殴打
「まだ賊は止まらナイのか?!」
一際巨大なオークが部下を叱責する。
オークバロンと呼ばれる個体。
オークの中でも特に上位種として知られる。今回の5000匹規模の大隊の指揮を任されている。
近隣の町を襲い、食料の確保と、人間のメスを攫い、士気の維持を画策していた。その矢先、部下から突如報告がもたらされた。
「人間のメスが一匹攻めて来た」と。
ボウケンシャと呼ばれる、人間どもの戦闘員であろうと推測した。しかし、たかだか1匹で5000匹のオークの軍勢に突っ込んで来るとは、ただの狂人であろうと思われた。
ところが、待てど暮らせど死亡の報告も拿捕した報告も来ない。それどころか、謎の飛び跳ねる魔法使いまで現れ、現場は混乱の極みにあるとのもと。
(有りうべからざるジタイだ)
恥。恥だ。恥でしか無い。
たった2匹の賊に、5000の部下を言いようにやられたなどと、同じ階級の者共に知られたら。そう思うと、頭に血が上って来た。
「ブギャアア!」
理性を、そして言葉を忘れ、顔中がトマトのように赤くなったバロンは、カッとなり、側に侍らせていた人間の女奴隷の首を、握りつぶしてしまった。
女性の血飛沫が、本陣に広がる。
本陣は、虫から取れたシルクのような真っ白な布地で出来ていた。人間達の間では、高級なものとして知られている。
そのシルクが赤く染まる。
鼻息荒く、興奮していたバロンは、皇帝より賜った、その布が赤く染まってしまった事に、頭を冷やした。
(イカン。ソシキを率いる者は、レイセイであれ。カイザーの言葉ダ。落ち着こう)
大きな身体を、本営の椅子に預ける。落ち着き、周囲を見回す。やけに静かだ。
突如、巨大な地鳴りがして、身体揺れる。
そして爆炎が、竜巻が、渦潮が、深淵が、本陣を包み込む。
「ウィザード!対魔法障壁テンカイせよ!」
本陣に控える上位オークに命じる。
この周囲の魔力。尋常では無い。
突如頭上から光が降り注ぐ。身体を焼く熱量だけではない。身体を切り刻まれるような感覚、力が抜き取られるような感覚。様々な感覚が一度に去来する。
(コ、コノヨウナ魔法など、聞いた事がナイ!)
障壁外に居た者は上位のオークでさえ、絶命するか、意識を刈り取られた。魔術障壁を展開していたウィザード達は、障壁に耐える為に、魔力を使い果たし絶命。
が、それでもなお、光は続く。
「グオオオオオオ!」
光が降り注ぎ終わった頃には、本陣の中は、死屍累々といった有様だった。そこへ、悠々とシルクの幕を捲って入ってくる人間。
「はぁー。コイツは凄いね。アンタと一緒に組んで正解だったわ」
続いて虹のような色をしたカエルの亜人がヒョイッと顔を出す。
「役に立てたようで何より。でも、魔力を大分注ぎ込んだんで、頭がクラクラするよ」
「オーケーオーケー!後は任せな」
(ナメられたものだ)
例え、体から煙が出る程に皮膚が焼かれ、内臓の一部が露呈。脱力感に苛まれたボロボロの状態でも、上級上位に足をかける魔物。お
「プギュルルル...フシューッ」
バロンは、精神を統一し、体内のエネルギーを循環させた。するとみるみる内に、火傷や裂傷が消えていく。
「へぇ...アンタも闘気使いか」
人間がなにかを言う。これはカイザーより賜りし秘技の一つだ。人間の技など及びもつかない神の御技なのだ。
「上等ッ!」
身の丈に合わない巨大な剣を振りかぶって、人間のメスが突貫してくる。だが、その大剣の重さを感じさせない動作は、メスの膂力を測るに十分だった。
ガゴンッ!!
