終戦
更新遅れてしまい申し訳ありません。
「うおらぁっ!」
『剣鬼』ジャニスの振るう大剣が、3匹のオークをまとめて薙ぎ払う。対集団戦という意味では、彼女もスペシャリストの1人であろう。
2万5千の軍勢を相手に、単身突貫し、脅威を与え続ける事で、簡単に後衛陣にまでは行かせない。
(しっかし数が多すぎるね)
流石に彼女一人で、数千匹は引きつけられても、その他の攻撃は、最も脅威となるカエルへと、その矛を向けていた。
カエルはレディローズの面々と、衛兵団に守られながら、例の大魔法を撃ち続けている。ほかの魔法使い達は既にへたり込んで、薬などで必死に回復に努めているというのに。
(あれは規格外だわ)
カエルの無尽蔵の魔力に感嘆する。
「ヒャッハーッ!豚共が!ちょうしこいてんじゃねえぞ!細切れにしてやるわ!」
顔を真っ赤にして暴れまわっているマデリンを見て、ジャニスは(あれもある意味規格外だ)と思う。
『爆裂蝕脳酒』
ココットが作製した、強烈無比な『酒』
その酒は、人間の限界を突破させる代償に、とんでもない酒精を含む物。
耐えられる者は、マデリンのみ。
ジャニスも自身を酒豪と名乗っているのだが、決戦前夜に面白半分で一舐めしただけで、気を失い、危うくこの戦いに乗り遅れるところだった。
(未だに舌の痺れと、喉の灼けるような痛みが取れないんだからね。ちっこい身体して、とんでもない娘だよ)
「このメス!メス?キンニクのメス。ニンゲンジャナイ!」
オーク達から、ジャニスにとって聞き捨てならないセリフが聞こえて来た。
「なんで疑問形で言ったんだい!?アタシは正真正銘のオンナだよ!婚約者だって居るんだぞ!」
言いながら、足で地盤を踏み抜き、大きく割った、何十キロもある地盤を素早く抱え上げ、オーク達に向かって投擲した。
「「「バケモノダ!」」」
オーク達がそんな断末魔を上げながら、地盤に押し潰されてしまった。
「失敬な魔物達だよ...ん?」
周囲を観ると、冒険者や衛兵団達まで動きを止めている。
「姐さん、結婚してたのか!?」
「うっそだろ...」
「夜の生活どうなってんだ...」
ピクピクとジャニスの眉間に血管が浮かび上がる。
「アンタら!アタシのこと、どういう目で見てたんだい!ちったぁ緊張感持って戦いな!命のやり取りしてんだよ!?」
ジャニスの声に、両軍が再び慌てたように戦い始める。その間もカエルは、感情の揺らめきも見せず、ひたすらに大魔法を撃ち続けている。
ジャニスには時々、カエルが亜人ではない、人間でもない。単なる一つの生物。虫なんかのように感じる時がある。
感情の欠如とでも言うか。
その割には妙に情に厚かったりするのだが。不思議なものだ。
(魔物上がりの亜人だからかね?)
ジャニスは、そう考えた。
ドドドッ!ドドドッ!
大地が大きく揺れる。二足歩行の生物ではあり得ない、独特の走行音。
「来なすった!」
ジャニスは身構える。オーク軍の最大戦力。眼前に迫るは、騎獣兵である。
サイのような獣を乗りこなす、オーク軍きっての精兵。その機動力は、ジャニスを持ってしても、一筋縄ではいかないだろう。
迫る巨獣に対し、ジャニスは大剣を一振り。2匹の巨獣が、瞬く間にスッパリと両断され、槍を突き入れようとした騎獣兵が大きくバランスを崩し転倒する。続けて一振り、ふた振り。振るうたびに、巨獣は命を絶たれていく。
「チィッ」
だが、ジャニスの奮戦虚しく、何百という騎獣兵が後衛陣へ殺到する。
逃すまいと、ジャニスが後を追うべく駆け出そうとした刹那。背後から強烈な殺気を感じ取り、足を止めた。
突如地面から、剣の刃が飛び出し、ジャニスの目と鼻の先に迫る。跳びのきながら躱し、大剣で横薙ぎに払う。細く見えた剣の刃だが、ジャニスの大剣を易々と受け止め、地面へと戻っていく。
「ほう。足を止めたカ。進んでおれば貴様の身体は串刺しだったゾ。良い判断ダ」
背後からの声にジャニスは振り向く。その声の主は騎獣に乗ったオーク。しかし、そのオークの手には、長い刃の剣が地面に突き立てられていた。
スルスルと刃は縮み、オークの手元へと戻っていく。
「へぇ。面白い武器持ってるじゃないか。最近の流行りかい?」
フッと鼻でオークは笑う。
「貴様、面白いメスだナ。身体はオーガのようだが、顔は悪くない。どうだ?オレのオンナにならないか?」
「生憎これでも婚約してんのさ。操をたててるんで、相手出来そうにないよ。アンタもアタシを口説くくらいだから、観る目のあるいい男なんだけどね」
オークは一瞬無表情になった後、大きな口を開け、破顔し笑う。
「ヌハハハハ!本当ニ面白いメスだ。気に入っタ。屈服させてから、モノにしても構わないだろう?オークらしく、だ」
「随分とシャレの効くオークも居たもんだ。アンタ、オークやめて人間やったら?」
「オレに勝ったラ、考えてやる」
「約束、守りなよ」
オークスペリオル、ジャニス。
両者の間に静寂が生まれる。
2人には周囲の喧騒は、耳に入らない。
ビシッ!
