第二百二十四話 流れ者のジョニー
夕方、レイが宿泊する宿屋にて。
ヒョードルとの密会を終えたレイは客室で、昼間に話した事を思い返していた。
(アス……どう思う?)
(ヒョードルの発言に嘘は無いかと)
ヒョードルによると、領内の一般市民の生活は治安が少し悪くなっている事と物価が上がっている事、それに伴う失業率の上昇を除けば、特に大きな変化は無いらしい。
ただし、ギャングやマフィアなどの裏社会の動きは活発になっており、市民もそれを敏感に感じている為、不安を募らせているとか……
(エクスト社だったか?特に活発に動いている新興勢力は?)
(肯定。三ヶ月ほど前から頭角を現して来たエクスト社が、古くからこの辺を牛耳るノイマン会と小競り合いを繰り返しているとの事です)
エクスト社は表向きは貿易を主とした複合企業だが、裏では質の悪いチンピラ共を従えているらしい。
ノイマン会はこのユルゲンを縄張りとする所謂やくざ者だ。
今まではノイマン会が裏社会を牛耳っていたおかげで、一定の治安が保たれていた。
そのパワーバランスを崩したのがエクスト社だ。
(三ヶ月前……領主の蒸発と時期が一致するな)
(肯定。おそらくエクスト社と領主の蒸発に何らかの因果関係があると推測)
(ヒョードルさんはエクスト社の首領が前領主ワイマールで、後ろ盾に空の悪魔がいると思っているようだが……)
レイは首を傾げながら小さく唸り声を上げた。
どうにも腑に落ちない。
ヒョードルの言っている事は全て憶測だ。
こちらを騙す意図は無いだろうが、事実を証明する証拠は何一つ無い。
彼自身、半ば軟禁状態にあるし、信用できる部下もいないから調査のしようも無いのだろう。
(それから一つ気になる事があります)
(……空か?)
(肯定)
レイは窓からどんよりとした空を見上げながら歯噛みした。
レーダー魔法の索敵結果から、ユルゲンの上空五百メートルに空の悪魔が設置した監視装置と思われる機械が浮遊している。
レイの浮遊砲台ならそれらを破壊する事も可能だが、それをするとこちらの所在を明かす事になる。
今、レイとティアラは影武者を立てて、王都にいるように偽装している。
王都が空になったと分かれば、空の悪魔が攻勢に出る可能性があるので派手な事はできない。
上空の装置を破壊するのは、問題解決の目途が立ってからだ。
(マスターレイ、どうされますか?)
(……ノイマン会に接触しよう。アス、悪いがアジトの探索を頼む)
(承知しました)
レイは沈む夕日を眺めながら、ため息を吐いた。
今夜も徹夜か……
レイはアスに指示を出しつつ、仮眠を取る。
せめてタンクベッドでもあれば……
眠気でぼんやりと鈍った頭を抱えながら、王都に戻ったら絶対にタンクベッドを作ると心に決めるレイだった。
深夜、レイは領都のスラム街に足を踏み入れた。
昨日同様どんよりと雲が月を覆い隠した闇夜。
薄汚れた裏路地には、ぼろきれを纏って身を縮める浮浪者達と吐瀉物のすえた匂い。
役人らしくそれなりに仕立ての良い服を着たレイは、縋りつく乞食達に銀貨を手渡しながら奥へ奥へと進む。
「よう、坊や。こんなところに迷子かい?道案内してやろうか?」
不意に横道からレイを呼び止める声。
声の方に目を向けると、暗がりから男が姿を現す。
寝苦しいくらい暑い夜にも関らずトレンチコートにテンガロンハット姿。
三十手前くらいのスラッとした体形の男だ。
無精ひげを生やした気障でハンサムな男は、モデルのように長い手足で大股にレイに近づき、こちらを見下ろす形で立ち塞がる。
「あなたは?」
レイは男を見上げながら、淡々と問いかけた。
こんな深夜に裏路地をうろついている人間なんてまともなハズが無い。
「おぉ、肝が据わってるなぁ、感心感心……だがな。まずは自分の名前からだ。分かるな?坊や?」
「……クオン=アスター」
飄々とした男に、レイが声のトーンを変えずに答えた。
こういう相手に主導権を取られたら負けだ。
「クオンか……だっせぇ名前」
「……」
レイは男を無言で睨みつけた。
仲間の名前を馬鹿にされたのだから腹も立つ。
「おっと!いけねぇいけねぇ。つい本音が……」
「あなたの名前は……」
ヘラヘラ笑う男の気障なツラに拳を叩き込みたい衝動を抑えながら、レイは殊更低いトーンで問いかけた。
完全に相手のペースだ。
レイは心の中で盛大に舌打ちした。
「悪りぃ悪りぃ。俺はジョニー。流れ者のジョニーだ」
男……ジョニーは不敵な笑みを浮かべながら懐に手を入れ、ゴソゴソと何かを取り出す。
「銃……」
ジョニーが取り出したのは黒光りするリボルバー式拳銃。
確かこの世界では……
「フィーナル大陸ですか?」
「おっ!よく知ってんな。そう、俺様は空の悪魔に滅ぼされたフィーナルの出身よ」
ジョニーがヘラヘラと笑いながら、銃口をレイに向ける。
「この武器がどういう物か知ってるか?」
「火薬の力で鉛玉を撃ち出す射撃武器。射程は十メートル前後。急所に当たれば人を死に至らしめる事もある。銃の形状から弾速は時速八百キロメートル前後。不意打ちならともかく、相手が見えている状況なら回避は容易」
「ハッ?避けれんの!?これを?」
レイの平坦な解説に、ジョニーがポカンとアホ面を浮かべた。
銃はフィーナル固有の最先端技術だったはず。
それを異邦人に事細かに説明され、しかも効かないと言われれば驚きもするだろう。
「……ハッタリってわけでもなさそうだな」
ジョニーは安全装置が掛かったままの拳銃を懐にしまう。
最初からこちらを撃つ気はなかったのだろう。
この男、ふざけた態度ではあるが短慮ではなさそうだ。
「俺様はここいらを仕切っているノイマン会で世話になっている。今は縄張りのパトロールってところだ」
「つまり自分という不審人物を尋問したいと?」
「おぉ!話が早くて助かる」
ジョニーがニヤリと笑みを浮かべる。
「ちょっと事務所までご同行願えるかな?クオン=アスター君」
ジョニーのお願いにレイは黙って頷いた。
レイとしても渡りに船だった。




