日常と非日常
「でっけー!すげー!」
「ヌルヌルしてんないんだねー」
「カエルさんだっこー」
カエルは両肩に子供を1人ずつ、腕に1人ずつといった感じで子供達にぶら下がられていた。
「私は何をしているのだろう...」
「いいじゃないの。たまにはこういうのもさ!」
ジャニスは、子供達を振り回す(物理的に)遊具と化している。
「姉貴兄貴、なんかごめん」
「がんばれー」
クザとマンサは、椅子に座って2人の様子を見ているだけだ。
カエルは、クザとマンサのその後が気になり、ジャニスと共に2人が暮らす孤児院を訪ねた。そして、子供達に捕まり、このザマだ。
あの後、新人2人は、無事に初級中位へと昇級した。元からクザの計画性や、知識は初級下位では収まらない、とジャニスは踏んでいたという。カエルに見学させたのも、その為だ。
世の中、初級下位で終わる人間も珍しくはない。1日2個程度の依頼を終わらせれば、妻と子供1人程度なら細々とではあるが、養う稼ぎが出るのだ。何せ毎日命掛けなのだから。
下手に上の依頼を受けて、命を落とすより、そのように暮らしていく者達も珍しく無い。
孤児院の為に、これからも進んで行くであろう2人に、今日はジャニスとカエルから、昇給祝いの品を贈る予定だったのだ。
想定外の出来事で時間を食ってはいるが。
やがて、昼食の時間になりシスターに呼ばれた子供達は、蜘蛛の子を散らしたように走っていく。
カエルとジャニスは、シスターに寄付の品を渡し、クザとマンサを昼食に誘う旨を告げ、孤児院を出た。
「ごっはっんー!ごっはっんー!」
スキップしながら、マンサが先を進む。
「こらマンサ!行き先も分からないのに、先に行っちゃダメだよ!」
クザが追いかけてマンサの手を引いて戻って来た。
「彼も大変だね」
「ありゃ将来尻に敷かれるね」
今日は、昇級祝いという事で、街一番のレストランを予約しておいた。メインの肉は、ジャニスが最高級の物を用意したと聞いた。
街の中央通り。一等地に面するその店は、美食家で知られる総督も通うと言われている名店「Ceratophrys ornata」だ。
50年以上前から、大通りに店を構えるその店は、最初は小さな店だった。現店主の父サルヴォイは、当時としては珍しい魚介を使った料理を得意としていた。
特に誰も食材として使ってこなかった『レイゴル』と呼ばれるタコのような生物を、初めて使った料理人として知られる。
2代目を継いだ現店主は、その魚介料理を引き継ぎながら、独創的な肉料理を作る事で名声を得た。特に、禁忌とされてきた『内臓』を使った料理を一般にまで広めた功績は大きいだろう。
ゲコグルメイン誌 より引用
「だってさー」
豪華な椅子に腰を下ろし、ブラブラと脚を振りながらマンサが、備え付けのガイドペーパーを見ている。
「マンサ!行儀悪いぞ!こ、こういう場所っていうのは、静かにして、こうやって首にコレを巻いて、この器の水を飲むんだ!」
そう言って、クザは手拭きのタオルを首に巻き、フィンガーボウルと呼ばれる、手を洗う水をゴクゴクと飲んでいた。
(間違ってるとは言わないでおこう)
チラリと脇を見ると、淑女が佇んでいる。真紅の美しいドレス。耳には宝石のついたイヤリング。控えめの大きさの宝石だが、不思議と気品を感じる。首に下げるネックレスは、一石の金剛石。涙型のそれは、職人のカットの技術を感じさせる大粒の物だ。
(ただ...)
