若樹
5000匹のオーク討伐を果たしたカエルとジャニス。ジャニスは言った。
「アタシに任せな」
(何を?)
そう言おうとしたが、ジャニスの歯が溢れそうな笑顔に聞けずに居た。
「おい、アレが例の『5000匹殺し』だぜ」
「あれが『ペンタグラム』のカエルか」
「『バロンバスターカエル』だろ?」
「いや『カエル・ザ・グレート』だ」
そして酒場に入った途端、この有様である。間違いなくジャニスの仕業だろう。見ろ、酒場の奥の椅子で、親指を上げ、彼女の笑顔が眩しい。
「あのー、ジャニスさん。これは一体どういう事かな?」
キョトンとした顔で、ジャニスはカエルを見る。もしやこの人は、からかう為などではなく、本気でこの行動を起こしたのだろうか?
「『コレ』って、二つ名の事かい?上級の冒険者なんだから、二つ名くらい欲しいだろうよ!」
「それにしたって、乱雑過ぎやしないかな?」
「イイんだよそれでぇ!噂が勝手に広まって、勝手に一つに収束するさ」
そういう物なのか、とカエルは納得せざるを得ない。人間としても、冒険者としても、ジャニスの方が遥かに先達なのだ。
前線基地からの帰路、カエルはジャニスに、冒険者の事、過去の事、色々と聞いてみた。一部頑として教えてくれなかった事もあるが、大体の事は話してくれた。
子供の頃は病弱だったとか
筋肉を付けてから、健康になったとか
筋肉に救われた話
鍛錬は裏切らないとか
筋肉も裏切らないとか
そういった話だ。
「筋肉ばっかりじゃな」
とベロは途中でツッコんだが、それにもどうやら理由があるらしかった。その話と15ー20歳くらいの話は、聞かせてくれなかった。因みに彼女は24歳らしい。
その話になると「またいつかね」とヒラヒラと手を振って、何処かへ行ってしまったのだ。
人間には隠し事という物がある。
思考するとは、迷うという事に他ならない。カエルが生まれてから、初めて芽生えた、思考するという回路。
迷いの結果、隠したくもなるし、嘘をつきたくもなる。恥や、プライドといった物は思考から生まれるのだ。
それは、カエルにとって目新しく、だからこそ人間に興味を抱いたのかもしれない。
「カエル?どうした?」
思考の海に沈んだ意識を戻す。
今日は、ジャニスから冒険者としてのイロハを教わる予定で、酒場で待ち合わせをしていたのだ。
「ごめん、なんでもない。それで、今日はどんな訓練をするんだい?」
ニカッとジャニスは笑う。
「今日は見学だよ。もう頼んでるから、頑張っておいでよ」
(頼んでる?)
チョイチョイとジャニスが手招きする。すると、まだ15、6の若い男女2人が駆け寄って来た。
「ジャニスの姉貴!この人が例の上級に飛び級になったって人ですか!?」
「亜人だー。めずらしー」
元気そうな男の子と、物珍しそうに、指差してくるノンビリした口調の女の子。どうやら、この子達が『頼んでる』2人らしかった。
「そうだよ。カエル。この子達が、今日アンタと一緒に冒険してくれる、クザとマンサだよ」
クザと呼ばれた男の子が「よろしくっす!」と頭を下げる。マンサは「ほえー」と言いながら、先程から私の腕をスリスリと触っている。
クザはともかく、マンサは変わった子のようだ。
「よろしく。私はカエル。魔法使いだけど、刀も少し扱える。何でも便利に使ってくれると嬉しいよ」
マンサの頭を、撫でてみる。
キョトンとした顔でカエルを見たマンサだったが、二へへと笑ってくれた。
「早速だけど、西の岩場辺りに巣を作ってる『グリーンイーター』を倒すのが、今回の依頼だよ。カエル、アンタは見学。その子達のやってる事、見ておいで」
「うっす!」
「はーい」
「わかった」
三者三様の返事をして、カエル達は出て行った。
「さあて、どうなることやら」
そう独りごちて、ジャニスはエールをグイッと煽った。
◆
「さあ、行こうか!」
カエルが意気揚々と、西門へ向かおうとするが、クイと袖を引かれる。
「まだー。準備まだだもん」
「あぁ、そうか。ごめん、まずは道具屋からだね」
フルフルとマンサが首を振る。
「カエルの兄貴、道具屋じゃなくて、まずは南の草原に行くよ」
「草原?ポーションを買いに行くんじゃないの?」
クザとマンサは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「高くて、買えないのー」
「オレたち、まだ下級下位だから、ポーションなんて買ってたら、依頼料が全部パーになっちゃうよ」
「そういうものなのか...」
ジャニスが見学させた理由が、少し掴めてきた。
南の草原。広々としたそこには、花や草木が豊富に生えている。比較的大人しい魔物ばかりで、邪魔が入る事も少ないのだという。
「みーつけ」
「こっちにもあった!調子いいね」
2人は地面に這いつくばって、何かをしている。
「何をしているんだい?」
「これー」
マンサは、手に握った草を差し出してきた。微かに花の蕾がある。
「マンサ!それはダメだって先輩達が言ってただろ?花が咲いてるのは、メディ草じゃなくてデメディ草だよ」
「あー。そっか」
ポトリとマンサが草を落として、また草を探しに行く。
