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カエルの為にそれは在る  作者: オイペン19世
1章 はじまり
28/68

四凶蟲


この広い山々の麓には、いくつかの村や街が点在する。それらの土地には、共通する教えがある。


「山には近づくな」


という、ただその一点。

ただ、その掟を破る者達もいる。

彼らは、それが仕事だからだ。

冒険者達である。


未開の地。

即ち彼らにとっては、宝の山となる場所なのだ。



今、洞窟を進む彼らもそうだ。

最近オークの巣と化した洞窟の殲滅を依頼された彼らは、上級に足をかけたパーティだ。


実力は既に上級に並び立つ。

だが、依頼の失敗も多い。


リーダーのトマソンは、この失敗の多さを自分達の実力不足にあると、ひたすらに厳しい、分不相応な依頼を、中級の頃から受け続けた。


その結果、3年で中級から上級へ足をかけているのだが、その間に仲間は10人以上入れ替わった。


「トマソン。今回の依頼、上級のオークも出る可能性があるって話だが、複数体同時は、ちっとキツイぞ」


仲間の魔法使いナルドが、トマソンに声をかける。ナルドは、パーティ結成以来、唯一不変のメンバーだ。


「心配し過ぎなんだよナルド 。おれ達は、上級の冒険者になろうって器だぜ。上級オークくらい蹴散らしてやるさ。なあ、リュック、バトラー」


リュックと呼ばれた女盗賊と、バトラーという男のディフェンダーが「おう!」と威勢良く返す。


盗賊は、斥候や罠の専門家。ディフェンダーは、盾と鉈のような防御専門の剣を持った、守りの要だ。


(幾多の失敗を経て、ベストなメンバーが揃った)


このパーティ唯一の慎重派であるナルドでさえ、そう感じる。


リュックは、20代前半だが、貧しい家庭の都合で、13の頃から冒険者の荷物持ちや、矢筒持ちなどを経験し、既に経験としては熟練の域だ。


バトラーに至っては、他所のパーティからの引き抜きだ。優秀な盾職で、齢四十を過ぎ、円熟の域に来ている。


彼らは優れたバランスと、確かな実力で、実力派パーティとして期待されている。



リュックが暗視の《武技(スキル)》を使い、洞窟内を先行していく。オーク達の巣の中は、広い上に幾重にも別れているのだ。また、知能もあり、罠が仕掛けられていることも多い。居住空間や、繁殖場、宝物庫など、おおよそ人間の盗賊達と変わらない空間を作り上げているのだ。



進むリュックが、はたと立ち止まり、仲間達へ、待てとポーズで示す。


「どうしたんだリュックのヤツ?まだ、ブタどもの鼻息も聞こえていないが」


(おかしい)


巣の中に侵入して、10分程度。

一切オークに会っていない。会っていないにも関わらず、自分の目の前にある部(・)屋(・)はどういうことだ?リュックは目前の光景に逡巡した。


リュックの目の前にある物。

それは「宝物庫」である。


開け放たれていない宝箱。

人間から奪い取ったであろう金品。

いずれも倉庫番すら置かずに放置されているのだ。


「おっ。宝物庫じゃん!やったなリュック」


待ちきれなかったのか、後ろからトマソンがヒョイ、と頭を出してきた。


「ちょっと!バカリーダー!もうちょっと我慢しなさいよ。おかしいと思わないの?宝物庫がガラ空きだなんて」


警戒心を隠さないリュックを尻目に、トマソンはズカズカと、宝物庫へ入って行く。


「おっ。すげぇ!メタスメタルの鎧だ。...ただ、これデカ過ぎだな。オーク用の物か?」


それにナルドがピクリと反応した。


「メタスメタルの鎧!?しかもオーク用とな?おそらくオークの鍛冶職人が居るのだな...。これは思ったより深刻な事態のようだ。国が調査に動くぞ」


「どういうこった?なんでこのゴツゴツした鎧がオーク用だと問題あるんだ?」


疑問をトマソンが口にする。


「あのね。たった一つのオークの巣に、オークの鍛冶師が生まれる事は無いの。複数の巣が有って、巣を統治する上級のオークに指示し、上から統べる存在が居て、初めて鍛冶師が生まれるの」


