失策
「インジャンホイッ!」
「インジャンホイッ!」
「インジャンホイッ!」
月明かりに照らされて、女性3人の声が響き渡る。
街を旅立って、夜が更け、野営を行なっていた面々により、一つの獲物を奪い合い、熾烈なジャンケン大会が行われていたのである。
カエルがニホンという国から持ち込んだ、このジャンケンという文化は、3人に不思議な程、気に入られた。
糧食で済ませようとしていた3人に対し、蟲を獲ってくるついでに、とカエルが獲ってきた魔物達の中に『ピンキィホーン』という角の付いたウサギがいた。
どうも、そのウサギは、この辺りでは有名な美味い肉らしく、その肉を巡って争いが起き始めたのである。
主にマデリンが独り占めしようとして、だが。
「肉。渡さない」
と、人を殺しそうな眼光で睨むマデリンを見て、カエルはジャンケンを提案したのである。
そして冒頭の光景に戻る。
「インジャンホイッ!」
15回の『あいこ』の末に、ついに勝負は決した。
「渡るべき人に渡った。それだけ」
若干口の端を上げ、マデリンが崩折れている2人に告げる。
「うぅっ。ピンキィホーン..食べたかった!」
「ウェエエエエエエエエエエエエン」
若干涙ぐむ、スカウトのアヴァ。
そして本気で泣いているリーダーのココットを尻目に、焼き目のついたピンキィホーンに食らいつくマデリン。
「溢れ出る肉汁。それでいて脂っこくなく、また淡白でもない。口に入れた瞬間解け、溶けていくよう。絶妙の風味。調味料は要らない。究極のお肉がココに存在する」
目を輝かせながら、一口一口大事にマデリンは口へ運んでいく。
(全員大袈裟だな)
カエルは、道中でミミズの魔物を喰らい、腹を満たしていた。
残った2人には、その辺を飛んでいた『クラッカーバード』という、鳴き声のうるさい鳥を渡したのだが...
「うぅっ。美味しい。おいぢいけど...」
「ウェエエエエエエ。モグモグ...ウェエエエエエエ」
2人して泣きながら食べていたのだ。気になって仕方がない。
(2人にも、帰りにピンキィホーンを獲ってきてあげよう)
カエルは心に誓った。
◆
遺跡の入り口は、人1人が、漸く通れるか、といった大きさであった。
先行するアヴァが、入り口で合図を送る。
朝を迎え、一行は、目的地である遺跡に到着。見張りに立っていたであろう、オークソルジャーを確認し、弓でアヴァが仕留めた。
一行は、入り口の安全を確保した後、遺跡内部へと歩を進めた。
所々に篝火が焚かれ、遺跡内部には明かりが確保されていた。
「オークが、かなりの人数で先行してるわね。これ、見て」
アヴァが地面を指差す。
入り口付近から入った砂埃に、豚の爪跡が大量に残っている。
「数は...少なく見積もって50。随分と大規模な捜索ね。それに、この引きずったような跡。食料を持ち込んでる証拠。知能のある上級も混じってると見て良いわね」
「ひゃーっ。思ったより大変だっ!上級の依頼だよコレ...『引き返す?』って、普段なら言う所。けーどー、今回はちょっと違う。そうだよねっ!」
ココットが、こちらを見る。
「頼りにしてる」
マデリンが、ポンッと背を叩き、声を掛けてくる。
「背中、任せたわよ」
アヴァは、ヒラヒラと手を振りながら、先行していく。
「任された」
カエルは言葉少なに応じた。
出会ったばかりだと言うのに、信頼されるのは悪い気にはならない。
昨日の肉の収穫が効いたのだろうか?
