片腕の男
この大陸には3つの国家群がある。
一つは『ラーヴァ』人間を主体とした国家。王政を執るこの国では、多種族間の交流は少なく、街や村に住む人間。森や山にひっそり暮らす亜人種。税や、法で、亜人種は人間より重い物を科せられ、街や村で亜人は暮らし難い。
一つは『オルドス』様々な亜人種の合議制により運営されている国家。小国家群といっても良いこの国では、様々な種族が暮らしている。森林、迷宮、遺跡、洞窟といった類も多く、冒険者達が多く集まる場所でもある。
一つは『武国』遠い昔に魔物から変じた亜人種達が、武力によって統括している国。鬼や、狼人間など、知能のあるもの達が、互いの武により頂点を決め、勝者が国家を統治するという何とも珍しい国だ。カエルの亜人種も居るとか。魔王の国は、この地の奥地にあるらしい。
「そして、ワシらが今居るのは『ラーヴァ』じゃ。その昔ワシに喧嘩売ってきた愚か者の子孫が、セコセコ領地を広げて作った国じゃな。あの時は、娘っ子2匹に大軍潰されて、傑作じゃったわ!」
ベロは、舌で絡めた刀で、器用に地図を描き、カエルに周辺国家のことを説明していた。
「なぜこの国では亜人が冷遇されているんだろう?」
カエルは、疑問に思いベロに聞く。
「そうじゃなぁ。娘っ子の内1人が、魔物というより、亜人のような見た目しとったからじゃないか?ヌシも知っとるじゃろ。四凶蟲のエリザベス。トラウマにでもなったんじゃないか?詳しくは知らん!」
(何十万という大軍を、亜人らしき少女に潰されたら、そうなるか)
以前私が暮らしていた村も、ラーヴァ王国の領地に入るそうだ。
「それよりも、じゃ。何処へ行くか決めたのか?」
カエルは顎に手を当て、少し悩んだ後で
「この辺りでは活動しづらいようだから、少し仕事しながら、オルドスを目指して街や村に寄りながら行くよ」
と応える。
「しっかしヌシも、変わり者じゃな。それだけの実力が有り、恵まれた体があるのじゃから、1匹で生きていく方が楽じゃろうに。仲間探し、とはなあ」
確かにカエル自身も、1人旅は悪くはないと思う。999度の人生のほとんどは1匹で過ごした。たまにつがいが出来たが。
「もう、1匹で生きて行くには飽きたんだ。喋る事もできるし、綺麗な景色を見るにも、皆でみた方が、きっと楽しい筈だから」
「ほーん」と興味の無さそうな返答をベロがする。ほじる鼻があれば、ほじりながら言ってたかも知れない。
「1人じゃ言うても、ワシがおるじゃろうに」
キョトンとした顔をカエルがする。
体を乗っ取ろうという者が『共』だと言う。少しその事実が可笑しかった。
「ははは。確かに今は、そうかも」
カエルは前を向く。山の上からみた記憶では、そろそろ麓の街が見える頃だ。
◆
オレは、ハーヴィー。この『ポラリス』の街で守衛をやってる。趣味は手記を書く事だ。
最近の事件は、山からオークがちょくちょく降りてくるようになったってくらいで、比較的平和だ。今日も何も無い日々が続くだろう。
おっと、どうやら旅人のようだ。
えらく急いでいるのか、凄いスピードで駆けてくる。豆粒のような大きさに見えていたのに、あっという間に大きくなって...
ブワァッ!!と土煙が、オレの前で舞った。先ほどの豆粒ほどの人影が、突然目の前に現れた。
「ふぅ!着いた着いた!」
「ヌシ!もうちょっと考えて走らんか!これでは人間共が怯えるぞぃ」
1人で喋ってるデカイ虹色のカエルの亜人が、現れた。ヤバイ奴だ。コイツには関わらない方が良いだろう。
「オホンッ、お前。亜人種だな?何の目的で、この街に入ろうと言うのか?返答次第では、街に入る事は許可しない!」
完璧な衛兵っぷりだ。我ながら惚れ惚れする。これで、へんな答えを言おうものならば、すぐ追い返せるぞ。
一瞬亜人は考え込んだ。
「えーっと、冒険者になりたくて来ました。どうやったら冒険者になれますか?」
い、意外とまともな理由だった。
これでは追い返せない。えーっと..
「まあ冒険者の登録は、この街でも有るには有る。が、出身地不明の者を、街に入れる訳にはイカン!」
これで追い返せるだろ。亜人には出身地は無い。
「マラウィ村から来ました」
「....え?」
「マラウィ村」
「お、おう。地図に載ってるな。マラウィね。確かユニケロの仕入れ地の...んんっ!?」
まてよ。マラウィ村から来た虹色のカエル...?
