最強
この蠱毒の城には、一面鏡ばりの部屋がある。一つのドーム程もある、その部屋には巨大な玉座と、部屋に不釣り合いな畳が敷かれている。
玉座は、勿論主人の物。そして畳はその城の重臣にして、四凶蟲最強の存在が座っている。
蠱毒の城のみならず、遠く離れた魔王軍にまで名の轟くその勇名。それも当然。当代の魔王に剣術を教えたのは、名にし負う彼である。尚、魔術はベル=ゼブブが担当した。
出奔した彼らに対し、誰もが憚って口にしないが『真の最強とは魔王様ではなく、彼らである』と心の中で想う。それが魔王軍の共通認識。
その『最強』の片割れが、今畳の上で瞑想を行なっている一刀斎である。魔王軍所属時から、ベル=ゼブブに心酔し、彼が出奔を決意した際にも、是非共に。と申し出た。
魔王軍では、『統合魔将』と『統合武将』で2匹は同格の存在であったものの、ある事件から一刀斎は、ベル=ゼブブに絶対の信頼を寄せていた。
(...ふむ。城の者達の『気』が全て消えた、か。数百年ぶりに、ここへ賊が来るな)
スルスルと畳の擦れる音を出しながら、主人の玉座の前に進む。
「ベル=ゼブブ様。賊が参りましたようで。城の者は皆消された様子」
玉座に座す巨大なハエが、のそりと動いたと思うと、地に響くような声がする。
「左様か。何百年ぶりだろうな?
ここまで足を踏み入れられたのは」
コクリと一刀斎が頷く。
「奇しくも、その際に現れた者もカエルでしたな。
此度の者も、『気』からしてカエルでありましょう。なにかとカエルに縁がある事で」
クククと主人は笑う。
「なぁにを他人事みたいに言うとるか。
あの時のカエルは、お前目当てであったろうに」
「はて?そうでしたかな?私もベル=ゼブブ様も、お互い何千年も生きております故、どちらが呆けとるか分かりませんな」
ハッハッハと互いに笑い合う。
「して、勝てるか?」
主人の問いにニヤリと一刀斎は口の端を上げた。
「愚問。と申したい所ではありますが、我が城の者共が悉く敗れております。恐らく私の推測が正しければ、我々相手に特化した《能力》を持つか、固有の【権能】持ちでしょうな」
「【権能】か。神からの贈り物。馬鹿馬鹿しいな。
あの忌々しい神もどき共に与えられた力なぞ、こちらから捨てたいぐらいだ」
「ふふふ。こうして今日まで生きて来られたのも、我々に与えられた「ソレ」がある故でもあります。そう邪険にせずともよろしいでしょう」
露骨に剣呑な態度を出し、蝿の王は顔に手を当てた。
「フン!小心者のトカゲ風情が神の名を名乗っておるのだ。ワシが神を名乗ろうかと思っとるくらいだ」
「ハッハッハ。それは素晴らしいお考えですな。
トカゲというと、麓のあれですか。アレが今回の賊を手引きしたと?」
「十中八九な。さて、お客人が来たようじゃぞ」
巨大なヤスデは主人に殊更に、恭しく頭を垂れた。
「御意。我が身命を賭して、賊を討ち滅ぼします」
主人の御前を辞し、入り口までスルスルと移動する。
だが、己の命運、そして主人の命運も、一刀斎は仄かに見通している。
(我々は、ここで死ぬかもしれない)
この城の面々は一流どころか、達人の集まり。
それが498匹。悉く敗れた。我々蟲に対するアドバンテージを、相手は恐らく持っているのだ。
(だが!)
覆す!命運を。
反骨する!神という存在から。
(何人たりとも、背後に控える主人の野望を邪魔させはしない)
スラリと700本の刀を抜く。
そして一息溜めた後、フッと吐きながら
「シャオオオオッ!!」
全身の気を込めた雄叫びを上げ、ドアへ向けて斬撃を飛ばした。
◆
カエルは巨大な扉の前に辿り着いた。その扉は、贅を尽くした物で、煌びやかに輝いていた。周囲をこの世界でも高価な宝石群で飾り、扉の本体は、この世界最硬度の金剛石で作られている。
(これはすごい)
カエルは敵地である事を忘れ、感嘆した。大自然の物も感動するが、こうして人為的に作られた物も、精緻を凝らした物は、感動に値するものだ。
(しかし、感動してばかりもいられない。この奥に、恐らく城の主が居る)
カエルはぺちゃぺちゃと歩いて近づいて行く。すると、扉から一瞬ピシッという音が聞こえた。
パラパラッ...
