凶報
戦後処理は、いつでも面倒臭いものだ。ジャニスがそう言っていた。大量に積み重なったオーク達の屍を素材になる部位や、食肉部位を除いて焚いていく。
幾人かの冒険者や、衛兵団達も、あのオークの山の中に居る。犠牲は必ず出ると、分かってはいても、一瞬でも共に戦った者を弔うのは、心が痛むものだ。
火葬出来るだけの魔力が残っているのは、どうやら私だけのようだ。
「グルガン、安らかに眠れ...」
隣で跪き、天に祈りを捧げているのはコッカスだ。彼が、グルガンを背負って歩いて来た時は、皆が慌てたものだ。「まさか、あのグルガンが!?」と。
「おい、人を勝手に殺すな!」
だが、この通り彼はピンピンしている。とは言えないかもれない。未だ身体はまともに動かせず、右脚は根元から切断されているように千切れているのだから。
「死んでいれば良かったものを」
「ぬかせ。オマエもオレの後に直ぐ叩きのめされたクチらしいじゃないか」
グルガンとコッカスが軽口を言い合う。グルガンとオークランページの闘いは、終始グルガンのペースで行われていたそうだ。スピードに勝るグルガンが、オークランページを翻弄し、打撃を与えていく。
トドメとばかりに、グルガンが武技を発動した際に、突如ランページの身体が黒く染まり、膂力、スピード共に大幅に強化され、グルガンが今度は圧倒されたそうだ。
「ありゃあ、上級上位の力はあったな。恐ろしい奴だ」
その後もグルガンは、抵抗を続けるものの、右脚を叩き潰され、他のオークに対応していたコッカスも、背後からの一撃で意識を失ったらしい。
「生きてるのが不思議だな」
コッカスが、手足を動かし感触を確かめている。通常、オーク達に倒された場合、その場で貪り喰われるものだ。しかし、彼らはグルガンとコッカスを捨て置いて、隊長格の救援へ向かった。
それだけ今回の軍隊が、よく統率されていたという証拠だろう。
この戦いは、イレギュラーの連続だった。キティちゃんの独断先行。衛兵団の魔導砲。その魔導砲の喪失。ランページの進化。
「よくこれだけ生き残ったよねぇ」
染み染みとコレットが言う。周囲を見てみれば、こちらの犠牲は数十人。相手は数万だ。
「カエルさん様様ね」
アヴァが、ポンと肩に両手を置き、バンバンと叩いて来る。
「ぐっじょぶ」
マデリンは、寝言で褒めてくれているようだ。既に彼女は爆裂蝕脳酒の反動で一頻り暴れた後、グーグーと眠りについた。今回は、ジャニスが暴れるマデリンの意識を素早く手刀で刈り取った為、皆の『被害』はそうでもなかった。
「恐ろしく早い手刀じゃった。ワシでなければ見逃しておる」とは、ベロの談である。
レディローズの3人を護る為、必死で戦った。ココット達も奮戦してくれたお陰で、継戦状態を続けられたようなものだ。
ココットは、甲斐甲斐しく薬を投与したり、常に死角を護ってくれていたし、アヴァは撃ち漏らした敵を処理してくれた。マデリンの奮戦がなければ、魔法を撃ち続けることはかなわなかっただろう。3人に感謝だ。
ジャニスは今もオーク達の屍を集めては、燃える屍の中へ次々と放り込んでいる。戦闘が終わって尚、これだけ動けるのだから、凄まじいスタミナだ。
衛兵団、冒険者達は皆燃え盛る炎を呆然と見つめたり、祈りを捧げたりしている。涙を流している者も居れば、どこから出したのか分からない酒を煽っている者も居た。
その時、遠くから「みなさぁーん!」と、若干間の抜けた声が聞こえて来た。
ボロボロになった真紅のドレスを振り乱し、顔面を紅潮させて駆けてくる彼女は、正しく『オーク狂い』だった。
「もう戦いは終わりましたの!?わたくしの分は!?」
彼女が積まれたオークの山を見て、ハァ、と露骨に態度を悪化させたが、ゴードンの潰れた鎧や、数々の遺品を見て、跪き、祈りを捧げた。
チラチラと横目で周囲を見ている辺り、流石の彼女も空気を読んだらしい。
それぞれの想いをのせて、煙は天へ登って行く。
◆
街に戻ってからは、酒場は喧騒に包まれた。『葬い酒』と称して、酒場をあげての馬鹿騒ぎが始まり、途中、爆裂蝕脳酒の覚めやらないマデリンが起き、暴れ出したりと、大騒ぎだったそうだ。朝、土から這い出した私が酒場を覗くと、死屍累々といった様子だった。
「これは酷い...。人間共の気が知れんな」
ベロがゲンナリして言うが、呆れているというよりは、少し同情が滲んだような声色だった。
翌日、酒場の主人でもあったゴードンを失った従業員達だが、落ち込んでばかりもいられないと、張り切って業務に励んでいた。ところどころ、主人の不在を感じさせたが、代理の者が奔走していた様子だ。
