豹変
カツーン!カツーン!
「作業ヲ早くシロ!こレ以上の遅レは許さん!」
松明の焚かれた広場に、現場を取り仕切るオークの声が響き渡る。松明の炎を反射して、鈍く輝く水晶のような物体。どうやら、これがオーク達の目的らしい。
メタスメタルは、銅を黄色くしたような無骨な見た目だが、この鉱物は、違うらしい。
「コノ遺跡で、7箇所目ダったか。そろそろ、師団長クラスニハ行き渡っタだろう」
松明に顔を照らされた、そのオークの顔には、深い傷が刻まれており、身につけている防具から、上位者であることが伺える。
白く輝く鎧兜は、有数の硬度を誇るプラチナム製。その胸の中心部には、今採掘を行なっている水晶が、研磨され埋め込まれている。
「もうスグ。もうスグダ。我々が表舞台にデるのだ。豚と蔑まサレ、疎まれて来タ我々が、この世界をコワす」
「待てえぇいっ!!」
突如、広間に声が響く。
「ヌッ!?何者カ!?」
指揮官である、オークマスターが声の方向に振り向く。
そこには、人間の女性が3人いた。
「ひとぉつ!悪の華咲く試しなし!」
「ふたつ〜。せいぎのてっついくだせしは〜」
「み、三つ...清らかなる乙女の..ゴニョゴニョ...」
一人一人がポーズをとりながら決め口上を述べていく様は、地球の戦隊者や時代劇を思い起こさせた。
「ちょっと!アヴァっち何言ってるか分からないよ!」
「こんなの言える訳ないじゃん!しかもオークマスター居るじゃん!上級中位じゃん!ヤバイじゃん!」
涙目でアヴァが、ジタバタと地面を踏みながら叫んでいる。
「華咲くチーム「れでぃろーず」けんざん」
「ちょっと!マデりん早い!それは最後だよ!」
人間3人の娘達のかしましい様子を、ジッと見ていたオーク達であったがオークマスターの
「あのメスどもは、お前達の好きにしていいゾ」
という言葉に「プギイイィィ!」と歓喜の声を上げながら、嬉々として3人に襲いかかって来た。
上級下位のオークを含めた、50匹程度のオークが、3人の立つ通路に殺到する。
「ひいいいぃ!!」
アヴァの悲痛な叫び声が広間に響く。3人は一目散に逃げ出した。
そして、1匹の虹色のカエルが、広場に躍り出る。
「ヌシ。本当にやれるのか?」
「分からない、けどやってみる!」
バッとカエルは四つん這いになった。『ソレ』の使用者と同じように。
「大地を抉る地よりの叫び【アースクエイク】!」
突き進むオーク達の背後に、亀裂が生まれ、足元が大きく揺れる。
「全てを焦がす煉獄の炎【ヴォルカニックバーン】!常闇より出でし絶望【ブラックホールカノン】!その渦は全てを呑み込む【アルティメットスクィーズ】!絶望の竜巻【ディスペアートルネード】!」
五つの上級魔法が、オーク達を取り囲む。逃げ惑う者、魔法を掻き消そうともがく者。様々だった。しかして、五芒星は結実する。
「【ペンタグラム】!」
50を超えるオーク達の頭上から、五色の光が降り注ぐ。
その光の暴力が過ぎ去った後、立っている者は皆無であった。低位のオーク達は、床のシミとなり、辛うじて上級に達していた者でさえ、意識を失い、虫の息となった。
「うーむ。40点じゃな。見よう見まねで使用出来るのは、賞賛するが、威力、精度共に低い。上級下位のオーク程度、跡形無く吹き飛ばさねばな。ネルラの小僧は、それくらいは易々と出来たぞぃ」
かつての同胞の技に対し、辛辣な評価を下すベロ。ソレもそのはず。ベル=ゼブブその人の愛弟子とさえ呼ばれていた四凶蟲のネルラ。
その天才性は、蠱毒の城建城以来と言われていた。
「精進するよ。さて、残るは...」
目前の敵を睨む。ペンタグラムの範囲外。そこに巨大なオークが、ワナワナと震え立っていた。その震えは怒りか、恐怖か...。
「貴様!亜人カ!?亜人が、ナゼ人間のミカタをするか!!我々オークも、亜人に属スル者!同胞を殺メテ、ナントするつもりか!?」
「えっ?!オークって亜人なの?」
カエルが動揺し、3人娘へ振り返る。
「カエルっち!」
「前!」
「危ない!」
「馬鹿者!」
「ッ!?」
カエルの耳を切り裂くような、轟音と衝撃が同時に来る。
(斬られた!?)
