死中
空気が濁っている。
頭がクラクラする。
なんで僕は...そうだ。
大事な人を守る為に...。
誰だっけ?どんな人だったかな?
バチンッ!
痛っ!痛い。誰だ?
バチンッバチッバチッ!
ちょ、ちょっと叩きすぎでしょ?
ゴンッゴンッ!
ちょっと!駄目な音してるよ!
「...ストップ...」
「目、覚めた?」
目の前に女性の顔がある。
彼女の片手には、錫杖。傍らには小さな灯り。
蝋燭の火だろうか?
そうだ。僕らは、カエルの兄貴と、ジャニスの姉御に連れられて、ご飯を食べて、それを、武器を作って貰ったんだ。それから...
「ゴブリンの巣だよー」
「そう。そうだ。ゴブリンの巣から、ゴブリンを炙り出そうとして、それで...巣に逃げた。じゃあ、ここは...」
巣の中。彼らは洞窟内に巣を作り、繁殖する。非常に繁殖力の強い生物で、ほかの生物の胎内に、自らの種を仕込み、同族を増やす。
オークも同種の能力を持っているが、ゴブリンの方が、その傾向は強いと言える。
「僕は一体いつから寝ていたんだ?」
「巣に逃げ込んで、巣の中に残ってたゴブリンを倒したすぐあと。フラフラッて倒れちゃった」
マンサが微笑みながら言う。
そうか、あの時は息が苦しくて苦しくて。気付いたら今の状態か。
「マンサはなんとも無い?大丈夫なの?」
「うんー。風の服作ってたから」
見ると彼女の身体の周りに、薄く風が流れている。
彼女はいつもそうだ。周囲が驚く事を、シレッとやってしまう。『思い付き』で何でもやってしまうんだ。
火と風の魔法が使える彼女は、普段ボーっとしていて、何にもしないようで、何か困った事が起これば、その魔法で何でもして来た。
孤児院の蝋燭が無くなれば、何処からか古い食用の油を取って来て、火を点けたり、洗濯物が乾かなくて困れば、暖かい風を吹かせてくれたりした。
皆、色んな知識を持ってたりする僕の事を才能があるって言うけれど、そういうのは、彼女の為にある言葉だと思う。
「まだ頭がクラクラする...」
「あんまり動いちゃ駄目だよぅ」
「ココは、巣のどの辺りなんだろう?あれからどれくらい時間が経った?」
「わかんない。場所は奥の方。時間はねー、朝ご飯とお昼ご飯のあいだくらい経ったと思うよー」
彼女がお腹をさすりながら言う。
お腹が空いたのだろう。
腰から、水袋と干し肉を取り出す。
彼女に差し出すと、彼女は「クザから」と、僕の口の中に干し肉を突っ込んで、残った部分を自分の口の中に入れた。
ムグムグと小さい咀嚼の音だけが、その場に聞こえる。
「もうそろそろ、オークとゴブリン達でも活動出来る状態になると思う。煙の臭いが薄くなって来た。対策を考えないと」
ムクリとクザが起き上がる。
(何も考え無しに巣に突っ込んだ訳じゃない。大丈夫。大丈夫だ)
腰の袋から松明を取り出す。
ゴブリン達は、夜目が効く。
暗闇でも、猫のように活動出来る。
「マンサ。僕達が朝に街を出発してから、6時間は経っている。順調に行けば、夕刻には街に帰って来る予定だった。それが、夜になっても帰ってこないってなれば、捜索が出される筈だ。それまで耐える」
コクリとマンサが頷く。
「まず、籠城に必要な場所を見つけよう。ココは...入り口は狭いけれど、中が開けすぎてる。入り口から徐々に広くなっていくような部屋を見つけるよ」
「注文多いなー」
ニマニマとマンサが笑う。
「どうして笑うんだよ」
こっちまで釣られてニマリとしてしまう。
「いつものクザに戻った、って思って。うれしいなーって」
「マンサがいつも通りだからさっ」
フイと顔を背け、洞窟内の探索に向かう。顔が赤いのが見られたかな?
中は思ったよりも、広かった。
ただ、洞窟の規模に対して、ゴブリン達の数が合わない。どういう訳だろう?
途中、一つの部屋を見つけた。
恐らく繁殖部屋であろうそこには、なんの生物も存在していなかった。
26匹、中に6匹残ってたから合わせて32匹のゴブリン達。その数が、なんの繁殖元も無く揃うはずが無い。
なにかがおかしい。
別の巣のゴブリン達が、古い巣を乗っ取ったのだろうか?
