規格外
金属のぶつかる音が平原に響き渡る。
一つは2メートルは在ろうかという大剣。一つは3本の刀。
風のように動き回るカエルを、ジャニスは軽く躱している。ように見える。
(なんつう速さだよ。こいつが上級に飛び級したってのも、わかる。けど...)
「動きが素人のそれだ!」
ズドンッとおおよそ、剣が出す音ではない轟音を響かせ、剣が地面に振り下ろされた。
カエルの体や顔に、石礫が飛来する。思わず目を閉じたカエルは、数瞬の間ジャニスを見失う。それが致命的な隙となった。
振り下ろした大剣の勢いのままに、ジャニスは跳躍。ジャニス自身が、カエルの体の上に飛び掛かり、馬乗りになる形で、拳を振り上げる。そして、振り下ろされた拳は、カエルの顔の横に振り下ろされた。
ビキビキッ!
大きな音を立て、50メートル四方の地面に亀裂が走った。拳の衝撃一つで。
「これで終いだ」
ジャニスは、ニカッと笑みをこぼす。
「参りました」
◆
2人して岩場に座り込み、水袋の水を飲む。今日も快晴で日差しが心地いい。
ジャニスに誘いを受け、カエルは依頼を共に受ける事となった。だが、お互いの力量が分からぬまま組むのも、どうかと思う。とジャニスの提案により、組手を行う事となったのだ。
「全然敵わなかったな」
カエルがボソリと呟く。
「当然じゃな。経験が違うわ。この娘ならば、我が城の門戸を潜るくらいは出来るじゃろうな」
ベロの居城『蠱毒の城』
『蟲を殺す者』で強引に突破したが、上級の冒険者でも、門前払いを食らうような場所だとか。
「...そのベロは、自称ベル=ゼブブだったか。蠱毒の城に行くくらいなら、魔王軍に突っ込んだ方がマシさ」
ジャニスが手を上げ、降参というような仕草をしながら言う。...どうもそう言う事らしい。俄かには信じがたいが。
「自称は余計じゃ!」
「しかし、カエルは強いな。2度目の近接戦の模擬戦は、私の圧勝だが、1戦目の何でもありでのは苦戦した。全属性の魔法を習得している魔術師など、世界中見回しても居ないだろうね」
グイッと、水袋を煽り、ジャニスは水を飲み干した。
「それにあのスピードだ。頭上を飛び跳ね、逃げ回りながら、魔法を乱発されたときは、手の打ちようがなかったぞ」
苦笑いしながら言うジャニスだが、実は、それさえも突破している。
カエルの魔法を避けながら、拾い上げた小石に闘気を込め、投げつけてきたのだ。
その一個一個が、拳銃の弾丸ほどのスピードと威力を持っているのだから、驚異としか言いようが無い。
「いやあ、結局破られたし、ジャニスの勝ちだよ」
「まあね。だが、殺し合いなら、手札隠してるアンタの勝ちさ」
フフッとジャニスは鼻で笑う。たしかに【ペンタグラム】辺りのカードは切っていない。だが、ジャニスなら、ペンタグラムの中央で仁王立ちして耐えていそうだ。その姿がありありと浮かぶ。規格外という言葉がそのまま当てはまる。
「何を見てるんだ?」
そんな考えをしていたら、ついついジャニスの身体を見てしまっていたようだ。
「ハハーン。さては惚れたな」
ジャニスが殊更に胸を反らせて、胸を強調させる。君はココットか。ココットより大分立派だが。
「いや、凄い筋肉だって思ってて。どうやって女性で、そこまでの肉体を?」
「...ノリの悪いヤツだね。この胸にコメントは無いのかい!ったく..この筋肉は、闘士って職業柄かな?剣だけじゃなく、全身之武装なんでね」
(なんせカエルとしてしか生きて来なかったから、胸とか言われても、何とも)
「カッコいいね。闘士」
「ヘヘッそうかい?」
少しジャニスが頬を赤らめる。
女性に対して、カッコイイはどうかと思ったのだが、彼女には褒め言葉のようだ。
「...アタシも、昔はパーティ組んでたんだけど、回復役の負担がデカ過ぎるとか、戦闘速度に付いていけないって、梯子を外されちゃってね。それ以来独りだったんだけど、アンタならアタシについて来れそうだ」
彼女は現在上級上位として君臨している。上級上位として活動している者は、世界中見回しても、100名も居ないらしい。因みに『ワンハンド』のアッシュは、両腕があった時でも、上級中位だったそうで、ジャニスの強さが窺いしれる。
「光栄だね。そういえば、聞いていなかったけど、どんな依頼を受けるつもりなんだい?」
「オークの大軍が、近々挙兵するらしいって噂でね。その前線基地を叩く。この依頼は、同時多発的に、各街へ通達されてる。敵の数は、5000と想定してる。上位個体もいるらしい」
ヌルリとベロが口から出て来る。
「5000か。それなりの数じゃな。まあ、やれるじゃろう」
「各街との合同作戦って訳だね。何人くらいが集まるんだろう?」
「ん?」と、何か引っかかったのかジャニスの動きが止まる。
「私達は2人だぞ」
「え?」
「各街より冒険者が出るんだ。『それぞれ』の前線基地へ。うちの街からは、私達2人だよ」