騎獣に鞭が入る音で、両者の戦いは始まった。華美な装甲で彩られた、一際大きな騎獣の突進が迫る。しかし、ジャニスは微動だにしない。
ぶつかる!そう思われた時、音も無く、しかし神速の速さを持って剣は振るわれた。
装甲を纏う巨大な獣が、ジャニスを避けるように、肉体を縦に真っ二つに割かれ、そのままつんのめるように地面に倒れる。
しかし、そこにスペリオルの姿はない。
同時に、脚元に違和感を感じ、ジャニスが飛び退く。先刻と同様、刃が地面から突き出て来て、彼女の鼻先を掠めた。
「これも避けるカ。恐ろしいナ」
割かれた巨獣の影から、スペリオルが顔を出す。再びスルスルとスペリオルの手元に剣が縮んでいく。
「その剣のカラクリが分かったよ。伸縮する剣。曲がりもする。しかし、曲げられる回数は決まっている。そうだろ?」
ニヤッと口の端を上げ、今度はスペリオルが、ジャニスに向かい剣を突き出す。凄まじい速度で剣は伸長し、ジャニスに向かって来る。
ジャニスの横っ飛びに合わせ、1度目の湾曲。更に、2度、そして3度。最後の横飛びには、剣は湾曲しなかった。
(3度。それが限界か?)
「そらそら!逃げ回ってるばかりデハ、埒があかぬゾ!」
瞬時にスペリオルの手元に剣は戻る。そして再びの地面刺し。
ジャニスはそれを素早く回避しつつ、徐々にスペリオルに向かい距離を詰める。
◆
(そうだ。来イ)
オークスペリオルは、徐々に手応えを感じ始めていた。全ての攻撃を、3度の湾曲で行う。相手は3度までしか曲がらない、と当然思うだろう。
しかし、凶刃12振りの一つにあたる、この『死曲剣』には、4度目の湾曲がある。執拗な3度の変化は、死の4度目への布石。
相手の女は、おそらく達人の域に踏み入れている者だ。自分より上。認めざるを得ない。しかし、その強さが命取りだ。
女の回避は、死曲剣に合わせ、徐々にその精度を増していく。大きく躱していたのが、小さく。より少ない動きで3度目の湾曲を避けていく。
やがて女は剣を紙一重で避ける。
女との距離は、最早数メートルのところまで来ている。
(ここだ!!)
ニンゲンの女に向かい剣を突き出す。1度目の湾曲、2度目、3度目。全て紙一重で躱していく。そして、女は地面を激しく蹴り、こちらに一直線に向かって来る。剣が縮む前に戻る算段だろう。だが!
虎の子の4度目の湾曲!
女の背後から襲いかかる刃。
完全なる死角からの一撃。
女の身体が貫かれ、血飛沫が吹き出し、無残に地面に身体を横たえる。
はずだった。
後ろに目がついているかのように、女は紙一重で、背後から来る刃を躱し、一瞬にしてオレとの距離を詰めてきた。
(バカなッ!読んでいたというのか!?)
