除去
「まず舌を入れる」
「そうか。舌を...なにぃっ!?」
始まりは驚愕からだった。
カエルの亜人に、どうやってヒルダを元に戻すのか、と聞いたところ、先程の突拍子も無い答えが返ってきたのだ。
「ど、どういう事か説明してくれるか?」
「うん。それにはまず、僕とベロの話を聞いてほしい。ちなみにベロっていうのは、僕の相棒の名前だよ」
カエルが、そう告げると、口の中から舌が出て来て「耳の穴かっぽじって聞くんじゃぞ人間」と年寄り臭く言ってくる。
曰く、カエルには蟲を殺す能力がある事。そして、オレも知っている『魂食い』の正体は、一種の蟲なのだと言う。
「ワシも気付かなんだ。例の死体を前にカエルと会話して、魂食いとは何なのか?と尋ねられ、一種の寄生虫なのだ、と説明したのじゃ」
舌が器用に動きながら喋る。
「うん。蟲なら、私の能力でなんとかなるんじゃないかって思ったんだ。一種の賭けなんだけどね。これで、何ともならなかったら、ごめんなさい」
カエルはそう言うと頭を下げる。
「おい!さっきまでの自信に満ち溢れた姿は何だったんだ!確証は無かったのか!」
「無いです」
オレはガックリと肩を落とした。
なぜコイツを信じようと思ったのか。
「でも、上手く行く気がするんだ。魂食いが、魂を喰らうには、弱らせた上で、粘膜に接触する事が条件だって聞いた。つまり、物理的な何かが、体内に居るのは間違いない」
「うむ。その通りじゃ。仮に蟲で無かったとしても、対処法はあるぞぃ」
(な、なんなんだ)
落胆させたり、希望を抱かせたり、忙しい奴らだ。
「どうするつもりなんだ?」
「うむ。そこで会話が戻る訳じゃが、ワシ、つまりカエルの舌を、ヒルダとやらの中に侵入させる。ただ、この大きさでは体内で活動出来ん。そこで、魔法で極めて細く、長く形状を変化させる。そして、中に潜む魔物を捕捉し、引き摺り出し、捕食するのじゃ」
「しかし...体内と言っても、どこに居るか分からないんじゃないか?広いぞ」
それを聞き、カエルの舌がふんぞり返る。
「小僧。ワシを誰じゃと思うておる。姿形は変われど、 魔力の流れくらいは追えるわい。どんな微弱な魔力でも、見つけ出してくれるわ」
「...確か、ベル=ゼブブだったか。頼もしい限りだな」
オレは、ため息混じりに言う。
「貴様!信じとらんな!今に見ておれ!このカエルの身体を乗っ取った暁には、最初に貴様を超級魔法で粉々に砕いてやるからな!」
「はいはい。そこまでだよ ベロ。じゃあ、実際の方法について話し合おう」
◆
(隙が無い)
あの手練れの男「アッシュ」の妻になり変わって、数ヶ月が過ぎようとしていた。妻ならば、相応の隙を見せるかと、女の身体を乗っ取ったものの、奴は隙を見せない。
次第に焦りが生まれて来た。
(もしや、自分が成り代わっているのが、バレているんじゃないか)
そう思う事さえある。
なにせあの男、性交渉の最中にさえ隙を見せないのだ。むしろ眼光の鋭さに磨きがかかっている風にさえ見える。
(潮時か。他の者に移り替え、別のターゲットに切り替えるべきだろう)
そんな事を考えていた時だ。突然見知らぬ亜人が来た。
亜人は、アッシュの友人を名乗った。自分と取り留めない会話を2、3するだけで、何ということはない。
暫くすると、アッシュが帰って来て、2人は何処かへ行ってしまった。
「ふぅ。人間の女房の振りってのも疲れるな」
魂食いに性別は無い。
繁殖するには、魂を食い、分体を生み出す事で繁殖するのだ。
特に苦労するのは、人間の身体を奪って過ごす事だ。言語でのコミュニケーション、記憶、言動、行動。全てに気を使わなければならない。
「割に合わないが、あの男の肉体を手に入れるには、仕方ない手間...だったが、ここまで困難になるとはな」
(『乗り捨て』るか)
我々魂食いは、衰弱した対象の肉体に寄生し、その肉体を修復したのちに、自らの支配下に置く。
次の寄生先へ移る際に、元の肉体の魔力、生命力を大幅に消費する為、寄生元の生物は命を絶たれる。
ただ、要らぬ肉体は、生命力と魔力だけを抜き取る方法もある。身体を支配するにも、消費する物だ。必然補充する必要がある。
そうして我々は生きて行くしかないのだ。寄生元の肉体は、より強者であれば尚良い。
アッシュは、その点絶好の獲物だったが。
ギイイィッ
『ヒルダ』が思考を巡らせていると、再び古い扉を開く音がした。
(おっと旦那様のお帰りだ)
「おかえりなさいアナタ!早かったのね。お話は出来たの?」
アッシュは、軽く笑みを見せ、こちらに歩いて来る。彼の日課というべきか、帰ると体を抱きしめて来る。夫婦というものは、分からんものだ。
ガッシィ!!