「それはつまり...!! どゆこと?」


一同が、トマソンの無知さにガックリ来ている。これが彼の良いところであり、欠点でもあるのだ。


「上級の中でも上位の存在。少なくとも「将軍(ジェネラル)」は居ると見て間違いない。そこまでは問題ないわ。複数の上級パーティで行けば済む。ただしそれ以上は...」


会話の中で、揺らめく松明の光だけが揺れる。一同が次の一言をリュックが口にするのを待っていた。


「んっんー。そうなんだよねぇ。それ以上となるとぉ、鬱陶しいんだなぁこれが!参っちゃうよねぇ!」


だが、その時「第三者」が割って入った。


およそ人の物とは思えない声。だが喋っているのは人間の言葉だ。まるで、目の前に居るのに、地の底から声が聞こえるような違和感。


ただならぬ気配に、全員が得物を抜きはなち、宝物庫の入り口に振り向く!ナルドに至っては、既に【ウインドカッター】の魔法を声の方向に撃っていた。


が、声の方向には誰も居ない。

ナルドのウインドカッターが、空を切り、壁を大きくえぐるのみ。


全員が、警戒を解いていない。


幻聴の類いでは無いことが分かっている。

今も死の気配がチリチリと自分達の首元に纏わり付いているのだ」


「おーおー。喧嘩っ早いことですなぁ。皆魚喰ってるぅ?肉ばかり食うから、そういう事になるんだぞぉ?」


再度声がする方向へ全員が振り向く。


「お?そうそう。そうだよぉ。さっきみたいにさ、いきなり魔法を撃っちゃいけねぇなぁ。いけねぇよぉ?」


全員にゾワリと鳥肌が立った。




8本の足。それぞれに無数の毛が生えている。


人間の言葉を喋る口。

そこにあるのは、強靭な上顎。鎌のように鋭い。


体には、何故か不釣り合いな貴族用のタキシードを纏っている。


悍ましい蜘蛛男の姿がそこにあった。

が、その悍ましさ以上に、放つ威圧感は異常だった。



「ぜ、全員。逃げろ...!」


ガチガチと音を立てる歯を抑え込み、トマソンが武器を構え直す。今までトマソンは危ない橋を幾つも渡って来た。その勘が、経験が言っているのだ「俺はここで死ぬだろう」と。


その言葉を聞き、脱兎の如く逃げ出したのはリュックだった。手足を投げ出すように入り口へ駆けていく。


(無理だ!アレには勝てない!)


リュックは、あらゆる上級モンスターを見て来た。ドラゴン、ヴァンパイア。そのいずれの威圧感も、アレに比べれば赤子に等しい。


仲間達の激しい戦闘の音が背後で聞こえる。


どれくらい走っただろうか?リュックの耳に、音も聞こえなくなり、やがて洞窟の入り口が見えてきた。開いたまま、涎を垂らした口を閉じ、唾を飲み込み、逃げ切ったであろうことに安堵し、口の端をあげる。光の先に行き、そして..


「おかえりぃ。随分一生懸命走ったね。ご苦労さぁーん」


!?


リュックは目の前の光景が、信じられなかった。間違いなく出口に向かっていたはず。なのにどうして、自分は宝(・)物(・)庫(・)に辿り着いたのか。理解出来ず、引き攣った笑みを浮かべた。


「な、なんで...?」


最もな疑問だった。彼女は、斥候として洞窟や迷宮、遺跡の類を、何十と巡ってきた。そして、自分の感覚に絶対の自信がある。音、熱、風、来た道の記憶、全てが出口を示していた。


