熱湯
一刀斎の攻撃は熾烈を極めた。
鎌鼬は速度と強度を上げ、絶え間無くカエルへ降り注ぐ。
気付くと、城は既に原型を留めていなかった。
(近付かねばジリジリと追い詰められるのみだ。
舌という最大の武器がある以上、これを活かさねば負ける)
カエルは、道中の蟲が使用し、見ることで覚えた土魔法【アイアンスキン】を自らにかけた。自らの防御力を上げる魔法だが、果たして、この威力の武技に耐え得るかは分からない。
カエルはジリジリと前へ進む。
時折鎌鼬のいくつかが当たるものの、ガツンと大きな衝撃が来るくらいで、後ろに飛ばされる事は無い。
「ほほう。身を固めたか。鎌鼬では致命打にはなりそうもない」
スッと一刀斎は構えを解いた。
そして無行の位の構えを取る。
鎌鼬の雨あられから、一転して静寂がホールを支配した。
カエルの身が固まった。動けないのだ。彼の間合いに入った途端、斬り伏せられる気しかしなかった。
舌を伸ばしても、その舌は切り落とされるだろう。
(足を動かすしかない。足を止めるな!)
カエルはビョンビョンと一刀斎の周囲を跳び始めた。一瞬の隙でも見逃さないように。隙があれば、だが。
(完全に背後を取った。舌を伸ばすべきだろう...だが、何故だろう、手を出しても払われるような)
逡巡している刹那、一刀斎の体が器用にうねり、カエルの居た場所が大きくえぐり取られた。あのまま手を出していれば、一刀の元に斬り伏せられていただろう。
「良い判断だ。強者とは、そうでなければな。では今度はこちらから行くぞ《武技》物干竿・斬々舞」
700本の刃、それらが一瞬で伸長したかと思うと、次の瞬間、出鱈目な剣速を伴った斬撃が、四方八方を襲った。
(避けきれない!)
斬撃の一つに当たった瞬間、アイアンスキンが掛かったカエルの身体を、内臓に響くような凄まじい衝撃が襲い、体はゴム毬のように跳ね、ホールの壁に激突し、アイアンスキンが途切れる。そこを逃す一刀斎ではない。
「シャオオオオッ!!」
なんの武技も使わない、シンプルな斬撃。だが、動きを止めたカエルへの斬撃は、膂力の全てを込めた渾身の一撃。
ゴッ!と篭った音がした瞬間、城は大きく抉られ、全体がひび割れて行く。地響きが数秒続くほどの威力。
ホールにモクモクと周囲を覆う程の砂塵が舞い、砂埃の中から一刀斎の声が聞こえてくる。
「これも避けたか。素晴らしい。貴殿が城の者であれば、武術を教えたいところだ」
カエルは持ち前の速度で躱した。にも関わらず、飛び散った破片が刺さり、出血が止まらない。
(この身体に初めて傷がついた。たかが城の破片で、これほどの出血。当たっていれば、恐らくミンチにされていただろう)
砂埃が止み、一刀斎の威風が姿を現わす。再度無行の位をとった一刀斎は、息一つ乱してはいなかった。
(桁が違う。規格外。どんな言葉でも表現出来ない差がある。弱者と強者。またあの関係に戻るのか。私は弱者のままなのか?)
自問を繰り返す。
否!私には「力」があるんだ。
(【ウォーターボール】発動!)