「意外ときれいだね」
と、マンサが呟く。そう。綺麗過ぎるんだ。
ゴブリン達の糞尿の臭いもしない。食べ残して腐った肉の臭いも、鼻を塞ぎたくなる体臭さえもない。
僕らは奥へ進んでいく。
そして、ある部屋に入った時の事だ。
嫌な予感が的中する。
武器庫。そう呼べる場所が存在したのだ。ゴブリン達に合わせた、鎧や兜。短剣や槍が備え付けられていた。
「マンサ。僕達は、とんでもない場所に来ちゃったのかも知れない」
「どうして?」
「恐らく、ココはオーク達の傘下に入ってるゴブリン達の巣穴だ。前線基地程じゃないけれど、偵察と報告を担当してる部隊。何処かで繁殖したゴブリンにココを作らせて、偵察に使ってるんだ。1匹いたオークは、管理者で、連絡役だと思う」
「ふーん」
「ふーんって...」
その呑気さに呆れてしまう。
けれど、それが今は助かる。
「ココが丁度いい。武器もあるから、罠も作りやすい。ここに籠城しよう」
スリング、弓矢、槍、剣、槌、盾、ナイフ。後は、いくつかの粗雑な革鎧。
頭を巡らせる。
これから戦う相手は、同格以上の魔物。普通に戦えば負ける。
何か。決定的な何かが欲しい。
「デッカイ棺桶」
マンサが何かが気になったのか、木の棺をユサユサ揺すったりしている。
その棺は、太い縄で巻き付けられ、呪符のようなものが貼り付けられていた。
「何だろうね?開けてみようか」
縄を手持ちの剣で切る。思いの外丈夫な縄に苦戦する。縄がボトリと音をたてて落ちた後、それは姿を見せた。
一本の斧。どことなく、僕が薪割りに使っていた斧に似ている。違う点があるとすれば、刃の部分で謎の眼が何個もギョロギョロと蠢いている事くらいか。
「うぇー」
マンサが顔を露骨に顰める。
無理もない。一言で言えば、グロテスクだ。ただ、何故か僕には不思議と嫌な感じはしなかった。寧ろ、
「持ってみてもいいかな?」
不思議と持ってみたい衝動に駆られた。そう言った瞬間、斧の眼が一斉に僕の方を見る。「持て」と言うように。
「これ呪われてそうー。やめといたら?」
マンサは、どうも反対らしい。
「少し持ってみるだけだよ」
そう言って手を伸ばす。
「待って」とマンサが斧に手をかざした。
「むむむむぅー。悪いの悪いのー飛んで行けー!はい、どうぞ」
マンサが謎のおまじないをする。
思わずフフッと軽い笑いが出てしまった。
けれど、不思議と心が安らぐ。
安心したせいか、斧の眼まで優しくなって見える。穏やかな目つきだ。
僕は斧を手に持つ。重さ、握り具合、重心。全て薪割りの斧にソックリだ。ここまでソックリな物があるだろうか?
「なあ、マンサこれ...」
言いながらマンサの方を見て、固まってしまう。
「固まっちゃって、どうしたのー?」
マンサの体がおかしい。光る線状の物が無数に走って、輝いている。
「何だこれ...?」
視線を動かしてみる。洞窟の壁の向こう。幾つかの光の塊が蠢いているのが見えた。大きな物が一つある。
(あれは、オークかな?)
「キョロキョロしてぇ、どうしたの?」
ツンツンとマンサが突いてきた事で、意識を部屋に戻す。
「多分。多分なんだけど、魔力か、生命力か、どっちか分からないけれど、流れが見える。それも、壁の向こう側まで」
「へぇーすごいね」
相変わらずマンサは驚いてるのか、落ち着いているのか判りづらい。
「斧の力だと思う。壁の向こう側が見えるって、凄い能力だよ。けど、こんなに凄い能力が宿る武器だと、代償を要求されるはず」
もしかして、手元から離せないとか?そう思って斧を離すと、ふつうにボトッと落とせた。斧の眼と、クザの眼が合う。悲しそうな眼に見えた。
「ごめんごめん」
そう言って拾い上げる。再び光る線がマンサに浮かぶ。今のところ、特に代償が見当たらない。見た目が悪い事が欠点...?
