双頭の龍
我が眼前を進むは、覇道の軍勢。
我が眼前に立ち塞がりしは、有象無象。
これから行おうとしている事は、路傍の石を蹴飛ばすようなものだ。
巨大な騎獣の上に乗り、男は遥か遠くを見つめていた。
「ハカンクラル。どうなされた?」
懐かしい呼び名に、ふと郷愁を覚えてしまう。この視線の先に、あの場所はあるのだろうか?
「クルトか。その名では呼ぶなと言っているだろう?」
目線もむけず、自身の『影』とも言える存在に語りかける。
「誰もおりませぬ。文官を遠ざけ、このようにお一人で過ごされているのは何故か?」
(文官、か。愛しい我が子らだ)
『オークとしては』頭の冴える良い者達で構成されている。最近は身内を追い落とそうと、腹芸までする者が出る始末。頭がなまじ冴えるのも考えものだ。
「独りになりたい時もある」
ぶっきらぼうにそう言い、虚空を見つめ続ける。
「郷心ですか?」
ピクリと身体が反応する。
この男には、隠し事は出来ないらしい。幼少期から、我を育ててくれた者だからな。
振り向くと跪いたまま、布に覆われた顔を伏せ、側に辞している男が目に入る。鋭い眼光と、浅黒い肌が隙間から見えた。
「そうだな。そのようなものかも知れぬ。断片的な物だが、時折妙に鮮明に浮かぶのだ。サラサラとした砂。乾いた風。口の中に入った砂の感触。柔らかな手に抱かれた感触までも」
己の手を見る。黒と緑の混ざったような、そんな手の色。己が人間とオークの混血である証。オークの血は強く、混血児というのは滅多に産まれて来ないそうだ。
「灼けるような日差しでした。この辺りの気候は、些か私には寒く感じます」
側に寄ってきた男、クルトは顔を覆う布の中で、笑みをこぼす。
「お前は、もう少しそのように話し、笑え。部下達がいつも不気味がっている」
「苦手でしてね。魔物が」
では俺はどうなる?
俺も魔物ではないか。
ハカンクラルは違います。
そう言い合うのが、この後のいつもの流れだ。だが、今日はそう言い合う気にもなれなかった。
不思議そうな顔をしてクルトが見てくるが、察したのか、それ以上は語らなかった。
「ハカンクラル。スペリオル率いる分隊ですが、道中人間どもと会敵致しまして、おそらく『敗れる』でしょう」
「左様か」
まるで意にも介さないような物言いだが、予期はしていた。人間達も一筋縄ではいかない。『凶刃12振り』の内2匹は戦が始まる前に、人間どもの手で討ち滅ぼされているのだ。
「ですが、道中面白い『オモチャ』を拾いました。御披露目出来るかと」
「それは、そこに転がっている人間と関係があるのか?」
『黒狼』クルトがこの場に現れた際に一人の男が同時に姿を現していた。意識が無いのか、騎獣の上で動こうともしない。
「ええ。この男が作りし物であります故。既に後衛部隊に、そのオモチャを持たせてあります。名を『魔導砲』と申すそうで。雑兵でも使えるよう、簡略化されております」
「お前の言う事だ。期待しよう」
スッと頭を下げ、意識のない人間、ビベルと共に黒狼クルトは去る。昔から用が無ければ姿を見せない男だ。幼少の折から世話をしてもらっていたオークカイザーとしては、時折寂しくもあった。
「では、見せてもらおうか」
立ち上がり、カイザーは手を挙げる。
それだけで一斉に15万のオーク軍が、戦闘態勢をとる。例の魔導砲部隊が前に進みでる。数は少ない。
スッと敵陣を指差し、
「放て」
そう言うと、光の線が真っ直ぐ敵陣へ向かって行く。遥か遠くに見える敵陣へ光が伸びると、人間達が慌てふためいている様が見てとれた。
「重畳」
ドカッと備え付けられた椅子へ腰掛ける。もう戦は始まった。己がやる事は終わったとばかりに目を閉じ、次の戦の事を考える。
5万の部隊を少数で破った者達だ。
楽しませてくれるだろうか?
この戦場では楽しませてくれそうな者は居ない。
(強いて言うなら..)
遠くに見える片腕の無い男に視線を留める。慌てふためく人間どもの中、その男だけが冷静に指揮を執りながら、こちらに強い殺気を飛ばして来ている。
(あの男くらいのものか)
再び瞳を閉じ、今度は寝息をたてて寝てしまった。影の中に潜む伝令役のオークシャドウが驚き、慌てふためくが、それでもカイザーは起きる事はなかった。
戦は進む。やがて、戦の大勢が決してなお、奮戦する一人の男。片腕の偉丈夫。ワンハンドのアッシュが居た。
「まだだっ!ココで敗れれば、背後にある街は蹂躙されるんだぞっ!皆奮え!生きている限り武器を振るい続けるんだ!」
アッシュが大剣を振るうたび、数匹のオークが弾け飛んで行く。厄介だった魔導砲は、この混戦では使えない。
しかし混乱に陥った国軍は指揮官を失い、既に死に体。冒険者達も大勢が決するや否や、大半は逃げ出した。残っているのは、街付きの冒険者達だけ。それも最早数人だ。
「ここで踏ん張れば援軍が来る!そうすれば我々にも勝機が...」
そこまで口にした時、背後から強烈な殺気がアッシュを包んだ。
(殺される!)そう思い、アッシュは思わず背後を切り払った。
「よい得物を持っているな。同胞をそれだけ斬って尚、錆つきもせず、刃こぼれもしていないとは。見た目は無骨だが素晴らしい」
指で大剣を摘まれている。
そう認識するまで、時間を要した。
(人間!?いやっ、違うか!?)
