第二百二十三話 事情聴取
領都ユルゲンに入って二日目の昼過ぎ。
無事手頃な宿を見つけ、仮眠と昼食を取ったレイは、そのまま領主館にいるヒョードルの下へと向かったのだが……
「クオン殿……昨日はどうも」
レイを最初に迎えたのは執事の老紳士パトリックだった。
まぁ、彼は領主館の執事なのだから、客を出迎えるのは至極当然だろう。
「今日はどのようなご用件で?」
パトリックは額にうっすらと汗を掻き、恐る恐るレイに耳打ちした。
その表情には本物の怯えが見える。
「表向きの仕事です」
レイはいつもの淡々とした口調で応じる。
「ティオさんは?」
「彼女は先に王都に帰しました。女王陛下にユルゲンの状況を報告する必要がありますし、あの通り体力がありませんので、何かあった時に逃げられるとも思えませんから」
「……左様でございますか」
パトリックが小さく胸を撫で下ろす仕草で、ホッと息を吐いた。
こちらがパトリックの思惑通り動いている事に安堵したのだろうか?
「しかしクオン殿は随分落ち着いていらっしゃいますね。相手は空の悪魔に通じているというのに」
「……それなりに戦いの心得がありますので」
パトリックに羨望の眼差しを向けられたレイが少し支えながら短く答える。
もしかして、探りを入れられているのだろうか?
彼だって完全に白というわけではない。
受け答えは慎重にしなくては……
「そうでございましたか。これは心強い。しかしながら代官のヒョードルは元々武官の出です。何卒ご用心を」
「……ありがとうございます。肝に銘じます」
パトリックが真っ直ぐな瞳で、レイに激励と心配の言葉を掛けた。
その真摯な態度にレイは困惑した。
彼からは一切の嘘が見えない。
アスにも尋ねてみたが、自分と同意見だった。
それからパトリックの案内で歩く事しばし……
レイは昨日と同じ応接室に通された。
「こんにちは、クオン殿。ティオさんは?」
パトリックと一緒に扉をくぐると、そこには柔和に微笑むヒョードルがソファーにどっかりと腰を落としていた。
「こんにちは、ヒョードル殿。彼女なら昨日の内に王都に帰しました。体調も優れなかったようですし」
レイは昨日同様、淡々とした口調でヒョードルに応える。
「……そうでしたか。王都に帰りましたら、ヒョードルがお大事に、と言っていたとお伝え下さい」
「承知しました。きっと彼女も喜ぶ事でしょう」
話の内容とは裏腹に、ヒョードルが少しだけホッとした表情を浮かべた。
きっと彼の要望通り、王都に報告に行ったと思っているのだろう。
レイの隣にパトリックがいるので、大っぴらに内心を表に出せないというのもあって、なんともチグハグな反応だ。
「パトリックさん。申し訳ないがクオン殿にお茶を」
「……承知しました」
表面上はにこやかなヒョードルの言葉に、パトリックが慇懃に頭を下げる。
「パトリックさん。ゆっくりでいいですので、熱いお茶をお願いします」
「……承知しました」
レイはパトリックに敢えて念を押す。
不味いお茶を飲みたくないというのはあるが、それ以上にパトリックがいない所でヒョードルと話したいというのが大きかった。
パトリックがもう一度こちらに頭を下げて退出する。
「さて、二人きりになりましたし、ここからは本音で話しましょう」
レイはヒョードルの正面に座り、正面から彼の武骨な厳つい顔を見据える。
「そうですね……クオンさん。申し訳ありませんがもう少し声を絞って」
二人きりになった途端、ヒョードルがオドオドと周囲を気にし始める。
先ほどパトリックの前で堂々としていた彼とはまるで別人だ。
「心配いりません。遮音フィールドを張っておりますので、部屋の外に声は漏れません。レーダーで外の監視もやっておりますので、パトリックさんが近づいて来ればすぐに分かります」
「ハッ?しゃおん?れーだー?」
レイは発言通りに遮音と周囲の監視を同時に行い、情報漏洩の防止措置を取った。
いきなり意味不明な単語を投げられたヒョードルの表情がきょとんと固まる。
レイはそんな彼を無視して、話を切り出す。
「まず改めて自己紹介をさせて頂きます。自分はシュターデン。ティアラ=グリセリア=オールドライフ女王陛下の近衛を務めております」
「へッ?……もしや空の悪魔を退けた英雄……大魔法使いシュターデン……ですか?」
ヒョードルの表情が驚愕で凍り付く。
レイは彼の反応に内心で頭を抱えた。
まさかワイマール領ではそんな風に噂になっているとは……
「自分は昨晩、代官に雇われたと自称するゴロツキが少女を襲うところを目撃しました。おそらくあなたを貶める為の罠でしょう」
レイは努めて平静な口調で話を再開した。
淡々とした言葉にヒョードルが少しずつ冷静さを取り戻す。
「私を……信じて頂けるのですか?」
縋りつくようなヒョードルの視線に、レイは小さく頷いた。
「あなたを疑うには、この領主館の様子は異常過ぎます。実は執事のパトリックさんに、あなたが空の悪魔と内通していると密告されました」
「そんな!違います!私は!」
ヒョードルが焦燥した様子で勢いよく立ち上がるが、レイはそれを手で制する。
「分かっています。あなたは明らかにパトリックさんから監視されていました。そうでなければパトリックさんが我々に温い紅茶を出す理由がありません」
もし仮にヒョードルが内通者でパトリックを監視しているならば、怪しまれないようにちゃんとした紅茶を出させるはずだ。
だがパトリックはお粗末な紅茶を出してまで、慌ててレイ達の下に戻って来た。
それはヒョードルがレイ達に余計な事を吹き込まない為の措置だ。
そこから導き出される答えは、少なくともヒョードルは内通者ではなく、パトリックに監視されているという事。
「では話して頂けますか?あなたから見たワイマール領を……」
レイは姿勢を正し、話を仕切り直した。
情報収集の基本は信用できる情報源の確保から。
ようやく調査の足掛かりくらいはできただろうか。
……まだまだ先は長そうだ。