急造の腰紐を作り、剣と反対側に括り付ける。柄に手を当てるだけでも、光が見えるようだ。
これは大きなアドバンテージになる。壁の向こう側が見えれば奇襲も出来るし、曲がり角から来る敵も、顔を出した瞬間に弓矢で射抜ける。
活路が見えたかもしれない。
ゴブリン達が巣を探し回っているのが手に取るようにわかる。5、6匹単位のチームを作り、探し回っているようだ。
今、一つのチームが武器庫の前を通る。武装を取りに入って来るかと思い、まちぶせる。
だが、ギャーギャーなにかを話していたかと思うと、通り過ぎて行く。
(今だ!)
壁際に潜伏していたクザがおどり出る。右手の鋼鉄の剣で、最後尾を歩いていたゴブリンメイジを貫く。
それでは終わらない。左手の新たな得物を振り下ろす。薪割りの斧を使っていた頃と、全く遜色がない。ゴブリンの身体がスルリと真っ二つ裂けた。
(なんて斬れ味だ!)
驚きながらも、素早く部屋の中へと駆け戻る。ゴブリン達は怒り狂い、クザを追ってきた。一度態勢を立て直し、仲間を呼べば、クザ達の命運はそこで終わる。だが、この小鬼達に、その指令を出す者が、たった今いなくなったばかりだ。
5匹のゴブリン達が、押し合いへし合いしながら、まとまって部屋へ突っ込んで来る。
「【ウインドバレット】!」
部屋内にマンサの詠唱が響く。風の衝撃波が打ち出される。しかし、ターゲットはゴブリン達ではない。その手前の物体。
槌に括り付けられた盾が、高速で入り口へ打ち出される。それは、まとまったゴブリン達への強烈な打撃となる。
3匹のゴブリン達が、盾を頭部に喰らい吹き飛ばされ、意識を失う。驚く残りの2匹へ無慈悲なクザの一撃。断末魔を上げてゴブリン達は沈黙した。
「マンサ、頑張ろう。本番はここからだ!」
「ほいー」
クザの眼に、光が一斉に移動する様子が見える。先程の断末魔が、洞窟内へ響き渡り、残りのゴブリン達が一斉に此方へ向かって来ている。
意識を失っているゴブリン達の首筋へ、ゴブリン達が持っていた短剣を突き立て、確実に殺しておく。油断はしない。
ただし、次に来るのは20匹の波。
籠城か、1チームずつ潰して行くか。クザは頭をフル回転させる。
(考えろ。この斧の特性を最大限に活かせるのは......)
「マンサ!ココを出るよ!そこのスリングと、弓を持って!」
「はーい」
いくつかの武装を持って行く。
けれど、ここを空ける事によって、ゴブリン達は、ここで武装を揃えるかもしれない。そういった危険性は有る。けれど、僕たちは2人。侮ってくれる事を願う。
加えて、いくつかの罠を武器庫に仕掛ける。時間稼ぎになる筈。
僕らは一番規模の少ない群れに向かって駆け出す。
「ゴブリンが5匹。ウォーリアが1匹先頭を歩いてる。曲がり角で奇襲をかけるよ。援護お願い」
「りょーかい」
2人は死角に隠れて息をひそめる。
ウォーリアらしき個体が、曲がり角に差し掛かった、その瞬間、クザは剣を突き入れた。
ガインッ!
(しまった!?)
偶然にもウォーリアが手にしていた盾に、剣が弾かれてしまう。一気に形勢は不利へと傾く。
5対2。個々の力は勝るとは言え、ウォーリアは歴戦のゴブリンである。「ゲギャギャ」と一旦ゴブリン達を下がらせ、態勢を整えた。ところが、クザ達は一向に曲がり角から現れる気配を見せない。
不審に思ったゴブリンウォーリアは、1匹のゴブリンを偵察に向かわせる。瞬間、また事前に分かっているかのように、今度は斧が振り下ろされ、偵察のゴブリンは真っ二つに裂かれた。
(壁の向こう側が見えるのは、ちょっとズルイくらい強いな)
クザは斧の能力に戦慄しながら、今度は片手でマンサから弓を受け取る。臆して出てこないゴブリン達へ向け、位置を確認した後、素早く撃ち放つ。1匹のゴブリンの胴体を射抜き、倒れた。
恐慌したのはゴブリン達だ。
曲がり角を行けば断ち切られ、動かねば射られる。八方塞がりだ。
「ゲギャーッ!!」
ゴブリンが大声で叫んだ。仲間を呼んだのだろう。しかし、クザはそれに動揺しない。続く2射目で更にゴブリンを射抜き、3対2の状況になったのを見計らっておどり出る。
クザがウォーリアに飛び掛かり、マンサは2匹のゴブリンへとスリングで石を撃ち放ちながら、錫杖で牽制する。
ゴブリンウォーリアは武装しているものの、単体での戦闘力は大したことはない。群れを率いているからこそ、下級上位なのだ。アッサリとクザの鋼鉄の剣を止めている間に、斧で胴体を2つに裂かれ絶命する。
残るゴブリンを処理し、周囲の状況を確認する。残りは15匹。5匹は叫び声を聴きつけ、此方へ向かっている。残る10匹は、入口への通路から動いていない。
(封鎖するつもりか?)
