異常者
ザッザッザッザッザッ!!
整列し、足踏みを揃えた見事な隊列。鎧は一揃えのメタスメタル製の重装鎧。武器は隊列によって様々だが、どれも山から採れる鉱物を惜しみなく使用している。
「いい。いいな。バカ共ヲ躾けた甲斐があったわ」
オークスペリオルは、軍馬用のバルドサイホーンと呼ばれる巨大な騎獣にまたがり、見事な部下の行進を、腕組みをして見下ろす。
「大隊長。褒めてクレ」
「いいゾ。よくやった!」
「ブヒャヒャヒャ!!俺様嬉しい」
スペリオルの右腕として、辣腕を振るうオークランページが鼻を鳴らして喜ぶ。この2匹に戦闘力の差は無い。凶刃12振りの内の2つは、彼らがそれぞれ所持しているのだ。
だが、スペリオルには機転を利かせられるだけの頭脳と、豚たらしの才能があった。ランページが単純なイノシシ武者である事も手伝って、その一軍を傘下に置くことに成功する。
その結果、皇帝からの信頼篤きスペリオルは、別働隊として5万の軍勢を預かるに至る。軍全体の士気も高く、部下からも慕われていた。
「合流地点まで、この隊形ヲ維持せよ。皇帝陛下に、我々の練度をお見せするのだ。本隊の者共モ、士気があがるだろう」
「おうヨ!叔父貴を喜ばせないとナ」
そう喜び勇んで、皇帝の近親者であるオークランページは、再び隊列の中へと紛れていった。
(御し易い男ダ。ヒトが好いというやつか)
スペリオルも、ランページの事は、憎くは思っては居ない。部下に好かれ、皇帝の甥であるという地位まで持ちながら、高くとまる事なく、隊長だとか兄貴だとか言って自分を慕ってくれている。
オークの繁殖力は強い。種を『仕込んで』から、出産まで1ヶ月と経たず産まれ、また死産流産の類も無い。
オークにとっては『受け皿』になる生物が生きている限り、無数に子を成せるのだ。ある研究者によれば「フィロール貝」という巨大な貝からでさえ、オークの子が産まれたという驚きの研究結果が出たという。
また、オークには本来『家族』という構成は存在しない。ただ、オークカイザーにのみ、家族と呼ばれる者達が居る。
オークカイザーの繁殖力は、人間のソレと変わらない。どころか、少し劣っていると言っても良い。
また、産まれた子も繁殖力は同様に低い。但し、産まれた個体は優れた能力を有する。その中でもオークランページは特に武勇に優れた個体である。
上層部のカイザーを支える頭脳派達は、大抵はカイザーの近親者で構成され、自らを『貴族』と称している。スペリオルからすれば、全員もれなく鼻持ちならないクソ野郎共だ。
あの者共に比べれば、ランページのなんとまあ愛らしいことか。
その時フッ、とスペリオルの体に影が射す。唯一スペリオルの背後をとれる者。『黒狼』と呼ばれ、浅黒い肌を持ち、ショーテルと呼ばれる武器を使いこなす『人間』だ。
「黒狼殿か。どうですカナ?我が軍の精強さ。陛下も、御喜びになるでしょうや」
黒狼はコクリと頷く。
この男は殆ど喋らない。出自も分からない。何故人間の身でオークに与しているのかさえも。
ある日、オーク達の集落に、オークカイザーは黒狼を供にして突然現れた。圧倒的な武威をもって、瞬く間に集落を掌握したカイザーも、黒狼にだけは横柄な態度をとらず、寧ろ敬ってさえ居る様子。
それだけに、オーク達も誰一人として横柄な態度はとらないし、とれない。なにせ、カイザーと比肩しうる実力を持っている男だ。
「冒険者達が来る」
思わず、バッと音をたててスペリオルは振り向いてしまった。冒険者達が来るという情報に驚いたのではなく、黒狼が喋ったことに何より驚いた。
「...左様か。想定通りダ。ご心配召されるな。冒険者如キ葬れぬようでは、覇を唱える事など出来ますマイ?」
黒狼は、恐らく冒険者達が来るであろう方角をスッと指差すと、静かに騎獣から飛び降りた。
「油断するな」
それだけ言葉を残して、騎獣の影へと沈み込んで行った。
「フッ。それだけを言いに来たのか。存外甘い男なのかもしれんナ。伝令!ニンゲン共が来る。ハンターとウィザードに1万匹与える。蹴散らせ!本隊は、このまま合流地点へ進む!」
伝令が駆けていく。
部隊指揮に優れたあの2匹であれば、精強な冒険者の何匹であろうと打ち倒すであろう。
