刀と鉄塊
「酷い目にあった...」
カエルは溜息を吐きながら、路地裏を歩いていた。
「あんな有象無象ども、数だけだったのじゃから、サッサと蹴散らしてやれば良かったんじゃ」
酒場で黙らされていたせいか、ベロは先程から、饒舌に説教を垂れてくる。
「これから冒険者としてやっていくんだから、蹴散らすはないでしょう」
時は、酒場まで遡る。
酒場で『ワンハンド』と別れたカエルは、酒場の床が地響きのように揺れるのを感じた。
周囲をみると、椅子に座っていた冒険者数十人が、椅子を立った勢いで倒し、コチラに向かって砂糖に群がる蟻のように駆けてくる。
ガッシリと数人の屈強な冒険者達が、カエルの肩を掴み、逃すつもりがない事が分かる。
敵意が見えないだけに、カエルは困惑した。
そして屈強な冒険者の1人が
「おいテメェッ!!」と怒気の混じったような声をあげた時に、カエルは流石に身構えた。
「冒険者じゃないんだなっ!?
今から登録しようってんだなっ!?職は!?」
と、その男は叫ぶように言った。
周囲が一瞬シンと静まり返る。
「...うん。職っていうのは、わからないけれど、魔法と刀が使えるよ。登録って?」
カエルは、ガタイに似合わない、おずおずとした様子で応える。すると周囲の者達は顔を見合わせた。
(コイツは掘り出し物だ!)
周囲の者達の共通認識は、それだった。街の筆頭冒険者である、ワンハンドをして、実力者であると言わしめた者が、あろうことか未登録。
パーティメンバーが必要だったチームの者達にとっては、魔法と刀が使えるというハイブリッドな人員は、喉から手が出るほど欲しかった。
あれよあれよと、登録方法を四方八方から教えられた上、登録チーム欄に書く名前を巡って、大混乱が起こった。
「俺が一番に声かけたんだ!」
「いいや!刀使いならウチが似合う」
「あり得ない!魔法使いならウチだろ」
「トカゲもカエルも好きだよアタシ!」
と、揉みくちゃにされた挙句、書いた書類を、何度も書き直すハメになり、最終的に酒場のマスターに追い出された。
登録は済んだが、チームは未所属のままだ。
ほとぼりが冷めたら、掲示板に貼り出される街の人間からの依頼というのを、コッソリ見てみようと思う。
疲れ切った顔をして路地裏を歩いていると、不潔な格好をした人間が寝転がっている。
浮浪者だろうか。
...おかしい。石畳の上で、ピクリとも動かない。何よりおかしいのが、ニオイだ。
独特の匂い。これは...
「死臭。じゃな」
ベロがヌルッと口から顔を出す。
やはり、死体か。
近寄ってみる。
やはり元は浮浪者だった者のようだ。服はボロキレを纏い、片足は無い。働き口が無く、このような姿をしているのだろうか?
死体の状態を見ると、痩せてはいるが、綺麗な顔色をしている。死んでいるとは思えないくらいに。
「妙じゃな。魔術でも、これほど綺麗に死体は残せない。ワシであれば、複数属性の魔法で可能じゃが、ワシ程の使い手は、まず居ないじゃろ」
さり気なく自慢してくるベロ。
「これは『魂食い』かもしれぬ」
「魂食い?なんなんだいそれは?」
ベロはウネウネ動きながら、少し考え込んだ後で、告げる。
「知らぬのも無理はない。一般的にはあまり知られていない種族だ。生きとし生けるものの魂を喰らい、その者の姿や、力量、果ては使える魔法まで真似られる希少な『魔物』じゃな」
「...そういうのも居るのか。じゃあ、強い者を食べれば、凄く強くなれるんじゃない?」
「うむ。じゃが、魂を喰らうにも条件がいる。魂を喰える程に弱らせる必要があるということじゃ。相手が強者であればあるほど難しいじゃろ?」
なるほど。ドラゴンや大型の魔物が弱る事は、そうそう無い。人間は徒党を組んでいるし、化けても言動や行動でバレてしまう確率も高いだろう。
「それに、死体はこうして残る。ただし、存在が珍しい上、滅多に魂を喰らう必要は無い。判明しづらくはあるな」
化ける魔物か。仲間が居たら、疑ってしまうかもしれない。
「どうしよう。酒場に報告に行こうか?それとも街の衛兵?」
ベロは考える素振りを見せる。
「通常であれば、殺人行為となる。街の衛兵の担当じゃろう。しかし、ヌシは亜人じゃ。報告すれば、面倒な事になるやもしれぬ」
「じゃあ、酒場に報告に行こうか。あそこなら、そこまで偏見はないでしょう?」
「うーむ。見て見ぬ振りをするのが一番じゃと思うが、まあ良い。酒場に行くべきじゃろうな」
死体の状態の確認を終え、狭い路地の後ろを振り向く。そこには、1人の男がいた。巨体。放たれる威圧感。
この街で一番強い者 『筆頭』
その看板を背負う男が立っていた。
「...お前がその者を殺したのか?」
ワンハンドのアッシュと呼ばれる強者は、殺気を込めて尋ねてくる。
「違う。落ち着いてくれ。私は、入った路地で、たまたま死体を見つけただけなんだ。死体を見て貰えば分かる。私は殺してはいない」
「いや、お前は殺してはいないかもしれない。だが、その口の中の者はどうだ?魔物ならば、そういった芸当も可能な筈」
ビョンッとベロが口から飛び出す。
「貴様!ワシが、人間風情をわざわざ手にかけるわけあるか!ワシは蠱毒の城の主、ベル=ゼブブであるぞ!」
「バ、バカッ!」
堂々と大物の名を名乗るベロに、カエルは焦った。その名は、この国の人間たちにとっては、恐怖の象徴であるのだ。
ピクリ、とアッシュの体が反応する
「ベル=ゼブブだと?その舌がか?面白い冗談だ...