包囲網を突破し、あわよくば入り口の防衛が手薄になった所で逃げ出す事も考えていた。だが、それは叶わないようだ。
「...マンサ。道は2つある。1つは、オークと9匹のゴブリンを相手取って、全滅させてココを出る事。もう1つは、救援をひたすら待って、誰かにオーク達を倒して貰う事。どっちが良いかな?」
「分かんない」
マンサは間髪入れずに応えた。
「クザが決めて。文句言わないよ。でも、もう決まってるんだよね?」
やっぱり彼女には敵わない。
「うん。突破するよ。ここの魔物が周辺の村を襲う可能性もある。それに、ここで終わるようなら、僕達はそこまでの冒険者だ。この先君を守る事も出来ないと思う」
コクリと彼女は頷き、腕を組み
「うむ。まもりたまえ」
と、妙な偉ぶりかたをした。
「取り敢えず、前から来てる5匹を倒しちゃおう」
「おー」
◆
チリチリ...
松明の燃え盛る音だけが、静寂の闇の中で只々響き渡る。
「ニンゲンドモ...シナナイ...」
オークは苛立っていた。
ゴブリン共は、たかだか小童を殺すのに、何を手間取って居るのか。
この巣には、重要な献上品まで置いてある。明日決起する指揮官への大事な献上品。届けなければ、自分は死ぬだろう。
あのガキ共は、恐らく駆け出し。
それを10数匹かかりで潰せないとは何事か。
トントンと手持ちの槍を、地面に突く。貧乏揺すりのようなものだ。しても仕方の無い事ではあるが。
しかし、その動作は周囲のゴブリン達を慄かせていた。彼らとしては、いつ苛立ったオークが暴れ出し、自分達の首が刎ねられるか、たまったものではないのだ。
ヒュッ
唐突に風切り音が聞こえたと思うと、右肩に小さな矢が刺さっていた。少々痛みに襲われるものの、狼狽える必要はない。脂肪が暑いオークにとっては、擦り傷だ。
「イケ、ザコドモ」
ゴブリン達に指示を出す。
暗闇からの奇襲のつもりだったろうが、自分に大したダメージは無い。更にゴブリン達は、オークより夜目が効く。一斉に掛かれば問題なかろう。
オークは、懐から指令書を出す。
いよいよか。いよいよ我々オークが日の目を浴びる日がくるのだ。皇帝陛下を支え続けて来た甲斐もあったというもの。
このオークは、何のクラスも持たない、ただの一介のオークである。しかしながら、皇帝が誕生してから、常に一兵卒として皇帝の為に働き続けた。結果、信頼を勝ち取り、一介のオークにして今回のような献上品の輸送と、敵情偵察という任務を仰せつかる事が出来た。
指令書の内容はこうだ。
「アス決起。15万ノ本隊ト彼ノ地ニテ合流。献上品イソガレヨ」
指令書自体は、指揮官であるオークスペリオルからの物であったが、朱印には陛下の紋が刻まれていた。
大事に指令書を懐にしまい直す。
陛下お抱えの鍛治師と、呪術師が作り出した凶刃12振りの1つ『イミテーションアックス』
あの斧は、持ち主の記憶や、能力で形を変える。持ち主が手に取りやすいように。『生き贄』に使われているのは、メドゥーサだ。眼球のみを繰り抜かれ、今も本陣で生かされ続けている。
代償は、生命力。殆どの者が持った瞬間に死に絶えた。作った者は失敗作だ、と打ち捨てようとした。だが、皇帝陛下が唐突にソレを掴み取り、問題なく使いこなした。そして「生命力が強ければ問題無い。これをスペリオルに渡せ」と命じられたのだ。その時の陛下の雄々しさは、兵の間で語り草になっている。
これを届ければ、スペリオルは、獅子奮迅の活躍を見せるであろう。そうすれば、どれだけ陛下は喜ばれるだろうか。
「ブヒヒヒ」
イカンイカン。笑みが溢れてしまった。
カシュッ!
