亜人騒動2
お父様は立派な人です。
お父様のように立派な人になれよ!
お父様は素晴らしいのに、貴方は!
お父様お父様...
うるさい。大人達はうるさい。
信頼出来る大人は、爺やだけだ。
爺やは、いつもボクに優しい。
ボクの言う事なら、どんな願いでも叶えてくれるんだ。
「そうだよね、爺や」
「その通りでございます。坊っちゃま」
執事は、恭しく頭を下げた。
「故に、坊ちゃまには、今ココで死んでいただきます」
「....え“っ?」
◆
貧民街は、混乱の極みにあった。
元々、数少ない亜人達であったが、貧民街で諍いも起こさず、人並み以下の暮らしでも、文句も言わず暮らしてきた。
「にも関わらず、この仕打ちはなんだ!」
亜人達の集会場に使われていた、古い建物。そこに取り残された亜人達は、立てこもっていた。
「こうとなれば、暴徒と化した民衆の中を、領主の元まで駆け続け、領主の首を取るしかない!その後俺たちは死ぬだろう。辿り着く前に、死ぬかも知れん!」
貧民街の取りまとめ役だった男の演説を、周囲の亜人達は、ゴクリと唾を飲み込み聴いていた。
「だが!何もせずに死を待つのか!?せめて、この国の亜人達が決起するキッカケを!俺達が、その先駆け、一矢となるのだ!」
黙って聞いていた亜人達の中から「そうだ」「やってやる」「行こうぜ」という声が大きくなっていく。
その盛り上がりが、最高潮に達した瞬間を見て、まとめ役は声を発する。
「死に場所は、まさに今ここだ!俺たちの子に!孫に!希望を残す松明となる!命を燃やし尽くせ!皆武器を取れ!」
「うおおおおおおお!」
皆の目に炎が宿る。
そこに、命を惜しむ者は、誰一人居ない。間違い無く、この騒動で命を燃やし尽くすであろう。
はずだった。
ドバッッシャアアア!!
突然頭上から、キンキンに冷えた冷水が、ダムをひっくり返したように、亜人達に降り注いだ。
「あのー....」
呆然としている亜人達であったが、声がする方向に振り返ると、長身の人間が、申し訳なさそうに立っている。
「に、人間...」
「場所がついにバレたのか」
「頭は冷えたかな?」
『カエサル』が、おずおずと聞く。
そして、【フェイクテクスチャ】を解除し、虹色のカエルの亜人の姿へと戻した。
「教会に逃げ込んでる亜人達から、この場所を聞いたんだ。皆無事だから安心してほしい。だから、馬鹿な真似はやめるんだ」
頭の冷えた亜人達は、街中に残っていた亜人達の無事に安堵した。と、同時にガタガタと震えが止まらない。
(ちょっと冷やし過ぎたみたいだ)
「み...みみ皆の無事はわ、分かった。だ、だだだが、この騒動が治らないきゃぎり、根本的な解決には...ヘックショイ!..ズズッ!ならないだろ」
震えながら、リーダー格の男が言う。
「私が解決する」
「...あなたが?しし失礼だが、何をなさっている方なのか?」
居住まいを整え、カエルは言う。
「冒険者です」
「うーむ。確かに、冒険者に依頼するに、やぶさかでないが...1人で解決出来るのかね?」
周囲を見ると、皆一様に不安そうな顔をしている。それもそうだろう。見も知らぬ亜人が、突然飛び込んできて、この騒動を解決すると言うのだ。
「心配要らない『武神』聞いたことがあるだろう」
その言葉に周囲が色めき立つ。
「武神!?あの武国の冒険者か」
「聞いた事があるぞ、武神は蛙人と呼ばれるカエルの亜人らしい」
「じゃあ、あの人が!?」
その言葉に敢えて応えない。
ベロの助言により出した武神という名前。四凶蟲の筆頭であった、一刀斎の弟子だった男だそうだが、その名前の効果は覿面だったようだ。
