第二百十九話 マオの物語~Star Seed~
「あれはいつの事だったでしょうか?何万年前……何十万年前……もしかしたら何億年前かもしれない」
マオは目を細め、自分の記憶を辿るようにポツポツと語り出した。
「あれは最初の周藤嶺……便宜上一番目と呼びましょうか。一番目が偶然外宇宙への航路を発見した時の事です。一番目がワープアウトした直後、探索範囲内には一つの惑星がありました。フェンリルのレーダーで調べた結果、惑星には文明の痕跡がありましたが、既に滅んでいました」
マオの言葉にレイは息を呑んだ。
自分がタイムワープをしなければ……ルミナスは滅んでいた。
「一番目は惑星を探索中、謎の高エネルギー体を発見しました。高エネルギー体は一番目の存在に気付くと、すぐさま一番目に飛び込んできました。一番目は高エネルギー体を避けきれず、そのまま飲み込まれ、気づけばフェンリルでグリセリアの上空を飛行していました」
「……」
謎の高エネルギー体の正体は気になるが、きっと今となっては分からないのだろう。
レイは言葉を区切り、険しい顔を浮かべるマオの言葉を待った。
「グリセリアは宇宙艦隊に襲われていました。一番目は罪も無い市民を虐殺する宇宙艦隊を見て、激しい怒りに駆られました。一番目は正義感と憤怒とフェンリルの火力で空の悪魔を殲滅しました。でも彼を待っていたのは称賛でも感謝でもありませんでした」
マオが苦虫を噛み潰したような表情を深める。
「焼き払われた街並み。荒廃した国。家を焼き出され、住処を追われ、肉親を失った人々。宇宙艦隊を倒しても、大地は嘆きと怨嗟に満たされておりました。そして、憎しみの矛先を失った民衆の憎悪は一番目へと向きました」
マオは数瞬ほど逡巡し、喉から石を吐き出すような苦しげな表情で呟いた。
「人々は一番目をこう呼びました……空の悪魔と」
レイは一番目の想いが痛いほど分かった。
彼がルミナスに辿り着いたのは事故だ。
放っておいても、彼に罪は無かった。
だが、目の前の虐殺を許す事ができなかった。
きっと彼は辛かっただろう。
だが、後悔は無かっただろう。
例え人々に恨まれたとしても……
「一番目は自分がタイムスリップをした事を知りませんでした。その後、一番目は名をシュターデンと変え、グリセリアの復興に尽力しました。やがて現地の女性と結ばれ、ささやかながらも幸せな家庭を築き、穏やかな一生を終えました」
マオが懐かしむように目を細めながら語り終えた。
レイはホッと胸を撫で下ろした。
一番目の行動は報われなかったかもしれない。
それでも彼は最終的には幸せになった。
それは一番目の努力と、彼を受け入れてくれた女性のおかげだろう。
自分はそんな人と結ばれる事があるのだろうか?
レイの脳裏に、アメジストの紫瞳と絹のような銀髪の少女の姿が過った。
「一番目が死んで一万年後、事態は変化しました。宇宙艦隊に滅ぼされなかったルミナスは当然健在でした。しかしその『世界』には魔素も観測者もありませんでした。外宇宙へと進出した宇宙艦隊はオモイカネの定めた秩序の下、ルミナスを銀河同盟の植民星としました」
マオが再び苦々しい口調で語り出した。
レイはマオと同じく苦々しい想いを抱きつつ、内心納得していた。
魔素が無いルミナスに宇宙艦隊への対抗手段は存在しない。
「二番目の周藤嶺は植民星の駐在武官として、ルミナスに赴任しました。二番目が担当したのはグラーフ草原。そこで二番目は一人の少女に出会いました。彼女は一番目の子孫でした」
マオの声のトーンが一段低くなった。
彼は一番目の無念と二番目の苦悩の両方を知っているのだろう。
その表情は見ているだけで痛々しい。
「二番目はまともな倫理観を持った人間でした。少女は宇宙艦隊の蛮行を責め、二番目を痛烈に非難しました。二番目はそれを甘んじて受け止めました」
マオは静かに深呼吸をした。
一番目の子孫が二番目を罵る光景は、彼にとってはさぞや苦痛だっただろう。
まるで胸に刃を突き刺されたような表情だ。
「少女は二番目を先祖の墓に引きずっていきました。二人が墓に辿り着いた時、異変はその時に起きました……一番目の体内のアラヤシキが一万年の時を経て、魔素へと変貌していたのです」