「ブヒ?」
見れば、今度は左肩に矢が刺さっている。おかしい。ゴブリン共を向かわせた筈なのに。
軽く引き抜き、先の闇を睨みつける。あの人間の小僧が剣と、手斧を持ち、武器からは血を滴らせていた。
「ゴブリン...ドウシタ?」
「倒したよ。残るのはオマエだけだ」
オレだけ...?20匹以上居たゴブリン達を、あの童2人で倒したというのか。とても信じられない。
「コイ」
クイッと指先を曲げ、言葉は短く返す。小僧は声を上げて駆けてくる。叩き潰す!
駆けながら、小僧が身体を横にズラした。
後ろから娘が飛び出す。
「【ウインドバレット】!」
風の魔法か。だが、そんな初級魔法、オレには通じない。槍を構え、迎撃の態勢をとる。
が、風の弾丸は全く見当違いの方向へ飛んで行く。
(何処を狙っている!?)
フォッと風の音がしたと思うと、視界から光が一切無くなり、完全なる闇に覆われる。
(狙いは松明だったか。しかし、何のつもりだ?これではニンゲンの視界を保てないであろうに)
オークは夜目が効く。そうは言っても、全く光源が無い状態では、暗闇も同然。壁際に身を寄せ、防御の姿勢を取る。
(狙いが分からん)
光も無く人間が何をしようというのか。
タタタッ
足音が洞窟内に響く。明らかにソレは、オークの方向へ真っ直ぐに来ている気がした。
「ムゥッ!?ムンッ」
槍が空を切る。目標もなく、ただ振り回しただけの槍。当たる事は無い。だが、
「うわっと!?」
と、小僧の声が聞こえた。
どういう事だ?これでは、槍の振りが見えている反応ではないか?
続けて声の方向へ向けて、当てずっぽうで槍を突き入れる。
一発は空を切り、二発目には服を裂く音が聞こえた。
「嘘だろっ!?なんで見えてるんだ!」
...この反応は、まさか?
「ブヒヒ。小僧ミエル。オレミエル」
ハッタリ、虚勢。人間達が使う卑劣な手だ。それを真似する。
「クッ!?マンサ灯りを!」
遠くで松明がポッと灯る。
やっと薄っすらと視界が確保される。小僧は脇腹から軽く出血しているようだ。
「あの闇で見えてるなんて、オークの暗視能力を甘く見てた」
「ブヒヒヒ」
危ない所だった。
ん?
「小僧。オノ...」
「これか。お前たちが大事に閉まってた物を、僕が使ってるのさ」
小僧が得意げに言う。それは『イミテーションアックス』ではないか!?
あのギョロギョロと蠢く目玉。
明らかにあれはメデューサの瞳。
随分穏やかな眼にも見えるが、あの小僧の気質によるものか?
驚くべきは、上級下位のオークが持っても絶命する斧を、この小僧が易々と使いこなしている事だ。
(こいつ、スペリオル並の生命力の持ち主か!?)
だとすれば驚嘆に値する。と共に「自分では勝てないのではないか」とオークに思わせるに十分だった。
「ブヒヒ...ブヒーッヒッヒッヒ!」
死ぬ。死ぬ死ぬ。だから、
「シネーッ!!」
ヤケクソだ。ココで死ぬか、逃げ出して皇帝陛下に殺されるか。ならばココでの死を彼は選んだ。
「ぐぅっ!?」
破れかぶれの槍の振りを受けた小僧が、呻き声をあげた。何故だ?スペリオル並の生命力を持つ男が、槍を受け止めるだけで苦しんでいる?
ブオンブオンッ!
音だけの、無茶苦茶な振り。
とても華麗な槍術とは呼べない。
にも関わらず、脇腹を庇うように、小僧は攻撃を受け続ける。側から見れば、一方的に痛ぶっているようにしか見えないだろう。
「...ヨワイ!ヨワイデハナイカ!!」
勝てる!勝てる!落ち着きを取り戻し、槍の冴えは戻り、槍術と言える物になってきた。
ズドッ!!