「さあ、どうする?依頼する?」
カエルの問いに、慌てて居住まいを正した男。
「そんな方だとは、つゆ知らず、失礼致しました。是が非でもお願い申し上げたい」
コクリと頷き、カエルは再び外へと飛び出した。ここへ来た理由は2つ。1つは、教会にいる亜人から、ここの連中を助けて欲しいと頼まれた事、そして冒険者としての『依頼』という形をとりたかった事。
「大義名分は、必要な物じゃ」
とはベロの言葉である。
「さて、ベロ。何処へ行けばいいかな?」
名参謀に尋ねる。
「まずは現場へ戻るべきじゃな」
カエルは、問題の広場へ足を運ぶ。
広場には、人はチラホラと居るものの、騒動の時とは比ぶべくもない。
血が飛び散っている現場には、衛兵が警備に当たっているようで、普通に行ったのでは通れそうにない。
「どうしようか?」
悩むカエルに、ベロは「何、簡単じゃ」と、耳打ちするように小声で話す。
「そんなことで?」
「うむ。問題なかろう」
1人の人間がコソコソと話している様子は、滑稽であったが、幸い誰の目にも触れなかった。
ツカツカと衛兵達に向かって歩き出す。
衛兵達の視線がカエサルへ集まる。
衛兵が、迫ってくる人物が何者か、と、口を開きそうになった瞬間に
「御苦労!」
とカエサルが、大声で叫ぶ。
途端、衛兵達はビシッと最敬礼を行う。
衛兵達は目線で「この人誰だ?」と尋ね合うが、誰一人分からない。
だが、目の前の人物が、あまりにも堂々と現場の検分を行っているので、誰も声には出せない。
検分を終えたのであろう、カエサルは、クルリと衛兵達へ振り返り「領主様はどこへ?」と尋ねる。
「ハッ!街の総督を務めておられる、オラニエ殿の屋敷で静養しておられます」
コクリと頷き「そうか」とだけ応え、何か聞きたそうな衛兵の動作を遮るように、再び「御苦労!」と大声で言い放ち、さっさと言ってしまった。
「なあ、誰だったんだ今の?」
「さあ?警備の偉いさんじゃないか?」
「風格あったもんな」
実は、この場には現場の責任者が居ない。突然の事に、隊長格さえ残せなかったのだ。
ベロは、そこを見抜いた。
「情けない顔ばかりじゃ。一発吹かしてやったら、どうとでもなりよる」とは、ベロの言葉である。
◆
総督の屋敷は、物々しい雰囲気に包まれていた。それはそうだ。領主を歓待する宴で、その息子を殺されてしまったのだ。「失態」などと言う言葉では、すまないくらいの大失態である。
皆一様に、顔を引きつらせ、自分達の主人の行く末と、職を失わないかの心配をしていた。
その中でも、一際暗い一室があった。
「なんということだ...」
儀礼用の服を着込んだ男が、項垂れている。
「...領主様。この度は...」
向かいに座っていた、肥え太った男が、慰めの言葉でも言おうとしたのか、口を開きかける。
領主は、それを手で遮る。
「オラニエ殿。もうよろしい。起こってしまったことは仕方がない。しかし、どうしたものか...」
街の総督を務めているオラニエは、汗が吹き出るのを止めることが出来ない。
ただ単に肥え太って、汗が出ているだけでなく、自分達の警備の落ち度で、あろう事か、領主の子息を殺されてしまったのだ。滝のような冷や汗が出ているのも、無理はない。
事が起こった後の、領主の怒りは、こんなものではなかった。物という物、人という人、目に入る物、全てに当たり散らして、止めようがなかった。
この部屋には、2人の他に、もう1人40代そこそこの男がいる。その男が、領主を諌めなければ、人死にの1人や2人は出ていたで在ろう。
最も、亜人達には既に被害が出ているわけだが。
領主と総督は俯き、悩んでいた。