マオの声に力がこもる。
「魔素は精霊が生まれる時と同じプロセスを辿っていました。一番目の人格を元にした精霊。最後までルミナスを愛し、妻を愛し、子孫の平和と繁栄を願った男の人格。それがわたくし……無属性の精霊マオ……『Star Seed』の正体です」
マオは一気に言葉を出し尽くした後、精魂尽きた様子で肩を落とした。
……それからしばしの沈黙が何もない空間を支配した。
「マオさん……その後、二番目はどうなりましたか」
レイはマオが回復したのを見計らって、続きを催促した。
「わたくしは……いえ、一番目の遺志は二番目……周藤嶺を再び一万年前にタイムワープさせました。一番目のDNAには、謎のエネルギー体から受けたタイムワープのデータが刻み込まれておりました。『永劫』にも使われているタイムワープのカギは、周藤嶺のDNAに刻み込まれた記憶そのものなのです」
マオは少し疲れた声で再び語り始めた。
「わたくしから一番目の記憶を引き継いだ二番目は、自分がタイムトラベラーである事を知りました。それと同時に自分が魔法という不思議な力を使えるようになった事を知りました。二番目は魔法の力で過去の宇宙艦隊を倒した後、一万年後の脅威に対抗する為に、とある方法で自らの魔法の力を後世に残そうとしました」
「とある方法とは?」
「お答えできません。あなたの行動の枷になる可能性がございます」
レイの問いにマオは首を振った。
答えは自分自身で見つけろという事か。
「二番目は魔法を後世に残す事には成功しましたが、一万年後の宇宙艦隊を倒すには不十分でした。そして宇宙艦隊に敗れたルミナスに三番目の周藤嶺が訪れ、また同じ事を繰り返しました」
マオの表情に影が差した。
彼が暗澹とした顔をしている理由をレイは察した。
彼は無数の周藤嶺の死と挫折を繰り返し見続けてきたのだ。
「レイ=シュート殿。『Star Seedプロジェクト』の真の目的は、一万年後の脅威を退ける『救星主の種』をルミナスの歴史に芽生えさせる事です」
「『救星主』は自分ではない。自分はあくまでも種。そういう事ですね」
レイの言葉にマオが小さく頷いた。
「無数の周藤嶺は無数のトライ&エラーを繰り返しました。先ほどレイ殿がした疑問の答えになりますが、ティアラの両親を生存させた場合、グリセリアはシュターデンを異端視し、抹殺しようとしました。宇宙艦隊の脅威を知らないグリセリアにとって、シュターデンこそが危険分子だったのでしょう。
結果、宇宙艦隊……空の悪魔に後れを取り、グリセリアは滅ぼされ、王族は根絶やしとなり、トワの存在も無かった事になりました。そして、一万年後のルミナスは最も悲惨な形で滅びました。これについては何回試してもそうなるという歴史的に確定された事象でした」
マオが苦悶の表情を浮かべながら言葉を紡いだ。
マオにとって、そして無数の周藤嶺にとって、ティアラの両親を見捨てるのは苦渋の選択だったのだろう。
レイはそう納得できてしまう自分に、自己嫌悪を覚えた。
それでも……
「マオさん……『Star Seedプロジェクト』については、これ以上聞きません。きっと自分で考え、自分で答えを見つけなければいけないのでしょう」
無数の周藤嶺が積み上げてきた歴史を無駄にしてはいけない。
無数の周藤嶺が望んだ未来。
そして自分自身が望んだ未来を掴むために、自分は今、この場に立っているのだ。
「はい。やはりあなたは周藤嶺なのですね」
マオは薄っすらと目を細めた。
彼にとっては何十回、何百回と繰り返して来たやり取りだろうに……
それでも彼が嬉しいと思っている事だけは、レイにも伝わってきた。
「レイ殿。疲れたらまたわたくしを尋ねて下され。わたくしはマオ。わたくしは無属性の精霊。わたくしのマスターは全ての周藤嶺でございます」
慇懃に礼を執るマオが、光となって消えていく。
キラキラと輝く粒子がレイの身体に再び溶け込んでいく。
「はい、また会いましょう。マオさん」
レイは小さく呟いた。
背負った重荷はますます重くなったかもしれない。
それでもレイはその重さが誇らしく思えた。
自分は独りじゃない。
自分の中には無数の周藤嶺が……そして、自分達を見守り続けてくれた心優しい精霊が共にいるのだから。




