亜人騒動
「亜人を殺せぇ!」
「皆殺しだ!亜人は皆殺しにしろ!」
「どこ行きやがった亜人ども!?」
そんな叫びが、あちらこちらから聞こえる。陽は落ち、人々は松明を片手に何かを探しているようだった。
「怖いよお姉ちゃん...」
私の手元には、犬の亜人の子供がいる。後ろを見れば、沢山の亜人達が小さくなって、固まっていた。
この場にいる人間は、私だけ。
(主よ。今こそ、この迷える子羊達を御救いください)
ドンドンドンドン!!
扉を叩く音が響く。
「シスター!シスターマルシアいらっしゃいませんか!?ここらに亜人達が逃げて来てませんか?!」
マルシアは、ビクリと身体を震わせると、亜人達に目と手で静かにするように促す。
「いいえ!ここには来てません!どうしたのですか!?」
扉越しの会話の為、叫ぶように話す。
「亜人が、領主様の子を殺したんだ!まだ6歳だった子だ!許せねぇ!とても生かしちゃおけん!!」
(知ってはいます。知ってはいますが...)
「そ、そうだったのですか!?ともかく、この辺りでは見ておりません。私も信者の方々を当たってみます」
扉の向こうに話し掛ける。
「あぁ。そうしてくれると助かる!祭りに泥を塗りやがって!亜人どもめ!最初から気に食わなかったんだ!」
ゾロゾロと足音が遠ざかって行く。
(行ってくれましたか...)
「シスターマルシア」
「ひぁっ!?」
突然耳元で、自分の名前を呼ばれ、緊張していた心臓が、さらに高鳴った。振り返ると、背の高い人間の美男子が立っていた。
「失礼、シスターマルシア。で、よろしいかな?私は冒険者のカエ...『カエサル』です。街に入ったら、突然この騒ぎ。一体何があったのです?」
ドクンドクンとマルシアの胸は高鳴る。コレは、目の前の美男子に対する恋心なのか、状況に対する胸の高鳴りなのか、マルシアには分からなかった。
マルシアは忘れてしまっていた。
この場には『自分』しか人間が居なかったことを。
「か、カエサル様と仰るのですね。信仰する神は、どなたですか?」
頭の上に、はてなマークをカエサルは浮かべる。
(ハァーッ!?しまったわマルシア!浮ついて、ついつい信仰する神を聞いてしまったわ!タウロス神を信仰していたら、是非お近づきになりたいとか、一緒に肩を並べて礼拝しませんか、なんて考えてないわ。決して考えてないの!あぁ、お許し下さい神様!私は恋に生きてはならぬ身!だと言うのに、齢20を迎えた、乙女のワタクシの、この胸の高鳴りを止める事は出来ませんわー!)
「あのー...マルシアさん?」
カエサルの声で、マルシアはハッと現実へ呼び戻された。
「あっ!し、失礼しました。ワタクシも、詳しくは存じ上げません。領主様をお迎えする、盛大なお祭りを執り行っていたのですが、パレードの最中に、籠の中にいらっしゃった、領主様のご子息が、暗殺されてしまったらしいのです」
マルシアは、両の手を合わせ、ギュッと握る。領主の息子に対する祈りだろうか。
「ほほう。それで?」
「いいお声...ハッ!?失礼しました。...それでですね。『亜人が、領主様の息子を暗殺したぞ!』と、どなたかが叫ばれたそうです。それを聞いた領主様は、怒りと悲しみに支配されたのか『亜人を殺せ、皆殺しだ』と下々の者に命じられたとか」
その光景を思い浮かべたのか、マルシアは身震いする。その場には、悲しみと怒りが溢れていたに違いない。
「街を上げて歓待していた人達も大慌てになったそうです。無論警備の責任は、街の者にありますから。それからは、街中で亜人を探し出しては殺戮が繰り広げられる、阿鼻叫喚の光景だったそうです」
神妙に聞いていたカエサルだったが、その光景を思い浮かべたのか、顔を手で覆い「なんて事だ...」と呟いた。
「...後ろの彼らは?」
チラリとカエサルが、後ろに固まっている亜人達を見る。
「この教会で匿っている亜人の方々です。この教会で崇めているタウロス神は牛の姿をされておいでです。亜人であっても、動物であっても、平等に扱います。例え、亜人の方の1人が、領主様の御子息を殺害していたとしても、全ての亜人の方々が悪い事には、なりませんわ」
そう言いながらも、迷いがあるのか、マルシアは目線を下に向け、冷や汗を流す。まだ若い身の女性だ。無理からぬ事であった。
俯くマルシアだったが、ポンっと突然マルシアの手に肩が置かれる。
「御立派です。苦悩されたのでしょうね。私がなんとかします。せめてその心労の幾許かを、私が負担します」
その瞬間、マルシアの中の時間が止まった。
(.........ホ、ホァーッ!?カエサル様素敵過ぎますわ!!反則ですわぁ!?これからはワタクシ、タウロス神の信仰を止めて、カエサル神の信仰を始めてしまう勢いですわー!?)