得物同士がぶつかり合う音が響く。
(ぐぬぬ!なんというチカラダ)
巨人の一撃を受け止めたような腕の痺れ。これでは数合も打ち合えまい。オレのウデが参ってしまう。
それでもバロンは、口の端を上げる。
「オレのブキが普通でアレバな!」
突如、バロンの斧槍が、不気味な光を放ち始める。
「なんだっ!?」
メスが警戒して、後ろに飛び退く。
「クククその判断は、間違っているゾ。オマエはサッサと連撃を加えるべきだったのダ」
オレの斧槍が蠢き始める。そして『コア』が脈動を開始した。
◆
「チッ!なにかは知らないけど、アタシに小手先の武技なんかは通じないよ!」
「《闘走の竜脚》!」
地面が、大きく抉れる。
闘気を脚に一挙に集め、ジャニスは跳躍する。一時的ではあるが、その速度は一時的とは言え、カエルに比肩しうる。
「《巨神の怪腕》!」
シンプルな斬撃。だが、当たれば例え上級上位種のドラゴンでさえも、真っ二つに出来る、神速、最強の一撃。
バロンが斧槍を構える。
だが、どんな武器だろうが、その腕が斬撃に耐えられなければ、押しつぶせる!
周囲の空気が、一気に収縮しボッ!という業火の燃え盛るような音がした。そして振り下ろされる一撃。
一瞬の静寂が訪れる。
「...なんだって?」
最初に声を発したのは、ジャニスだった。
「ブヒヒヒ。ザンネンだったな。オマエの渾身の一撃は、そのテイドか。興醒めだな」
バロンは軽々と受け止めた。
今まで避けられた事はあれど、受け止められた者は居ない。受け止めた者の腕は、紙切れの如くへしゃげるからだ。
それを笑いながら、止められた。
「フンッ!」
そしてジャニスは、軽々と弾かれる。その感覚は、巨大な生物に摘まれ、軽くポイと放り投げられたような、不思議な感覚。
「ウソだろ...そんな...」
ジャニスがワナワナと震えだす。
「ブッヒャッヒャッヒャ!!!」
その震えを見たバロンは、高笑いを隠さない。ジャニスの渾身の一撃である事は明白。それを軽々と防いだのだから。
「ムスメ!恐ろしい一撃ダッタ!オレ以外、カイザー様でさえも、あの一撃は止められマイ。だが、相手が悪かったナ!我々幹部クラスが、カイザー様より賜りし12振りの1つ『アブソープションハルバード』を持つ、オレでなければ死んでイタ」
ズドンとバロンは、地面に斧槍を突き立てる。それだけで、地響きが起き、地面が大きく割れる。
「貴様のチカラ!貰い受けた。最早、オマエのチカラでは、オレの腕力を超える事は出来ナイ!ブッヒャッヒャッヒャ!」
バロンの高笑いに対して、ジャニスは俯いたまま微動だにしない。
グッ!グッ!
ジャニスは、腕に力を込める。
(どうやら、力の吸収ではなくコピーに近い性質の物。恐らくコピーした相手の力を、自身の力に上乗せする呪具)
「クックックッ」
ジャニスは笑う。この逆境の中で。
「気がフレたか無理もない」
バロンはそう見た。
「いいや。丁度良いと思ってね」
「ナニ?」
「丁度、アタシより力の強い相手と戦いたかったのさ。そこのカエルに戦い方を教えたくてね。全然居なくて困ってたところさ。いやあ、助かったよ。アッハッハ!」
バロンの顔が真っ赤に染まる。練習相手呼ばわりされたうえに、自分が当然勝つかのような物言い。血が脳天にまで達した。
「コロス!ジゴクデコウカイサセテヤル!」
理性が飛び、野獣の如く飛びかかる。だが、斧槍の振りは一層洗練されたかのように鋭い。
この魔槍の欠点。それが、理性の欠如。だが、寧ろ戦闘能力は向上するのだ。誰彼構わず襲ってしまうのと、30分は止められないのが唯一の欠点。
この場においては、それは欠点ではない。周りには敵しか居ないのだ。
コロスコロスコロスコロス!