カエルの前に巨大な水球が展開される。ピクリと一刀斎の体が反応した。
「初級魔法、か。この期に及んで、何をしようと言うのか」
遠距離からウォーターボールを乱発する。全ては一刀の元に軽く斬り伏せられて行く。バシャバシャと、斬られた水球が、地面に落ちていく。
「児戯だ。これをして何になるのか...ぐぬっ!?」
幾つか斬り払った水球の一つが、一刀斎の体にかかる。瞬間、一刀斎の体が一瞬固まった。
(効いた!幾ら巨体でも有効なようだ)
一刀斎の体から、軽く湯気が出る。【ウォーターボール】と火属性の混合魔法を、この場で作り出した。その名も 【熱湯】 ネーミングはそのままだが、効果的だ。
「ヤスデやムカデは熱湯に弱い」カエルを大量に飼っていた以前の主人が、そう言いながら部屋に出てきたヤスデに熱湯をかけたのを覚えている。
ただ、その時部屋にヤスデの毒臭が発生し、えらいことになっていたが。
シューシューと体から毒を吹き出す一刀斎だが、カエルに毒は効かない。
「我々が熱に弱い事を知っているのか。単純な火属性であれば我が衣で防げたが、反属性の水との混合とはな。ぬかったわ」
その後も熱湯を発動し続ける。
一刀斎は斬りはらいから、回避に切り替え、カエルへと迫って行く。
(熱湯を当てれば、一瞬動きが止まる。そこを舌で搦めとる!)
「しゃらくさい!小細工は通用せんぞ!武技《螺旋歩法》」
幻影を伴いながらの移動に、一刀斎の体が激しくブレる。幾重にも見える一刀斎の歩法が的を絞らせない。
いくつもの熱湯を掻い潜り、一刀斎の刃が、カエルへ迫る。
(よし!仕掛けは整った)
足元には撒かれた多量の水。
魔法使いに習った【フローズンストーム】をカエルは発動させる。周囲に吹雪が発生し周囲の温度が急激に冷え込んでいく。
振り下ろされた一刀斎の刀。だが、パキパキと地面が凍りつき一刀斎の足を一瞬の間止めた!
(今だ!【熱湯】)
「ぐっ!?今度は氷か!しかぁし!負けん。某の後ろにあの方が居る限り!敗北は無い!」
凍りついた地面に捕らえられた足を強引に引き剥がし、熱湯を避ける。そして、最大の膂力を持って、刀を振り下ろさんとした!その時
バシャッ!
「グヌっ!?ね、熱湯だと!!何処から!!」
出所のわからない熱湯が、一刀斎の体にかかった。時間にして1秒にも満たない時間、一刀斎の体が固まる。一瞬。その一瞬で、カエルの舌には十分だった。
シュバッと一刀斎の体に舌が巻き付く。一刀斎は怒気を込めて刀を振ろうとするが、一刀斎の身体は動かない。
一刀斎は瞳を静かに閉じ
「見事」
ただそれだけ呟くと、カエルの口の中へと吸い込まれていった。
(な、なんとか上手く行った)
カエルは安堵した。熱湯を乱発後【フローズンストーム】を発動。この魔法には二つの意味があった。
一つは、一刀斎の足を一瞬でも止める事、そして、二つ目が目眩し。
このホールは吹抜けになっている。フローズンストームに紛れて、超高温の熱湯を、頭上へと射出していたのだ。
あとは一刀斎の動きを誘導、落下点へと誘うだけ。だが、少しでもズレたり、気取られないように、自分の身体を、命を晒した。
かくして、最大の強敵との戦闘は終わりを告げた。《蟲を殺す者》に加えて、混合魔法と、今までの知識を駆使してようやく倒せた化け物。どれか一つでも欠けていれば、打倒する事は叶わなかったであろう。
紛れもなく、最強の敵であった。
一刀斎の握っていた刀の何本かが、床に落ちている。カエルは、それを大事に風呂敷へと包み込み、階段を。その上を睨む。
(ついに、城の主人と対面だ)
己の身体を見てみる。満身創痍。自慢の脚力は鳴りを潜めて、よたよたと歩くことしかできない。刺さった破片を舌で抜き取り【キュア】で少しでも傷口を癒す。
状態異常回復手段のキュアでは、大して傷は塞がらないが、無いよりはマシだろう。そして決意した表情を浮かべ、階段を再度登りだした。
最強の敵。その主人。この状態の自分で果たして勝てるのかは分からない。だが、自分を、自分の舌を信じる。
(行くぞ。そこに、私の希望があるんだ)




