第二百十四話 侍女長の本音
「何を呆けているのですか?これに着替えて下さい」
更衣室に連れてこられたレイは、セリカに一着の真新しい服を渡された。
「これは?」
レイが首を傾げながら広げると、それは青を基調とした仕立ての良い騎士服だった。
「これは?って、騎士の正装に決まっています」
「いえ、そういう意味ではなく」
レイはますます困惑した。
自分は見習い騎士。
見習いは騎士として正式な行事に出る資格が無いので、原則正装は渡されない。
「あなたはもう騎士になって二ヶ月ですよ。本来なら一ヶ月で見習い期間が終わるというのに、あなたがごねるから……あんまり姫様にご迷惑を掛けないで下さい」
セリカがツンとした表情で、レイの上着に手を掛ける。
「ちょっと!セリカさん!」
「もう!何を勘違いしているのです!何もしませんよ!」
薄汚れた服を脱がされる……事は無くレイの上半身をセリカがペタペタと触る。
「うん、サイズは大丈夫そうですね」
セリカがそっけなく呟いた。
レイの脳裏には以前の悪女ムーブがこびりついているせいか、何かされるかと身構えてしまったが、本当に何もする気は無さそうだ。
「シュターデン様。何を呆けているのですか?もしかしてわたくしにお着替えさせたいのですか?もしご所望なら全身ひん剥いて、その先の事もして差し上げますけど?」
モタモタと動かないレイに、セリカが振り返りもせずに呟いた。
その声色は今までのような異性を挑発するような蠱惑的なモノではなく、どこか寂しげだった。
「わたくしね……結構本気だったんですよ。シュターデンさんの事」
レイはハッとした。
振り返った彼女の赤みがかった黒の瞳は僅かに潤んでいた。
「今だけでいいからわたくしの物になって……ってお願いしたらあなたはどうしますか?」
寂しそうに笑うセリカにレイは首を振った。
レイは彼女の……いや、誰からの想いにも応える事ができない。
「ふふっ……自惚れないで下さい。あなたみたいな女心の分からない鈍感男、こちらから願い下げです」
セリカが胸が締め付けられそうなほど綺麗に笑った。
レイは自分がとても悪い事をしているというのだけは分かった。
「そんな顔しないで下さい。それから謝るのも無しです。あなたみたいな朴念仁に振られたとあってはわたくしのプライドが許しませんから」
セリカは再びこちらに背を向け、いつもの凛とした足取りで更衣室を後にした。
「アス……どう思う?」
レイは相棒に呟いた。
『覚悟を決めろ……と言う事ではないでしょうか?』
アスの言葉がレイの胸に突き刺さった。
セリカは彼女なりにレイの事を想ってくれていた。
でも彼女は身を引いた。
国の為、立場の為、理由は色々あるだろう。
考えてみれば、彼女もまた自分と同じだったのかもしれない。
自分の初恋相手は婚約者持ちで、仲間のご先祖様。
ヒョイっと現れた国の命運を握った得体の知れない異邦人に、誤った感情を持ってしまった彼女に通じるモノがある。
彼女の小さな背中はこう言っているのかもしれない。
……叶わない想いを貫くのか、きっぱり捨てるのか、いい加減はっきり決めろと。
「やる事は変わらない……か」
レイは騎士服に袖を通しながら問題を先送りした。
仲間と合流する、空の悪魔を倒す、自分達の時代に戻る。
レイが何を思おうと、この行動指針だけは絶対に揺るがないのだから……




