第11話 王都の御用解体師が見捨てた「国家の宝」を、田舎の解体屋が金貨一万枚に変えた
王都の御用解体師は、俺を見て、鼻で笑った。
そう言ったのは、バルドという男だった。御用解体師組合の筆頭。仕立てのいい外套に、磨いた銀の徽章。手は、白くて、きれいだった。一度も、自分で刃を握ったことのない手だ。
「国家の宝に、無資格の田舎者は触らせん。資格を持つ我々ですら、慎重に扱う代物だぞ」
「なら」俺は、聞いた。「あんたらの誰かが、もう解体できたのか」
バルドは、答えなかった。一片すら、組合の誰も、手をつけられずにいたからだ。代わりに、話をそらすように、鼻を鳴らした。
「地方で竜を一頭? それがどうした」
——地方の街で魔王遺骸の一片を受けてから、二月。俺は、その一片を解体するために、王都へ呼ばれていた。あの街の薬の流れを握ったという噂は、とうに王都まで届いていたらしい。
王都の城門前。俺を呼んだのは、国だ。騎士団だ。なのに、出迎えたのはこの男の侮りだった。招いた側と、地位を脅かされる側。同じ王都でも、立っている場所が、まるで違う。
「資格、ねえ」
俺は、聞き流した。資格で腐敗は止まらない。それを、こいつはこれから、嫌というほど知ることになる。
セルカも、付いてきた。王都の相場を、この目で見たいらしい。俺一人だと、面倒がって値も詰めずに売る、と本気で心配していた。査定士としてはまだ半人前。だが、相場表を全部覚えた頭は、本物だ。
工房は、貸してもらえなかった。組合が、王都中に「あの田舎者には台一つ貸すな」と通していたからだ。だから、モーガンの王都支店の奥を借りた。組合が締め出すなら、商会を使えばいい。「地方で街ひとつの薬を握った男だ。王都でも、同じことをやってもらう」——支店の支配人は、モーガンの言葉を、そう預かってきた。
その一室で、俺は、最初の仕事に向き合った。
黒い、爪ほどの欠片。魔王の遺骸から、封印の底で剥がれ落ちた、ほんの一片だ。これを、王都の御用解体師は、誰一人、解体できなかった。組合の倉庫で、触れもせずに、持て余していたという。
無理もない。こいつには、普通の解体師には見えない線が、三本走っている。
《魔王遺骸・一片:腐敗残留》
《価値線:金/素材経路》
《呪線:黒/呪い経路》
《腐敗線:赤錆色/腐敗経路》
《警告:腐敗線を散らせば、腐敗が拡がる》
金と、黒と、赤錆。三本目が、新しい。
竜のときは、鮮度と戦った。呪骸のときは、黒い線を避けた。今度は、その奥に、赤錆色の線がある。倒した魔物が、倒したあとも腐りつづける——その腐敗を、走らせている線だ。これを断たなければ、素材は取れない。だが、雑に断てば、腐敗が周りに撒き散る。
俺は、息を整えた。金の線をたどり、黒の線を避け、その間を縫う赤錆の一本に、刃先を寄せる。
初めて断つ線だ。だが、やることは、いつもと同じ。
切る場所が、違うだけだ。
赤錆の線が、ぷつ、と切れた。腐敗は、散らなかった。欠片の中心から、汚れのない、黒曜石のような核が、ころりと転がり出た。
工房の隅で、見学を許された王都の賢者が、椅子から腰を浮かせた。
「……止めた。腐敗を、散らさずに……一片とはいえ、本体と同じ構造を……」
戸口で、バルドが、苦々しげに吐き捨てた。
「まぐれだ。一片だぞ。本体が同じように切れるものか」
「かもな」
俺は、核を、賢者が用意した封印壺に納めた。それから、王都支店の支配人を振り返って、言った。
「で、これ、いくらだ」
支配人が、契約書を差し出した。署名の欄の隣に、もう数字が書いてある。
金貨一万枚。一片の解体で。
「先に言っておく」支配人は、笑った。「本体は、この比じゃない」
セルカが、契約書を覗き込んで、息を呑んだ。地方の街では、街一つの薬を握って二千枚だった。それが、欠片ひとつで、一万。王都の桁は、違う。
「まぐれ、ねえ」
俺は、バルドの去り際の背中に、聞こえるように言った。返事はなかった。
その夜、セルカが、宿で妙な話を拾ってきた。
「ダグさん。王都の場末に、地方から流れてきた、食い詰めた元勇者パーティがいるそうです。……まさかとは、思いますけど」
「さあな」
俺は、手入れした刃を、布に巻いた。まさか、もくそもない。倒すしか能のない連中が、倒す仕事にあぶれれば、行き着く先は、どこも同じだ。
だが、まだ、顔は見ていない。今は、それでいい。
《所持金:金貨二万二千枚(一片の契約金 一万、着弾)》
《新たな線:腐敗線(赤錆色)を、初めて断つ》
《御用解体師組合:筆頭バルド、ダグを警戒》
国は、本体の正式依頼へと、動きはじめた。だがその前に、バルドが、最後の盾を構えた。
「無資格者に、国家の宝は渡せん」
資格。それが、こいつの武器らしい。