「...へっ?」
つい間抜けな声が出てしまった。
いつもの抱擁とは違う。後ろから羽交い締めにされたのだ。
「アナタ?ど、どうしたの?」
答えを聞く間もなく、開いたままの扉から、先程のカエルの亜人が入って来て、目の前に立った。
「あのー...これは一体?」
巨体を誇る2人に囲まれ、若干の冷や汗が出る。だが、姿形、記憶。自分の正体がバレる要素はない「はず」だ。
「今から舌を入れます」
亜人が驚愕の一言を言い放った。
「...も、もう一度言ってもらえます?」
「舌。舌を入れる。あなたに」
この亜人、頭がおかしい。
「アナタ。なんとか言ってくださる?この方、こんな事を言っているんだけども」
アッシュは天井を仰いだまま、身じろぎひとつしない。
「相手が悪かったのう。この蟲の王ベル=ゼブブ相手に、隠れ通せると思わぬ事だ。ゆくぞカエル!」
「【メタモーフ】!」
カエルの舌が喋った事にも驚いたが、突然その舌が、消え失せた。
否。極端に細くなり、ヒルダの耳へと、シュルシュルと入っていってしまった。
ゾゾゾゾッ
途端、ヒルダの肉体に怖気が走る。
体の中を、何かが這い回る感覚がする。
「んぐううぅっ!?」
◆
「おい。本当に大丈夫なんだろうな」
「「たぶん」」
ベロとカエルが答える。
「...頼りないな」
ベロが、ヒルダの体から『魂食い』を引きずり出してから、10分ほど経った。
魔力を頼りに、魂食いを探したベロは、大脳の辺りに寄生している魂食いを見事に補足し、カエルの口まで戻ってきた。
そこまでは良かったのだが、肝心のヒルダが目を覚まさない。
「ベロ。元に戻るよね?」
「理論上はな。魂食いは、寄生主の体を治して乗っ取る。寄生蟲が居なくなれば、健康な肉体だけが残るはずじゃ」
その時、ピクリとヒルダの体が動いた。
「ヒルダ!!俺が分かるか!?ヒルダ!」
「う、うーん...あら?アナタ!?どうしたの!?そんなにやつれて!...それに老けたわね。そんなんじゃ女にモテないわよ」
((別人じゃないか))
カエルとベロは絶句した。
魂食いに寄生されていた頃の彼女は、おしとやかな笑顔の絶えない女性だった。
「ヒルダ!本物のヒルダだ...」
「まーた泣いちゃって。仕方ない人ね。10歳上のお兄さんなんだから、しっかりしてよね」
目に涙を浮かべ、感慨に浸っている様子のアッシュをみると、どうも元はこういうキツイ感じの女性らしい。
「それより、そこの亜人は何なの?あまり変なの入れると、ご近所さんの評判落ちちゃうわよ」
話を聞くに、彼女には病気だった頃の記憶が無いらしい。アッシュが、空白の10年を彼女に説明し、私が魂食いを食べた事を告げると、とても驚いた様子だった。
「ごめんなさい。そうとは知らず。失礼しました。アッシュの妻のヒルダです。助けてくださってありがとうございます」
「いえ、いいんです。私も保身の為ですから。これでアナタの旦那から逃げずに済むよ」
アッシュはカエルへ向き直り
「すまなかった。全て君のお陰だ。オレの罪が消える訳じゃないが、これからも街に貢献し続ける事で、街へのせめてもの罪滅ぼしにするよ。君個人にも礼をしたい」
と、深々と頭を下げた。
「ううん。構わない。ところで、今夜泊まるところが無いんだけど、君の家に泊めて欲しいんだ。いいかな?」
「もちろんだ。ベッドを使ってくれてもいい。オレたちは床で寝るから」
カエルは首を振って応える。
「いや、結構。軒先を借りるよ」
「「軒先?」」
ヒルダとアッシュが同時に首をかしげる。
「綺麗な満月だ」
カエルは穴から顔を出して月を見る。アッシュ邸の軒先に3メートルほどの穴を掘り、そこで寝ているのだ。
アッシュには「本気か?」と言われたが、999度もふつうのカエルとして過ごしてきたせいか、ベッドの上というのは、どうも落ち着かない。
「しかし、ヌシも面倒な事をしたものじゃ。皆消し炭にしてしまえば、証拠も残らず、一件落着。じゃったのにのう」
カエルは考え込む。見方を変えれば、ベロの言う方法も悪くは無い。強者の選択というやつだろう。
しかし、カエルに『思考』というものが芽生えてから、どうにも感情論的な選択に終始してしまっている気がする。
(誰かの意思によって、そうされているのだろうか?)
そう思わなくも無い。
(でも...)
「これでいいんだよ。誰も傷つかなかった。それでいいじゃないか?」
ベロはやれやれといった風に舌を左右に動かす。
「甘ちゃんじゃな。...だが、成し遂げた事は賞賛に値するじゃろう。よくやったな」
そういうと、スルスルと口の中にベロは戻っていってしまった。
「..フフフ。初めて褒められたな」
カエルは、そう言うと、月明かりの届かない穴の中に入り、瞼を閉じた。




