呪具
森の中に、その化け物は居た。
ドクロの兜、タコの足が何本も絡まったような見た目の蠢く鎧。
籠手は血管が走り脈打ち、鬼の手のようだ。具足は、獣の足のように無駄な肉のない鋭利な筋肉と、鋭い爪が伸びていた。
特に異様なのは、その武器の所持数だ。蛇のような槍。羽子板のような剣。奇声を上げ笑う顔のついた斧。ガラスのように透明な盾。跳ね回る弓。曲がりくねった矢。
そのどれもが異質だった。
そして、その者が言葉を発した。
「おっ。いらっしゃい。お客さんかな?私はフルル。よろしくー」
可愛らしい女性の声が聞こえて来た。幻聴だろうか。
「...何も言わないでやんの。逃げもしないし...変な人」
「アナタには言われたくないですね」
変な人と言われ、思わずカエルはツッコミを入れてしまう。
「なんだ喋れるじゃーん。あなたどこから来たの?」
嬉しそうにブンブンと手を振り回しながら、フルルが言う。コミカルな動きの筈なのに、装備のせいで死霊の舞のようだ。
「街の方から...。ワンハンドのアッシュからの紹介で来ました。貴方なら、この呪具の能力が分かると聞いて」
一瞬動きが止まり、今度は途端にプルプルと震えだすフルル。
「なんじゃいあれは..?」
ベロが訝しげにしていると
「ウッウッ...ぐすん」
何故かフルルは座り、足を抱え込んで泣き始めてしまった。
(何故...?)
「あ、あのーアッシュとお知り合いですか?」
そうカエルが尋ねると、再び動きが止まり今度は「ウェッ!ヒック」と嗚咽が始まる始末。
20分ほど後で、ようやく聞けたことではあるが、元々はフルルはアッシュのパーティメンバーで、片思いしていたらしい。
失恋のショックで、森の中で引きこもり生活を始めてしまったのだとか。
「なにもこんな辺鄙な森の中で暮らさなくても...」
その言葉に「あっそうか」と呟き、仮面を取る彼女。見ると、美しい金髪と、尖った耳をしている。
「ごめんなさい。仮面取ってなかったわね。私は森の妖精と呼ばれる『エルフ』なの、それで...」
「いわゆる奇形児ですか。それで森の中に隠れ棲んで...」
「エルフだよぉお!?」
凄い形相でフルルが詰め寄ってくる。エルフとはなんだろう?
「ヌシよ。失礼にもほどがあるぞぃ...。エルフというのは、森の中に棲む種族じゃな。亜人とは違い、人間から差別は受けておらん。高い魔力と器用さを持ち合わせる種族じゃな」
ベロの言葉に、ウンウンとフルルは頷く。と思うと、ハッとした顔でコチラを見てくる。
「...し、舌が喋ってる」
そういえばベロを含めて、自己紹介がまだだったな。
「私はカエル。こっちはベロ。それで本題なんだけど..」
と、フルルの方を見ると、彼女は泡を吹いて倒れていた。どうやら相当な小心者らしい。
倒れている彼女を担いで、後ろに見える小屋へ運び込む。部屋の中には、草花やヌイグルミ、木で作られた小物などであふれていた。
「女性らしい部屋って言うのかな?こういうのを」
「いいや。よく見てみぃ。あれら全て呪具じゃよ」
目を凝らして見てみると、草花は奇怪な形をしていたり、口が蠢いていたりするし、ぬいぐるみは脈打って、小刻みに動いている。
「これは...なんというか...」
「不気味。でしょ?」
背に抱えられたままのフルルが、そう話す。意識が戻ったようだ。
「ごめんなさい。喋る舌を見て驚くなんて。私の方が、よっぽど不気味で気持ち悪いのにね」
うなだれたまま彼女は呟く。
彼女をベッドに置き、話を聞く事にした。
禍々しい装備に包まれたまま、しおらしくしている美しい女性というのも、なかなか妙な組み合わせで、違和感を覚えてしまう。
「...私、生まれた時から、こうなの」
ぽつぽつと彼女は語り出した。
彼女の触れる物、好む物。それらがいつの間にやら呪具に変わっているのだという。そして、その呪具に触れれば、その道具の成り立ちや、性質などが全て理解出来るのだそうな。
「周りからは『カースメイカー』って呼ばれてた。ある日好きな人が出来て、その人の事ばっかり見てたら、その人の装備が、一式呪具になっちゃってて、その彼が呪具に呪い殺された事もあったわ...アッシュの武器が呪具化してるのも、多分私のせい」
(なんと...アッシュの大剣は呪具だったのか)
「だから、もう世俗との関わりを全て捨てて、森の中に引きこもってるの。毎日凄く寂しいけれど、元々エルフって、こんなものって考えて日々過ごしてるわ...」
どこか遠い目をして語る彼女。
「此奴なら、その『呪い』消せるかも知れんぞ」
ベロの一言に、生気が戻ったのを通り越して、炎が宿ったように見えた。
「どどっどういうこと!?」
前のめりになり、カエルの肩をガッチリ掴むフルル。その瞬間の膂力は、オークマスターをも超えたように思えた。
「つまりベロ。君が使ってた【イレイザーキャノン】で消せる可能性がある...そういう事だね」
「うむ」
イレイザーキャノン。
神から与えられるという、『権能』を消しとばす魔法だそうだ。上級の上の超級と呼ばれる段階にまで高めた、ベロであればこその魔法だが、カエルの中には『ベル=ゼブブ』の魔力が宿っているのだ。
「さて娘。どうする?この戦斧の性質を調べてくれれば...」
「やる!やります!やらせて!」
バッと手を挙げて、フルルが立ち上がる。そのままカエルの背の斧を奪うように取り上げる。
「うぐっ!?ぐぐぐ...重い...」
そして斧をジックリと見つめる。
その視線が、臓器の部分で止まったと思うと、ガチャンッと斧を落としてしまった。
「こ、これ...だれかの心臓...だって。使用者が代償を払うんじゃなく、この心臓の持ち主が『相手に与えた痛みの半分を受ける』代償を払い続けるみたい。初めて見た、こんなおぞましい呪具」
フルルの手が小刻みに震える。
呪具の成り立ちを見たせいだろう。
「だれの心臓なんじゃ?」
「それは、分からない。でも人間じゃないのは確か。おっきい生き物」
つまりあのオーク達は、使用者でなく、臓器などの持ち主に肩代わりさせる技術を、何らかの形で手に入れている、という事だろうか?
