急転
見るも無残に切り刻まれた、金剛石の扉。
その扉の向こうに、ソレは居た。
巨大で美麗な玉座に不釣り合いな、醜悪なハエの王。だが、間違いなく威厳、威圧感、威風。そう言ったものを備えている。
顔に足をつけながら、トントンと玉座の肘置きを叩く。その音が部屋の中に木霊していた。
「オヌシがここに来た。という事は『アレ』は死んだか」
カエルは居住まいを正して応える。
「ケロッ」
トントンと叩いていた動作を止めて、一拍置いたのち、ハエの王は
「左様か」
とだけ応えた。
やがて大きく息を吐き、おもむろに立ち上がると、羽根を羽ばたかせ始める。
「殺りあおうか」
短く言うと、息も出来ぬほどの殺気が、部屋中に充満する。
「ケローッ!」
カエルは、それに応じる。いや、殺気に押し潰されないよう、叫んだだけなのかも知れない。
目の前にいるのは、魔王より上の存在と言われている、有史以前から存在する化け物だ。
《蟲を殺す者》が無ければ、恐らく挑もうとも思わない相手。
(悪いが、私はお前を食べ、進化する。強者になるんだ)
「ワシに二つ名という物は無い。ベル=ゼブブ。ただそれだけの名だ。但し、それは唯一無二であるが故と知れ」
ゾワワッと背筋が凍るように感じた。先程までの殺気、威圧感は序の口。今まさに、目前の化け物は戦闘態勢を取ったのだ。
(なんという殺気...!逃げ出したい。だが、先刻の一刀斎が、私にとっては恐らく最強の敵だった。何故なら、目の前の化け物は魔法使いなのだ。魔法無効化のある私の敵ではない『はず』)
「いくぞ」
言い終わるや否や、6本の足に同時に閃光が走る。そして、瞬きもせぬ内に放たれたそれらは、明後日の方向へと飛んでいく。
(なんだ?何処に向かって撃った?)
思考していると、カエルの身体を、六属性の魔法が一斉に包み込み、特殊な鏡で作られた部屋は、その威力に軋みをあげる。
(なぜ私の体に魔法が!?)
「...やはりか。この鏡の間の仕掛けを使い、我が作り出した『超級魔法』を叩き込んだのだが、恐ろしい魔法防御力。...いや...もしや...」
ブツブツとベル=ゼブブが自問する。先ほどの魔法で、常人であれば消し飛んでいたであろう。
それが効いた様子が無い。そこから導き出される答えは...。
「ならば、まずはこれじゃな。全てを砕き全てを呑み込む!【ペネトレイトディザスター】!」
初めてベル=ゼブブが詠唱した。
それだけで特別な魔法である事が分かる。だが、カエルは敢えてそれを正面から受ける。ベル=ゼブブもそれを解っていて、正面から放った。
ズオッ
カエルが目も眩む程の光線に包み込まれる。
だが、カエルに傷は無い。通り過ぎた光線は、そのまま背後の全てを貫き、削り取り、やがて空へと消えて行った。
「ワシの魔法防御貫通の魔法が効かぬ、か。...こいつは、いよいよ持って。じゃな...『魔法無効化』か...初めてそんな存在を見たぞ」
ポリポリと顔を掻き、やれやれといった仕草をする。カエル自身も、そんな存在が居たら、手も足も出せないだろう事が分かる為、心の中で苦笑いした。
「じゃが、神の使徒じゃろうと、何だろうと抗ってみせる!お主の【権能】消させてもらう!【イレイザーキャノン】!」
何も見えない。何の威力もない。が、カエルの頬を何かが掠めたような感覚がした後、脱力感に襲われた。
(権能とはなんだ?それが消える...?まさか魔法無効化を...!?)
「遅い!」
気付いた時には、既にベル=ゼブブの魔法は鏡面に向かって放たれていた。
カエルは慌てて回避運動を行う。が、既に足元の鏡面から、魔法がせり上がり、カエルを包み込む。
目の前が真っ白になるほどの閃光に包まれ....閃光が消えた。カエルは...
「なんと!?...これも無駄か...