だが、そんな話を聞くと、余計に野放しにする訳にはいかなくなった」
突如、鳥肌が立つほどの殺気が充満する。見れば、アッシュは背中に背負った『鉄塊』としか呼べぬほどの大剣を片手でスラリと抜いている。
「許せよ。期待のルーキー。お前はココで殺す」
アッシュは正眼の構えをとった。
「待ってくれ。本当に何もしていないんだ!信じてくれ!酒場でも、あなたは争いを止めたじゃないか!」
カエルの説得にも、アッシュは応じる気配は無い。
「どちらにせよ、お前をココで帰すわけにはいかない」
ジリジリと間合いを詰めてくる。
「...そうか。分かったぞ!貴様が『魂食い』
下手人じゃろ!!」
「...なに?」
アッシュが歩みを止める。
「この何も無い路地裏で、たまたまヌシが通りかかったとは思えん。死体を片付ける為に舞い戻ったと考えれば自然。報告されては不味いから、ワシらを消すつもりじゃろう!」
何を言うでも無く、表情一つ変える事なく、アッシュは立っていた。先程までの殺気は消えている。そして
「...だとしたら、どうなんだ?」
と、驚くべき一言が出た。
「お前達は他所者。オレはこの街の筆頭冒険者。オレと、お前達の証言。どちらが、信じられるかな?」
考えてみれば、魂食いが活動するには、アッシュの体は動きが取りやすい。この街の筆頭で、独りで行動している。名声も有り、信用も有る。まさか、街の筆頭が、魔物にすり替わっているとは、誰も思うまい。
「すると、あなたがこの男を殺したのか?何のために?」
暫しの沈黙が場を包む。
「食事と一緒さ。食べないと生きられない。だったら食べる。そうだろう?」
再び溢れ出す殺気。来る!
数歩分はあった間合いを一気に詰め、アッシュは鉄塊を振り下ろす。カエルは、二振りの刀を抜き、それを受け止めた。
(片手で、なんという重い斬撃だ)
二本の腕で、今にも押し潰されそうな膂力に耐える。だが、カエル自身は耐えるだけで良い。
カエルの腰から、3本目の刀が抜かれる。ベロが、アッシュの胴を断ち切らんと刀を抜きはなったのだ。
ガギンッ!
しかし、ベロの抜いた刀は、アッシュの足に踏みつけられ、地面に押さえ付けられる。
「汚い戦い方でスマンな!これが、オレの、 流儀なんだっ!」
アッシュは片足で刀を踏み付けつつ、もう片方の足で蹴りを放って来る。身動きの取れないカエルに、蹴りがマトモに突き刺さる。
(グッ!)
カエルの硬い皮膚をして、臓物に響く程の衝撃。恐らく、レガースに鋼板でも仕込んでいるのだろう。
カエルは、押さえ付けられた刀を置いたまま、壁へと飛び退いた。
「厄介だな。硬い皮膚に、オマケに壁にまで張り付けるのか。亜人ってのはつくづく冒険者向きだと思うよ。だがっ!人間の知恵もバカにしたもんじゃないぜ!」
アッシュの腰袋から、何かが投げられた。丸い塊。認識出来た時には、ソレは破裂していた。
凄まじい轟音と振動と共に。
ドゴッ!!
カエルの視界がグラリと揺れる。
轟音が耳介を通じて、激しく鼓膜と脳を揺さぶった。張り付いていた足の粘着力が剥がれ、カエルは地面へと落下して行く。
「貰った!」
アッシュの鉄塊が、カエル目掛け、振り下ろされた。




