミック派のマッチョなY君から、


私の知らないなろう系作品を次々教えられている。


古参、敗北。


でも、この逆転こそ、


コミカライズがただの派生作品ではなく、


新しい読者を生み出す巨大な入口になったことを、


私に一番分かりやすく教えてくれた出来事だった。


ただし、


漫画になれば必ず原作の魅力が増す、


なんて都合のいい話ではない。


同じ原作でも、


担当する漫画家によって印象は驚くほど変わる。


次は少し横道へ。


「コミカライズガチャ」


について、勝手に考えてみよう。

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