衛兵団
「ヌシよ。ワシは今まで色々な人間や魔物達を見てきた」
ベロが遠くに見える光景を見ながら、語りかけてきた。
「じゃがな、あれは紛れも無い化け物じゃな。あれほど凄まじい執着は初めて見たわい」
ベロがそう言うのも無理はない。
冒険者達は、オーク軍発見の報せを受け、一同は一斉に出立した。
ただ一人走り去って行った者を除いて。
◆
「報告します!オークの大群が、山の麓より出現!その数約5万!上位種の姿も確認しています!」
議場はザワついた。
5万という規模が、巨大なものである事に疑いはない。しかし、それが『分隊』であるという事実に皆は驚いた。
「5万だと!?この場に居るのは、たった数十人だぞ!こんな数でいけるわけがない!」
「分隊で5万...本隊は一体何匹居るんだ?」
「もうダメだぁ...おしまいだぁ...」
議場がザワめく中、1人俯いている人物がいた。見れば小刻みに震えている。
そして、ガバッと立ち上がるやいなや、突然服を脱ぎ出した。
「「「「えええぇっ!?」」」」
驚いたのは、他の者達である。
まさか妙齢の女性が、突然全裸になりだすとは思っても居なかった。
齢23歳。この世界においては、それなりの年齢ではあるが、まだまだ花も恥じらうべき年齢である。
その女性のあまりの堂々たる動作に、色気を覚えるどころか、一種の絵画でも観ているような気に周囲はさせられる。
彼女は布袋から、1着の真紅のドレスと、靴を取り出した。矯正効果のある下着をつけ、紐を引き絞る。たわわな胸は、より強調され、胸元を盛り上げた。
バサッとドレスが翻り、彼女はカッカッと音を立てて扉に向かう。
「おい!バロヴォアラボス!何処へ行くつもりだ!相手は5万だぞ。幾らお前でも、死にに行くだけだ!」
酒場の主人。元冒険者のゴードンが飛び出し、止める。
彼女は穏やかな笑顔を浮かべていた。
「このドレス。ステキでしょう?我が家に伝わる嫁入り衣装ですのよ?」
突然そんなことを言い出したものだから、止めに入ったゴードンは、唖然としてしまった。
「わたくし『オークマッド』などと呼ばれていますが、何も気が狂っている訳ではございません。わたくし達が、その5万匹を止めなければ、この街はどうなります?走り回る子供達は?貴方がたの愛しい女達は?蹂躙されるでしょう。例え赤子でも」
鬼気迫る表情。
普段の奇行のみが目立つキティちゃんであったが、その瞬間は、紛れもなく義侠の士であった。
「このドレスは覚悟の表れ。これから迫る彼等に対し、死出の嫁入りと参りますわ」
ニコリと笑った彼女の顔に、周囲の者達は尊敬の念を抱かざるを得なかった。同時に、自分達の臆病さに呆れてしまう。
「退いてくださいますわね?」
「あ、あぁ...。すまん」
カツカツと去って行くキティちゃんの靴音のみが議場に響いた。
「アンタら。男だろ?女にケツ叩かれないと、豚共に立ち向かう事も出来ないのかい?情けないね!」
ドンッと机の上に脚を載せて、ジャニスは呆れた仕草を見せる。議場が静寂に包まれる。
「そ、そうだ。子供も嫁さんも、オークの軍勢に震えてる」
「俺たちがやらないと...!」
「そうだ!俺たち冒険者だ!死ぬのが怖くて冒険者やってられっかよ!」
「やってやろうぜみんな!!」
議場が湧き上がる。
1人の女性の行動が、その場に集まった数十人の冒険者達の心に火を付けたのだ。
ザワめく周囲を鎮めるべくゴードンが改めて、作戦を伝えるべく地図を広げる。その時、議場の外から微かに声が聞こえて来た。
「ドゥフフフ!オークちゅああんオークちゅうああん!5万匹ぃ!オークまみれぇ!フォフォフォ!ドホホ!!」
議場に一瞬の静寂が訪れる。
「...うん。会議、しよっか」
ゴードンが静かに告げた。
その瞬間、皆の心は1つだった。
(アレは、覚悟とかじゃなく、楽しんでるだけじゃね?)
