第1話 追放されたその日、捨てられた魔物一頭が金貨百二十枚に化けた
俺を追放した勇者は、その日のうちに、金貨百二十枚を捨てた。——本人は、気づいてもいない。
倒すのは、勇者の仕事だ。倒した後の魔物を、金貨に変えるのが、俺の仕事。そして、本当に儲かるのは後者だってことを、あいつらは、最後まで知らなかった。
勇者パーティを追放された、その日。捨てられた魔物一頭が、俺の手で、金貨百二十枚に化けた。
——半日前。
「解体しかできない奴は、もういらない」
勇者ジークが、剣の血を払いながら、そう言った。
足元には、たった今討伐した岩甲獣。体長五メートル、Aランク。今日いちばんの獲物だ。
「牙と魔石だけ抜け。あとは置いていく。新しい鑑定士を雇った。今日で抜けてくれ」ジークは、こちらも見ずに続けた。「正直、お前に払ってた取り分が、一番の無駄だったんだよ」
一瞬、言い返しかけて、やめた。
ジークが、たった今血を払ったその剣。欠けるたびに夜通し研いでやったのは、俺だ。馬車が泥にはまれば、肩で押したのも。誰も見ない死骸から金を抜き、その金で、こいつらは飯を食い、剣を直し、俺を「解体しかできない奴」と呼んだ。討伐報酬だけなら、馬車代と宿代と修理代で、とっくに赤字。黒字だったのは、いつも俺がいたからだ。何度説明しても、「細かいことはいい」と笑われた。
喉の奥が、一度だけ、熱くなる。
——だが、それも一度きりだ。
俺は、内心で、ほっとしていた。やっと、辞められる。
なら、もう、説明はしない。
「わかった」俺は、解体袋を担ぎ直した。それから、去りかけたジークに、ひとつだけ言った。「魔石は、嚢を潰さないように抜けよ。お前らのやり方じゃ、半分も金にならない」
「知るかよ」ジークは、振り返りもしない。「倒すのは、俺たちだ。後始末なんざ、誰だってできる」
——そうかい。
なら、その『誰だってできる後始末』が、いくらになるか。来月、口座を見て、せいぜい青くなればいい。
足音が遠ざかる。俺は、ひとり残された岩甲獣を見下ろし、刃を抜いた。
ここからが、俺の時間だ。
魔物は、倒された瞬間から、値が落ちはじめる。鮮度と、時間との勝負だ。
俺の目には、他の誰にも見えないものが見えている。
《岩甲獣:討伐済み》
《魔石嚢:損傷なし/摘出可能》
《胆石:希少/鮮度残り四時間》
《薬腺:肋裏/抽出可能》
《推定価値:金貨百二十枚以上/雑に解けば、金貨三十枚以下》
死骸の表面に走る、金色の線。素材を傷つけず切るための、たった一本の正解。俺にしか見えない《価値線》だ。
普通の解体師は、魔石を取るのに甲殻ごと叩き割る。中の嚢は潰れ、魔力液が漏れ、等級が一段落ちる。みんな「仕方ない」と思っている。
仕方なくはない。切る場所が、違うだけだ。
線に沿わせる。すっと入って、すっと開く。血は、ほとんど出ない。甲殻の継ぎ目、指一本ぶんの隙間——そこだけが、嚢を無傷で抜ける唯一の道。淡い青の膜に包まれた魔石嚢が、傷ひとつなく、手に転がり落ちた。
《魔石嚢:摘出成功/損傷なし》
胆石は溶ける前に。肋裏の薬腺は、膜を破らないよう裏から。日が暮れる前に、岩甲獣は、きれいな素材の山に変わった。運ぶのは、軽くて高い部位だけ。重い皮と骨は、場所を記録して残す。あとで回収すればいい。
魔石嚢ひとつで、駆け出し冒険者のひと月分。胆石と薬腺を足せば、勇者一行の遠征費が、まるごと出る。——それを、あいつらは『ゴミ』だと言って、毎回、地面に置いて帰っていた。
問題は、どこで売るか、だった。
パーティにいた間は、素材は冒険者ギルドに一括で流す決まりだった。買い叩かれるのが前提の窓口だ。だが、もう俺は解体係じゃない。義理も、縛りもない。
街外れの、小さな素材ギルドの扉を押した。解体屋なんて、この街じゃ下働き扱い。表通りに店も構えさせてもらえない連中の吹き溜まりだ。だが、高い素材を正当に捌ける窓口は、ここしかない。
若い査定士の女が、台帳から顔を上げた。俺は布包みを開き、机に並べる。魔石嚢。胆石。薬腺。
女の手が、止まった。胆石を光に透かし、魔石嚢の膜に触れ、顔色を変える。
「……これ、どこで」
「捨てられてた魔物から、抜いた」俺は、椅子を引いて、腰を下ろした。「魔石嚢は無傷。胆石は鮮度が落ちる前。薬腺は——知ってるか? 高位治療薬の触媒だ。この街の薬師が、何人も飛びつく」
女は、棚から分厚い相場表を引き抜き、岩甲獣の頁を開いた。指が、数字の列を何度も往復する。喉が、ごくりと鳴った。
「……魔石嚢が、無傷。こんなの、滅多に市場には出ません」声を落として、彼女は顔を上げた。「これを、勇者パーティが捨てた? ……ありえません。金貨百枚を、道端に置いてきたのと同じです。正直、この値で買ったら、私、商会をクビになります」
「安すぎて、だろ」俺は頷いた。「安く見ても、百二十枚は下らない。——で、いくらで買う?」
女が、息を呑んだ。値踏みする側だったはずが、いつのまにか、される側に回っていた。
そのとき、奥の扉が開いた。
白髪の男が、台帳越しに、素材を覗き込んでいた。商会の支配人——モーガンだ。素材の山を見て、それから、品定めするように俺を見る。
「金貨百二十枚。うちが、正式に買う」彼は、静かに言った。それから、わずかに口の端を上げた。「だが——本当に欲しいのは、素材じゃない。あんただ」
それから、モーガンは、台帳の向こうのセルカに、低く告げた。「扉を閉めろ。この男を、帰すな」
俺は、笑った。四年ぶんの黙殺が、金貨の音になって返ってきた気がした。
そうだ。倒した後にこそ、金がある。倒すだけの連中には、一生、見えない金が。
《所持金:銀貨三枚 → 金貨百二十枚》
《商会・モーガン:専属契約を打診》
《元勇者パーティ:自分が捨てた素材が金貨百二十枚だと、まだ知らない》
——さて。
倒すしか能のない連中を足元に見ながら、この街で、いくら稼ぐか。あいつらが、自分の捨てたものに気づくより、ずっと早く。




