月の光に照らされたそれぞれの想い 1
翌朝、ユリとデイジーは岬近くの砂浜に打ち上げられている所を、ハワード達に発見された。
二人は直ちに病院に搬送されたが、不思議なことにユリは、ほぼ無傷の状態だった。
デイジーの方は、頭を崖下の岩にぶつけたようで、意識不明の状態だが、命に別状はないとの診断が下った。
「しかし、あの岬から落ちて軽傷で済むとは……。まぁ、二人ともひとまず無事でよかった」
クラークが眉間にしわを寄せ、髭をさすりながら呟く。
病院の待合室には、ハワードとクラーク、カスミ達が沈痛な面持ちで座っていた。
「ユリちゃんを引っ張り上げようとするデイジー君を見た、とローランドが報告してきた時、最悪の事態を想定しましたが……。そもそも私の読みが甘かった。まさかユリちゃんが敵機を撃墜した事に、ここまで自責の念を持っていたとは。彼女のお陰で、この島は救われたようなものだ。それなのに——」
ハワードは、苦虫を噛み潰したように顔を歪めている。
「あまり自分を責めるな。お前の気持ちは分かるが、人間が他人に、百パーセント全てを晒け出して生きている事などありゃせん。例えそれが、一つ屋根の下に住まう家族であってもな」
クラークは労わるように、ハワードの肩を叩いた。
——誰だろう。私を呼ぶ声が聴こえる。泣いてるの?どうして。私はここに居るよ。
重く閉ざされた瞳に、橙色の西日が差し込んできた。光の向こうにアンナとジュリアの姿が浮かんでいる。
アンナは自分の寝ているベッドに突っ伏して、何かを喚いていた。
「……アンナ」
消え入りそうに儚げな声で、彼女に呼びかける。ユリの声に気づいたアンナが顔を上げた。
ベッドのシーツには、大きな染みができている。アンナは赤ん坊のように、ユリに抱きついてきた。
「バカ!何一人で突っ走ってんのよっ!それは私の役目でしょ!」
いきなり凄い剣幕で、アンナは喚きだした。彼女の目は真っ赤に充血している。
「なんで相談してくれなかったの?一人で抱え込んだ挙げ句、飛び降りるなんてさ……。どんだけ心配したと思ってんのよ!」
睫毛の裏に涙をたたえながら、アンナは堰を切ったように、ユリに向けて感情を吐露した。
「アンナ……本当に、ごめんなさい……。泣いてるんですか?」
「泣いてなんかない」と言いながら、彼女は顎をしゃくる。その拍子に真珠のような水滴がアンナの瞳からこぼれる。
「ユリ」
ジュリアの声が聞こえた。彼女はアンナの後ろで椅子に腰掛け、果物ナイフで林檎の皮を剥いていた。
「ジュリアさん……私」
「ユリ。おかえりなさい」
ジュリアはひまわりのような、暖かな笑顔を彼女に向けた。
ユリの目の縁に、自然と涙が湧き上がる。
「ただいま。ジュリアさん」
感極まった声でそう言いながら、ユリはデイジーのことを思い出した。
彼は私を助けようとして、一緒に海に落ちたはず。その後の事は、記憶に無い。
「あの、デイジーは無事でしょうか?」
ジュリアはユリから視線を外すと、病室の端に目を向ける。
「大丈夫。崖下の岩に、頭を強く打ったみたいだけど、後遺症とかが残るような怪我じゃないって」
ユリがジュリアの視線の先を見ると、デイジーが頭に包帯を巻かれ、ベッドに横たわっていた。口元には人工呼吸器がつけられている。
「デイジー。私のせいであんな……」
俯くユリにジュリアが近づき、彼女の髪を撫でながら、身を屈めた。
「ユリの王子様は、あなたに生きて欲しいって、心から願ったんだよ。それは私達も同じだよ?」
ジュリアの碧眼が、茜色に染まった夕焼けの逆光を浴びながら、潤んでいる。
「……はい。はい……。はい……」
彼女の言葉に、ユリは何度も、何度も頷いた。