何かが落ちる音が聞こえた。ふと気付くと、巨大な金剛石の扉は自分の周りにバラバラに砕けており、自分が登っていたはずの階段が、遠くに見えた。
(扉ごと吹き飛ばされた)
そう気付かされた。落下した記憶が無いのは、一瞬気を失っていたのであろう。あの宝石で出来た扉を、扉の向こうから斬りとばす。尋常ではない膂力。
それに耐え得る剣。いや、『刀』だ。
階段の上にヌルリと現れた絶対者の得物は、ニッポンの『テレビ』で見た記憶がある刀。それが無数に握られていた。ムカデ...?少し違う気もする。
「夜討ち朝駆けは武士の常!許し候え!
某は『千剣万軍の一刀斎』と呼ばれておる者!
其方に一騎討ちを申し込む!」
カエルは目を瞬かせたのち、輝いた目で見上げた
(サムライだ!サムライが現れた!)
カエルは吹き飛ばされ、意識が飛ばされたにも関わらず、敵相手に興奮した。
「歴史秘女ビクトリア」という番組を見てから、日本史には以前から興味を持っていた。その中でも、サムライが特に好きだった。彼らの生き方が好きだった。
カエルは、金剛石のカケラを口に咥え、床に文字を書いた。
「剛の者と見た。拙者『虹色カエルサムライ』その申し出を受けた」
キラキラした表情をしながら、文字を書き終え、一刀斎を見つめた。
「ほう。聞いたことのない名だが、貴殿もモノノフであるか。是非もなし。いざ尋常に...」
階段は直線上。100段程はあるだろうか。一刀斎が台詞を吐き終わる頃には、信じられない速度で、階段を、その壁を、天井を這いながら移動してきた。
(は、はやい!あの巨体からは想像出来ない速さ!なおかつ不規則だ。スピード自体は私が上だが、あの動きの柔軟性は驚異!)
この比較的狭い空間では、一刀斎の軌道性が増してしまう。そう判断したカエルは、一度ホールまで飛び退く。
ホールは広く、吹き抜けとなっている。壁はあるが、天井はなく、あの柔軟な軌道は防げるであろう。
ヌルリと一刀斎が現れる。
決して急ぐ訳でもなく、獲物を追い詰めた捕食者のように落ち着き払っている。
「ほう。それなりの知恵者のようだ。
某の足運びを見て、天井の無い場所に誘い込んだか。だが、浅知恵!」
ブオッという音と共に刀が同時に振るわれた。距離がある。しかし
(!?)
刀が振るわれた軌道から、刃が文字通り飛来した。
「武技《鎌鼬》」
700本の刀から生じる風の刃。
それらが一斉に飛来する。
(数は多いが、直線的!これなら!)
カエルは素早く飛び退く。
「甘い」
だが、そこに次なる鎌鼬が殺到する。
(まずい!【エアロウォーク】)
出した風の足場を蹴り、鎌鼬を避ける。だが、避けた先にも鎌鼬。その次も、その次も...。
「貴殿は速い。だが直線的。故に読みやすい」
鎌鼬が絶え間無く降り注ぐ。カエルは回避に手一杯で、近づくどころか、ジリジリと遠ざけられて行く。
ズルッ
(なんだ!?)
やっと空中での回避から、足場に着地したと思いきや、足場が抉りとられている。背後を振り返ると、遠くに外の景色が見えた。
(じ、冗談だろう?あの技で、城が丸々削り取られているのか!?)
それだけではない。遥か遠くの峰にまで、その剣撃は届き、深く深く大地を抉っていたのだ。カエルは戦慄した。たかが刀の振りだけで、あの威力。万が一当たれば、自分の皮膚も貫き得るのではないか?
しかしカエルは更に戦慄する事となる。
一刀斎は、鎌鼬を止め、刀を下ろし、コォーッと深く深く息を吐いた。
「さて、初級武技で肩慣らしは終えた。貴殿も動き、温まったであろう。お互い本気で参ろう」
笑顔でそう告げたのだ。