そう錯覚するほどの痛みが、カエルを襲う。
見ると、ベロが刀を使い、斬撃そのものは防いだ。だが、ベロの力では、防ぎきれない程の衝撃。
オークマスターを見る。
肩に担がれた巨大な戦斧。
禍々しく光る紫色の刃と、真ん中に心臓のような、臓器に見える何かが脈打っている。
「コレを受けルとは、ヤるな亜人。我ラが皇帝陛下より賜りシ12振りの一つ『戦斧スラッシュペイン』衝撃は痛ミとなり、身体ヲ蝕む。貴様ノ舌は、既に死に体ダ」
慌ててベロを見やる。舌はダラリと垂れ下がり、動かそうとしても動かない。
「ベロ!!ベロ!?」
「騒ぐな...ワシとお前は同体...死ぬ訳が無いが...魂に響きよる...少し....休ませてもらうぞ...」
そう語ると、ピクリともベロは動かなくなった。
「カエルっち!ベロっち大丈夫なの!?」
「分からない!けど..!ベロ抜きで、やるしか無いようだ」
グッと四肢に力を入れる。
ペンタグラムは、一度見せてしまった。恐らく次は逃げられるか、防がれるはずだ。
「カエルさん!私達が援護を!」
「アヴァちゃん、ダメ。これ以上私達が近づくと、足手纏いになる」
「そんな...でも...!」
ココットは、首を振る。
「私達『2人』には、なにも出来ない。だから!!マデりん!!」
ココットは、マデリンに薬瓶を投げ渡す。
「やっちゃっていいよっ!」
「ほい」
グッとマデリンは、瓶を開けて一気に飲み干した。
「...『アレ』やるんだ...?」
「今やらないで、いつやるの?今でしょ!」
カーッと音がするほどの勢いでマデリンの顔が紅く染まっていく。そして、地面に転げまわる。途端、大人しくなってしまった。
「....ウィッ!...ヒック...ッ!!」
「始まった...!」
ガバッとマデリンが顔を上げる。朱色に染まった頬と、座った目。それは『酔っ払い』のソレであった。
「ヤるぜえええぇッ!!アタシはやるぜええええぇ!!」
両手を広げ、マデリンは宙空に叫ぶ。突如広がる強者の気配に、切り結んでいたカエルとオークマスターは、目線を向ける。
少女が、スッとシミターと短剣を抜き放った。その直後、埃がフッと舞った。
目で追えぬほどの速度で、飛び出した少女は、オークマスターの背後へと出現し、短剣による、刺突を繰り出した。
完全に不意を突かれたオークマスターは、対応出来ない。
「もらったぜぇ!」
パキッ!!