「するってぇと、君がユニケロの看板のカエルの?」
「まぁ、そうなりますかね?」
...ハッ!...イカン!意識が飛んでいた。筋が通っていて反論のしようがないじゃないか。
「し、しかし看板と姿が違うんじゃ無いかね?別人なのでは?」
カエルは若干悩んだ様子を見せるが
、衛兵に向き直り「進化しました」と正直に告げた。
「進化!?」
(進化って亜人もするの?いや魔物から亜人になるパターンもあるのか?)
「通っていいですか?」
「うーん...あぁ!どうぞ。...うーん...」
あっ。
ヤベッ!どうぞって言っちゃった
カエルはニコニコと笑みを浮かべて、門をくぐり抜けて行く。
(...まっ、良いか。亜人だけど無害そうだしな。亜人の冒険者くらいなら、よく居るさ。オレは悪くねぇ)
「上手くやりおったな。無垢なのは利点じゃな」
「正直にちゃんと話せば誰でも分かってくれるよ」
2人分の声が聞こえてきた気がするが、気のせいだな。きっと気のせいだ。オレは悪くねぇ。
◆
「亜人だ...」
「珍しいな」
「どうせまた冒険者じゃないか?」
コソコソと街の人々が、私を見て囁きあっている。どうやら、亜人が暮らし難いというのは本当らしい。
「矮小な人間共の言う事など気にせん事だ。気に入らなんだら、首を刎ねてしまえ」
ベロが物騒な事を小声で告げてくる
「私は追われる生活になるのはゴメンだから、大人しくしておくよ」
人通りの多い道を、遠巻きに指差されながら、酒場を目指して歩く。
というのも、酒場が冒険者達の仕事の斡旋所を兼ねているのだそうな。 この辺りの土地の風習なのかもしれない。
朝昼は、食事を提供しながら、冒険者達の『仕事』の斡旋や報告業務を行う場所。
夜は、ちょっとした安宿と、酒、食事を提供する場所。仕事の報告は出来ても、緊急時以外に仕事の斡旋業務はやっていない。
そういう場所『らしい』
サジから聞いた話なので、恐らく合っている筈だ。
荒くれ者たちが多いと噂だが、何とかなるだろう。ベロ曰く「文句があるやつは叩き伏せれば問題ない」だ。
ギィッと年季の入ったスイングドアが開く。すると、昼間だと言うのに、確かに人が居る。しかも、皆腰や背に、それぞれ『得物』を持っていた。
そこを物怖じする事なく進んでいく。
チラリとこちらを伺う視線を感じるが、街中と違い、殺気や怒気、怖気ではないようだ。
「おっ。亜人」
「カエルか。珍しいな」
「虹色のカエル。どっかで聞いたな」
意外と聞こえてくる声も、街中より穏やかな物が多かった。
「まあ、当然じゃろ。国民はどうか知らんが、冒険者は流浪の民だ。特定の思想に囚われてはいないのじゃろ」
ボソボソとベロが話す。
散々絡まれるだの、話しかけられるだの言っておいてこれだ。
これからベロの言う事は話半分で聞く事にしよう。
しかし、ベロの言う事も間違いでは無かったらしい。大柄な若い男が、こちらに近付いてきた。
「くせぇっ!なんだこのドブみてぇなニオイ!どこからするんだぁ!?」
私の体長より若干小さい癖に、殊更に目の前でキョロキョロと見回す男。そして、アッと今気付いたような素振りでコチラに振り向く。
「げっ!?こんな所にくっせぇくっせぇ亜人が居るじゃねぇか!しかもカエル!生臭ぇったらありゃしねぇ」
鼻をつまみ、手を振る男。
私は男を無視して酒場の主人らしき男に話しかけに行こうとする。
先程の男がサッと足を私の前に出し、引っ掛けようとする。が、その足にかかる事はない。私は足を跨いで、歩を進める。
「ダッサ」
「失敗しとる」
「若いな」
と周囲からクスクスという声が聞こえてくる。
(煽るな煽るな!面倒臭い事になるじゃないか)
すると後ろから、チッという舌打ちの音と、床を蹴り立てる音が同時に聞こえた。こちらに走って来るつもりらしい。
そう察した私は、流石に無視する訳にもいかず、後ろを振り向く。
すると、男が走って来ていると思いきや、私の視界が大きな背で埋まっていた。
(デカイ)
男と私の間に、2メートル以上はあろう、鍛え上げられた身体の男が立ち塞がっていた。
「坊主。その辺にしときな。冒険者ってのは、誰にでも寛容でなきゃいかん。都会者のオマエさんにゃ理解出来ないかもしれんがな」
ドスの効いた低い声で男は言う。
何とも言えない威容が、姿だけでなく、声で、居住いで、男を形どる。