「これだよカエルの兄貴。メディ草。さっきのデメディ草は似てるけど、何の効果もないんだ。メディ草は、薬になる。切り傷なんかに効くんだ」
「ほほー。ポーションの代用品ってところかな?」
「うーん。まあ、効果は低いけど、そうだね。これから戦うグリーンイーターは、噛んでくる大っきなネズミで、畑が荒らされるから、討伐依頼が多いんだ」
「そっちの腰に入れてる草は?同じ草じゃないみたいだけれど」
「あぁ、これはグリーンイーターの好物なんだ。コレを使って誘き寄せて倒すつもりだよ」
彼は、事前に敵の事が分かっているようだ。
「クザは、グリーンイーターに詳しいんだね」
「依頼受けるなら敵の事とか、場所の事、色々調べないといけないから。グリーンイーターは、下級下位の魔物だけど、傷口から化膿して死んだ人も居る。準備はしておかないとね。グリーンイーターに限らずだよ」
...どうやら、私がクザを兄貴と仰がないといけないかもしれない。クザから冒険者について、色々と教わらなければ。
クザと2人で、メディ草を探していると、深い草むらからマンサが飛び出してくる。
「マンサ!?」
「にげるー」
驚くクザを尻目に、一目散にマンサは走り出す。慌ててクザもカエルも、それを追いかけた。
一呼吸遅れて、草むらから何匹かの小鬼のような生物が、小さな石の武器や棍棒を持って飛び出してきた。
「ゴブリンだっ!」
クザは後ろに軽く眼をやり、そう叫ぶ。随分と怖がっている様子だ。
すると、その後を追うように、更に数匹のゴブリンが現れる。10匹は居るだろうか。
「ゴブリンは、1匹1匹は弱いけど、1匹居たら、10匹は居ると考えないといけないんだっ!討伐難度は下級中位に設定されてる!僕らじゃ無理!」
(隣に私が居るんだけどな)
そう言いたいカエルだったが、クザはジャニスからの依頼を守っているのだろう、と察して言うのをやめた。誠実な若者のようだ。
ひたすらに走り続け、結局街まで戻って来た。
カエルには不思議に思えた。
「何もここまで逃げなくても良かったんじゃない?ゴブリン達は、結構前に諦めてたようだけど」
「命はー....ひとつだもん」
呼吸を整えながら、マンサは言う。そうか。その通りだ。生まれ変わりを続けて来たカエルには、薄い感覚ではあるが、普通はそうなんだ。
メディ草は、今回の依頼を成す為の、十分な数は手に入れていたようで、彼等はそれを手に、今度は薬師のところへ向かうと言う。
「自分達で、石なんかですり潰して作っても良いんだけど、薬師にやってもらった方が、よく効くんだ」
クザは、メディ草を手に、前だけを向いて歩いていた。彼を見ていると、危なっかしいような、眩しいような。そんな感覚になる。
「クザとマンサは、どうして冒険者に?」
2人は、立ち止まって答えてくれた。
「「家族に楽をさせる為」」
と。2人は顔を合わせてニシシ、と明るく笑った。
「オレ達、そうは見えないかも知れないけど、兄妹なんだ。2人とも孤児院で育って、親は違うけど、大切な家族。孤児院には、シスターも居るし、兄弟達も居る。だから、稼いで皆を楽にさせるんだ」
空を見て、クザは言う。
目標があって、目的があって、それらの先には、大切な者達が居る。だから彼等は眩しいのだろう。
「ワタシは、クザがいつもそう言うからー、なんとなーく同じ事言ってるだけー」
...眩しいのだろう。
薬師は、材料があるから、と格安で作成してくれた。適正職が作成するのとしないのとでは、効果が5割程度違ってくるんだそうだ。
「私は何も知らないで、旅を、冒険者をやっていたんだな」
「そう言う事じゃな」
呟く私にベロが反応する。
2人にはベロの事は話していない。
コソコソと1人でしゃべっているのを見て、2人は少しの疑問を抱いたが、深くは詮索しなかった。
「じゃあ、いよいよ出発だよ兄貴」
「れっつごー」
西門を出てしばらく行くと、小高い丘の上に、岩がポツリポツリとある。その岩の上から、 なにかがキョロキョロと周囲を見回っている。
「グリーンイーターだ」
「相変わらずかわいい」
リスのような生物が、鼻をヒクヒクとさせながら、周囲の音を聴いている。距離は80メートルほど。この距離で気付かれていないと言う事は、眼は良くないようだ。
「巣の見張り役だね。アーチャーやシーフが居れば、撃ち落としたり出来るんだけど...」
「ちなみに2人の職業は?」
2人は暫し沈黙する。
「職業適性検査で認定されていないから、僕らはただの街人だよ」
「適性検査受けるおかねない」
そんな物があったのか。
では私は「自称魔法使い」だったのか。驚愕の事実が明らかになった。後でジャニスに聞こう。
「それで、どうするんだい?遠距離攻撃は無理なんだろう?」
「うん。アレを倒さないと、鳴き声を聞いた残りが、巣穴に逃げ込んじゃうからね。だからコレを使うんだ」
クザは草原で採れたグリーンイーターの好物だという草。それを取り出し、マンサに手渡した。
マンサは「むむむむ」と暫く唸ると、指先ほどの炎がポゥっと灯る。
「名付けて『プチファイアボム』だよー」
彼女は魔法使い志望なんだろうか?