遺跡内部は、狭い通路の一本道が暫く続いた。道中、何匹かのオークが、罠にかかり死んでいる以外には、特に何も見当たらない。
ふと、普段騒がしいココットを見ると、ひたすらに壁と床に書かれた模様を見て、しきりに頷いている。
こういう姿を見ると、学者というのも頷けるというものだ。
カエルの視線に気付いたのか、ココットは、カエルをチラッと見ると、口の端を上げた。
「...さては...惚れたなっ」
「それはないです」
スタスタと歩いていくカエルを尻目に、ココットはガックリと肩を落とした。
「シッ!静かに!」
先行するアヴァから、小声で声がかかる。見れば、静止するように、と手で合図を送られていた。
「来て」
手招きされ、全員でアヴァの所へ行く。
そこには、巨大な空間が広がっていた。足場を組み立て、20匹は居ようかというオークの群れが、壁にツルハシを叩きつけている。
「メタスメタルの鉱石じゃな」
いつのまにか出て来ていたベロが、そう告げる。
「あらベロちゃん物知り」
驚いた顔でアヴァが言う。
「ワシを誰じゃと心得る。畏れ多くも...」
「それ以上言うと、また仕舞うよベロ」
「オッホンオホン。それはさておき、ココは大昔に存在したドゥトゥ朝の遺跡じゃな。この山々では、さして珍しくない物じゃな」
バッ!とココットが振り向く。
「ドゥトゥ朝!それだ!ベロちゃんお手柄!ずっと頭に引っかかってたんだよね。ドゥトゥ朝か、オルロワ期か!」
「オルロワ期には、メタスメタルは希少な部類じゃったからな。ここまで贅沢に使えるのは、ドゥトゥ朝じゃろう」
「はぇー。ベロっちすげー。アタシより考古学的知識を持ってる人?初めて見たよ」
ベロは踏ん反り返り「うむ。敬え」と自慢気にしていた。
「ベロっち、なんでそんなに詳しいの?」
「どちらの王朝も、ワシが滅ぼしてやったからじゃ」
「...へっ?」
ガギンッ!!
突拍子も無いベロの答えに対するココットの驚きは、金属音に遮られた。
「2人とも喋りすぎ。気付かれた」
マデリンが、オークから投げられた手斧を防ぎながら、ジト目でコチラを見てくる。
「「面目無い」」
ベロと、ココットは申し訳無さそうに頭(?)を垂れた。
「反省は後!ココット!作戦は!?」
「まかせてっ!考えてある!」
突然ココットは、カエルの頭に取り出した小瓶の液体をぶちまけた。
「あ、あの?ココットさん?」
カエルは、キョトンとした顔でココットを見る。そして、カエルの顔を見るなり、ココットは指を広場の方に向けた。
「カエルさん。レッツゴーだっ!」
「「「えええっ!?」」」
3人は驚愕した。まさかの単騎突撃の指示。
「ココット。幾らなんでもアンタねぇ」
アヴァが呆れて止めようとする。
「いや、待ってくれ。それで良い。私の実力を見せる良い機会でもある」
カエルは、腰の刀に手をやり、前に進み出た。
「行くよベロ!!」
「仕方がないのぅ...」
と、カエルは弾丸のように広場へ飛び出した。
「うそ...ホントに行った」
「まじ!?」
アヴァと、マデリンが驚愕するなか、ココットは満足そうに頷いていた。
「2人とも浅いなぁ!あの『ワンハンド』をして、自分より上だと言わしめた人だよ!?しかも、アタシの『強壮薬』で、能力をあげてるのだっ!まあ、少なくとも半分くらいはチョチョイのチョイよ!」
「終わったよ」
3人は、突然戻ってきたカエルを見て驚いた。
「あ。やっぱりダメだった?」
「やっぱりって何よアンタ...」
「最低」
3人して失敗前提の会話だが
「期待に応えさせて貰ったよ。あの液体凄いね。跳ね回る速度に、目がついていくのに必死だったよ」
と、カエルの言葉を聞き、恐る恐る
広場を覗く。そこには、全滅したオークの死体が転がっているのみ。
「「「ナンジャコリャ...」」」
3人して間の抜けた声を出す。
「ココのは作業員のみじゃったな。中級下位のオークのみしかおらなんだ。警護も残さんとは、所詮豚の浅知恵じゃ」
「うん。武器も手斧と、ツルハシだけで、大半は薬の力で武器を持たれる前に倒せたしね」
2匹のやりとりを聞いて、若干心の距離が開いたようにココットは思う。
(いやいや、あの薬精々1割くらいしか能力アップしないから...)