「ワ、ワンハンド。アンタ亜人の肩を持つってのかよ」
『ワンハンド』と呼ばれた男の眼光が大柄な男を捉える。それだけで大柄な男は、後ずさった。
「オレは、亜人の肩を持っているわけじゃない。冒険者仲間の肩を持っているのだ。オマエも無駄な諍いに興じている暇はない。鍛錬しろ」
(この男、片腕が無い。にも関わらず、威圧感があり、背後に立っていても隙が見当たらない。相当な強者だな)
「...分かったよアッシュ。アンタが言うなら、そうする。亜人、命拾いしたな!」
そう言って、背を向け去って行く。
「...命拾いしたのは、お前だよ」
ワンハンドは、そう呟いた。
そして、カエルへ向き直る。正面から見た男の顔は、正に歴戦の戦士と言った風貌だった。
顔には巨大な爪痕が有り、顔の半分程を、その傷が占有している。頭部から斜めに入った傷により、眼球は片側しか存在せず、傷はそのまま口元を過ぎ、顎にまで及んでいる。
「悪かった。都会の若いのは、経験が無い。冒険者のイロハを知らんのだ。許してやってくれ」
そう言いながら、偉大夫は深々とカエルに向けて頭を下げた。
「貴方ほどのモノノフに頭を下げられる程のことはしていない。こちらもその気は無かった。頭を上げてくれ」
そうカエルが言うが、まだ男は頭を上げない。
やがて、目線をスッと上にあげ、何かを確認すると、男はやっと頭を上げて、こちらに目線を合わせた。
「感謝する。君と、その『相棒』がその気になれば、あの若者の命は、枯れ葉のごとく飛んでいただろう」
カエルはドキリとした。
「相棒とは?」
カエルが問うと、フッと口の端を上げ、ワンハンドは笑う。
「奴が絡んで行った時、君は口の中の相棒を抑えるのに、必死で口を閉じていた。君の『気』と、口の中の物は、違う『気』を発している。私の勘違いでなければ、もう一つの魂が入っているか、魔物でも飼っているか、だ」
...どうやらバレていたらしい。
あの男に絡まれた際に、ベロは激しく殺意を撒き、暴れ出した。「若造が!」とか「人間風情が!」といった具合に。
私は口で必死に抑えていたのだが、この男には分かっていたらしい。
「流石ワンハンドの旦那」
「達人は気を読めるって本当だったのか」
「あのカエルの亜人魔物飼ってるの?」
と周囲がザワつく。
どうも、この男はこの街で一目置かれている存在らしいことが分かる。
「ちょっと抑えるのに苦労したけれど、大丈夫。興奮が収まれば、なにもしないよ『彼』は」
「そうか。それなら安心した。改めて自己紹介させてもらおう。この街の筆頭をさせて貰ってる『ワンハンドのアッシュ』だ。よろしく」
そう言って右手を差し出してくる。
握手した右腕は、巨木の幹のように太く、剣を振るうために、一切の無駄を無くした筋肉だった。
「筆頭とは?」
「それ程の気を秘めて、知らないのか。変わっているな。街に所属している冒険者のトップって事だ。数人単位のチームで筆頭となる者たちも居れば、私のように単独で筆頭となる例も居る」
つまりこの男は、この街で1番の強者という事か。
「街に所属?冒険者とは旅をする者達の事を言うのではないのか?」
「間違ってはいない。ある程度経験を積んだ冒険者達は、街に雇われ、街の有力者達からの依頼を優先して受けられる。そこが流浪の冒険者との違いだな」
なるほど。家で飼われているか、野生に生きるかの違いと似ている。
「ところで、冒険者として生活したいんだけれど、どうやったら冒険者になれるのだろう?」
周囲の者達が、ギョッとした眼でコチラを見てくる。何か悪い事を言ったのだろうか?
「...アンタまだ冒険者ですら無かったのか?その『気』を持ち、腰の物は恐らく一級品の刀。気配からして、『武国』の冒険者と踏んでいたんだが」
ワンハンドも驚いたようだ。
顎ヒゲを触りながら、少し眼を丸くしていた。
「色々事情があって。最近ようやく冒険者になろうって思ったんだ」
「ほー...そうだったか...そりゃあ...悪い事をした」
(悪い事?)
歯切れ悪くワンハンドは応える。
「えーっと。その、なんだ。頑張れよ...色々と」
「??? ありがとう。頑張るよ」
チラチラとワンハンドは周囲を見渡したと思うと、手を振りながら去って行った。
そして、彼が去った後、唐突に地響きが酒場に響き渡った。
(な、なんだ!?)