スラリと伸びた手足。顔は人間でも精悍と言える顔立ちをしており、身体は均整のとれた筋肉に覆われている。僅かに緑の入った黒色の肌と、オークの特徴である耳の形が、人間との違いを明確に示していた。
「ぬおおおおお!!」
全力を持って剣を引き抜こうとする。だが、剣は微動だにしない。」
「そう慌てるな。少し語らおう」
笑みをさえ零して、目の前の生物は語り掛けてくる。しかしアッシュの耳には届かない。蹴りを繰り出し、なんとか離れようと必死に抗っている。
「聞く耳持たぬか。悲しいな。人間に生まれながら、語らう口を持たぬとは」
フゥと溜息を吐き、憂いをみせる生物に対し、アッシュは本能的な恐怖を覚えていた。
(このままでは殺される!出し惜しみしている暇はない)
「【ウロボロス】!!」
アッシュがそう叫んだ瞬間、目の前の生物は大きく飛び退いた。
「ほう」
そして、小さく感嘆の声を漏らす。
アッシュの失われた左腕から、漆黒の大蛇のような物が飛び出し、己を喰らおうと、その顎門を向けてきたのだ。
「ハァハァ...!!お前は、何者だ?」
息を切らし問うアッシュ。
「おや。余裕が出たか?それは良かった。我は、この群の主。世界の覇者となる者だ」
「オークカイザーか!まさかそれ程まで人間に近い容姿をしているとはな」
「フン。貴様より余程『ニンゲン』しておるわ。なんだその左腕は?バケモノではないか」
やれやれというような仕草をしながら、カイザーは呆れたように言う。
「ぬかせ。と、言いたいところだが、間違っちゃいないぜ。お前を倒さないと、コイツはオレ自身を呑み込む。だから、さっさと倒れてくれ!!」
大きく振りかぶり、大剣を振るう。紙一重で避けたそこへ、漆黒の大蛇が襲い来る。
(受けるか?いや..)
一瞬の逡巡の後、オークカイザーは大きく飛び退いた。
「おぉ、こわいこわい」
オークカイザーが居た場所がジュウジュウと音をたてて溶けていく。大蛇が通った場所は、溶けてどす黒く淀んだ土が残るのみ。
「その余裕、いつまで保つかな!」
ウロボロスが再びカイザー目掛け突き進む。それをヒラリとまた躱す。
「よいのか?余裕がないのは、貴様のように思えるが?」
アッシュを見れば、全身から汗が吹き出し、苦悶の表情を浮かべている。
「フゥーッ!フゥーッ!」
(言い返す言葉もない。ウロボロスは己の身を犠牲にして現出する【能力】だ。長引けば、オレの身体がもたない)
「いや、違うな....」
ボソリとアッシュが呟いた。
ウロボロスはオークカイザーを喰らおうと、暴れ続けている。だがしかし、涼しい顔をして、カイザーはウロボロスを躱し続け、あまつさえ欠伸などしている。
「いい加減、飽いてきたな。ぼちぼちと終わらせるか」
「それは、コイツを見てから言いな!ウロボロス!《ヒドラ》!」
漆黒の大蛇の頭が分かれ、2つの頭を持つ邪竜へと変じる。速度を上げ、なおも迫る双頭の龍。しかしそれさえも、カイザーにとっては児戯に等しく、軽々と避けていく。
「もう良いだろう?そろそろ....」
ガシッ!!
「ぬっ?なんのつもりだ?」
背後からアッシュがカイザーを羽交い締めにし、身動きをとれなくしている。
「お前を犠牲無しに倒そうなんて、土台無理な話だったのさ。そうだろ!?オレと一緒にウロボロスの腹の中へ行こうぜ!」
双頭の龍が、顎門を開き凄まじい勢いでアッシュとカイザーへ迫る。
「貴様程度の力で、我を抑えられると思っているのか?」
「思ってるさ!振りほどいてみな!」
「ぬ!?」
カイザーが力を込めるが、アッシュは振りほどけない。
「まだ若いが、優秀な錬金術師の作ってくれた薬だ!人間の知恵をなめるなよ!」
オークカイザーは周囲を見回す。
(あの瓶か)
アッシュが居た場所に転がっている小瓶。恐らくアレに、アッシュの力を増強する薬剤でも入っていたのだろう。
「その覚悟、見事なり!貴様と共に死んでやろう!」
「うおおお!ヒルダアアァ!」
双頭のウロボロスが通り過ぎた後には、骨一つ残っては居なかった。大きく抉られた地面は、どす黒くじゅうじゅうと音を上げている。やがてその双頭の龍は、主人を失い、それでも満足気にユックリと消滅した。
周りで戦況を見守っていた冒険者達は狂喜し、オーク達は驚愕の表情を浮かべていた。
その後、オーク達は、その数をもってして奮戦する冒険者達を圧殺し、その肉を喰らった。
しかし冒険者達の心情は晴れやかだったに違いない。相手の首魁を打ち取ったのだ。アッシュも、自らを犠牲にし大事なものを護れたのだから。
「そう思うだろうクルト?」
巨大な騎獣の上で胡座をかき『オークカイザー』は、笑顔を浮かべていた。
「ハカンクラル。私には些か悪趣味に思えます。希望を持たせて、あの世へ送るなど」
苦笑を浮かべ、クルトは答える。
「良いではないか。逝ねば分からぬのだ。例え愛しい者が、この後蹂躙される事になろうと、な」
オークカイザーの視線は、既に遥か遠く見える街へと向けられていた。




