テラスにて
(しまった!)
ネルラから放たれた威圧感で、反応が一拍遅れる。【エレメンタルバースト】がカエルを取り囲むように展開され、襲い来る。
「獲りましたよぉ!」
ネルラが確信を持って叫ぶ!
そして、カエルに五属性混合弾が殺到し...
掻き消えた。
「...んっ!?」
(...あっ。威圧感で忘れていた...。
魔法なら無効化出来るんじゃないか)
カエルは心の中で冷や汗が出た。これが物理的攻撃であったならば、カエルは致命傷を負っていたであろう。
「...クックック。先程の七属性の魔法は相当に強力らしいですねぇ。よもや私のエレメンタルバーストが、掻き消されるとはぁ。有象無象共がやられるわけです。だが、これならどうですぅ!?闇を纏いし風の刃!【ジャック・ザ・リッパー】!」
巨大な風の鎌がカエルの喉元を搔き切るべく、音速で迫り!!
...消えた。
「...ほっほう。この威力特化の闇と風の混合魔法でも駄目かぁ。ついに私を本気にさせる存在が出て来たようですねぇ。貴方で二人目ですよ」
くっくっく、と引き笑いのような声を絞り出すネルラ。高揚感と怒りの混じった感情が渦巻いていた。
「ここからは本気だよ。後悔するがいい!『ペンタグラム』の真の由来を見せてあげましょう!」
ネルラが2足歩行をやめ、地に8本の足を全てつけた。
「大地を抉る地よりの叫び【アースクエイク】!全てを焦がす煉獄の炎【ヴォルカニックバーン】!常闇より出でし絶望【ブラックホールカノン】!その渦は全てを呑み込む【アルティメットスクィーズ】!絶望の竜巻【ディスペアートルネード】!」
五つの上級魔法が、五芒星を描くようにカエルを取り囲んだ。
「砕け散るがいい!!五属性混合魔法【ペンタグラム】!!」
全ての上級魔法がカエルの上空で混ざり合い、絡み合いながら、5色の巨大な光の柱となってカエルを呑み込んだ。上級魔法に周囲を囲まれ、逃げることも出来ず、宙空から、更に絶大な威力の魔法が降り注ぐ。
ネルラの究極魔法。それが【ペンタグラム】これを受けて生き残った者は居ない。闘技場で、初めてこの技を披露して以来、ネルラへ挑戦する者は居なくなった。誰も好き好んで死に立ち向かおうとはしない。
「Salutami Morte(死神によろしく)」
ネルラは死に行く者への挨拶を忘れない。敬意を評したのだ。自分の究極を引き出した相手へ。この城がベル=ゼブブの結界に守られて居なければ、城の一部ごと消し飛んで居ただろう。
「ケロッ」
(そう。ケロッと物も言えない姿へと....!?)
ネルラは振り返り、そしてそこにあるはずのない物を見た。五体満足のカエルが、ケロッとした顔で佇んでいたのだ。
「...うん?..んんー...んん?うん...」
ネルラは顎に足を当て考え込み始めた。
「あぁ、なるほど!」
そして、何かを思いついたように、ハッと顔を上げ、突如、カエルの居ない四方八方へと魔法を連発し始めたのだ。
「フフフフハハハハハッ!!この私を騙すだなんて、なかなかやりますねぇ!つまり、このカエルは幻影!!私の魔法を受けて無傷だなんて訳はない!本体が隠れているのだろう!!炙り出してやる!《武技》でも隠蔽の魔法でも、この範囲火力に耐えられるかな!?」
城のエントランスのあちこちで、大爆発や竜巻、巨大な岩の隆起などが乱発する。カエルは、その光景を黙って見ていたが、やがて意を決した。
「ホラホラァ!当たるぞ!?いずれ当たるぞっ!?出ておいでぇ!!怖いだろう恐ろしいだろう!僕の芸術的魔法が君の体に当たる時!君が消し炭になり!地獄か天国か!死出の直行便となっ」
ペロンッ
そんな間の抜けた音と共に、ネルラが消えた。行き先は地獄でも天国でもなく腹の中だ。
(やかましい蜘蛛だった。ただ、魔法使いで無ければ、私の身が危うかっただろう。これからも、あのレベルが出て来るとなると...腹をくくらなければならないだろうな。だが、引き下がるという選択肢は無い!進んで行くんだ)
◆
蠱毒の城は、ここ何百年も争いには無縁の場所だった。数百年前、当時の大国が国を挙げて蠱毒の城の征伐に出た。
山の麓を覆い尽くす、数十万の大軍勢。武具は統一され、磨き抜かれたそれらは一様に煌めき、その大国が隆盛を極めていたことが見てとれる。
中でも、王とその側近は群を抜いた強さであった。「英雄王ラーディッシュ」その腹心「常勝無敗フンメルス」この2人が一代で築き上げた王国は、現在まで含めても、類を見ない大王国であった。
「今でも時々思い出すのよ。ドリスちゃんと2匹揃い踏みで戦ったあの日のこと。忘れないわ」
エリザベスは目を細めて、当時を思い出すように語る。
「私も時々夢に出て来るわぁ。あの金ピカ鎧で埋め尽くされた山の下。綺麗やったねー」
ドリスは、蜂蜜を啜りながら目を閉じて応える。今でも眼下にその光景が蘇るようだった。
四凶蟲の「無限連鎖のエリザベス」「穏やかなる爆弾魔ドリス」の二柱は、テラスで優雅にティータイムを過ごしていた。