唸りを上げて、女の大剣が迫る。
腕の一本を犠牲にしても、止まるような斬撃では無い。
(終わったか。陛下、申し訳ありません。どうか覇業を成し遂げてください)
祈り、瞳をゆっくりと閉じる。
ガギンッ!
金属のぶつかる音で意識を戻した。
スペリオルの眼前には、巨大な身体のオーク。しかし、見たことのないような表皮。漆黒の皮膚を持ったオークなど、存在し得ない。
「遅くなってスマン大隊長。思ったより手強いのが、相手にいてな。肉体1つでオレを追い詰めるんだから、参ったよ」
眼前の黒いオークが、笑みを浮かべて話しかけて来る。若干知恵足らずで、辿々しい言葉ではなくなっているが、この声色。間違いない。
「ランページ...なのカ?どうしたんだ、そのカラダは?」
「カカカッ!どうも相手の強いのと戦ってる最中に、進化したらしい。チカラが身体に漲ってる。頭も妙に冴えてるぞ?こうならなきゃ、あのグルガンとか言うのに負けてたな」
「進化!?ランページから先へノ進化など聞いたことがナイ。それも陛下の血のせいカ?」
「さあな?だけど、どうでもいいだろう。強くなった!それだけで十分だ」
カカカッ!とランページ。いやランページ『だった』者は笑う。
「なんと呼べばイイ?」
「そうだな。オークシュバルツとでも呼んでもらおうか!」
「シュバルツ。良い名ダ!では、シュバルツよ!我らデ彼奴等ヲ喰い散らかしてやろうゾ!」
剣を構え、目の前で静観している女に向ける。ただでさえ強いランページから、進化を遂げたのだ。シュバルツが居れば、この女を始末できる!
「...どうしタ、シュバルツ?」
ところが、シュバルツは一向に構えようともしない。ジッと女を見つめるのみ。そして、
「大隊長。退こう」
信じられない言葉が、シュバルツから出た。
「どうしてダ!?オマエは強イ!更に強くなっタ!目の前の女は確かに強いが、強くなったオマエなら...」
「今だから分かる。コイツはチカラを隠してる。隠して、尚オレより強い。ココは戦力を無駄にしない為に、退くべきだ」
何故だ?オレはそう尋ねたかった。だが、シュバルツの背を流れる汗が、冷たいものである事に気付いた時、オレは尋ねるのをやめた。
「...分かっタ。陛下へ戦力ヲ届けるのが我が役目。退こう。皆、退却ダ!」
周囲を見渡せば、最早1万足らずの兵しか残っていない。相手は僅か数百にも関わらず、だ。
相手のニンゲン共も、殆どは動けないのか、へたり込んでいたり、事切れている者たちも居た。
(追撃は無い、か?)
退却の障害となる存在は見たところ居ないように思えた。
しかし、兵達の一角で突如火の手が上がる。洪水に呑まれる者達も。
「ば、バカナ!あれほど魔法を撃っテ、まだ尚大魔法ヲ立て続けに撃てる存在ナド...!」
「あのカエルの亜人も危険だ。まだまだ魔力の底が見えない。あの女だけなら、オレが足止め出来るが、あの亜人の底が見えない以上、兵を悪戯に消耗するだけだ」
もっともだ。しかし、アレが本隊に牙を向けるのではないか?という懸念がスペリオルの脳裏に浮かんでくる。
「本隊の事だな?どちらにしろ、この女が居る以上、オレ達2人だけでは、あの亜人に届かない。本隊ならば『黒狼』殿も居る。好きには出来ないだろ?」
「...その通りダ。本当ニ頭が回るようになったナ」
オレ達のやり取りを知ってか、知らずか、クルリと女が背を向ける。
「カエル!嬢ちゃん達!もういいよ!負傷者の救護に向かおう」
そして女はチラリと眼を此方へ向けた。その眼は冷たく、どこまでも暗い闇を覗き込んでいるようだ。背筋がゾクリと波立つように冷たい視線。手を出してくれば容赦はしない。そう言われているようだった。
「...退却ダ」
兵達も、意気消沈している。
まさかニンゲン共がココまでの精兵を揃えて迎え撃ってくるなど、想像もしていなかった。
本隊に奴等が当たらなかっただけマシだ。そう頭を切り替えるしかない。
こうして、オーク軍との最初の会戦は幕を閉じた。両軍に多数の死傷者を残したものの、人間達の劇的な大勝となった。