この度のパレードには、歓待のほかに、もう1つの意味があった。
総督の娘と、領主の子息の婚儀である。
「アイリス嬢は、どうなさっておるか?」
総督の娘を気遣う領主の発言に、総督は慌てふためきながら、答える。
「アイリスは、部屋で悲しみに暮れております。グリーズ坊ちゃんを、本当にお慕い申しておりました故..」
項垂れながら「そうであろうな」とだけ領主が応えた。
「グリーズ坊ちゃんの御遺体については、捜索の手を拡げております。亜人供を、街から根絶やしにしてでも、必ず賊の手から取り戻します」
領主の身体がピクリと動く。
「...コッカス。グリーズは、本当に殺されたのだな?私には信じられないのだ。あの元気に走り回っていたグリーズが、...もうこの世に...居ないなどと」
領主は、目頭を押さえながら、今まで黙っていた3人目に男に問うた。
「間違いございません。喉元をひと突き。即死でございましょう。かなりの手練れでした。私がついていながら、面目次第もございません」
コッカスと呼ばれた男は、深々と頭を下げた。
「...良い。お前にも散々当たり散らしてしまったな。アレが産まれた時から、世話はお前に任せっきりであった。お前も辛かろう。...傷は、大丈夫なのか?」
コッカスは、再び深々と頭を下げる。
「御館様の心傷に比べれば、私の心の痛みなど、矮小なるものでございます。賊に不覚を取ってしまいましたが、腕の脈を斬られただけでございます。出血は派手ですが、見た目ほど重くはございません」
フゥ、と領主はため息を吐く。
「父上が腕の良い冒険者であった、お前を雇ってから、もう30年近くになるか。私が子供の頃から世話になったお前に、息子を世話して貰いたかった。その判断は、間違っていないと思っている。お前で守り切れないなら、誰にも守りきれなかったであろう」
コッカスは黙って、軽く頭を下げた。領主の言も、間違ってはいない。若くして上級クラスの冒険者であったコッカスで守りきれなければ、他の誰が守り切れたであろう。
「むっ!?」
その時、突然コッカスが懐から鋭利な腰の長剣を抜いた。
領主と総督が、その動作を認識できた時には、既に長剣は天井に向かって飛んでいる。
瞬く間に長剣が、天井に刺さる。
「...逃したか」
「ど、どうなされたのかコッカス殿」
慌てふためく総督に、軽く頭を下げ
「どうも賊が入り込んだようです。屋根裏で聞き耳を立てていた様子。逃してしまいましたが」と伝える。
目を丸くして、ガタッとオラニエは立ち上がり「誰かおるか!賊が入り込んでおるぞ!」と叫んだ。
「下手人の亜人か!?」
ギリギリと鳴る奥歯を抑え切れず、領主が立ち上がる。
「...それは分かりませぬ。が、用心するに越した事はないかと。私も捜索に加わります」
コッカスは、主人に軽く礼をし、場を辞した。
◆
「彼奴は危険じゃな」
カエルは、総督の屋敷に忍び込み、情報を集めていた。
無事総督本人と、領主の部屋へと辿り着き、重要な会話を聴いていたのだが、ベロと小声で会話したのを聴かれたのか、長剣が飛んで来て、間一髪のところで避けたのだ。
その場から逃走しながら、カエルはなにかを考え込んでいた。
「ヌシよ。どうした?何か思い当たることでもあったのか?」
「...何かはハッキリ分からないんだけれど、違和感が。なんだろう」
カエルの頭の中にモヤモヤとしたものが、こべりついていた。それがハッキリしない。
カエルは、やがて庭先へと出た。
屋敷の裏手には、小さな小屋があった。
その窓に、小さな影が蠢いた。
(なんだ?)
カエルは、それが気になり、小屋へと向かった。