と。
会議は、つつがなく終わり、数十台の馬車が街から出立する。街の衛兵団も武装し同道。冒険者約50名。衛兵団250名。その数は300にまで膨れあがった。
「これだけ居ても、まだ心許ないねー」
揺れる馬車の上で、手に顎を乗せてココットが呟く。
「まあ、仕方ないさ。その分アタシが働くさね!」
グッ、と力こぶを作るジャニスの腕をツンツンとマデリンが突いて「おー」と目を輝かせている。
上級上位 ジャニス
上級中位 グルガン
上級下位 カエル キティ コッカス
彼ら上級の冒険者達が、奮闘しなければ、この戦は勝てぬだろう。
オークは最下級種でも中級下位に位置する。衛兵団は、精々この最下級種程度の実力しかない。
今回集まった冒険者達も、中級下位以上ではあるものの、何十匹も狩れるかと言うと、そうはならないだろう。
「ヌシよ。本気で参らねば死ぬぞ」
「うん。出し惜しみはしない。ベロの魔力も全部投入していくよ」
「そのいきじゃ!」
その時、馬車の外がにわかに騒がしくなる。カエル達も顔を出し、外の様子を伺う。
まだまだ遠くではあるが、血飛沫と、オークの頭部やら何やらが舞っている光景が見える。
「キティちゃんだ!....スゲェ。圧倒してやがる!」
鷹の目の《能力》を持つ冒険者が、叫ぶ。
「救援に向かうぞ!」
馬車に鞭を入れようとゴードンが手綱を持つ。
「いや、待て!」
鷹の目の男が制止する。
「あれは...俺らが行っても足手纏いにしかならねえわ。見た感じ、数千匹しか居ないし、既に隊長格の首も転がってる。本隊に向かうべきだぜゴードン」
「数千匹相手だぞ..幾らオークマッドでも..」
躊躇するゴードンの肩に『ドラゴンイーター』のグルガンが手を置く。
「いや、アレは放っておいていい。寧ろ救援されるのは、オレたちだと思うぜ?あの女傑は、あのくらいの『オークなら』片付けて、とっととコッチに来るさ。ヨダレ垂らしながらな」
「そ、そうか...分かった。俺達は本隊へ向かう!手綱を緩めるな!」
ゴードンの馬車を先頭に、再び冒険者達は本隊が居る方向へ向かった。
「行ってくれましたわね」
チラリと乱戦の最中、横目を配り、去って行く馬車をキティは見送った。
「みなさん、ちゃんとわたくしの分も残しておいてくれるかしら?」
そんな心配をしながら、彼女は鞭を振るい続ける。
◆
冒険者達の眼前に、砂塵を巻き上げながら進むオークの軍勢が見えたのは、それから2時間程後の事だ。
キティと戦っていた数千(元は1万)の軍勢でも恐ろしい数だったが、目の前の光景に、ほとんどの者は口を開けて、ただただ呆然とするのみであった。
「オーク一匹で中級下位の冒険者一人だぞ...?本当に勝てるのか?」
「勝てる勝てないじゃない。やるしかねえだろ!」
「やべえ。足の震えが止まらねえ。いや、これは地響きで震えてるのか?」
ビビビビビと馬車が、振動で震えている。オーク一匹一匹が人間を超える身長と、大きく上回る体重を備えているのだ。4万ともなると、大地も震える。
また、殆どのオークがメタスメタルという自動再生機能を有する鉱石の鎧を身に纏っている。メタスメタルは、その重量が最大の欠点だが、彼等オークにとっては、普通の鎧と変わりない。
一色に統一されたその鎧は、見る者に威圧感を与えるに十分だった。
◆
「見事な行進だ。よく訓練されている。野良オーク共とは、格が違うという事だろうな」
衛兵団の団長が、頬づえをつきながら、興味無さそうに呟く。周りの団員達は、クククと声を抑えて笑う。
