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カエルの為にそれは在る  作者: オイペン19世
2章 仲間との出会い
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月明かり


キギィコォオオオオ!


生物の鳴き声か、と思うような音を上げて扉が開く。


「どうぞ。汚いけど」


リシュカという盲目の女性に招かれ、私は家に上がり込んだ。見た目からしてボロボロの長屋は、部屋の隅には蜘蛛の巣が張り、外見の見た目通りだ。


「あんまりジロジロ見ないでね。ワタシの目が見えないせいで、ロクに掃除も出来ないの。シュリ!シュリ!居ないの!?」


「お構いなく。シュリと言うのは?」


「娘よ。もう6つになる子なの。ワタシが目が見えない分、路上で靴磨きや、冒険者の道具の手入れなんかをして稼いでくれてる。良い子よ」


少しすると、奥からトテトテと女児が駆けてくる。裸足にボロ布を纏った見窄らしい姿だが、不思議と目には知性を感じさせた。


「お母さんおかえり!!...こんにちは。おっきなカエルさん」


女児は母親に抱きつきながら、巨大な亜人である私にも、しっかりと挨拶をした。


「こんにちは、シュリちゃん」


「あら?『カエルさん』って、名前紹介したかしら?まあ良いわ。お客様だから、井戸水でも汲んできて、出してあげてくれる?」


女児は「うん!」と元気よく返事をして、外に出掛けようとする。


「行かなくていいよシュリちゃん。今喉は乾いてないから。それよりも、これ。奥で食べておいで」


私はシュリに、酒場で仕入れておいたクロケットサンドを差し出した。


シュリの目が途端に輝く。

だが、ソワソワとしているものの、受け取ろうとはしない。チラリと母親の方を見ている。


(なるほど)


「リシュカ。酒場で買ったクロケットサンドをシュリにあげたい。いいかな?もう一個は君に」


スッ、とリシュカの手を取り、クロケットサンドを手渡す。


「えっ!?ワタシも?」


「うん。君も食べないとダメみたいだ。怪しい物とかは入ってないから、どうぞ。さっ、シュリ。これで食べられるね?」


シュリは、先程と違い、バッと奪うようにしてクロケットサンドを取った。


「ありがとうカエルのおじさん!」


大事そうに胸の前に抱え込んで、部屋の奥へと駆けて行く。途中我慢出来なかったのか、齧り付きながら走って行ったのが印象的だった。



「さて、それで本題だけど..」


リシュカの方を振り向くと、彼女の方も、既にクロケットサンドに噛り付いていた。相当に腹が減っていたのだろう。


私の声も聞こえない程に、夢中で。


(...仕方がない。食べ終わるまで待とう)




やがてクロケットサンドを食べ終わったリシュカは、急いで食べたせいか、喉が詰まり、急遽私の作り出した【ウォーターボール】の水をコップに入れ飲み干した。


「ハァーッ!ハァーッ!...死ぬかと思ったわ。ありがとう。美味しくてついつい。ごめんなさい」


「構わないよ。喜んで貰えたようで何より。それで、アッシュの件なんだけど、どの程度彼の事知ってる?」


ニヤッと彼女は笑う。


「あなた運がいいわ。私、つい最近まで、あの人の奥さんのお手伝いをしてたの。もう10年以上も。目が見えないなりに、色々出来たからね」


おっと、これはいきなり当たりをひいたようだ。宝石分の価値はあったかもしれない。


「でも、あの人の奥さんが3ヶ月前に急に治って、ワタシの手伝いが必要無くなっちゃって、ある程度のお給金貰ってクビになったの。それから収入が無くて困ってたところ」


「ほー。急に?高価な薬を何年も与え続けてた。って聞いたけど」


リシュカは、首を振り否定する。


「あの病は、薬で治るような物じゃないわ。名前さえ知らない病だけど、治る前は、ご飯が食べられるだけで、殆ど生ける屍だったもの」


悲しげに眼を伏せてリシュカ語る。


「それに、薬は得体の知れない魔法使いから買った薬を飲ませてただけ。効果があるのか分からない。それに縋るしか無かったのよ、彼は」


リシュカは、そう語ると水をクイッと飲み干した。


「...あなたも信じてくれないかも知れないけれど....頼むから、誰にも言わないでね」


そして、もう既に空になっているコップをもう一度傾ける。が、空である事に気付き、ハッとした顔をして、恥ずかしそうにコップを置いた。


「...あのねっ!ワタシ、彼女。ヒルダさんって言うんだけど...『別人』なんじゃないかな?って思ったの」


むむ。これはまた...