伝令を受けたハンターとウィザードが、部隊を分け、冒険者達が来るという方角へ向けて軍を発したのは、それから数分後の事だ。
数分で部隊の編成を終え、出立出来るようにまでする手腕は、流石にスペリオルに見込まれているだけの器であった。将来的には、この2匹は更なる進化を遂げるだろう。
「1万も貰ったガ、こんなニモ戦力が必要だったカネ?ブラザー」
「分かランゾ兄弟。ダガ、大隊長の言う事ダ。従うが吉ヨ」
オークウィザードは不服らしい。
冒険者は、確かに武技や魔法を駆使するが、所詮は脆弱なニンゲン。自分達のような選ばれた種族からすれば、羽虫のようなものだ。
ハンターも同様の考えを持っていたが、スペリオルに絶対の信頼を寄せている為、目前の標的を殲滅するのみである。
彼らは、本隊から発ち、20分ほど行軍した。広く、地平線が続く荒地。そこに冒険者は居た。
「おいブラザー。マサカ、大隊長の言ってるのは、アレのコトカ?」
「マサカとは思うが、そうダロウよ兄弟」
2匹は呆然とした。
冒険者は確かにいた。だが、複数形ではない。たった1人だけ。まさか、1万の軍勢を動かした結果が、これだとは2匹には思いもよらなかった。
真っ赤に染まった真紅のドレス。
零れ落ちそうな膨よかな胸元。
手には何も持たず、静かに目を閉じている。
「皆様、お待ちしておりましたわ」
にこやかに、その女性は会釈した。
ドレスの裾を掴み、軽く上げ、優雅な所作。ともすれば、貴族令嬢にも見えるその姿は、この戦の場においては、異様な光景だった。
1万の軍勢は、最早彼女の鼻先に近いところまで迫っている。にも関わらず、彼女は慌てもせず、笑みを浮かべたままだ。
オークウィザードが、隊列を割って前線へと出る。この気が狂っているであろうメスを、目の前で観たかった。止めるハンターの制止も聞かず、彼女の目の前に、ウィザードは現れた。
「まあ!立派な殿方。貴方様が、この軍の指揮官ですわね」
なまめかしい仕草で、女性はウィザードへと近寄って行く。女断ちしている兵達には悪いが、ウィザードは戦利品として、この女を持ち帰る気でいた。
(狂っていようが、メスはメスだ)
「ソウダ。オレがエライ。オレの元に来れば、イイオモイをさせてヤル」
スッとウィザードは女に手を伸ばした。
その時、スカートからボトリと二揃いの『なにか』が、落ちた。それをオーク達が目で追う。
「あら。これは失礼を。わたくしこれから『最高に良い思い』をいたしますので、お誘いはお断りさせていただきますわ」
足元の『なにか』を真紅の靴で跳ね上げ、ソレが女の手に収まった。
ヒュッヒュッヒュッ!
小さな、とても小さな風切り音。しかし、それは戦いの幕開けを告げるものであった。
「ヴェッ!? パペッ!!」
喋りかけようとしたオークウィザードは、まともに声を発する事が出来なかった。何故なら、既に自身の身体が『細切れ』になっていたからだ。
女の周囲を取り囲んでいたオーク達の身体が真っ二つにズレていく。その段階になって、漸く彼らは気付いた。「コレ」は敵だ!と。
「うふふ。うふふふっ!!」
真紅のドレスを翻し、女性は軍勢の真っ只中を突き進んで行く。手には、女性の手の平に収まる棒状の何か。その先端がキラリと光ったと思うと、気付いた時には、周囲のオークの身体は2つに割れていた。
「ナンダ!ナンダあのニンゲンは!?」
騒然とするオーク軍。キラリと『何か』が煌めく度に、仲間達が真っ二つに、あるいは細切れになっていく。鉄の強度を誇るメタスメタルの重装甲が、容易く斬られていく。悠々と駆け回る女に、半径3メートルの距離にも近寄れはしない。
混乱に陥りかけたオーク軍であったが、ヒュゴッという音と共に真紅のドレスに風穴が空いた。
「あら?あらあら?」
女が突然の事に驚いているのか、立ち止まり衣服を確認している。
「狼狽えルナ!!たかがメス1匹ではナイカ!よくミロ!紐だ。紐のヨウナ物が振られているノダ!」
「ふふ。うふふ。御名答。目が良いのね」
女が腕を垂らして立ち止まる。
地面に何本もの金属の糸のような物がタラリと垂れた。
「ソードドラゴンのおヒゲ。とっても丈夫で、細くて、柔らかいの」