どうやらヌシは神の使徒ではないようじゃな。
ワシの勘違いじゃったわ。許せ」
五体満足で立っている事に、カエルは安堵した。
神だとかなんだとかはサッパリ分からないが、杞憂に終わったようだ。
ベル=ゼブブは大きく息を吸い込み、玉座にドッカリと座り込んだ。
「さぁて、もう終いじゃ終い!辞め辞め!もうヌシの勝ちぃ!さっさと呑み込め!」
と、そんなぶっきらぼうな口調であっけらかんと負けを認めてしまった。その姿に、カエルは目を丸くする。
「なぁにをやっとるか!こっちゃ来い!くるしゅうないぞ。いい若者が遠慮しちゃぁいかん!」
そこには、気の良い『おじいちゃん』が居た。
城で暮らす城で暮らす者は皆言う。
ベル=ゼブブ様は飾り。
一刀斎様こそ、真の主であると。
実力は世界中の認めるところ。
だがしかし...
今も手足をゴシゴシと擦り合わせたり、顔をシュッシュと一生懸命手で擦り合わせている。
城の者達は、初めて憧れの主に対面して、最初は憧憬を抱く。だが日に日に化けの皮が剥がれていき、そして最後はこう思うのだ。
(ただのデカイハエじゃねーか) と。
それに比べて、一刀斎は威厳が溢れ出ているようであり、本人の糞真面目な性格もあり、表に出る事も多く、事実上の主である。そう思われていた。
実際に戦った者が居ない、というのも手伝い、そういう風評になってしまったのだ。
そのせいか、ベル=ゼブブの決定には異論が出ても、一刀斎の一声で収まってしまうのだ。四凶蟲のエリザベスとドリスなどは『おじいちゃん』呼びである。
威厳を捨てたハエの王に向かい、カエルはペチャペチャと歩いて近づいて行く。完全にお互いに気を許し合っていた。
許してしまった。
「ワシは【権能】持ちじゃが、ヌシのは、権能じゃないのう。その体に染み付いた物か。ちと『視せて』貰うぞ。力を抜いとれよ」
ギラッとベル=ゼブブの目が光ったと思うと、カエルの背筋にゾゾゾッと悪寒が走る。湿地帯の魔法使いに視られた時と同じ感覚。
「...なっ!なんじゃこりゃ...ワシを殺すために作られたような能力ばかり...いや、待て。待て待て!...そこまでしよるかあの若造!」
キョトンとした顔でカエルは、首を傾げベル=ゼブブを眺めていると、ベル=ゼブブがワナワナと震えだした。
「ヌシは『アマイモン』の回し者か!」
(...なんだそれは。甘い物がどうしたって?)
殊更に首をクイクイと傾げてみる。
「な、なんじゃ知らんのか!?いや、そんな筈は無い。この魔素の 弄り方は、あの若造の右腕『改造卿』の物じゃ!...産み出されただけか?自然にここに来るように組み込んだのか?...うーむ。分からん!」
悩み顔百面相でもしているかのように、コロコロと表情を変えるベル=ゼブブ。
やがて、意を決したようにカエルに向き直ると、カッと目を見開いた。
「まあどうでもよいわ!ワシはこれから喰われる身じゃ。悩んでも仕方あるまい!さぁ食え。逃げも隠れもせんぞ!カッカッカ!」
(潔いやら、投げやりなのやら...)
じゃあ行くよ!というように軽く手を挙げた後、舌をベル=ゼブブに絡めていく。そして巻き取り、口の中に収まりかけたその時。
「逃げも隠れもしないとは言った。が、抵抗せぬとは言っていない!!ヌシの肉体貰い受ける!」
ベル=ゼブブの肉体がカッと光り輝いた!そして呑まれる寸前に、その光は掻き消え、光と共にベル=ゼブブが消えた。
(...私の体に魔法は効かない。効かないはずだ。ベル=ゼブブの魔力が体の中に取り込まれたのも感じる。だが、この違和感はなんだ?体が、思うように動かない......急に....眠く...)
その時不意に、何処からか声が聞こえて来た。
「フハハハハ!成功じゃ成功じゃ!完全に同体になっとるわ!今日からヌシの体はワシのもんじゃぞ!カッカッカッカッ!」
(...どうなって...ハエの王の声が...体の中から...聞こえるような...眠い..)
カエルの意識が微睡みに沈んでいく
パタリと、カエルは体を横たえた。
そしてそのまま...夜も、次の朝も、目覚めることは無かった...




