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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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 雨だ。頰に雫が落ちるのを感じた。

 ユリは意に介する様子もなく、歩き続ける。

 雨の勢いが次第に強くなり、髪や制服に水が染み込んでくる。彼女の行き先は決まっていた。

 私が、大量の人命を奪った場所。自分の罪をあがなうには、あの場所が最適だと思った。

 今まで私は、自分が犯した罪を平然と忘れていた挙句、争いや戦争のない世界が訪れることを祈り、周囲の人間に吹聴していた。

 何て、最低の偽善者だ。

 気がつくと、目的地の岬にたどり着いていた。ここに来るのは久しぶりだ。

 風雨にあおられ、地面に生えた草花や木々が、左右に揺れている。

「ユリ!!」

 背後から、デイジーの声が聴こえた。振り返ると、彼が息を切らしながら、私から五メートル程離れた場所に、立ち尽くしているのが見えた。

「……やっぱり、ここだったか」

 デイジーは雨でずぶ濡れになりながら、正面に立ちすくむユリを見つめた。

 彼女の表情は病室で見た時のまま、暗い泥沼に落ちたかのように沈んでいる。

「デイジー。私、生きていちゃ駄目なんです……」

 彼女は形の整った唇から、絞り出すように声を上げた。

「私……この岬で、大勢の人の命を奪いました。あの時……。島に飛行機から爆弾が落とされて、私は無我夢中でやめてと願いました。でも、あんなものを具現化しようなんて……思ってなかった。ただ——誰も傷ついて欲しくないって、祈っただけなのに」

 彼女の告白を、デイジーはただ黙って聞いていた。

「私が具現化したものによって、この島を攻撃した飛行機は、全て海に落ちていきました。その飛行機に乗っている人もろとも。私は立派な人殺しです。それなのに、それなのに——私はその事を忘れ、争いは止めてだの、暴力はいけないって、みんなに言ってきました」

 ユリの瞳から、とめどなく涙が流れている。

 涙は吹き付ける雨と混じり、彼女の両頬を濡らす。

「デイジー。私、苦しいんです。胸が張り裂けそうなくらい、苦しいんです。自分が犯した罪が、私に生きていちゃ駄目だって囁くんです……」

ユリが岬の突端に、一歩進みでた。

「デイジー、ありがとう。そして、ごめんなさい……」

 彼女の体が、宙に浮いた。これでいいんだ。私は目を閉じる。これで。途端に、腕に圧力を感じた。

 海へと身を投げたユリの腕を、デイジーが岬の縁で握りしめていた。

「デイジー、お願い、離して……」

 デイジーに腕を握られ、宙に浮いたまま、ユリは彼を見上げ哀しげに囁いた。

「——言いたいことはそれだけかよ。言いたかったことは、それで全てか?」

 彼の指に力が入り、ユリの腕に痛みが走る。

「……デイジー」

「俺さ。お前のこと、何にも分かってなかったよ。ユリがこの岬で起こした事も……。その事でお前が、こんなにも罪の意識に苛まれることも、全然知らなかった」

ユリの顔に、しずくが落ちる。それは雨粒ではなかった。しずくがユリの頰を伝って、唇に流れ込んだ。

 ——しょっぱい。デイジーの瞳から濁流のように、涙がせきを切って流れ出し、私の顔に零れ落ちた。

「……だからユリの気持ちが分かるなんて言わない。でもな!どんな事があろうとも、ユリ、お前は絶対に死なせない!!ユリ……前にさ、俺に協会のみんなは、自分の家族だって言ってたよな?お前が自殺したら、協会のみんな……ジュリアさんやロン、アンナ、カスミ、トオル、支部長や教官は、ずっとお前の死を引きずって生きることになるんだ!俺、思うんだけどさ。自殺は……《《死んだ人を愛していた人達の心も殺しちゃうん》》だよ。それでも……ユリは死にたいのか?」

 ユリの暗雲に包まれた瞳から、微かな光点が浮かんだ。

「俺はさ……ユリがこの岬でした事は、何一つ間違って無いって確信してるよ。例え世界中の人間が、お前を非難したって、俺は死んでもユリを味方する。だってさ……ユリが島のみんなを守ったんだよ。お前が敵機を撃墜しなかったら、この島に住む大勢の人たちが死んでいた。リリ

ーやソフィアさんだって、死んでいたかも知れないんだよ。ユリは自分の身を犠牲にして、この島を。そこに住む人々を。大切な家族を守ったんだよ!!」

 デイジーは、思いの丈を吐き出した。

 言葉が止まらなかった。彼女の腕を握りながら、語りかけている最中、ユリの死を恐れているのが、誰よりも自分自身だと感じた。

 彼女が死ぬ事は、自分が死ぬ事と同義だ。

 それは自分を創り出した主が消える事で、自身も消えてしまうとか、そんな理屈ではない。

 ただただ彼女が自分にとって、この上なくかけがえのない存在だからだ。

「デイジー、ありがとう」

 ユリは、彼を見上げながら微笑んでいた。

 デイジーを見つめるユリの瞳は、輝きを取り戻し、生きようとする意思をそこに宿していた。

 彼女はデイジーの手を、力強く握りしめる。

「ユリ……待ってろ。今、引っ張り上げるからな」

 手を握り返し引き上げようとした時、雨に濡れた草が、デイジーの身体を滑らせた。

 ——嘘だろ。なぁ、神様。何でだよ?

 せっかくユリを助けられるって時に、あんまりだろ。


 ユリとデイジーは、岬から百メートル下の海原に落ちていった。



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