阿呆
衛兵団とカエル、弓手や魔法使い達による弾幕により、1万5千を割いたオークランページの軍は、既にその戦力を6割近くまで減じた。
「よーしよしよし!このまま遠距離攻撃のみで、数を減らし続けられれば、こちらの被害は随分と減る!迂回してくる残りのオークにも対応出来るかもしれん!」
ゴードンは、予想外の戦果に唸った。驚嘆すべきは、カエルの大魔法と、衛兵団の魔導砲である。特に衛兵団の魔導砲は、魔法や弓を超えた、長距離射撃が可能な兵器である。その戦略的価値は大きい。
その魔導砲が、止まった。
「なんだ!どうした?」
後方に控える衛兵団を伺う。
団員達は、抜刀し前線へと移動して来ている。どうしたことか。
「ビベル殿は何処へ!?魔導砲は?」
衛兵団の1人に問う。
「分からない!突然消えたんだ。魔導砲も、オレ達の影の中から腕が伸びて来て、引き摺り込まれちまった」
(くっ!光明が見えたと思えば、これか!)
ゴードンは舌打ちしたい気持ちを抑え、眼前に集中した。
まだ7000程度の敵兵は、こちらへ突貫を続けている。カエルが数を減らしているものの、彼の魔力も無尽蔵ではない。
砲撃と魔法を掻い潜った、幾らかのオーク兵は、既にこちらの前衛と交戦を開始しているのだ。ゴードンには、惚けている暇はない。
更に反対からは、2万5千の部隊が迂回し迫りつつある。これに対応しなければいけない。
「カエル!君は、魔法部隊とジャニス、レディローズを連れ、本隊の方へ向かってくれ!時間を稼いでくれれば、それでいい!」
「分かった!行ってくるよ!」
「貴様何様のつもりじゃ!偉そうに!後方でピーピー叫ぶだけが指揮官の仕事じゃと思うとったら...ムゴッ!」
「はいはい。ベロそこまで。行くよ」
モゴモゴと動く舌を抑えながら、カエルはジャニス達と駆けていく。
(彼が居てくれて助かった。広域殲滅型の魔法使いは、集団戦の要だ。あれほどの魔法使いは、世界でも数えるほどしか居まい)
「グルガン、コッカス!我々が先陣を切って、前に出るぞ!そろそろ奴らの後方部隊も参加してくる頃合いだ。矢と魔法に気を付けろ!」
「任せろ!ようやく出番だな」
巨漢のグルガンが肩を回しながら、歩みを進める。この男は頼りになる。あらゆる依頼を苦にせず、また少額の依頼でも、目につけば積極的のこなす、義理に篤い男だ。
コッカスは、最近まで領主付きの護衛だった男。元は上級下位の冒険者だ。現在でも、その技の冴えは衰えておらず、額面以上の実力は発揮してくれるだろう。
背後には中級以上の者達も控えている。これだけ数を減らしてくれたんだ。我々で対処せねばなるまい。
ゴードンは、久方振りに肩に載る懐かしい感触を感じている。冒険者時代、嫌という程振り回したメイス。これを再び担いで、戦闘に出る事になるとは思いもしなかった。
「暴れるぜ!!」
全身に棘のついた重装鎧を着込み、かつて中級上位冒険者として名を馳せた男。『鉄壁のゴードン』と呼ばれたディフェンダーが、先陣を切って雪崩れ込むオーク軍へと突っ込んだ。
◆
「151!152!153....えーっと、ええい!もういいわ!」
グルガンがオーク兵を蹴り飛ばしながら叫ぶ。コッカスと、どちらが多くオークを仕留めるか。という賭けをしていたのだが、ついぞ数えるのが面倒臭くなったのだ。
グラップラーと呼ばれる職に分類された彼は、ある日気付いた。「この職業は、欠陥しかない」と。
考えてもみろ。なんで素手で戦うんだ?何故武器を持たないのか?素手で戦えば、リーチは短く、鎧は動きを阻害されない軽装鎧しか着けられない。相手が鎧を着込んでたら?自分の手足が傷付くだけだ。
鎧を着た相手を倒す為、関節技を極めてみた。イケる。倒せる。しかし、次の問題が浮かび上がる。
(で、関節を極めてる間は、オレどうするの?無防備なんだが?)