恍惚とした顔をして女は棒の柄を舐める。
「コレね『雷光鞭』っていう鞭なの。わたくし、すっごく気に入っているのよ。斬れ味は良くて、錆びないし、思い通りに動かせる。ステキなステキな武器」
ゴクリとオーク達は生唾を飲む。
女が、しなをつくる所作が、そうさせるのか、はたまたその異様さがそうさせたのかは分からない。
「でもねぇ。1番気に入っているのはね」
グッと、女が再び腕に力を込める。
「貴方がたの...オークの肉が裂ける音が、感触が!!手に取るように判る事よ!!それが1番大事な事なの!!そう思うでしょう!?」
再び女が鞭を振るう。振るわれるのは『線』という認識が出来た中級上位種のみが、辛うじて武器を使い、防御した。
しかし、生半可な硬度ではこの雷光鞭は防げない。武器を切り裂き、オークの肉を裂いていく。
「分かる!?この音!この音を聞くたびに私の中の、何かが満たされていく!!昂ぶるの!燃えるの!感じるのよぉ!!」
ヨダレを垂らしながら、女が駆け回る。その度に何十というオークの死体が積み上がっていく。
「クッ!弓手部隊!あのニンゲンを、バケモノを射殺せ!鞭の範囲外からハチノスにしてしまうのダ!」
何百、あるいは何千という矢が女に向かって殺到する。駆けていた女が、走るのをやめ、矢に向き直る。そして鞭を振るう。ただそれだけの動作。だが、
「「「プギィイイイ!?」」」
なぜか弓を撃っていた筈のオークアーチャー達に矢が刺さっているのだ。
「タイチョ!ドウナッテル!弓射ったワレラ刺さる?オカシイ!」
オークハンターの隣に控えるアーチャーが声を上げ、ハンターを見上げる。オークハンターは小刻みに震えていた。
「...そ、ソンナ馬鹿なコトが...」
優れた目を持つオークハンターただ1匹のみが、今起こった事態を正確に把握していた。
鞭を振るった女の糸が、矢を絡めとり、瞬時に投げ返すように投擲し、弓手部隊に刺さった。
そんな神業がニンゲンに出来る筈がない。
「も、モウ一度ダ!風切り音ヲ合図に、前衛部隊モ同時二斬りかかるノダ!」
再び、何百という矢が飛来する。
今度は地上からの槍衾の突撃も同時に。
女は、先程と同じ動作を繰り返すのみだった。
(だと言うのに、だと言うのに...なんだこれは...)
突撃した地上部隊を裂き、裂いた勢いそのままに、糸は矢を再び絡め取り、弓手部隊に投擲された。
「ブググ...グヴォッ!」
此度の掃射は、それだけではない。オークハンターの渾身の武技まで発動した、虎の子の一撃。それが今、ハンター自身の腹部を貫き通し、矢は地面へと刺さっている。
(マグレでも偶然でもない。あのバケモノは、狙ってそれをやっている)
「イイ!イイ狙いでしたわ。わたくしゾクゾクしました。恐らく、戦いの最初の頃でしたら、風穴が空いたのは、わたくしの体でしたわね」
「どういう事ダ...」
女は、キティ・バロヴォアラボス12世は、ニマリと口の端をあげる。
「わたくしの《能力》ですわ。
名を『悦楽の女神』と申します」
能力...生物が進化や一定の強化を遂げた際に現れる、異能の力。オーク達の間では、12振りを与えられる者達でしか到達しえては居ない。
「悦楽...?」
「そうですわ。この《能力》は快楽を得れば得るほど、自身の力が上がっていく能力ですのよ。これだけ殺した今のわたくしは、上級上位者に届きうる!!」
キティはブルブルと恍惚とした表情で震える。
「キサマ...快楽サツジンシャか!」
「殺人者...?」
ピクリとキティは動きを止める。
「勘違いしないでくださいます?わたくしが快楽を得られるのは、貴方がただけです。ご安心なさって下さい」
斬り飛ばしたオークの耳を甘噛みしながら、キティは再び鞭を強く握る。
「殿方と恋をするよりも、閨を共にするよりも、美味しい物を食べるよりも...貴方がたの悲鳴が!肉が裂ける音が聴きたい!聴きたいんですのよぉ!!」
「異常者メ!!」
キティに全てのオークが襲い掛かる。最早、たかが1人の人間のメスだなどと侮っている者は、誰一人居ない。目の前のバケモノを殺す。ただその事だけを、オーク達は考えていた。




