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その上で分け与えた生命も削り取られる。だが、この術にかけるしか他に手はない。
ユリと孤児院で離れてから、幾星霜を経て、やっと再び巡り会えたんだ。
「ユリ。お前は絶対に死なせない!俺が守るって約束したもんな——」
彼は切り傷から血を拭うと、左胸に指で円を描いた。そしてユリの左胸にも、同じく自身の血で染まった指で円を描く。
両手を交差するように互いの左胸に当て、デイジーは目を閉じた。彼の全身から紅い光が放たれ、光が水流のようにユリの体に流れ込む。やがて、彼女の心臓が脈動を始め、咳込みながら息を吐き出した。
「……ユリ。良かった」
デイジーが安堵した直後、身体中を引き裂くような痛みが走る。
「——これはっ!禁術の反動か……?」
あまりの激痛に彼は身をよじらせ、両腕で自身を抱きすくめる。そして所在無くふらふらと岬の縁まで後ずさり、そのまま遥か下の岩礁が浮かぶ海へと落ちていった。数日後、デイジーは、岬から少し離れた浜辺に打ち上げられている所を、散歩していた街の住民に発見された。
搬送された病院で、意識を取り戻したデイジーは、以前の記憶を失っていた。医師からは逆向性健忘と診断されたが、問題は、彼が身分や戸籍を証明出来るものを、何一つ持ち合わせていない事だった。
だが、幸運なことに以前働いていた、工事現場の親方がデイジーの入院先を探し出し、身元引き受け人になってくれた。
空襲以来、所在が掴めなくなった俺のことを気にかけていたらしい。
記憶喪失の件を聞くと、親方はさして気にする様子もなく「そのうち、何かの拍子で思い出すさ」と言いながら、デイジーの頭を豪快に叩いた。
デイジーは修繕工事の現場に戻り、事故前と変わらぬ動きで働き大工仲間から重宝された。それは同時に、彼が禁術の『閉じ方』を忘れていることを意味していた。常時、能力を開放させたままデイジーの命は徐々にではあるが、確実に削れていくことになる。
彼が記憶を失ってから、半年が経とうとしていた。年が明け、二月に入ったある日、俺は宿舎の自室にある窓から外を眺めていた。
降りしきる雪が、道路を、木々を、建物を白銀に染めている。その景色は、まるで違う土地に来たかのような違和感を覚えさせた。
——突然、眼前の景色が暗転し、デイジーはいつの間にか黒髪の少女の前に立っていた。
「……えっ!?」
デイジーは訳も分からず立ちすくむ。
——何だ、この部屋は。それに目の前に居る、この少女は、誰だ。