冒険者の戦闘は、多対一の状況が多い。そんな事をしている間に、袋叩きにされておしまいだ。
グルガンは考えた。暗器、トンファー、爪、グラップラーが装着出来るありとあらゆる装備を模索した。
そして、ついに結論へ辿り着いたのだ。
「面倒臭いから、鎧を着てても殴り倒せるまで鍛えれば良いんだ」と。彼は自他共に認める阿呆であった。
だが阿呆は強い。
目標を決めた彼は、世界最硬を誇る高価な金剛石を、借金してまで買付け、朝から晩まで殴り、蹴り続けた。
手に血が滲み、身が裂け、骨が出て、削られ、それでも尚叩き続けた。やがて不思議な事に、骨が硬度を増し、肉はより硬く、しなやかな物がつき、皮膚は岩のように硬くなった。
それでも尚、彼は叩き、蹴り続ける。
その度に同じ事を繰り返す。
やがて、その金剛石が磨り減り、無くなる頃、彼はある武技と、能力に目覚めた。
武技 : 『発勁』
鎧の中へ衝撃を送り込む事が出来る武技。これにより相手の鱗や装甲に関係なく、内臓へとダメージを送る事に成功する。
能力 : 『阿呆』
1つの物事に集中するとき、その力は大いに発揮され、更に傷は徐々に癒える。雑念や迷いがある時、その能力は低下する。
この2つは、彼の実力を大きく開花させた。中級下位から、上級下位まで、単独で半年の間にランクアップを果たしたのだ。その後もランクアップを続け、今では『ドラゴンイーター』の二つ名を持つ上級中位冒険者だ。
「目の前の相手を倒す!次に出て来た相手を、また倒す!これさえ繰り返せば、何万匹居ようが、理論上は一対一だ!」
背中を任せられたコッカスは、剣を振るいながら、あまりの暴論に軽い頭痛に見舞われていた。
死角を何度も突かれ、グルガンは何度も窮地に陥っていた筈だったが、その度にコッカスがカバーに入る。
「カバーするこっちの身にもなってくれ!」
「現に出来てるんだから任せる!間違ってるかよ!?」
「...間違ってないな!」
グルガンの発勁、コッカスの炎殺剣。両者の実力をもってすれば、オークが着けているメタスメタルの鎧は、苦にならない。しかし、
「畜生!斬っても斬っても、打ち合ってる隙に元に戻りやがる!」
「攻撃し続けろ!手を緩めるな!」
階級が同程度の冒険者達は、その頑強な鎧を打ち破るのに苦戦しているようだ。
前線部隊も、その数は少なく、魔法使いなどの後衛部隊の護衛を残せば、その数は十数名に満たない。
とても7000の敵兵を支えきれはしないのだが、囲まれながらも、グルガンとコッカスが、上手く敵軍を散らす形で均衡を保っている。
リーダーのゴードンも、その堅牢さを活かし、上手く後衛部隊から敵軍を引き離してくれていた。
「よーし!その調子だ!このまま敵の数を減らしていけば...!」
ドズンッ!!
「おぉっ!?」
ゴードンは、地響きと共に突如眼前に現れた異様に目を奪われた。
偉丈夫のゴードンが遥か見上げる巨体。筋肉は盛り上がり、まるで脚は大木。巨大な棍棒を、まるで棒切れかのように軽々と持っている。
巨体は、キョロキョロと周囲を見回し、ギリッと歯噛みした。
「おのれ!脆弱なニンゲンどもメ!我が同胞を、これほどまでに殺めるとは、許サン!許さんゾ!!」
叫び、強烈な咆哮を上げる巨体に、思わず冒険者達は怯んでしまう。
「デカブツ!俺が相手だ!」
ゴードンが巨体の前に飛び出し、盾とメイスを構える。
その様子をチラリと見て、フンッと鼻息を一つ。そして、
「お前ではない。大魔法を連発していた魔法使いは何処だ!?」
ゴードンを無視して、巨体は叫ぶ。無視されたゴードンは、仮にも冒険者達のまとめ役をしている身。黙っていられる訳がない。
「この木偶の坊が!!」
ゴードンが叫び、メイスを振りかぶる。
視界にフッと何かが写った。その後、ゴードンの記憶はない。何故なら....
「ゴードンさん!」
「ゴードン!」
冒険者達の目の前で、ゴードンが巨大な棍棒に打ち据えられた。それも、音を置き去りにするほどの速さで。
(なんて奴だ。ゴードンは防御力を上げる武技を発動していたはず。にも関わらず、アレか)
グルガンの視線の先には、硬い鎧に包まれていたはずのゴードンが、ボロキレのように転がっている。頭部からは、おびただしい量の血液が流れ出ている。あれは助かるまい、とグルガンは見た。
あれだけの棍棒を、信じられない速さで振るう怪力。何より信じられないのは、瞬時にゴードンの目前に移動した、素早さだ。
巨体が目の前に来たゴードンからは、視界が一瞬でオークの身体に染まり、コンマ数秒逡巡したに違いない。目の前のコレはなんだ?と。
だが、同時にグルガンは『ありえない』とも思う。あの巨体が、グルガンの目からは、一瞬消えたように移動したのだ。何か仕掛けがあるはずだ。武技か?はたまた武具か。
(そういえば、あのカエルという冒険者が、オーク軍の主力は『呪具』を持っているという話をしていたな)
「あの移動。タネはその武器か?」
グルガンの言葉に、ギロリとランページが目線を向ける。
「...ホウ。頭の回るヤツだ。コレは叔父貴カラ貰った物よ。もっとも、貴様ラを葬るのに、使ウ必要は無いかもしれんガナ!」
「いや、今使ったじゃねえか...」
「アッ...」
ランページは手元を見る。確かにゴードン相手に既に使った。
両者の間に沈黙が訪れる。
「どうやらキサマ天才ダナ?」
「お前は阿呆だな。俺もだが」
ランページと、グルガンは視線を交わし合う。
「キサマほどの天才ナラ、俺の相手が務まるダロウ!いざ勝負ダ!」
「お、おう」
締まりの無い表情で、グルガンは構えをとる。
『ドラゴンイーター』グルガン
上級中位 オークランページ
両者の戦いの火蓋が、切って落とされた。