「団長。オレら死にますかね?」
「死ぬかもなぁー」
やる気のなさそうな団長に、それでも周囲は笑みを浮かべる。嘲笑している訳ではない。彼等が団長を信頼しているのだ。
衛兵団というのは、一種の公務員であると言っても良い。街に雇われ、巡回警邏を担当している。給与は定期的に定額が支払われ、余程の怪我をしない限り首切りも無い。
冒険者達から言わせれば『ヌルい』環境下。そこに革新をもたらしたのが、団長のビベル・ベネガである。
貴族の三男坊が、金の力で団長に就任した。当初は、団員達から批判の声も上がったが、彼はそれを持ち前の頭脳で黙らせた。
衛兵団の主な仕事は治安維持である。彼は、ここ数年の事件をデータ化し、起こりやすい場所への定期的な巡回や、注意喚起の貼紙をするなどして、治安を大幅に改善させた。
就任当初は未熟だった剣の腕も、メキメキと力をつけ、既に上から数えた方が早い程度の腕前にまでなっている。
極め付けは、街の外で発生した盗賊団への対応だった。衛兵は街の中から出ない。それが衛兵団の不文律。
だがビベルは「盗賊は街の中にも現れてるんだから、面倒くさいけど、倒しに行こうや」と、頭をポリポリ掻きながら、衛兵団の中から選りすぐりの10名と共に街を出立。
僅か半日で、50名以上いた盗賊団を全員『拿捕』している。
隊員達も、その行動の早さ、破天荒さ、豪胆さに唖然とした。
盗賊団征伐時のメンバーは、最早崇拝に近い感情を持つようになった。征伐の手際も見事ながら、隊員の誰もが傷つかない、全員の拿捕。
もともと10名の者達は、団長就任反対派の急先鋒の者達だったのだが、すっかり鞍替えしてしまい、他の団員達も認めざるを得ない事になる。
全ては彼の掌の上で行われた事である事を、団員達は痛感する。と同時に、退屈な毎日に何か新しい楽しみが生まれたような、そんな感情が芽生えた。
ビベルは、常にやる気が無さそうな顔と仕草でもって、当たり前のように当たり前ではない事をする。
今、衛兵団の馬車に積み込まれた『兵器』も、彼の発案から産まれた物だ。それは街を守る衛兵団には、おおよそ必要のない代物。
「団長!間も無く接触します。そろそろこちらも展開しますか?」
のそりとビベルは立ち上がる。
まるで、物見遊山にでも出掛けるように。
「行きますかぁ。敵さんの度肝を抜きに」
ニマリと口の端を上げ『兵器』を手に取り、肩に乗せた。
「おうっ」
団員達が応じ、立ち上がる。
冒険者達も、馬車から降り立ち、戦闘の準備をしているようだ。
「弓矢、魔法の届かない距離。そりゃそうだ。ココいらで展開するのが王道だわな。だが、オレらにはココが『適正距離』なんだよなぁ。総員展開!」
250余名の団員達が、横一列に居並ぶ。突然戦闘態勢に入った衛兵団に、冒険者達は驚きを隠せない。
驚くのも当然。この世界で初めての『銃撃』が行われようとしているのだから。
「総員!魔力込め!鉱石弾装填!」
長さ1.5メートルは有る筒から、ジャキン!と撃鉄を起こす音が響く。木と魔石、ゴテゴテついた金属で出来たソレは、不恰好で、完成された造形からは程遠い兵器。未完成の銃は、それでも実戦に投入されるだけのチカラを持っていた。
(クソッタレた兄貴達、オレを見ようともしなかったクソ親父。見てろよ。この小さな小さな衛兵団が、オレが世界を獲る、その第一歩をな!)
「放て!!」
ビベルの号令で、引鉄が一斉に引かれる。炸裂音は無くキンッという魔力が弾ける甲高い音をたて、弾丸は光を残して、一直線にオーク軍へと射出された。