同時期に蠱毒の城へ来た2巨頭は、互いが最高のライバルであり、最高の友人でもあった。
当時エリザベスは序列上位にあったドリスへ決闘を申し込み、序列戦が始まった。
攻防一体のドリスと、物量に任せたエリザベスの闘いは、一昼夜続けられ、当初蠱毒の城のアイドル同士の対決を見に集まった観客達も、疲れ果て、眠りこけ始めた。
流石にこれは、とベル=ゼブブが止めなければ、そのまま闘いは続いていただろう。とうとう決着は付かず、今日まで2人の関係は続いている。
その2人の関係をより強固にしたのが、先の大王国の蠱毒の城征伐事件である。
大王国より軍が出立した、と聞いたベル=ゼブブは、2匹に対し「ちょっとお嬢ちゃん達、行って潰して来てくれんか?」という、えらく気楽な鶴の一声をもって2匹に迎撃を命じた。
数十万の大軍に対し、わずか2匹の魔物を充てがうベル=ゼブブの采配に、当時の蠱毒の城の面々は疑問を持った。
が「異議ある者は我が前に進み出よ」という一刀斎の一声に場は収まり、当時から既にアイドル扱いだった2匹は心配されながらも、蠱毒の城を出立。
そして、僅か半日の後
「おじいちゃん終わったよー」
という、これまた気楽なエリザベスの報告で、その事件は締めくくられた。
後に、戦場跡を観に行った野次馬達は、その光景に絶句した。
クレーターのような巨大な窪み。その窪みに、ワインのように何十万の人間から絞り出されたであろう血溜まりが出来、中央には「英雄王ラーディッシュ」と、腹心の「常勝無敗フンメルス」の頭部がプカプカと浮いていたのだ。
僅か2匹でそれを成し遂げたエリザベスとドリスは、既に上位者だった事もあり、当時の四凶蟲を含めた魔物達からの推薦で四凶蟲へとのし上がった。後にも先にも、推薦で四凶蟲になった者など皆無である。
尚、当時の四凶蟲の一柱が、現在の「蠱毒の城の寮母ポメラ」であった事を知る者は少ない。
「はぁー。ドリスちゃん今日も可愛いなあ。あの方言、どこの言葉か知らないけど、最高だよな」
「確かにドリスちゃんは可愛い。だがエリザベスちゃんを見てみろ。まるで人間のメスのようだが、あの小さくて愛らしい体。たまらんね。しかも、あの体から何千匹と蜂を生み出すんだぜ....たまらんぜ...」
それを聞いた周囲の魔物達はドン引きしていた。
「お前の特殊性癖はともかくとして、あの2匹は見ているだけで癒されるな。俺の蠱毒の城に来た理由の一つが彼女達なんだ」
「お前もか兄弟」
「俺も俺も」
「ケロケロッ」
「「「!?」」」
皆ギョッとした。突如として見知らぬ虹色のカエルが会話に割って入ったのだ。
「な、なんだお前新入りか?「エリードリーを見守り隊」の面子に入りたけりゃ、ちゃんと手続きを踏んでからだな...」
と、2巨頭を見守っていた面々が、カエルに接しようとした瞬間であった
「皆!!そいつから離れて!!」
唐突にエリザベスの叫び声が響いた。瞬く間にエリザベスの周りの兵隊蜂『アサルトビー』が、カエルへ何百匹と殺到する。
驚いたのは「見守り隊」の面々だ。
憧れのエリザベスが、自分達を守ってくれた。それだけで感動であったのだが、たかだカエル1匹に何を?という頭もあった。が、それは間違いだった。
殺到した『アサルトビー』が、瞬く間にカエルの舌に巻き取られ、呑まれていくのだ。
「な、なんじゃありゃ!?」
舌の動きが、さながら千手観音のようにさえ見える程の舌の速さ。毒を持ったアサルトビーを呑み込んでもケロッとしている。
「皆、下がって。あれは皆の手に負える相手じゃない。あのカエルの中からネルラの魔力を感じる」
エリザベスが、周囲の者を下がらせる。
「う、うそだろ...あのネルラが..」
「やられたっていうのか、あのいけ好かない若造...」
「性格悪かったけど、実力だけはあったあのネルラが...!?」
「あんたら、ネルラはんの事そんな風に思ってたんやね」
苦笑いを浮かべながら、ドリスが呆れる。呆れながらも、カエルから視線を逸らさない。
(あの舌は厄介やわ。エリーはんのアサルトビー食ってもケロッとしとる。毒の類も効かんやろ。ウチの子らが頼りやな)
「エリーはん!」
呼びかけられ、チラリとエリザベスはドリスを見る。
「分かってる!ドリスちゃん!攻撃は任せたよ!私はあの子の動きを止める!」
阿吽の呼吸とは、こういう事を言うのだろう。周囲は安心した。この2匹なら、負ける事は、まず無いと。
「フフフ。エリーはん。ウチ楽しみになってきたわ。」
「アハハッ!ドリスちゃんも?強い敵!私達2人!あの時を思い出すね!久し振りに本気でやっちゃおっか!」
2匹はうなずき合い、体を預け合った。
「私は『無限連鎖のエリザベス』」
「ウチは『穏やかなる爆弾魔ドリス』や!」
「ほないくで!」
「うん!」
2柱とカエルが対峙し、闘いの火蓋が切って落とされた。