「ガヴォッ!?」
唐突に顔面に火球が飛来する。ジリジリと皮膚が焼け付く音がした。
離れた場所を見ると、娘が魔術の構えを見せている。完全に小僧に集中し、意識の外であった。
「クザを虐めるな!」
1つ2つと火球が続けて飛んでくる。
遅い。精度も悪い。軽く身体を捻りかわす。
「うおおっ!」
間隙を突いたつもりか、傍から小僧が再び斬りかかってくるが、槍で軽く弾くだけで、小僧は地面を転げ回った。
(弱い。コイツらは、やはり見立ての通り駆け出しどもだ。1つ煽ってやるか)
「小僧。オンナカワイガッテヤル。オマエニゲダス。ミノガスゾ」
小僧の顔付きが変わり、激昂して襲い掛かってくる。隙だらけだ。
ドズッ!
「カハッ」
乾いた声が洞窟に響く。
オレの槍が、小僧の腹を貫き通した。そのまま身体を槍で持ち上げ、壁へと叩きつける。たわいも無い。
「クザッ!?」
娘が慌てて駆け寄ってくる。
槍の柄を使い、娘の足を打ちつける。
「あぐっ!」
うずくまる娘を掴み上げ、小僧の方に投げ飛ばす。
精々別れを惜しむが良い。
オレも皇帝陛下と別れる事になれば、夜毎泣き腫らすだろう。
流し続ける血をなんとか止めようと、娘が小僧の腹を抑える。最早助かるまい。
「そんな...やだ...やだ!!」
腰袋から薬を取り出し、懸命に塗りたくる。無駄だと娘も分かってはいても、そうせざるを得ないのだろう。
オレはユックリと近づいて行く。
その無駄を終わらせてやる。
槍を引き、心の臓を目掛け一突き。
それで終い。
スゥと息を吸い、槍に力を込め、渾身の突きを放つ。
硬い。硬い感触。金属と金属がキリキリと擦れる音がする。
2本の剣を持つ小柄なオンナが、槍を持ち上げるように立ちはだかる。何者だ?
「後輩虐めるの駄目だよ」
ガキンッと音を立て、槍が跳ね上げられる。
「やっちゃえマデりん!!」
背中から女の声が聞こえた。
一瞬気を取られたせいもあるだろう。或いは、その小柄な女の速度に元からついていけなかったのかも知れない。
オークの下半身から上部へ、2本の剣閃が走り抜け、血が吹き出し、オレは怨嗟の言葉も残せぬままに、アッサリ地に倒れ伏した。
(皇帝...陛下...我らの夢を...)
◆
「クザ!?クザは助かるんですか」
ニコリと女性は笑う。
「助かるんですねっ!?」
「無理です」
「エェッ?そんな!?」
「エヘヘ。なんちゃってね。助かる助かる!」
バチーンと女性の頭に張り手が綺麗に入る。
「冗談にならない冗談を言わない!サッサと治す!」
「へーい」
背の高い女性が「ゴメンね馬鹿で」と謝って来る。頭の中が散らかって、何が何だか分からない。
「馬鹿ばっか」
オークを倒した小柄な女性が呟く。
「えーっとね、混乱してるみたいだから、自己紹介からするね。私はアヴァ。馬鹿薬師がココット。ちっこいのがマデリン。3人でレディローズってチーム組んでるの。あなた達は?」
「わたしマンサです。こっちがクザ。ゴブリン退治に来て、オークに襲われて、それで...それで...」
ジワリと涙が溢れて来る。
ヒシッとアヴァさんが抱きしめてくれた。
「だーいじょうぶ!この娘馬鹿だけど、一流の薬師だから!馬鹿だけど!」
「ちょっとアヴァっち。さっきから馬鹿馬鹿言い過ぎ。とりあえず、傷は塞いだよ。後は増血剤を飲んで貰って、意識が戻るのを待つだけ」
「ほんとうに!?ありがとうございます!!」
鼻水塗れの顔も構わず、感謝を告げる。
「あーあー。凄い事になってるよ」
そう言ってアヴァさんが、布を取り出し顔を拭いてくれる。良いお姉さんだ。
「アタシ達は、この辺りで石碑の調査してたんだ。たまたまゴブリンの巣から、声が聴こえて、入ってみたら、こんな感じじゃん?いやー、焦ったね!なっはっはー!」
ココットさんは軽い感じの女性だ。
わざと明るくしてくれているのかも知れない。
「間一髪」
ピースサインしながら、マデリンさんが肩にポンと手を置いてくれる。
良い人達で良かった。
良かった...
目の前が歪んでる。魔力切れかな...
少女は笑いながら、微睡みの中に沈んだ。




