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第二百十五話 送り火の儀式とレイの願い(まほう)

 ……切ない想いを抱いたまま、正装に着替えたレイは正門広場へと辿り着いた。


「正装なんて軍の入隊式以来だ」


 広場の中央には二つの棺と、棺を彩る色とりどりの花々。

 そして棺に向かって祈りを捧げる黒い喪服のティアラと聖職者。

 厳かな空気に包まれた国葬の会場で、途方に暮れたレイはポツリと呟いた。

 着替えたはいいが、どこで何をすればいいか分からない。


「シュターデン。こっちだ」


 キョロキョロと周りを見渡すレイをウィリアムが会場の隅へと手招きする。


「ウィリアム様……こんなところで油を売っていても宜しいのですか?」

「ふっ、君が気にするような事ではないよ。それよりも中々様になっているじゃないか。馬子にも衣裳かな?」


 爽やかな笑みを浮かべる貴公子にレイは眉をひそめる。

 こういう正装(ふく)を着慣れていないのがバレバレのようだ。


「君はずっと戦ってきたのだろうから、こういう場に慣れていないのは分かる。だが慣れてもらわなくは困る。これから君はティアラ様の隣に立つのだから」


 ウィリアムがゆっくりと棺の方に向かいながら、神妙な顔つきでレイに呟いた。


「……何を言っているのですか?女王陛下の隣に立つのはあなたの役目でしょう?」


 レイは殊更に怪訝な表情を浮かべた。

 婚約者(ウィリアム)の言っている事が、心底不可解だった。


「人々には英雄が必要だ。そしてその資格があるのはシュターデン……君だけだ」


 ウィリアムの言い分に、レイの頭に嫌な予感が過る。


「シュターデン。君の功績を隠す事はもう不可能だ。シャンティン要塞を救った白い怪人は余りにも多くの人々に知られてしまった。民は白い怪人の正体を知りたがっている。自分達を救ってくれる英雄……『救星主』を」


 レイは激しい頭痛を堪えながら、必死に現状を打開する言葉を探した。

 このまま英雄に祭り上げられては堪ったモノではない。


「随分勝手な言い分ですね。自分は英雄になる事を欲していないというのに」


 結局、穏便に且つ論理的に断る言葉が思い浮かばず、自分の心境を吐露した。

 英雄なんて面倒極まりないモノになるのは御免被りたい。


 その返答にウィリアムが苦笑いを浮かべる。


「君はそう思うだろうが、正直もう手遅れなんだ。君は第三騎馬隊の魔法指南を引き受けた。第三騎馬隊は勇猛で忠誠心の高い騎士隊だが、霊術が使えない爪弾き者の集団でもあった。そんな彼らが不思議な力を使えるようになった。そしてそれを教える教官は、第三騎馬隊が束になっても敵わない程の強者(つわもの)。その教官と白い怪人を結びつける人間が一人もいないなんてありえないだろう?」

「…………」


 レイは完璧な理詰めに言葉を失った。


「年貢の納め時だ。君は英雄としてティアラ様の隣に立て。それがティアラ様の望みだ」


 レイは隠す事無く顔をしかめた。

 この婚約者はいったい何がしたいのだ。

 これではまるで……


「……ティアラがそう言ったのですか?」

「言っていない」


 知っていた。

 ティアラが言うはずがない。

 彼女は自分との約束を真摯に守り続けている。

 例えそれで彼女自身の立場が苦しくなっても……


「だが思っているはずだ」


 ウィリアムがティアラの声を代弁するように言葉を紡いだ。

 確かに一国の女王として、英雄を側に置いておきたいだろう。

 だが……


「英雄シュターデンにではない。ティアラ様は他でもない君に隣にいて欲しいと思っている。断言してもいい」


 ウィリアムが小さく、力強く言い切った。

 レイにとって、それは予想外の言葉だった。

 彼の言葉は婚約者としてあまりにも不適切だと思った。


「シュターデン……『送り火の儀式』が始まる」


 ウィリアムが棺の方を指差した。

 レイは彼を問い詰めたかったが、結局その言葉を飲み込んだ。


 レイの視線の先には、棺の前で亡き両親に祈りを捧げる悲しくも神秘的なティアラの姿があった。


「偉大なるグリセリアの王と王妃……そしてワタシの最愛の父と母。二人を失った事はこの国にとっても、ワタシ自身にとっても大きな損失であり、深い悲しみです。ですがワタシ達に立ち止まる事は許されていません」