「由々しき事態じゃな。上位の豚どもが、これらの武具を手に入れたなら、並の人間達では歯が立たぬぞ」
ベロがウネウネと動き、悩んでいるようだ。
「なになに?なんかヤバげ?」
興味有りげに、フルルは顔を突っ込んでくる。全身呪具まみれなのに、根は明るい娘らしい。
カエルとベロは、山脈で起こっていることを掻い摘んで、フルルに説明した。
「...へぇ。あの蠱毒の城が無くなっちゃってから、オークが調子に乗ってる、と。私も冒険者として、聞き逃せない情報ね」
フルルは、先程までの様子とは違い、真面目な様子で聞いていた。どうやら、冒険者としての血が目覚めたらしい。
「フルルは戦えるの?」
カエルの問いに、フルルはフンっと鼻息を荒くし、応える。
「戦える?言っとくけど、私、片腕失ってるアッシュより全然強いんだからね。地力じゃ負けるけど、私には、この呪具の数々があるからね。私はデメリット無しで使えるし」
「うむ。それらの呪具全てを反動無しで使えるならば、間違い無く強力じゃろうな」
ベロがウンウンと頷いている。
「馴染みの酒場のマスターとは、いつも連絡取ってるし、何かあったら、私も駆け付けるよ。全面戦争なんてことになったら、この土地にも被害が及ぶだろうしね」
ムンッと、腕にフルルは力こぶを作ってみせる。もっとも、ニョロニョロと蠢く鎧を着込んでいるので、筋肉が見えることはないが。
「じゃあ、その呪具の権能を解くのは、また今度という事じゃな」
ピクッとフルルの身体が反応する
「...そ、そうよね。この呪いが解けたら、私普通の冒険者よね?...でも、普通の女の子になれる...うーん...うーん...」
どうも悩みは深くなりそうだ。
「なに。エルフは長寿じゃ。いずれ気が向いた時に、ワシらに言えば、その権能を吹き飛ばしてやれるぞぃ」
パッとフルルの顔が明るくなる。
「そ、そう?じゃあ...そうしよかな。それじゃ、私の『波紋』教えておくね」
スッとフルルは手を出してくる。
(波紋?握手かな?)
ニギニギとカエルは、フルルの手を握った。
「あら。シットリとした良いお手手。って違うわよ!波紋登録しておくから『テレパス』出してって言ってるの」
頭の上にハテナマークを浮かべるカエル。
「あなたもしかして、冒険者なのにテレパス持ってないの?コレコレ。こういうの」
そう言って出されたフルルの手には、四角い手のひらサイズの黒い石があった。
「ふむ。不思議と魔力を感じる石じゃな」
ベロがまじまじと、その石を見る。
「これがテレパス。遠方でも、個人個人違う魔力の『波紋』を検知して通信を可能にするアイテムよ。アッシュに教えて貰わなかったの?」
フルフルと首を振るカエルを見て、ハァとフルルは溜め息をつく。
「あの朴念仁。昔からテレパス持ってるのに、使いこなせてないからって、人に教えるくらいはシッカリしなさいよねもう」
言いながら、綺麗な金髪をガジガジと掻き毟る。
「これ。テレパス余ってるから一個あげる。で、これが私の波紋。覚えて」
再度手を出してくるフルル。
その手を取ると、スッと頭の中に水面に反響する波紋のような物が浮かんだ。
「はい。これで終了。便利でしょ?あとは、テレパスを握って、相手の波紋を思い浮かべて、話をするだけで、会話が出来るわ」
(世の中色々な物があるものだ)
「ありがとうフルル。また連絡させてもらうよ」
「いつでもどうぞ。ココから最寄りの街は、北へ3日ほど行った所にあるわ。そこで依頼達成の報告してらっしゃい」
フルルに見送られて、カエルは再度北へ向かって進む。
「あの娘。なんだかんだと、あの権能を消さんじゃろうな」
「なんで?」
話を聞く限り、消したがっているように、カエルには思えた。
「本当に何がなんでも消したいので有れば、今のタイミングで消したじゃろう。そうでないならば、あの能力に魅力を感じる部分があるという事じゃ」
そう言うと、ベロは口の中に戻って行く。恐らくベロには理解できないが、分かったのだろう。彼女が「冒険者」としての自分を保つ為に、権能が必要なこと。
そして、それは自分自身の為ではなく、他者の為であろうこと。
「...呪具まみれで、見た目はアレだけど、良い人って事だ」
スルッとベロが再び出て来る。
「ヌシよ。思った事を口にする事は良いことばかりではないぞ。いずれ痛い目見るぞぃ。ワシも若い頃には...」
ベロの諫言を横目に、カエルは次の街を目指す。




