第二百二十一話 最悪の再会
深夜、宿屋の寝室にて。
レイとアスが二人掛かりで領都ユルゲン全体を索敵していた時に事件は起きた。
(中央広場で暴行事件発生。どうされますか?)
アスの平坦な機械音声が街の異常を告げた。
レイはアスから送られた状況を確認し思わず歯噛みした。
(街のゴロツキ達に襲われている少女……行くしかないか)
迷っている時間は無かった。
ゴロツキ達の魔の手はもう少女のすぐ側まで迫っている。
レイはコンバットモードとホロブラムによる透明化を同時起動。
景色に溶け込んだレイが窓を開き、音も無く民家屋根伝いに駆けた。
……ユルゲン中央広場にて。
どんよりと分厚い雲が月を隠す闇夜。
薄汚れた男達が手に携えたランプだけが、暗闇と少女を薄っすらと照らし出す。
「よぉ~、かわいこちゃん。こんな夜遅くに街中をほっつき歩くなんて悪い子だなぁ~」
「可哀そうに……せっかくカワイイのにそんなボロを着て……嬢ちゃん?もしかしてこの不況で親に捨てられた子?それとも家族を養う為にこれからお仕事?」
「せっかくだからオジサン達と遊んで行かない?これは内緒の話なんだが、俺ら代官様に雇われていて、それなりにお金持ちなんだ。お礼はたっぷりするからさ。いいだろう?」
昼間はそれなりに人通りもあるこの場所だが、夜はならず者達が支配する無法地帯。
力の無い者達が足を踏み入れたが最後。
蜘蛛の巣にかかった蝶のように食い物にされる未来だけが待ち受けていた。
「こ……来ないで。どうして私がこんな目に……」
少女はキラキラと輝く琥珀色の瞳に大粒の涙を溜め、震える声で怨嗟の言葉を呟いた。
「そりゃお嬢ちゃんがこんな時間に街をうろついてる悪い子だからだよ」
「そうだぜ。夜の街はアブねぇから出歩いちゃいけねぇってパパとママに習わなかったか?」
「おいおい、言ってやるなよ。きっとパパもママもいねえんだよ。代わりに大人の俺らが教育してやらねぇとな」
「でも、近くで見たらホントに別嬪さんだな」
男達はいやらしい笑みを浮かべながら、ジロジロと少女を品定めした。
絹のように細く艶やかな水色髪。
本物の琥珀すら及ばない程に輝く美しい瞳。
透き通るような白磁の肌。
少女から大人の女に成長する途中の瑞々しい肢体。
人間離れしたビスクドールのような美貌に、男達の卑しい妄想は最高潮に膨らんだ。
「ヤダ……助けて……来ないで……来ないでぇええええええええ!」
腰を抜かした少女がその場にへたり込む。
恐怖に震え、慈悲を求める少女の懇願が男達の嗜虐心をいっそう駆り立てる。
男達は複数人掛かりで、少女の細い手足を乱暴に拘束した。
「心配しなさんなって……俺達は紳士だから悪いようにはしねぇって」
「そうそう、ご飯だって食べさせてあげるし、お礼だってしっかりする」
「日々の仕事で凝り固まった身体と溜まったストレスを解消してくれたらな……ヒッヒ……っ!」
男達の一人が少女に覆いかぶさろうとした瞬間、異変が起きた。
不意に一陣の風が吹く。
泣き叫ぶ少女に乱暴しようとした男の一人が地面に倒れた。
「な……何だ……うっ!」
「おい!どうした!いきなり倒……ぐっ!」
「おい、コラ!いったい誰だ!隠れてないで出てきや……ぐぎゅ!」
透明な風と男達の悲鳴が中央広場を支配した。
男の手に持ったランプが地面に落ち、辺りは完全な闇に飲み込まれる。
それから数瞬……バタバタと倒れた男達が山積みとなった広場に秩序と静けさが蘇る。
「全く世も末だな。こんな連中が代官の部下などと……」
透明な空間から一人の男が姿を現す。
現場を一部始終目撃していたレイだ。
レイは男達を一瞥した後、鋭い目つきで少女を睨みつけた。
「あの……あなたは?」
少女は琥珀色の瞳を大きく見開きながら、何もない空間から現れたレイを凝視した。
「よくもぬけぬけと……」
レイは怒りを噛み殺しながら、ビームブレイドを抜き、少女の首元に突き付けた。
少女を間近に見たレイは、どうしようもない殺意に駆られていた。
「エッ……ナニ?コレ?」
少女は恐れと困惑から首をフルフルと横に振った。
揺れる繊細な水色髪からは正真正銘の恐怖が滲み出ていた。
「どうして貴様がここにいる?拷問狂ファラリス」
レイはギリギリと歯ぎしりしながら、水色髪の少女……ファラリスを今一度睨みつけた。
この少女とは一万年後の未来で会った。
彼女は身体を機械的に改造されたサイボーグ。
そして一万年間、何の罪も無い子供達を拷問にかけて殺し続けた本物の悪魔だ。
目の前の少女の姿に嫌悪感しか感じない。
だが、レイはファラリスを即刻殺す事ができなかった。
彼女が引き起こす残虐非道な行為は、土の四大精霊ノームの誕生に大きく関わっている。
レイは歴史を変える事を躊躇っていた。