3人で中級上位まで来た彼女らからすると、目の前の亜人との実力差に愕然とするのも当然だった。
「カエルさんとベロっち...凄かったんだね。もうちょっと常識の範囲内に収まってるんだと思ってた」
「うん...勝手に過小評価してたわ」
「正直すまん」
3人娘がカエルに正直に言う。
「いやいや、下位のオークだしね。この先に上位種が居るんだから、皆気を引き締めてかからないと」
「...うんっ!そだねー!カエルっちの言う通り!気合い入れて行くよみんなー!」
「ココットは気楽でいいわね。まあ、アンタは、そうでなくちゃね」
オークを殲滅後、広場を探索した結果、四つの道に分かれていることが分かった。
「さて、どれが正解かな...」
カエルが、呟くと、意外な人物が答えてくる。
「考えなくていい。ココットがいる」
そう答えたマデリンの視線の先には、壁の文字を懸命に解読するココットの姿があった。
「この文字は...この文法に当てはめて...うん。オッケー!」
クルリと短いスカートを翻して、ココットが振り返る。顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「調査って名目なら、最深部に続いてそうな、この道かな?お宝は、コッチで、遠回りだけど、安全そうなのがコッチ、で、この道は行き止まり」
一つずつ指先で示していく。
「今回の目的は調査だから、最初ので良いんじゃない?余裕があったら、お宝回収に行く、でいいでしょ。行きましょ」
アヴァが先行する。その後ろをカエル達は着いて行く。
ココットが、振り向き、分かれ道の入り口に何やら液体を撒き始めた。
「ココットは、アレ何をしてるの?」
横を歩くマデリンに尋ねてみる。
「砂漠地帯の蟻から獲れる強酸を使った、ココット特製の『足止め薬』踏むと足の裏が溶ける」
「...うわぁ。えげつないね」
「帰り、気をつけて」
「うん。ありがと」
「どう、いたしましゅて...」
マデリンは、下を向き、耳まで真っ赤にすると、少し早歩きで前の方に行ってしまった。
「トイレ我慢してるのかな...」
「ヌシよ。そうではないと思うぞ..。ところで、一つ忠告しておきたい。もし、娘どもが人質に取られたり、足手纏いになれば、すぐに切り捨てよ。実力差があり過ぎる」
「嫌だ」
「...なんじゃと?」
後ろで作業しているココット、警戒しながら進むアヴァ、少し先を歩くマデリン。そのそれぞれを、カエルは見やる。
「みんないい子達だ。守ってあげたい。良い冒険者は、仲間を見捨てないんだ。みんなで綺麗な景色を見たほうが感動するから。1人でも欠けると、楽しくないよ」
ベロは一拍考えた後に
「...好きにせい。理解が出来んわ」
と言って、引っ込んでしまった。
「ベロ。いつか君にも理解できるよ」
深部に進むにつれ、徐々に松明の間隔が開いていく。道は薄暗く、また、罠にかかって死んだであろうオーク達の死体も増えていた。
「凄い数が入ってるんだね。ここまでで30匹は死んでいたんじゃないか?」
「34匹」
こちらをチラリと見て、マデリンが呟くように教えてくれた。
「カエルっちが居なきゃ、即ズラかるとこだね。ただ、ここまでで見たオークは、中級下位ばかり。罠避けに使われたんだね。本番はこれからだよ」
松明に照らされたココットの顔は、笑みを浮かべながらも、どこか不安そうな影を残していた。
彼女らは中級上位の冒険者。
一対一では、上級のオークを相手取る事は出来ない。
それが、この先に多数いるかも知れない。そう思うと、緊張もするだろう。
「大丈夫。私が居る。服の代金分は働かせて貰うよ」
気休めかも知れない。だが、言わずには居られなかった。
「ありがとっ!」
ココットが、ペチペチと背中を叩いてくる。それに混じって、マデリンも横腹をツンツン突いてくる。彼女も緊張していたのだろうか?