カエサルは、他所の世界に旅立ったマルシアを置いて、亜人達へ近づいて行く。
「あなた達の中で、そのパレードに参加されていた方は居ますか?」
カエサルの問いに、亜人達は俯いたまま、目線のみをカエサルに向け、話そうとはしない。
「に、人間なんかに話せるかよ...俺たちを殺そうって連中と同じ人間なんかに...」
猫の亜人が、ボソボソとした声で話す。
「シスターマルシアも人間だけれど?」
「し、シスターは良いんだ...綺麗だし...いや違う。他の人間とは違うんだ」
カエサルの疑問に、猫の亜人はオタオタしながら応える。どうも彼は、シスターに気があるようだ。
「人間だから話せないんなら、人間じゃなければ、話せるの?」
「あ、当たり前だろ..同胞ならな」
亜人の応えに満足したのか、ウンウンと頷いた後、カエサルは「じゃあこうしよう」と、手をスッと顔の前を通過させた。
「「「「「えっ!?」」」」」
亜人達が口をポカンと空けて驚く。
目の前の美男子が、突然虹色のカエルの亜人の姿に変わってしまったのだ。
「私はカエル。君達と同じ亜人だよ。さぁ、話してくれるね?」
オロオロと亜人達は慌てふためく。
まさか人間だと思っていた者が、亜人の姿に変わるなどとは思っていなかった。
皆冷静であれば、気づいていたであろう。最初から虹色のカエルの亜人は居たのだ。
カエルは、以来の報告のために街に訪れた。ところが、街の中に入った途端騒ぎが起こってしまった。そこから、流れでこの教会へたどり着いたというわけだ。
「わ、分かった。約束だからな...ところで...シスターは、お前...『カエサル』に、ホの字だったみたいだけど、アレ、ほっといていいのか?」
マルシアは、未だに他所の世界に行っているようで、戻ってきていないようだ。
「ホの字?よく分からないけれど、大丈夫でしょう。さぁ、話して」
促され、猫の亜人が、コクリと頷き話し始める。
「まず俺の名前は『パーン』俺、パレードを見てたんだ。貧民街に住んでる亜人の俺たちにとっちゃ、こういうお祭りの時くらいは、その空気を吸いたくてさ...」
この街でも亜人差別というのは、あったらしい。
「そんで、領主の息子とやらの籠が、街の住宅街へ差し掛かった時の事だ。住宅の1棟から『何か』が、籠の中に飛んで行ったのを、俺は見た」
緊張した様子で語るパーン。
カエルは、黙って先を促す。
「姿はローブに包まれてて、分からなかった。赤い尻尾みたいなのが見えた気がした。恐らく街の連中も、ソレを見てた。その数秒後、籠の中から血飛沫が舞って...後は、シスターの言ってた流れの通りだ」
阿鼻叫喚の亜人狩りが始まった...と。
「その下手人は、籠の中から何処へ行ったんだい?」
犬の亜人は、プルプルと震える手を抑えて応える。
「分からない。誰かが亜人が殺したって、叫んでからは、聴衆から逃げるのに必死だったんだ。どうなったかなんて...分からねーよ...」
恐ろしい目にあったんだろう。
話をしている時の彼は、生気が感じられなかった。
「分かった。ありがとう。他の人達は、どうだろう?」
周りを見渡してみる。
「あの...」
か細い声が聞こえる。
声の方向を見ると、ウサギの亜人の女の子が、手を挙げていた。
カエルは、その子供の方に歩み寄り、しゃがんで彼女の視線に合わせた。
「こんにちは。お名前教えてくれるかな?」
2メートル近い巨体に、最初は後ずさっていた女の子だったが『フリュ』と短く名前を答えてくれた。
「じゃあ、フリュ。お祭りの時に、何か気になる部分でもあったのかな?」
コクリとフリュは頷く。
「あのね。あのね。フリュ、人間のお友達のお家に、遊びに行ってたの。その時に、領主様達の乗ってる箱を上から見てたの。箱の中に、何かが飛んで行ったのを見た、すぐ後にね。地面がグニャグニャしてたよ」
(地面がグニャグニャ?)
「そのグニャグニャは、どうなったの?」
長い耳を抑えて「うーん」とフリュが唸る。その仕草が、なんとも可愛らしく、カエルを含め、周りの大人達の気持ちが安らいだ。
「あっ」とフリュが何かを思い出したように、抑えられていた耳がピンと跳ね上がる。
「あのね!あのね!そのグニャグニャはね。領主様の箱の中に入って行ったよ。フリュ見た」
(どういう事だ?)
・フリュは上から領主の息子の籠を見ていた。
・下手人が、籠に飛び込み、その後「グニャグニャ」が、移動して、領主の籠に入った。
・領主の身には何も起きていない
この3点がポイントのようだ。
「よく無事だったねフリュ」
目をキラキラさせて、フリュが応える。
「エリックとね。エリックのお母さんお父さんが、すぐ逃げなさい。って、教えてくれたの。お耳が隠せる服もくれた。この教会なら、怖い人来ないから、って」
この街にも、亜人に親切な人達は居るらしい。
「良かったね。この騒ぎが収まったら、お礼を言うんだよ」
「ウンッ!」
満面の笑みで、フリュは答えた。
この笑みを見れば、エリックとその両親も、庇った甲斐があるだろう。
(さて、ここでの情報は集まったかな)
カエルは再び、顔の前にスッと手を通過させ『カエサル』に変わる。
「シスターマルシア!」
「はひゃいっ!?」
頭の中の世界に旅立っていたマルシアは、カエサルの声によって、元の世界へ戻された。
「ココから出ます。彼らの事、よろしくお願いします」
途端、マルシアが心細そうに、眉を寄せる。
「い、行ってしまわれるのですか」
両手を組み、祈りを捧げるように、懇願するようにマルシアが駆け寄ってくる。
カエサルは、その両手を包み込む。
「必ずあなたの許へ、帰ってきます。待っててください」
「クッハァー!?」
マルシアは手を組んだまま、白目を剥いて、膝から崩れ落ちてしまった。
「大丈夫!?」とカエサルが声をかけようとしたが、不思議と幸せそうに見えたので、放っておくことにする。
「じゃあ、行くよベロ」
「まーた面倒事に首を突っ込みおってからに...。知らんぞワシは...」
教会から、深い、深い闇への扉を開けはなち、人間の顔の亜人が、颯爽と飛び出していった。