草に小さく火がつく。
それを手前に置いて、隠れる。
微かな煙が上がり、なんとも言えない臭いが辺りに漂い始めた。効果はてき面。鼻をヒクヒクしていたグリーンイーターは、真っしぐらに草に突っ込んでくる。
そして持ち上げ、かぶりついた。
火がついているにも関わらず。
キュッ!?と鳴いた時には時すでに遅し。グリーンイーターは舌に火傷を負い、驚いているところをクザの斧で叩き殺された。
「ヘヘッ。この斧、孤児院の薪割りで使ってた斧で、オレの愛用品なんだ」
多少クザの身の丈に合っていないが、工夫して使っているのだろう。
「見張り倒したし、いこーよ」
「おうっ」
見張りが立っていた岩場から、静かに顔を出す。遠くに6匹のグリーンイーターが見える。どうやら小さな水溜りで水を飲むのに夢中のようだ。
「いまだっ」
「チャーンス」
2人は、せっせと地面に空いた穴を塞ぎ始める。一体なにをやっているのだろう?
そして、今度は反対側に回り込み、抜き足差し足と近づいて行く。
「おらあっ!」
「たー」
気合いを込めたクザと、気合いが入ってるのか分からないマンサの声が響く。
1匹はクザの斧に叩き殺され、もう1匹は、なんとかマンサの木の棒を避けた。そして、一目散に穴が空いていた方向へと逃げて行く。
「行け行け!」
クザが追い立てながら、もう1匹を仕留める。穴に潜ろうとしたグリーンイーター達だったが、穴が塞がれている事に気付くやいなや、クルリと振り向いて、クザ達に飛びかかってきた。
無事クザ達の狙いは当たり、作戦通りに全てのグリーンイーターを狩り終える事が出来たようだ。
「やったぜ!!」
「ぶいぶい」
クザ達は喜びを分かち合う。
何度か噛まれたようだけど、大きな傷は無い。
狩を終えた彼等だったが、休む暇も無く、剥ぎ取りの作業へと移る。鋭い歯と、毛皮を器用に剥ぎ取ると、大きめの皮袋へしまい込んだ。
「これ取っとかないと、討伐報酬だけじゃ、少な過ぎるからね」
剥ぎ取った素材は、酒場に持ち込んだ。倒した武器が、使い古した斧だった事もあり、素材の状態が悪かったとの事で、買取価格は市場より低かったらしい。
けれど、彼等は報酬を受け取った時、この日一番の笑顔を見せた。今日は、色々勉強になったが、これがジャニスの1番見せたかった事なのかもしれない。
恵まれた環境で冒険者としてのスタートをきった私にとっては、彼等が今得ている物は、私にとっては、何一つ無い物ばかりだった。
戻って来た私を見てジャニスは「いい面構えになった」と言ってくれた。私も彼等のように、純粋に、ただひたすらに前だけを見て走ってみたくなった。
「アタシの言いたいことがわかったかい?」
「あぁ。凄く身にしみたよ」
ウンウンとジャニスは頷く。
「つまりアタシが言いたいのは、命は大事にしましょうってことさ」
「ジャニスは言ったらダメな人だと思うよ」
「まったくじゃ」
ジャニスは照れたように笑う。
恐らく彼女は、飛び級したカエルに『積み重ねる事』の大事さを教えたかったのだろう。経験、恐怖、喜び、痛み。そう言ったものを知らず、上級に至った危うさのような物を、ジャニスは伝えたかったんじゃないだろうか?
「違うかなベロ?」
「どうじゃろうな。ワシには分からん」
嬉しそうに袋を持って、去って行った2人の背中を見送った。あの2人は、この先どうなるだろう?偉大な冒険者になるのか、それなりにやっていくのか。はたまた...。
やはり2人の姿は眩しく見えた。