(ということは、アヴァも...)
そう思い、カエルが視線をアヴァに向けると、彼女の左右の景色が、ユラリと揺れた気がした。
(なんだ?)
すると、突然口の中からベロが飛び出して来る。
「アサシンじゃ!!」
ハッとした様子で、短剣を抜こうとするアヴァだが、既に左右の揺らめきから、細剣が突き出されていた。
カエルは突然の事に、身動きが取れなかった。
「アヴァ!」
そう叫んだ時、影がカエルの脇を横切った。
小柄な影が、一直線にアヴァへと突き進む。左右から突き出された2本の細剣は、アヴァの横腹に刺さる事は無かった。
小柄な影、マデリンがシミターと短剣を手に、アサシン2体の細剣を防いでいた。
「アヴァ!下がって!」
次々と繰り出される細剣を、マデリンは踊るように捌いていく。
「ボーっとしない!正直キツイ!」
マデリンの言葉に、一拍遅れて、カエルが刀を抜き、アサシンの1匹に向かい飛び出す。
向かってくる虹色の巨大な弾丸を、アサシンは細剣で受け止め、吹き飛んでいく。
「流石に上級下位といったところじゃな。あの速度を受けるか」
ベロがシュルリと出て来て、3本目の刀を抜き取り、振るう。
目を見開き、飛び退くオークアサシン。だが、まさか舌が蠢き刀を抜くとは思っていなかったのか、大腿部を深く切り裂かれた。
「【ヴォルカニックショット】!」
動きを止めたアサシンに、カエルの火属性魔法が迫る。避ける術のないアサシンは、炎に包まれ燃え果てた。
「皆はっ!?」
カエルが慌てて振り返ると、マデリンが、シミターと短剣をオークへ突き立てている。
ココットが、ピョンっと飛び跳ね
「ヴィクトリーっ!」と叫んでいる。
なんとか3人で処理出来たようだ。
「ごめん《気配感知》スキル切らしてたみたい。気付けなかったみたい」
ゼェゼェとアヴァは息を切らしていた。
「ドンマイ!アヴァっち。ベロっち、マデリンさんきゅうっ!」
「んっ」
マデリンが短く頷く。
「ヌシよ。今のは、ヌシの責任でもあるぞ。中衛を務めるならば、気付くべきじゃ。それに初動も遅い!ちっこい嬢ちゃんが居なけりゃ、ノッポの嬢ちゃんは串刺しじゃ」
「ちっこい..」
「ノッポ...」
身体的特徴をズバズバ言われ、落ち込んでいる2人を置いて、説教をするベロ。
「まあまあ!なんとかなったんだから!次気を付けていこっ!さあしゅっぱーつ!」
ココットが殊更に大きな声で叫ぶように言う。
「ちょっと!ココット声大きいわよ。いつもだけど」
フフッとアヴァは笑って、小走りで、また先行して行く。
「ドンマイ」
ポンとカエルの腰を叩き、マデリンもそれに続いていく。
「最後尾は任せろーっバリバリーっ!」
ココットが、錫杖を上げ、謎の掛け声をあげているのを見て、カエルもリラックス出来た。
「本当にいいパーティだ」
カエルはマデリンの背を追う。
「ヌシよ。アサシンが居ると言う事は、守られる者が居る、と言う事じゃ。上位者なのは間違いない。気を引き締めよ」
コクリと頷く。神経を尖らせなければ、仲間を失ってしまうのだ。
遠くに見える明かりに向かい、一歩一歩踏み出す。そこには、先程までの油断は無い。




