四凶蟲
この広い山々の麓には、いくつかの村や街が点在する。それらの土地には、共通する教えがある。
「山には近づくな」
という、ただその一点。
ただ、その掟を破る者達もいる。
彼らは、それが仕事だからだ。
冒険者達である。
未開の地。
即ち彼らにとっては、宝の山となる場所なのだ。
今、洞窟を進む彼らもそうだ。
最近オークの巣と化した洞窟の殲滅を依頼された彼らは、上級に足をかけたパーティだ。
実力は既に上級に並び立つ。
だが、依頼の失敗も多い。
リーダーのトマソンは、この失敗の多さを自分達の実力不足にあると、ひたすらに厳しい、分不相応な依頼を、中級の頃から受け続けた。
その結果、3年で中級から上級へ足をかけているのだが、その間に仲間は10人以上入れ替わった。
「トマソン。今回の依頼、上級のオークも出る可能性があるって話だが、複数体同時は、ちっとキツイぞ」
仲間の魔法使いナルドが、トマソンに声をかける。ナルドは、パーティ結成以来、唯一不変のメンバーだ。
「心配し過ぎなんだよナルド 。おれ達は、上級の冒険者になろうって器だぜ。上級オークくらい蹴散らしてやるさ。なあ、リュック、バトラー」
リュックと呼ばれた女盗賊と、バトラーという男のディフェンダーが「おう!」と威勢良く返す。
盗賊は、斥候や罠の専門家。ディフェンダーは、盾と鉈のような防御専門の剣を持った、守りの要だ。
(幾多の失敗を経て、ベストなメンバーが揃った)
このパーティ唯一の慎重派であるナルドでさえ、そう感じる。
リュックは、20代前半だが、貧しい家庭の都合で、13の頃から冒険者の荷物持ちや、矢筒持ちなどを経験し、既に経験としては熟練の域だ。
バトラーに至っては、他所のパーティからの引き抜きだ。優秀な盾職で、齢四十を過ぎ、円熟の域に来ている。
彼らは優れたバランスと、確かな実力で、実力派パーティとして期待されている。
リュックが暗視の《武技》を使い、洞窟内を先行していく。オーク達の巣の中は、広い上に幾重にも別れているのだ。また、知能もあり、罠が仕掛けられていることも多い。居住空間や、繁殖場、宝物庫など、おおよそ人間の盗賊達と変わらない空間を作り上げているのだ。
進むリュックが、はたと立ち止まり、仲間達へ、待てとポーズで示す。
「どうしたんだリュックのヤツ?まだ、ブタどもの鼻息も聞こえていないが」
(おかしい)
巣の中に侵入して、10分程度。
一切オークに会っていない。会っていないにも関わらず、自分の目の前にある部屋はどういうことだ?リュックは目前の光景に逡巡した。
リュックの目の前にある物。
それは「宝物庫」である。
開け放たれていない宝箱。
人間から奪い取ったであろう金品。
いずれも倉庫番すら置かずに放置されているのだ。
「おっ。宝物庫じゃん!やったなリュック」
待ちきれなかったのか、後ろからトマソンがヒョイ、と頭を出してきた。
「ちょっと!バカリーダー!もうちょっと我慢しなさいよ。おかしいと思わないの?宝物庫がガラ空きだなんて」
警戒心を隠さないリュックを尻目に、トマソンはズカズカと、宝物庫へ入って行く。
「おっ。すげぇ!メタスメタルの鎧だ。...ただ、これデカ過ぎだな。オーク用の物か?」
それにナルドがピクリと反応した。
「メタスメタルの鎧!?しかもオーク用とな?おそらくオークの鍛冶職人が居るのだな...。これは思ったより深刻な事態のようだ。国が調査に動くぞ」
「どういうこった?なんでこのゴツゴツした鎧がオーク用だと問題あるんだ?」
疑問をトマソンが口にする。
「あのね。たった一つのオークの巣に、オークの鍛冶師が生まれる事は無いの。複数の巣が有って、巣を統治する上級のオークに指示し、上から統べる存在が居て、初めて鍛冶師が生まれるの」
「それはつまり...!! どゆこと?」
一同が、トマソンの無知さにガックリ来ている。これが彼の良いところであり、欠点でもあるのだ。
「上級の中でも上位の存在。少なくとも「将軍」は居ると見て間違いない。そこまでは問題ないわ。複数の上級パーティで行けば済む。ただしそれ以上は...」
会話の中で、揺らめく松明の光だけが揺れる。一同が次の一言をリュックが口にするのを待っていた。
「んっんー。そうなんだよねぇ。それ以上となるとぉ、鬱陶しいんだなぁこれが!参っちゃうよねぇ!」
だが、その時「第三者」が割って入った。
およそ人の物とは思えない声。だが喋っているのは人間の言葉だ。まるで、目の前に居るのに、地の底から声が聞こえるような違和感。