「どうしてそう思ったんだい?」


「あの、あの!何がかは分からないの。笑顔も、記憶も、ヒルダさんそのもの。でも、違和感があるの。元々、彼女出不精なのに、治ってから、妙に出掛けるようになったり、ニコニコ笑うようになったり...そんな些細な事なんだけどね。こうやって言うと、ワタシがおかしな人扱いされるの」


どうやら繋がってきたようだ。


「そうか。ありがとうリシュカ。私は君をおかしいとは思わないよ。安心して。今から、それを確かめて来る」


「え?それってどういうこと?」


一拍おいて、カエルは答えた。


「別人。いや、魔物が成り代わっている可能性がある」


魔物と聞いて、リシュカがギョッとする。


「えっ?!うそ!えっ!?」


「落ち着いて。まだ分からない。それを今から確かめてくる」


「あ、あなた何者なの?」


カエルは、キギィコオオオと、古い扉を開けながら答えた。


「冒険者さ」



◆



虹色のカエルの亜人を最後に見たのは、酒場の前だった。慌てて逃げ出したように見えた亜人を追ったものの、足が早く、追いつけなかった。


その後も探し続けたが、ついぞ見つからなかった。


(酒場で懸賞金をかけてでも、手配するか)


足取り重く、アッシュは家への帰路につく。


愛する妻が居る家へと。




妻のヒルダが意識を失ったのは、10年ほど前の事だ。いつものように、冒険を終え、家に帰ると、床に倒れ伏した妻が居た。


慌てて、街の薬師や聖属性の魔法使いに診せたが、原因がわからなかった。


幸いだったのは、口を開け、食べてくれた事だ。生きていてくれるだけで幸せだった。


まさか20代の妻の下の世話を、自分でやる事になるとは思って居なかったが、それも慣れた。


自分がいない時には、近所のリシュカに、妻の事をお願いした。


妻には高額な薬が必要だった。

自分が必死になって稼がなければ、とても稼げる額じゃない。


報酬を山分けにしていては、やっていけない。当時のパーティからも抜け、独りで仕事をこなし続けた。


気付けば、街の筆頭にまでなっていたが、妻の意識が戻る気配は無い。



毎日毎日、依頼でボロボロになって帰って来ては、食事を食べさせ、排泄物を処理し、幾ら話しかけても、返事は返って来ない。



ある時、妻の首を締めて殺そうとした。耐えられなかった。愛していたから。愛しているから。妻を殺して自分も死のうとした。


でも殺せなかった。愛しているから。


妻の首には、私の手の跡が残っていた。




そんな忙しいけれど、空虚な毎日を送っていたある日、帰ってくると妻が炊事場に立って居た。


炊事場で、昨日残った硬いパンを、貪るようにして食べていた。


オレは驚いた。夢か現か。

何が起こっているのか、分からなかった。



ヒルダは、帰って来たオレに、ハッと驚いたような素振りを見せた後、満面の笑みを浮かべて


「おかえりなさい」


と言った。


オレは駆け寄り、強く。強く強くヒルダを抱きしめた。


「アナタ痛いわ」


ヒルダが、立った。喋った。笑った。

それが、どれだけ嬉しいことか。


抱きしめたヒルダは、小便臭くも、大便臭くも無かった。


オレは理解した。




『コレ』はヒルダじゃない。




やがてオレは家の前に立つ。


今日もオレは、笑顔のヒルダの待つ家に帰る。彼女は30歳になった。オレは40歳。今でも彼女は見惚れるほど美しい。


扉を開けると、そこには美しいヒルダが待っているのだ。


ギイイイィィ


古びた扉を開ける。

もう金のかかる薬は必要ない。

家も買い換えるか。



「おかえりなさいアナタ!」

「おかえりなさい」


2人分の声が響く。


何故かそこには、オレが追っていたカエルの亜人が、オレの妻と、茶を飲んでいた。


「...どうしてお前が?」


亜人は、茶を啜った後で、一拍置き

「答えに辿り着いた。それだけだよ」


と応じた。(...答え、か)



「話そう。外に出ても良いか?」


「うん」


カエルはチラリとオレの背の大剣へと目をやる。「抜く気か?」そう言われている気がした。


ガチャリとオレは大剣を置く。

寝ている時以外で置いたのは何年振りだろう?


