第二百十六話 視察
タイムワープから四ヶ月余り、夏の暑さも本格的になった頃。
これから一雨振りそうな曇天の下、レイ達が訪れたのは荒んだ港町。
グリセリア東部に位置するワイマール領の貿易都市ユルゲンだ。
「ティオ、ここが領都ユルゲンか……思ったよりも荒れているな」
「そうね。こっちが法整備やら新しい大臣の選出やら予算編成やらに忙殺されている間に……」
レイの隣にはパステルカラーの半袖シャツとひざ丈ほどのスカートをゆらゆらと揺らした爽やかな恰好のティアラ。
メガネと麦わら帽子で変装しているが、その美貌と王族特有の気品だけはどうしても隠し切れない。
かくいうレイもパイロットスーツのホログラフでカジュアルな半袖ベストとスラックス姿に偽装しているが、持ち前の鋭い目つきだけはどうにもならない。
「せっかく王城から離れてバカンスだと思ったのに、天気はサッパリだし、街は全然活気がないし……」
「ははっ……お疲れ様。バカンスはまた今度な」
ティアラが閑散とした街並みを見回しながら肩を落とす。
リーングレイス公爵を宰相に置いた事と、ティアラの力を知って協力的になった諸侯のおかげで政務の方はある程度落ち着いたが、それまでの間、ティアラは激務に追われていた。
久しぶりに視察という名目で王城から離れられたのが余程嬉しかったのだろうけど、蓋を開けてみればこのざまだ。
彼女の失意は中々に深そうだ。
「まずは目的を果たそう」
勿論レイ達の目的はバカンスなどではない。
領主が逃げて統治者がいなくなったワイマール領の、新領主選定並びにその為の視察。
それがレイ達の本来の目的だ。
「そうね、まずは宿を取らなきゃ」
「偽造身分証をもう一度しっかり確認した方がいい。宿帳に本名を書いたら目も当てられないからな」
「うるさいわね。分かってるわよ、クオン」
悪態を付きつつ、ちゃんと財布から偽造身分証を取り出すティアラの律義さに、レイは思わず目を細めた。
レイの今の名前は『クオン=アスター』。
仲間の名前を勝手に拝借している。
因みにティアラは『ティオ=グラーフ』。
こちらもトワの名前を勝手に拝借。
スズバヤシは知り合いに同姓がいたので今回は採用を見送った。
一応二人の身分は、同じ農業部門の役所の同僚という事になっている。
今回の目的も表向きは土の精霊による農業の普及。
ワイマール領はまだまだ魔素の濃度が低いので、農業を通した魔素の拡大も兼ねてだ。
閑話休題。
偽造身分証を睨みながら、うんうんと唸り声を上げるティアラの肩を、レイがポンと叩く。
「さて、いこうか。街の様子を確認するのも立派な仕事の一つだ」
「えぇ。しっかりエスコートしてね」
「……仰せのままに」
頬を赤らめたティアラがスッと右手を差し出す。
レイも頬がカァっと熱くなるのを堪えながら、白く滑らかな彼女の手を取る。
「ところでクオン。ここに来る時に使った車はどうしたの?」
「あぁ、装甲車ならホログラフをかけて、郊外の岩場に隠している。あれなら空の悪魔でも見つけられないだろう」
ティアラと手を繋ぎながらの他愛も無い会話。
彼女の何気ない仕草のひとつひとつが、彼女の何気ない言葉のひとつひとつが、レイにはとても眩しかった。
どんよりとした空の下であっても、薄汚れた街中であっても、彼女の輝きは陰る事が無かった。