周りの客が、こちらをジロジロと見ている。亜人、とても場所に合った格好とは言えない男女2人。それだけで目立つのだが、最も目立っていたのは、その『淑女』だ。
真紅のドレスから出ている、丸太のような腕。血管が木の根のように張り巡っている。
スラリと伸びた足には、美しいヒールのパンプス。恐らく特注の一品。何故なら、足のサイズが35cmはあるからだ。そこに収まる足に蹴られれば、街の外まで飛んで行けるだろうこと受け合い。
「.......」
当の淑女は、ドレスに負けないくらいに、顔を真っ赤にして黙りこくって居るわけだが。
周りの男性客は、美人が顔を赤らめている様を見て、一瞬「おっ」となるわけだが、その下を見て、そそくさと目線を逸らす。
1番目立つはずのカエルが、何故か脇役に回ってしまっている。
給仕の者達が、こちらを見てコソコソと話し合っている。誰が行くか決めかねている、といったところか。
やがて、壮年の男性がこちらに向かって来る。
「いらっしゃいませ。当店をご利用いただきありがとうございます『剣鬼』様と、その御一行様」
それを聞き、店内がザワつく。
「あれが剣鬼...」
「凄いカラダしてると思った」
「顔を赤らめて、可愛らしいわね」
なお、予約時にジャニスは名前を出していない。流石上級上位者の名声といったところか。
「私、店主のサルマンと申します。お見知り置きを。先日は、希少な食材の寄付をありがとうございました。皆様にお出しする分量以外は、今夜のディナーとして、他のお客様に提供させていただきます」
物腰の柔らかい丁寧な対応。
亜人や剣鬼を前にしてのその対応は、店主の器量を感じさせる。
「それでは、わたくしは厨房に戻ります。自慢の品々を是非ご賞味あれ」
店主が場を辞すると同時に、カラカラと前菜がやって来る。良い香りがする。
「本日の前菜『ポタットとピンクサーペントのブルケッチサンド季節の野菜を添えて〜ラーヴァ国王への献上記念〜』でございます」
「なまえながっ」
「コラ!マンサ!すいません」
ペコペコとクザは頭を下げる。
店員はニコニコと対応しているものの、頬がヒクヒクと引きつっている。恐らく、マンサに怒っている訳ではなく、緊張しているのだろう。
ジャニスの方を一切見ていない気がするのは気のせいだ。
その後も、次々と華やかな料理が運ばれて来る。2人は夢中で食べているが、早々に食べ終えてしまい、次の料理が来るまでソワソワとしている。
その様子を見かねたのか、店員がバケットと、食用のオイルを持ってきてくれた。間を保たせてくれる料理を、2人は夢中になって食べた。
そして、いよいよメインの料理が運ばれてきた。
カラカラと運ばれて来るその料理を見て、客が騒ぎ始める。それは、巨大な豚の頭。ジャニスが倒したオークバロンの頭部が丸々載っていたのだ。
その料理と共に店主がやって来る。
「本日のメインディッシュ『オークバロンのミートドーム〜ワールドツアー〜でございます」
店主と店員が二人掛かりで、オークバロンの頭部を持ち上げる。中には純銀の食器が螺旋のように並べられ、様々な肉料理が、所狭しと並べられていた。
「クザ様、マンサ様。昇級おめでとうございます。こちら、上級上位のオークバロンの食用部位を、それぞれ選りすぐり、世界中の調理法で仕上げた品々でございます。お2人のこれからの御栄達を祈り、調理させて貰いました。『世界を食べる』つもりでお召し上がり下さい」
店主が頭を下げると同時、店内から疎らに拍手が聴こえる。その拍手は店中を巻き込み、スタンディングオーベーションになっていった。
「おめでとう!」
「頑張れよ嬢ちゃん坊ちゃん!」
2人は照れながらも、手を振って応えた。そして素早く着席すると、目の前の肉にかぶり付き始めた。どうやら我慢しきれなかったらしい。
2人の様子を店主を含め、店内中が温かく見守っていた。
しかし、その店内が凍り付く。
ワナワナと真紅のオーガ、否、ジャニスが震えだしたのだ。
彼女は、グイッとドレスの裾を上げると肉を手で掴んだ。それまではナイフとフォークで大人しく食べていたにも関わらず。
「ちまちま食ってられっかぁっ!」
そう叫ぶと、2人に負けじとガツガツと食い始めた。
カエルとしては
(最初から我慢せずにそうしてれば良いのに)
と思わなくもなかったが、彼女もこういう場に緊張していたのだろう。
ソースを飛び散らかして食べる姿に周囲の客が唖然とするなか、店主だけは心の底から笑顔だった。