それに応じるように、亜人も刀を置いた。




亜人と2人で月の登った夜道を歩く。


やけに明るい夜だな。


オレは街の片隅にある2人がけのベンチに腰を掛けた。亜人は、その隣にある2人がけのベンチへ。



「どこまで分かった?」


まどろっこしい問答は不要だ。

オレはカエルの亜人へ尋ねる。



「どこまでなのかは、わからない。ただ、君の奥さんは...」



「そこまででいい。何が望みだ」



「私が聞きたい。アッシュ。君は『アレ』と暮らして何を望む?」



一瞬で頭がカッと沸いた。

「『アレ』とはなんだ!?彼女はヒルダ!オレの妻だぞ!」



「違うことが分かっていて、何故そうするのか。わたしには分からないんだ」



「...お前には分からんさ」



「分からないね。それで君は、『彼女』をどうするんだい?彼女は人を殺している。許せるのか?」



「知ってる。だが、ヒルダが殺しているのは、か弱い女性の体で弱らせられる者。社会的弱者や、弱っている動物、いずれ死ぬ者達だ」



自分で言ってて、なんとも言えない気分になる。分かってる。分かっているんだ。



「ヒルダの事は、常に監視している。信頼の置ける冒険者3人に頼んで交代で見張っているんだ。死に近い者達しか襲わないようにはしている」



カエルの亜人の口から、舌がヌルリと出て来る。


「人間よ。アレが何か分かっているような口振りじゃな。アレの狙いを分かっているのか?」


分かっているさ。オレが一番な。


「...『オレ』だろう?オレの魂を取る事。それは問題無い。寝ている時、側にいる時、性交している時でさえ、気を張っている。おかげで寝不足さ」


「...そこまで分かっていて、何故あの魔物と居ろうとするのか。人間というのは理解が出来んぞぃ」


「理解してくれなくて結構だ。それで、お前達の望みは何だ?ヒルダを殺せ、と?それは不可能だ。金か?言い値で払う。幾らだ?」



正直、高額の薬を使うのも、強請りに取られるのも、どちらでもいい。オレはヒルダと共に居られれば、それでいい。


「元に戻したい」


「...なに?」


訳の分からない言葉が聞こえた。


「彼女を元に戻す」



「ばっ!ば、バカな!出来るはずがない!出来ない!...やめろ...やめろやめろ!オレをあの地獄の日々に戻そうと言うのか!?笑顔のヒルダを奪うつもりか!?」



「違う」


「なに!?」


「元気な『ヒルダ』に戻す」


「...」


声が出ない。


コイツは、何を、何を言ってるんだ?オレは10年苦しんだんだぞ。高名な魔法使いも訪ね回った。何人もの天才と呼ばれる薬師に、頭を擦り付け頼んだ。その全てが無駄足!


それを、唐突に訪ねてきた亜人が、元に戻すと言う。


「信じられるか...!」


「聞いてくれ。私を信じなくてもいい。自分を信じろ。君自身に聞け。私は微塵も信じられないか?」


そう言われ、身体中から汗が吹き出した。亜人の迫力のせいではない。


出逢ったばかりの、この亜人を、心の何処かで、救いの手のように感じていた事。


自分を罰してくれるのではないか?


罪の気持ちと共に、殺してくれるのではないか?


そう思っていた気持ちと共に、汗が吹き出したのだ。


眼を瞑る。冷たい風が肌を撫ぜた。



「...やってみろ。だが、ヒルダが死んだら、お前を殺す。地の果てまで追いかけてでも。お前がオレより強いなら、お前より強くなってお前を殺す。いいか?」


「あぁ」


オレはベンチから立ち上がり、再び家へと向かう。少し後を、遅れて亜人がついてくる。


空には満月が浮かんでいた。


「ヤケに明るいと思ったぜ...」

そう独りごちて、家へと向かった。

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