バロンの頭の中は、その思考だけに囚われた。
金属同士のぶつかる音。だが、それは、おおよそ刃物同士のぶつかり合う音ではない。まるでダンプカー同士が正面からぶつかり合っているような、異音が響き渡る。
カエルは、その戦闘を側から静かに見ていた。手は出さない。ジャニスから言われた『手解き』を受けているのだ。
ジャニスは、自分より力の勝る相手に対しての戦い方を教えてくれている。ただ、まともに受けるのではない。
「流す!躱す!力で負けてるなら!経験で!技術で!相手を上回る!」
斧槍の巻き起こす暴風のような攻撃を、ジャニスは紙一重で捌き、躱す。それだけではない。
バロンの身体が、徐々に傷を負っていく。滑らせた刃の根元で斬りつけたり、大振りを躱した直後に、振りは小さく、鋭く斬りつけている。
「刃の流れを見ろ!敵の目を見ろ!何より筋肉を見ろ!筋肉は!戦闘では!口より物を言う!」
言われ、眼に集中する。
確かに振る瞬間、インパクトの瞬間、フェイントの瞬間。全て筋肉が脈動している。
「振り下ろし!横薙ぎ、袈裟斬り、振り上げ!全て筋肉の動きが違う!アンタの眼なら見える筈だよ!」
バロンが血だるまになっていく。それでも獣と化したバロンは止まらない。返り血がジャニスまで真っ赤に染めて行く。ジャニスの顔が歪む。
「マズイ。ジャニスが苦しんでる!」
「いやー、アレは違うと思うぞぃ...」
「でもベロ。彼女、凄く苦しそうな顔をしているよ」
「よく見てみぃ。あの眉間のシワ、コメカミの血管。あれは...キレる寸前じゃぞ」
「えっ?」
カエルが言葉を発した瞬間。
ジャニスの我慢が限界を迎えた。
「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あああああああ!!!!」
絶叫。基地中どころか山をも慄わすような雄叫び。
「もういいか!?もういいよね!?カエル!!もういいね!?」
「なにがっ!?」
突然のジャニスの問いに、カエルは問いに問いで返した。それがジャニスの最後の理性をぶち破った。
「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“っ!!シャッオラアアアア!」
バロンの身体が大きく吹き飛ぶほどの最高の一撃。
「とうとうキレおった!」
華麗にも見える身のこなしで、反撃をしていたジャニス。だが、今繰り出した最高の一撃は、あまりにも稚拙な、身を切らせてのただの『殴打』だった。
「アタシの戦闘はこれだあああ!」
今度は、ジャニスの身体が血だるまになる。あの暴風のような攻撃に身を晒し、更に反撃まで加えるのだ。今まで無傷で華麗な戦いを繰り広げていた人間とは思えない。
「ゔぉらああああ!」
大剣など、既に投げられ手元に無い。殴る、蹴る。一撃一撃に闘気が込められていた。理性を飛ばして戦うバロンの足が、ガクガクと震えだす。それに合わせ、あの暴風のような攻撃も、身を潜めていた。
「カイザーカラ...ブキ...オレ..」
「い”え“え”え“ぁああ!」
猿叫が響き渡る。
バロンの頭部、テンプルにジャニスの拳がめり込んだ。先程まで頭を守っていた兜は、ゴム毬のように遥か彼方へ殴り飛ばされていた。
ゴキャッ
身の毛もよだつような音が響き渡り、バロンが膝から崩れ落ちた。
「うおおおおおぉ!」
血塗れのジャニスが叫び、バタリと仰向けに倒れ伏した。そのまま「ダッハッハッハッハ!」と爽やかな、この日一番の笑顔を見せた。血塗れで。
「...あの娘、闘士ではなく狂戦士じゃあるまいか?」
「...奇遇だね。私もそう思ってたところだよ」
未だ笑いが響く戦場に、カエルとベロは、呆れを湛えた顔で立ち尽くしていた。