「...2人で5000の基地を?」
「叩く」
グッとジャニスが力瘤を作る。
彼女は、豪胆を通り越して、命知らずかもしれない。そう思った。
◆
「ダッハッハッハッハ!!」
今、カエルの目の前では殺戮が行われている。巨大な剣が振るわれる度、5、6匹のオークの首が飛んで行く。
血塗れになり、敵の攻撃を受けながら、尚動じる事無く、剣を振るい続けるソレは、紛れもなく『剣鬼』であった。
5分ほど時は遡る。
基地を目前にし、その陣容が見えてきたカエル達だったのだが、どう攻め入るか、とカエルとベロが考えていた矢先「じゃあ、行くよ!」とジャニスが駆け出していく。
当然、櫓から矢の雨が彼女に降り注ぐ。
彼女は、極めて軽装だ。
心臓部や局所などは守られているが、ソレ以外は筋肉剥き出しの状態。そこに矢が飛来する。
「ジャニス!」
「慌てる必要はないさ!」
矢は彼女の身体に、命中する。
そしてポタリと地面に落ちた。
刺さる事無く。
「なんじゃあれは...あの娘、甲虫族か何かか」
ベロが驚くのも無理はない。
その光景は異様だった。
何十何百という矢が、1人の人間に向かって降り注ぐ。彼女は、それを避けようともしない。
「これが闘士の極地!鍛錬の末に辿り着く、究極の筋肉。その上に闘気を纏う!生半可な矢なんか通じない!これが!アタシの武装!生き様!」
矢の雨霰をくぐり抜け、究極の肉体が門戸に辿り着く。彼女は背中の大剣を天高く放り投げ、巨大な扉の向こう側へ投げ入れた。そして自身は丸腰のまま、腰を落とし、呼吸を整えた。
「フゥ....セイッ!」
ただの一発の正拳。
彼女が拳を振り抜いた後に、音が遅れて聞こえる。
木製の扉が、水飛沫のように飛び散る。向こう側で待ち構えていたオークの群れに、散弾のように木片が突き刺さる。
「プギャアア!?」
何十匹というオークの断末魔。
しかし、その中で悠然と構えるオークが1匹。
「ニンゲンのムスメが1匹。ブヒヒヒ。わざわざ喰われにキタか」
知能のある上位のオーク個体。
それに向かって、猛然とジャニスは駆け出す。丸腰のままで。
「イノチ知らずが!身の程をシレ!」
オークが槍を取り出し、迎え撃つ態勢を取る。
「それは教えて欲しいね!礼儀と、身の程は、ガキの頃に置いて来たからね!最も、教える前にアンタとはサヨナラだけど!」
「ナニを言って...ブベッ!?」
上位のオークの身体が真っ二つに割れ、血飛沫が周囲のオークに降り注ぐ。
門を破る前に天高く放り投げたジャニスの大剣が、オークの頭上から降り、今まさにオークの身体を引き裂きながら、地面に突き刺さったのだ。
中隊指揮者を突然失ったオーク達は、一気に混乱に陥る。ジャニスは再度剣を握り、再び『剣鬼』と化した。虐殺に次ぐ虐殺。巨大な剣の巻き起こす、その凶風。一薙ぎする度に音と共に、数匹のオークの身体が千切れ飛んでいく。
一方で、櫓や基地内の建物からは、炎に巻かれ、這々の体でオーク達が逃げ出して来ていた。
ジャニスに与えられたカエルの仕事は、撹乱である。基地中を機動力を活かして跳び回り、魔法で散発的に攻撃して行く。
カエルの機動力と、魔法使いであるという利点を、最大限に活かした攻城戦。猪突猛進一辺倒だけではない。ジャニスのたてた作戦は、確実に成果を上げていた。
(木製の建物は、よく燃えてくれる)
そこかしこで、オーク達の断末魔と悲鳴が聞こえる。逃げ出すオーク達は、カエルの姿すら認識出来ないであろう。
最速に近いスピードで、飛び回りながら、火付けして回っているのだ。基地内の者にとっては悪夢でしかない。
「それにしても、ありゃなんじゃ?本当に人間か?」
眼下に、暴れまわるジャニスの姿が見える。笑いながら、潰走するオーク達を追い掛け回しているその姿は、悪鬼羅刹の類にしか見えなかった。
「本当に規格外というか、何というか。あれが上級上位の実力なんだろうね。ベロは今まで、戦った事はないの?」
「無いのう。ワシに挑もうとする前に、大抵の人間は死ぬし、挑もうともせん。四凶蟲の者らは、何度か戦った事があるらしいぞい。ほれ、以前話した大軍勢と、四凶蟲の娘っ子2匹の死合い。相手の総大将と、部下は、冒険者でこそ無いが、上位には入るんじゃないかの?」
(あの時の蜂と、ゲジゲジみたいなのか。数十万の軍勢が、圧殺されたっていう話だったけれど)
眼下の悪鬼羅刹を見ていると、その話のとんでもなさが分かる。
それを率いていたベロ。ベル=ゼブブは、まともにやり合えば、どれくらいのものなんだろうか...
「ねえベロ」
「なんじゃ?」
「キミはどれくらい強かったの?」
「神を殺せるくらいじゃな」
基準がわからない。
「...上級上位の冒険者の相手は何人出来る?」
「そうじゃな...あの娘ならば、ヌシに撃ち放った最初の魔法で消し飛ばせるな。じゃから...何人来ても一緒じゃないかの?」
規格外がココにも居た。