そんな音を残して、少女の短剣の刃は宙を舞う。完全に入ったと思われた刺突は、オークマスターの堅牢な鎧に弾かれ、半ばで折れたのだ。
「ヌナッ!?」
驚く少女。だが、驚いているのも束の間、また再び、姿を消すように移動する。少女が立っていた場所には、床が抉り取られる程の斬撃の跡が残った。
「チィッ!ちょこまかト!」
オークマスターの戦斧が、空を切り、そしてまたカエルへと向けられる。
「厄介な鎧着込んでやがるぜ...おいぃ!!カエル野郎!隙作ってやるから、魔法でも刀でも叩き込め!」
「あ、あぁ!」
雰囲気の変わったマデリンに、若干気圧されながら、カエルは応える。
カエルも、速度では上回っていても、その鎧と、練度に打つ手を見出せなかったところである。
「そうはさせんゾ。武技《スイングラッシュ》」
暴風の如く、戦斧の振りが速くなる。マデリンには目もくれず、カエルへ向けてのラッシュ。
(あの小娘ノ攻撃は、鎧兜に阻まれ、オレには届かナイ。だったら、このカエルを潰セバ良い)
「テメェ!何処に目つけてんだゴルァ!!」
横っ腹から、マデリンがシミターを振りかぶって飛び掛かる。シミターは、折れる事はないが、軽々と弾かれてしまう。
「チィッ!だったらこうだ!!《鎧通し》!」
鎧の繋ぎ目をピンポイントで狙った攻撃を放つ。だがそれさえも、繋ぎ目に使われた素材の強固さに弾かれる。
「なんつうタフさだよっ!」
「マデリン!」
カエルからの掛け声に、振り向くと、一振りの刀が飛んでくる。それを中空で掴み取り、素早く抜く。
普段はベロが使っている一振り。
名工「甚兵衛」の一振り、『三星刀』である。
「ウラァッ!」
刀が煌めき、繋ぎ目を的確に捉える。完全に防御を捨てていたオークマスターの腕から、鮮血が噴き出した。
「プギイイィィ!!」
「すげぇっ!コイツァすげぇぜカエル!
攻撃が通る。そう分かるや否や、マデリンの攻撃は苛烈さを増す。身体中から、浅いとはいえ傷を負わせられるマデリンを、無視出来なくなり、攻撃をマデリンへと向ける。
ゴワンッ!ゴワンッ!
耳元に轟音が轟く。おおよそ、無秩序に振り回されいるだけに見えていた攻撃が、どれも一撃必殺。急所を的確に狙った斬撃である事を、マデリンは思い知った。
(なんつう攻撃だよ!これを捌いてたのかよカエル野郎!この爆撃のような攻撃に耐えるこの刀も、ナニモンだこの野郎!)
マデリンは、必死の形相で耐える。二刀流のディフェンダーが、一本の使い慣れない刀で、防ぎきれるほど上級中位の攻撃は、甘くなかった。
グジッ!!
嫌な音が響き渡る。肉を裂かれる音。
目を向けると、左大腿部の肉があらかた持っていかれている。
「いづっ...!チックッショウッがっ!!」
バランスを大きく崩したマデリンに、巨大な戦斧が迫る。
(やられるっ!)
(獲っタ!)
しかし、マデリンの目前に突如として『虹』の結界が出来上がる。
【アルカンシエル】と呼ばれるその魔法は、カエルの誇る絶対防御。それが、オークマスターを包み込み発動している。
「ムゥッ!?」
「マデリンありがとう!完成だ」
「遅いぞカエル野郎っ!」
オークマスターが、斬撃をアルカンシエルへと叩き込み続ける。
「この程度ノ防壁なゾ!!」
しかし、防壁の外側で、突如地割れが起こる。
「クッ!?先程ノ魔法か!だが、耐エ切ってみせル!《エスケープ・フロム・ペイン》!」
ダメージを吸収するスキルをオークマスターは展開。斧を地面につき、耐えきる体制をとった。
炎が巻き上がり、水が空間を満たす。
闇が辺りを包み、風が唸りを上げる。
オークマスターの周囲の天変地異が、五芒星を描いた。
「さっきのは50匹が対象。だがコレは、お前1匹だけを標的にする!行くぞ!!【ペンタグラム】!」
五芒星が発動した瞬間、アルカンシエルが搔き消える。超常の熱量が、オークマスターの頭上から降り注いだ。