帰り際にペコペコと謝るジャニスに
「美味しく食べていただけたようで、何よりも嬉しかったです」
と言った店主の顔が印象的だった。
なお、彼女は早々に着替えた。
腹を満たした一向(カエルを除く)は、今度は武具屋へと向かう。
所変わって、貧民街。
ジャニスが言うには、安く良い武具を仕立てるのは、大抵亜人の職人だという。
古びた石の民家といった佇まい。
カツンカツン、と鉄を打つ音が店の外まで聞こえてくる。
戸を開けると、狭い空間でトカゲの亜人と、ヒゲの小柄な男が剣を仕上げていた所だった。
「オッサン!来たよ」
ジャニスが大声で話しかける。
それでも轟々と音を立てる炉の音にかき消され、2人には聴こえていないようだった。
スゥッと、ジャニスは息を吸い込み
「おっさぁああん!来たよぉ!」
と家にヒビが入る程の音量で叫ぶ。
「うるっせぇな!来たのは分かってるよ!今仕上げてるから、ちょっとくらい待てよ!」
5分ほど様子を見ていると、仕上がったのか汗を拭いながらこちらへやって来た。
「デカ女、この小僧どもが例のか。仕上がってるぞ」
そういうと、ぶっきら棒に2人に剣と、錫杖を投げ渡す。
「ありがとうございます!」
「ありがとう髭おやじ」
「誰がヒゲオヤジだ!これでも25だ!」
(25には見えないな)
「ボッスはドワーフだからね。生まれた時から髭面なんだよ」
ジャニスが補足するが、2人は最早聞いてはいない。目の前の新しい相棒に夢中のようだ。その様子を見て、フッとジャニスも笑みを溢す。
「坊主のは、鋼と鉄の合金だ。まだ半人前らしいから、これで十分だろ」
抜き身の剣を、クザは一生懸命見ている。側から見るだけで、その出来は一流のソレだと分かる。
「とぼけたそこの女は、銀の錫杖だ。アンデッド共を将来相手にする時に役立つだろう。先の形状は尖らせてるから、槍のように刺突武器としてもいける。木製の柄の部分は、エルダーウッドを使ってる。魔法の使用にも耐えられるだろう」
マンサはスリスリと触ったり、頬ズリしたりして、感触を楽しんでいるようだ。
「ついでに、お前の大剣。研いで補強しておいた。いい加減無茶な使い方は止めろよ」
「さんきゅ」
ギロリとボッスがコチラを向く。
「ソイツは?」
「アタシの新しい相棒」
「なにぃ?」
ジロジロとボッスが上から下まで見ていて、ふと目線が腰の辺りで止まる。
「うん?!......うおおおおお!ちょっと待て!ちょっと待てマジでか!!
」
ボッスが目玉が飛び出そうな顔をして、こちらに駆け寄って来る。
「マジか...伝説中の伝説『甚兵衛』渾身の一振りじゃねえか!なんでこんな所に!?まさかテメェが、あの『武神』か!!」
「違います」
(騙った事はあるけど)
「そんな事はどうでもいい!!み、見せて貰っていいか?いや、いいですか?」
「どうぞ」
スラリとボッスが刀を抜く。
ジロジロと見ていたと思うと、ボッスの頬を涙が伝い始めた。
「すげぇ...生きてる内に、こんなお宝拝めるなんて...アンタ超凄腕なんだろうな」
「...ハハハ」
乾いた笑いが出た。
「良い物見せて貰ったよ...って、うぇええ!?その刀は!!」
2本目、3本目の刀も凄かったらしく、最終的にボッスは壊れてしまった。ズリズリとトカゲの亜人に引き摺られていく彼は、最高に幸せそうな顔をしていた。
「コレ。出来た。やる」
戻ってきたトカゲの亜人が、2人にそれぞれの防具を渡す。クザには革の鎧、マンサには法衣。
「....」
トカゲは、手渡した後、ジッと2人を見つめていた。
「な、なんですか?」
「??」
2人が戸惑っていると
「着てみてやんな」
とジャニスから声が掛かる。2人がいそいそと着てみると、トカゲの亜人は裾や襟口を見て、一つ頷くと、また作業へと戻って行った。
「あれで良いのかな?」
「おう。あの子は口下手なのさ。職人としては良い腕なんだけど、あの口下手さで街の工房からは追い出されたんだとさ。年齢はアンタらと同い年だったはずだよ」
「僕らと同じ歳で、こんな立派な防具を..」
クザがまじまじと革鎧を見ていると、マンサがトトトッとトカゲの亜人に駆けていく。そして彼の手を取り「ありがとー」と良い笑顔を見せる。彼は「んっ」と答えるのみで、また作業に戻った。
「照れてる照れてる」
ジャニスが言うが、彼の表情などには特に変化は見られない。疑問に思った事を察したのか、ジャニスはピッと腕を指した。
カンカンカンカンカカンッ!