 ティアラが朗々と力強く、女王としての言葉を奏でる。


「先日の王都襲撃、ミシディア砦の陥落が示す通り、空の悪魔は強大です。しかし我々は生きている!グリセリアは生きている!先王と王妃が残した美しき我らが祖国は生き続けている!」


 参列の貴族や民衆が見守る中、熱弁するティアラの身体が真っ赤に燃える。


「フェネクス!?」


 レイは目を見開いた。

 ティアラから出た炎が鳥の形を成す。

 火の中級精霊フェネクスだ。

 何故こんな場所で……レイは答えを求めて、ウィリアムに視線を送る。


「君のおかげだ。『送り火の儀式』とは霊術の炎で先王を天界の送り、新王が正式に立った事を内外に示す為の儀式。君がティアラ様に魔法を授けてくれなかったら、単独で儀式を行えなかっただろう」


 ウィリアムがレイの方に向き直り、深々と頭を下げた。

 そこには正真正銘の感謝があった。


 しつこいようだがティアラは霊術を使えない。

 霊術が使えないなら、当然『送り火の儀式』はできない。

 つまりティアラは元々単独で王になる資格はなかったのだ。


 だが、レイが魔法を教えた事で状況が一変した。


 彼女が操る火の精霊フェネクスは、この時代最高の霊術使いを凌駕する火力。

 霊術の才能が無い彼女が、この国最強の戦力になってしまったのは、どうしようもない皮肉だろう。


 炎の鳥を従えた神々しい女王に歓喜する民衆を、レイは苦笑いを浮かべながら眺めた。


「お父様、お母様。ティアラはお二人が残してくれたグリセリアを守っていきます。どうか天国で見守っていて下さい」


 ティアラが右手を振り上げ、そして振り下ろす。

 その動きに呼応するように、フェネクスが灼熱の業火で二つの棺を焼き尽くす。


 立ち上る火柱。

 燃え上がる炎に参列者達の反応は様々。


 強力な新王の誕生に歓喜する者。

 先王夫妻との別れに涙する者。

 新王ティアラの力に恐れおののく者。

 如何に新王に取り入るか画策する者。

 今までティアラを蔑ろにしていた事で咎めを恐れる者。


 パッシブで発動されているセンサー魔法は索敵には便利だが、こういう時に余計な声まで拾うのが玉に瑕だ。


「さぁ、ティアラ様のところに行こう。無事に勤めを終えた我らが女王陛下を労わなくては」

「ちょっ!ウィリアム様!」


 ウィリアムがレイの手を掴み、群衆の波を掻き分ける。

 レイは有無を言わせぬ強引さに抗議の声を上げたが、ウィリアムはそれを黙殺した。


「女王陛下。見事な『送り火』でございました。亡き先王夫妻も陛下の御立派な姿をご覧になられて、きっとご満足なさっている事でしょう」


 レイを引きずって、ティアラの御前に進み出たウィリアムが、賞賛と共に恭しく彼女の前で跪く。

 レイも慌ててウィリアムに倣って膝を折った。


「ありがとう……そうだといいわね」


 力なく微笑むアメジストの紫瞳にはうっすらと涙。

 民衆や貴族達にとっては新しい女王の誕生なのだろうが、彼女にとってはかけがえのない両親との別れなのだ。

 儚げに笑う彼女の表情を見ているだけで胸が苦しくて、レイは騎士らしく頭を下げるふりをして彼女の顔から目を背けた。


 隣のウィリアムもそんな事は百も承知だろう。

 彼の肩が一瞬震えて見えたが、直ぐに収まり、今度は笑って見せた。


「ここに集まってくれた全ての人々に宣言する!ここにグリセリア史上最も強く最も偉大な女王が誕生した!今日は先王が亡くなられた事を悼む日であると共に、悲しみを乗り越えて前へと進み、空の悪魔と戦う事を誓った歴史的な日でもある!ここで皆に紹介したい者がいる!」