「『だというのになんで私は出口にたどり着かないのぉ?』ってか。では仕掛けをお見せしよぉ」


クモ男が足をかざすと同時。


「う、うそだ...!うそだああああ!」


リュックは狂乱した。

目前に熱砂の砂漠が、突如広がったのだ。

それも、肌にヒリつくような日差し、暖かい風、砂埃。全てが本物としか思えないのだ。


震える足を前に進めてみる。

ザリザリと柔らかい砂を踏みしめる音と感触がする。


「....アハッ、アハハハハハハハ!!」


目には溢れる涙。心には絶望が溢れてきて、リュックは笑うのを止められない。辺りを見回すと、砂に埋もれた仲間達の亡骸が転がっている。


「おやおやぁ?壊れてしまいましたか。お仲間共々、上級オークの巣に入るくらいなのだから、もう少し歯応えがあるものと思ってましたが。ざんねぇん」


砂の中からスゥッと音もなくクモ男が姿をあらわす。


彼女はそちらを血走った目で睨みつけた。


「なんなの...?何なのよアンタ!何が目的でこんなことを!」


愚問。リュックは叫びながらも分かっている。魔物には理由などない。食らうため、退屈凌ぎ。魔物の理由など、そういうものである。


彼女は聞かなければ良かったのだ。


「あぁごめんねぇ。つ(・)い(・)で(・)なんだぁ」


「....えっ!?...」


一瞬理解が及ばなかった。


「『ついで』なんだよねぇ。ごめぇん。オークがさぁ。最近麓でワサワサ増えててさぁ。オークの「王」も誕生しそうだっていうんで、お上からも行って来いってさぁ」


心底面倒臭そうな仕草をしながら、クモ男が応えた。


「でねぇ、間引きに来たんだけどね。オーク倒した後、君らが居たからさぁ?人間も多いじゃない?間引かないとと思って。『ついで』にね」


「私達はついでに殺されたって言うの...」


「まあ。そうなるねぇ。弱いからね。仕方ないねぇ」


顔に足を当てて、人間のような仕草をするクモ男。それでもリュックが感じる尋常じゃない圧は、止む気配がない。


「アナタ一体なんなの?!」


目の前の理不尽に叫ばずには居られなかった。そうするしか無かった。


リュックが一人で襲い掛かったところで、上級に匹敵する実力を持つ仲間3人の攻撃で、服にホコリ一つ付いてない存在に、どうしろと言うのか。


「申し遅れました。私はベル=ゼブブ様配下『四凶蟲(しきょうちゅう)』が一柱『ペンタグラムのネルラ』仲間内では、5属性の魔法を使う者として知られています」


先程までの態度とコロリと変わり、丁寧な口調でお辞儀しつつ言うネルラ。但し、聞かされた側は、そうではない。


「べ、ベル=ゼブブ!?「蠱毒の城」の主。伝説の魔物...」


「伝説って?...あぁ!なるほどぉ。私たちにとっては身近でも、市井の者にはそうではないとぉ」


顎に手を当て、ネルラは何度も頷く。


「ではぁ、散り行く貴方に素晴らしい情報をお教えしましょう」


リュックは、ビクリと体を震わせた。己の運命は分かっていたものの、いざ死を告げられると、体に震えが来た。


「我が主は、食べ物を足の裏で味見します!」


(は?)


そう口にしようとしたリュックだったが、その言葉を発する事は出来なかった。彼女の体は、既にサラサラと風化したように、砂と一体化してしまっていたからだ。


「どうですぅ?素晴らしい情報だったでしょう?「伝説」の意外な素顔を冥土の土産にお持ちくださいねぇ」


彼が語り終わる頃には、砂漠一色だった景色が、元の洞窟に切り替わっていた。


「ついでに私の自作の魔法も味わえたのです。三属性混合魔法(トリプレッタ)【ル・サーブル】炎と水の混合魔法で体内の水分を奪い、風魔法で風化させ、人体を瞬時に砂に変える。美しき三重奏。あぁ、最高だぁ」


クルクルと8本の足を器用に使い、ネルラは回る。


そして、唐突に止まると、虚空に向けて突然話し出した。


「おいぃ?三下。お前らの親玉に伝えなさい。これ以上我らの足元で「オイタ」するなら、私が出向く、と」


ネルラが虚空に指先を向ける。

黒い輪が虚空に出現し、何者かの体を拘束する。霧のような物が徐々に物体へと変じ、黒装束に身を包んだオークが姿を現す。


「グ、グググ!!な、ナゼ俺が分かっタノダ...完璧な闇魔法の隠蔽術式だったはズ!?」


その言葉を聞き、ネルラはキョトンとする。


「なんだってぇ?完璧?児戯に等しいソレが。オークは頭悪いってのは本当だねぇ。その足りない頭で覚えて帰れぇ。お前ら上級オークの軍勢など、我ら四凶蟲の一柱のみで殲滅出来る。コソコソ穴蔵で大人しくしてろ。ってねぇ。分かったら消えな」


バシンッと音を立てて黒い輪の拘束が切れ、オークは這々の体で逃げ出した。


「やーれやれ。我が主も蟲使いの荒い方だぁ。豚如きに、私を遣わすとは。まあ、オークエンペラーが出て来たら、ウチの木っ端共1匹じゃ相手にならんだろうが、それでも10匹も出せば、お釣りが来るだろうに」


オークエンペラー。オーク属の最上位者に与えられる名。しかし「蠱毒の城」に生息する蟲達は、異常な強さを誇る。1匹1匹が、並み居るドラゴンを軽く屠れる上級上位でも屈指の実力者達だ。


「さっ。返って木っ端共をしごきに行くかぁ。奴らまだまだ弱すぎるからなぁ」


それを率いる者達こそ「四凶蟲」

実力は一匹一匹が魔王に近い実力者だ。

だが、世に名前は出ない。


出会った者は皆死ぬからだ。

そして、大っぴらに暴れまわる事がない。

それは彼等の主人の意向。


「俗世には不介入不干渉」


ひたすらに自らのテリトリーで、実力を磨き続ける。魔物としては、異常者で構成された者達である。


「たまに居るんだよなぁ。命知らずが。そういう愚か者を屠る時が、最高に楽しいんだがなぁ。だれかこねぇかなぁ」


ネルラは知らない。

今、蠱毒の城に「愚か者」が向かっている事を。

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