なにせ、参加していたほぼ全員の昇格手続きが必要なのだから。
今回の依頼は、特例だそうだ。生き残った者には、国から大金が支払われ、亡くなった者の親類にも、多額の見舞金が支払われた。
なにせ国を挙げて防がなければいけない災厄の一部の防衛を、この街が一手で担ったのだ。滞在していた領主も、演説を行い感謝の意を示していた。
だがしかし、災厄の『一部』なのだ。本隊は別に居る。15万とも言われる本隊は、質も量も、5万の分隊とは桁が違うと言われている。
日々
対応するのは、国が派遣した5万の精兵に加え、近隣から派遣された実力ある冒険者達。なかには『ワンハンド』のアッシュも含まれていると言う。
「国軍って、どれくらいの強さなんだろうか?」
隣で酒を煽るジャニスに問い掛ける。
「さあね。国軍なんてのは群れなきゃ何も出来ない奴らだからね。精兵と言っても、精々中級上位くらいじゃないかい?」
「それでもココット達くらいの強さはあるってこと?それが5万人は強いと言えるんじゃないかな」
「単純に考えればね。でも、あの娘達は上級入りしたし、以前から実力はあったみたいだ。比較は出来ないよ」
今回の戦いで、最も功績を挙げた者として、キティ・バロヴォアラボス、ジャニス、カエル。この3人には特別報酬が支払われた。
ジャニスは、一体どこにお金が消えたのか、貰った次の日には、旅費くらいしか無いと言っていた。
キティちゃんは、報酬を使い、今回の戦で出たオークの素材を『全て』買い取った。肉も含めてだ。一体何に使うのやら?
余談だが、バロヴォアラボス邸には、数日の間、不気味な笑い声がこだまし続けていたという。
私は特に使う予定も無いから、半分は薬を沢山使ってくれたココット達に渡し、半分は現金として手元に置いておくこととした。
ココット達は大層喜んでいたけれど、アヴァがコッソリ言うには、殆どはココットの実験に消えるらしい。
「それで、アンタこれからどうするつもりだい?オーク共の15万の本隊を迎撃しに行くかい?」
ジャニスの声で思考を現実に戻す。
「うーん。要請はされたけれど、国軍の人達が対応してるみたいだし、アッシュも行ってるから、行かなくて良いかな?って思ってる」
「へぇ。割とドライだね」
「まあ、ね。『足を広げすぎても飛べない』から」
「なんだいその言い回し?」
「カエル格言」
「????」
ジャニスの頭に沢山ハテナが浮かんでいた。ただ単に、これまでのカエルとしての生を生きてきた上で思いついた事だから、わからないで当然だ。
「ジャニスは?」
彼女に水を向けてみると、彼女は暫く悩んだ後、
「アンタについていくよ。面白そうだからね」
と犬歯の目立つ、白い歯を見せて笑う。こちらとしても、学ぶことが沢山ある。願っても無い事だ。
「じゃあ、これからもヨロシクね」
手を差し出し、握手を求める。
「あぁ!」
力強く握り返された手は、女性としてはとても大きく、ゴツゴツしていた。頼りになる手だ。
その時、酒場の扉が勢いよく開かれ、息を切らした男性冒険者の1人が入って来た。何事か、と皆が注視するなか、彼は大声で叫ぶ、
「皆!聞いてくれ!オーク軍の本隊と、国軍、冒険者の混合軍がフォロヴィスタ平野で対峙したらしいんだが!」
「知ってるよ!睨み合いが続いてるんだろ!?」
酒場の冒険者の一人が、物知り顔で笑いながら言う。
「違う!違うんだ!俺が言いたいのは...ゼェゼェ...そこから先だ!」
静まり返る酒場に、彼は驚きの一言を齎した。
「オーク軍と国軍が開戦したんだ!その僅か半日後、国軍は全滅!勢いに乗ったオーク軍は、進軍方向にあった街を壊滅させ、そのまま王都を目指して進軍しているらしい!」
ザワつく店内を他所に、ジャニスは冷静だった。
「国軍はオーク軍にどれくらいの損害を与えられたんだい?戦力の減った状態じゃ、王都の護りは崩せないだろうさ」
ゴクリと喉を鳴らし、男が応じる。
「それが...殆ど減っていないらしい。最新の物見の情報だと、14万前後だとか...」
それを聞き、店内のザワつきは最高潮に達した。
「嘘だろオイ...」
「国軍は5万。街の筆頭冒険者まで借り出して、損害が1万足らずだと..!?バケモノじゃねぇか!」
「何かの間違いだろ!」
汗をぬぐい、情報を齎した男が、酒を一杯煽る。全力で駆けたにも関わらず、男の顔は青ざめてるようにすら見えた。
「本当に驚くのは、まだここからだ。奴ら『魔導砲』らしきものを投入しているらしい」
酒場が静けさに包まれた。
何千というオークを瞬く間に葬った、衛兵団が、『人間』が創り出した驚異の兵器。それが今、オーク軍の、人外の手にあると言うのだ。