 ウィリアムがレイに目配せし、立つように促す。

 正直、ここに来た段階でこうなる事は分かっていた。


 ウィリアムは言った。

 シュターデンと言う名の道化(えいゆう)になれと……


「ちょっ!ウィ……」

(ティアラ)

「ひぃ!」


 ウィリアムに突っかかろうとするティアラを、レイはアスを通じて彼女の脳内に直接語り掛ける事で制止した。

 彼女がいきなり素っ頓狂な声を上げたのは……ご愛敬という事で。


 民衆の視線がウィリアムとレイへと向く。

 ウィリアムの策に乗せられているみたいで癪だが、グリセリアとティアラにとってこれが最善の道だ。


 レイはゆっくりと悠然と、出来るだけ英雄らしく立ち上がった。


「私の名はシュターデン!こことは別の遥か遠い大陸からこの地にやって来た!私の目的は空の悪魔の殲滅である!」


 レイは声を張り上げ、英雄らしい力強い口調で、脚本家アスの台本を読み上げた。

 民衆の視線が、耳が、関心が全てレイへと向く。


「私が空の悪魔を追ってこの大陸に辿り着いた折、故あってこの国の女王陛下に力を貸す事にした。今、女王陛下が使った力は魔法……私が彼女に授けた力だ」


 レイはここで言葉を区切り、空中に向けて閃光弾を放った。

 眩い光に釘付けになった群衆の反応は様々だ。


 困惑する者。

 疑いの目を向ける者。

 ヤジを飛ばす者。

 話について来れず呆ける者。

 好奇心に満ちた目を向ける者。

 空の悪魔の仲間だと怯える者。


 そして最後に驚きと信頼が綯交ぜになった表情を浮かべる知人。


 これだけ荒唐無稽な世迷言を言っていながら、特に大きな騒ぎになっていないのは、ここにいる者の大半がレイ……シュターデンと顔見知りだからだろう。


 この二ヶ月……色々とこき使われもしたが、そのおかげで信頼を勝ち取る事ができた。

 レイは自分が行った親切が思わぬ形で実を結んだ事に、感慨深い気持ちでいっぱいだった。


「私は空の悪魔と戦う!そして空の悪魔と戦う力……則ち魔法をグリセリア、そしてルミナスの全土に授ける!」


 レイは高らかに叫んだ。

 ここにいる全ての人間に……そしてルミナスに生きる全ての人間にレイの思い(まほう)が届くように。


「我が名は魔法の創造主シュターデン!ルミナスに魔法をもたらす者なり!」


 レイは高らかに宣言した。

 道化師(シュターデン)願い(まほう)が一万年後の未来に届くように……



 パチパチパチパチ…………


 レイの隣から小さな拍手が鳴った。

 そちらに目を向けると、絹のように滑らかな銀髪を風になびかせたティアラがいた。

 そのアメジストの紫瞳には先ほどとは違った涙と笑み。


「ワタシの愛する国民よ!ワタシ達の敵は強大です!でも恐れる事はありません!ワタシ達には心強い仲間と魔法の力があります!だからどうか……ワタシ達について来て下さい!」


 ティアラはレイの演説を引き継ぐ。

 その言葉には為政者に相応しい確かな覚悟があった。


 ……

 …………

 ………………


 長い沈黙、そして……



 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 割れんばかりの大歓声。

 民衆は歓喜した。

 魔法の創造主の来訪に……そして偉大な女王陛下の誕生に。

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