平野にて
オーク軍の軍勢が、国軍の精兵を破り、1つの街を呑み込み、尚も進軍中である。その報は王国に衝撃を齎した。
王都では、早速亜人や商人、低級貴族達がこぞって王都を脱出。混乱に乗じた物盗りや、強盗の類が頻発。犯罪が横行している。
国軍は先の敗戦の報を受け、王都での籠城を決意。30万もの大軍を擁しながら、立て篭もりの様相を呈してきた。
事態を重く見た各領主は、それぞれ筆頭冒険者や衛兵団などの戦力を割き、王都での戦いへ向け、出立。
カエル達にも同様に召集がかかった。
この街からの招集者は先の戦で際立った戦果をみせた
ジャニス、コッカス、カエル、キティちゃん、レディローズの面々と、先の戦で上級へと昇格した冒険者達で構成された。
「じゃあ〜行くよ〜」
気だるそうなジャニスの声が響く
「やる気出して姐さん!」
「いよっ!リーダー!」
「ナイスバルク!」
リーダーに任命されたのは、ジャニスであった。ゴードン、グルガンの街を代表する2人を立て続けに失い(グルガンは負傷だが)、巡り巡ってジャニスへと回ってきたのだ。
「だってさー。他に誰か居るじゃーん。この街出身の冒険者がさー。アタシリーダー向いてないしさー。キティちゃんとかでいいじゃんー。地元の名士でしょー」
明らかにダラけた様子で、ジャニスが言う。
「わたくし?わたくしでもよろしくってよ?では、オークは私が相手しますので、皆さんはオーク以外を....」
((((オーク以外いねえよ!))))
という皆の心の叫びは、敢えて誰も言わず、心の中にしまい込まれた。代わりに縋るような視線がジャニスへと集中する。
「チッ!しょうがないね...しゅっぱーつ」
こうしてやる気の無いリーダーと、その一行が、王都への救援部隊として発することとなった。目指すは王都の前に広がる肥沃で広大なラーヴァ平野。
おそらく開戦の場所となるだろうとみられていた。
ラーヴァ平野までは5日ほどの旅程である。移動には、バロヴォアラボス家が所有する、竜車と呼ばれる亜竜がひく馬車のようなものが使われた。
「よろしくお願いいたしますわね。『オーキッシュ』」
「グルォロロロ」
喉を鳴らしてオーキッシュと呼ばれた亜竜が答える。後ろに乗った面々は、もはや名前にはツッコまない。
速度は馬車に劣る。しかし2日ほど走り続けられる事、また中級下位程度の魔物であれば、亜竜を恐れる為、魔物避けとしても機能する。高価な品ではあるが、貴族達の長旅には好んで使用されている。
「お金持ちっていいね!」
「私達もアンタが実験とやらでお金一杯使わなければ、そこそこ持ってるはずなんだけどね」
「激しく同意」
「いやー、そんな事ないでしょ!...ないよね?」
3人娘はいつもと変わらないようだ。
しかし、皆少なからず緊張の面持ちでいる。筆頭冒険者であったグルガンと、リーダーを務めていたゴードンの不在。少なからず精神的な影響は出ていた。
チラチラと皆の顔色を伺っていたジャニスであったが、ふとカエルの方をみると、何やら耳打ちしてきた。
コクリとカエルは頷き、馬車の外へ単身飛び出すと、そのまま帰って来る事はなかった。
「姐さん。カエルっちどこ行ったの?」
「内緒さ」
ココットの問いに、ニヤリと笑ってジャニスは応える。それだけでココットは、カエルがどこに行ったかは、大体の想像がついた。
その夜はカエルが獲ってきた、周辺の美味とされる魔物達が所狭しと並べられ、気落ちしていた冒険者達は驚き、その味に舌鼓を打った。
いつのまにか積み込まれていた酒樽で『出立式』と称した宴が催され、冒険者達は大いに騒ぎ、打ち解けた。
旅程の5日目
ラーヴァ平野を目前にし、ジャニスはカエルに偵察を頼んだ。
「どうも、イヤな予感がするのさ。ピリピリとヒリつくような、何かを感じてね」
偵察の命を受けたカエルは先行し、ラーヴァ平野を見下ろす丘へと辿り着いた。
「こりゃどういう事じゃ...」
眼下の光景を見たベロが驚き、呆然と呟く。ベロが驚くのも無理はない。そこにはオークの大軍勢が展開されているはずだったのだ。
やがて、竜車も後から追いつき、ジャニスが竜車から飛び出してくる。
「おいおいどうしたんだい?アタシは偵察を頼んだんだけどね?報告に戻ってこないから心配したよ」
しかし、どうもカエルの様子がおかしい。彼は石のように固まり、その場に立ち尽くしているのだ。
心配したレディローズの面々も、駆けてくる。カエルの様子を見たココットが、慌てた様子で駆け寄りながら、薬袋を探っている。
「ココット、どうしたんだい!?」
慌てるココットを見て、ジャニスが声をかけた。
「あれ『麻痺』状態だよ!」
「うそっ!?」
ジャニス達が慌てて駆け寄り、ココットはカエルの治療にあたる。ジャニス達はカエルの様子を横目に、ラーヴァ平野へと目を向ける。
そこに広がっていたのは、信じられない光景だった。15万とも伝えられたオーク軍の大軍勢が、その『死骸』が平野を埋め尽くすように一面を覆っていたのだ。
戦場を見渡していたジャニスの視点が一点で止まる。そこに居たのは、巨大な蛇。王国東部の沼地に生息すると言われる伝説の生物。
「ザルティスだわ!」
アヴァが驚愕の声を上げる。
王国を主戦場とする冒険者であれば、その名は必ず耳にする。蠱毒の城と、あの沼地には近寄ってはならない。そこは彼らの狩場なのだから。
その伝説の生物が、オーク達を蹂躙しているのだ。
「あの忌々しい蛇め、戦いながら横目でワシらに邪視をかけてきおった。以前のワシであれば、あのような小細工にはかからんものを...」
ココットの薬で麻痺状態を脱したベロが、恨めしそうに話す。
「ザルティスが、どうしてオーク軍と敵対しているんだろう?沼地に踏み入れた訳でもないのに」
「何か理由があるんじゃ。あの『神』に不都合な理由が。邪魔してやりたいのう」
皆が驚愕で立ち尽くし、ザワザワと騒ぐ中にあって、一際静かな人物が一人。
「ジャニス?どうしたの?」
彼女は、ザルティスの方を見つめ、わなわなと手を震わせている。
「...ようやく見つけたのさ。アタシが追い求めてるものを」
「追い求めているもの?」
そこまで言うと、ジャニスは丘を駆け下りていく。鬼気迫った表情を見て、慌ててカエルも後を追う。
「どうしたのジャニス!まさかザルティスに立ち向かうつもり?」
「必要とあらば、ね!アタシは、それよりもザルティスの横で暴れてる『アイツ』に用があるのさ!」
「横?」
カエルの視力はお世辞にも良くは無い。亜人化して、幾らかマシにはなったものの、魔物時代と大して変わりはない。
しかし、確かにザルティスの横には、火花のようなものが飛んでいる気がした。
「誰なの!?知り合い?」
カエルの問いに、ジャニスは顔を向け、ニッと口の端を上げた。
「アタシの旦那さんさ!」