心なしか、少しテンポが速い気がする。そういう事だろうか。
「クザの革鎧は、ファイアリザードの革を使ってる。中級くらいまでなら十分使える品だよ。炎は通さないし、冷気にも強い。マンサの法衣には、セイントクローラの繭を使ってる。邪気を払って、精神を落ち着かせてくれる効果がある。まあアンタ、落ち着き過ぎだけどね」
ニマッとマンサが笑った。
本人も分かっているようだ。
工房からの帰路、2人は改めて礼を言ってきた。この贈り物で、2人が少しでも無事に帰ってくる確率が上がれば、贈った甲斐があるというものだ。
2人は、孤児院に戻って行った。
お互いに武具を見せ合いながら、幸せそうな顔で。明日は山の麓のゴブリン退治に出掛けるそうだ。
「あの2人、どこまで行けるかな?中級?上級?」
「さあね。あの子達には才能がある。けど、アタシらの仕事は、いつ死ぬか分からないからね」
「あの小僧なら、それなりのところへ行くじゃろう。慎重さや臆病は、戦争や殺し合いには、何より大事な物じゃ」
「ベロ居たの?」
「居たのとはなんじゃ!?ワシら一心同体なんじゃが!?あの童共がおるから出て来てないだけじゃ!!」
ギャーギャーと喚くベロを尻目に、ジャニスとカエルは、それぞれの宿へ帰る。
◆
今日初めて下級中位の依頼を受ける。
隣には、いつも通りマンサが居る。僕らは同じ日に、同じ孤児院に入った。それからは、いつも一緒だった。マンサが隣にいると、なんでも出来る気になる。
ゴブリンは、集団で動く生物だ。1匹1匹は、グリーンイーター程度の強さだけど、刃物を持っている個体もいて、安心は出来ない。
山の麓の洞窟に、小さな巣を作ったという報告が酒場に入ったのは、一昨日の事。丁度僕らが下級中位へ上がった日だった。僕らは進んでそれを受けた。
ジャニスの姉御と、カエルの兄貴。
2人から、昨日凄く嬉しい贈り物を貰った。とても僕らじゃ買えない、良い武具。けれど、武具に頼ってはいけない。鎧が守ってくれる状態を作ってはいけない。剣が血で汚れる時は、相手の血で、だ。
洞窟の入り口には、ゴブリンの骨飾りがあった。小動物の骨だ。見張りは居ない。小規模な巣ではよくある事らしい。
僕らは枯れ木や枯葉を集めておいた。そして、燃油。入口で派手に燃やす為だ。マンサの炎魔法で火を付けてもらう。そして、風魔法で火の勢いを強め、洞窟内へと煙を送り続ける。
これで、中からゴブリン達が飛び出してくるか、中で死に絶えるか。飛び出してきたゴブリン達には、入口の坂を利用して巨石を転がせるようにしている。剣は出来るだけ使わない。
「さあ、いつでも来い」
「こーい」
意気込んで、僕は言う。
生唾を飲み、手には汗を握り締めながら。怖い。今まで散々追いかけられて来た魔物と対峙するんだ。怖くないわけがない。マンサも、ソワソワと足を動かす。
この依頼を受けるのは、少し躊躇した。ゴブリン達は、人間の女性を襲う。隣に居るマンサを見る。彼女は、12歳頃から女性らしい身体つきになっていた。今は出る所も出て、孤児院の皆の憧れのお姉さんだ。
そんな彼女が、ゴブリン達に襲われたら...考えただけで身震いがする。
僕が守る。守れば良いだけだ。
「ブヒーヒッヒッヒ!」
「キッキッキッキ!」
突然後ろから野太い声がした。
遭遇したことは無い。けれど、僕は『ソレ』が何か知っている。
身体を冷や汗が伝う。
振り向きたく無い。
それでも、振り向かざるを得ない。
醜悪な豚。オーク。
その周囲を固めているのは、ゴブリン達だ。20匹は居る。周囲を固められ、完全に退路がない。狩りにでも出掛けていたのか、はたまた罠か。
「メス。ニンゲン。メス」
オークがマンサを指差し、二チャリと口の唾液を伸ばしながら笑う。
マンサも、その意味が分かっているのだろう。錫杖を握り締め、怯えている。
(オークが1匹、ゴブリンが...26匹)
無理だ。ゴブリンには下級上位のメイジや、ウォーリアまで混ざっている。
「マンサ」
彼女に呼び掛ける。
彼女のいつものノンビリとした笑顔は見られない。
「僕を信じて欲しい。君を守る」
強張った顔で彼女は頷く。
「...ずっとだ。そう思ってる」
「知ってる」
そう言うと、彼女は初めて笑顔を見せた。外で見せるいつもの笑顔とは少し違うけど、僕だけが知っている笑顔だった。
「行くよ」
グイッと彼女の手を引っ張り、走り出す。唯一の活路を。細い細い光を掴むために、地獄の穴へ。ゴブリン達の巣の中へと、2人は走り込んで行く。
走りながら、燃え盛る炎は消して行く。
「はぁっ!はぁっ!ゲホッ!」
苦しいけれど、煙が入り切る前で良かった。
籠城戦。それが僕が選んだ道。
僅かな希望の糸を手繰り寄せるしかない。