ただならぬ気配に、全員が得物を抜きはなち、宝物庫の入り口に振り向く!ナルドに至っては、既に【ウインドカッター】の魔法を声の方向に撃っていた。
が、声の方向には誰も居ない。
ナルドのウインドカッターが、空を切り、壁を大きくえぐるのみ。
全員が、警戒を解いていない。
幻聴の類いでは無いことが分かっている。
今も死の気配がチリチリと自分達の首元に纏わり付いているのだ」
「おーおー。喧嘩っ早いことですなぁ。皆魚喰ってるぅ?肉ばかり食うから、そういう事になるんだぞぉ?」
再度声がする方向へ全員が振り向く。
「お?そうそう。そうだよぉ。さっきみたいにさ、いきなり魔法を撃っちゃいけねぇなぁ。いけねぇよぉ?」
全員にゾワリと鳥肌が立った。
8本の足。それぞれに無数の毛が生えている。
人間の言葉を喋る口。
そこにあるのは、強靭な上顎。鎌のように鋭い。
体には、何故か不釣り合いな貴族用のタキシードを纏っている。
悍ましい蜘蛛男の姿がそこにあった。
が、その悍ましさ以上に、放つ威圧感は異常だった。
「ぜ、全員。逃げろ...!」
ガチガチと音を立てる歯を抑え込み、トマソンが武器を構え直す。今までトマソンは危ない橋を幾つも渡って来た。その勘が、経験が言っているのだ「俺はここで死ぬだろう」と。
その言葉を聞き、脱兎の如く逃げ出したのはリュックだった。手足を投げ出すように入り口へ駆けていく。
(無理だ!アレには勝てない!)
リュックは、あらゆる上級モンスターを見て来た。ドラゴン、ヴァンパイア。そのいずれの威圧感も、アレに比べれば赤子に等しい。
仲間達の激しい戦闘の音が背後で聞こえる。
どれくらい走っただろうか?リュックの耳に、音も聞こえなくなり、やがて洞窟の入り口が見えてきた。開いたまま、涎を垂らした口を閉じ、唾を飲み込み、逃げ切ったであろうことに安堵し、口の端をあげる。光の先に行き、そして..
「おかえりぃ。随分一生懸命走ったね。ご苦労さぁーん」
!?
リュックは目の前の光景が、信じられなかった。間違いなく出口に向かっていたはず。なのにどうして、自分は宝物庫に辿り着いたのか。理解出来ず、引き攣った笑みを浮かべた。
「な、なんで...?」
最もな疑問だった。彼女は、斥候として洞窟や迷宮、遺跡の類を、何十と巡ってきた。そして、自分の感覚に絶対の自信がある。音、熱、風、来た道の記憶、全てが出口を示していた。
「『だというのになんで私は出口にたどり着かないのぉ?』ってか。では仕掛けをお見せしよぉ」
クモ男が足をかざすと同時。
「う、うそだ...!うそだああああ!」
リュックは狂乱した。
目前に熱砂の砂漠が、突如広がったのだ。
それも、肌にヒリつくような日差し、暖かい風、砂埃。全てが本物としか思えないのだ。
震える足を前に進めてみる。
ザリザリと柔らかい砂を踏みしめる音と感触がする。
「....アハッ、アハハハハハハハ!!」
目には溢れる涙。心には絶望が溢れてきて、リュックは笑うのを止められない。辺りを見回すと、砂に埋もれた仲間達の亡骸が転がっている。
「おやおやぁ?壊れてしまいましたか。お仲間共々、上級オークの巣に入るくらいなのだから、もう少し歯応えがあるものと思ってましたが。ざんねぇん」
砂の中からスゥッと音もなくクモ男が姿をあらわす。
彼女はそちらを血走った目で睨みつけた。
「なんなの...?何なのよアンタ!何が目的でこんなことを!」
愚問。リュックは叫びながらも分かっている。魔物には理由などない。食らうため、退屈凌ぎ。魔物の理由など、そういうものである。
彼女は聞かなければ良かったのだ。
「あぁごめんねぇ。ついでなんだぁ」
「....えっ!?...」
一瞬理解が及ばなかった。
「『ついで』なんだよねぇ。ごめぇん。オークがさぁ。最近麓でワサワサ増えててさぁ。オークの「王」も誕生しそうだっていうんで、お上からも行って来いってさぁ」
心底面倒臭そうな仕草をしながら、クモ男が応えた。
「でねぇ、間引きに来たんだけどね。オーク倒した後、君らが居たからさぁ?人間も多いじゃない?間引かないとと思って。『ついで』にね」
「私達はついでに殺されたって言うの...」
「まあ。そうなるねぇ。弱いからね。仕方ないねぇ」
顔に足を当てて、人間のような仕草をするクモ男。それでもリュックが感じる尋常じゃない圧は、止む気配がない。
「アナタ一体なんなの?!」
目の前の理不尽に叫ばずには居られなかった。そうするしか無かった。
リュックが一人で襲い掛かったところで、上級に匹敵する実力を持つ仲間3人の攻撃で、服にホコリ一つ付いてない存在に、どうしろと言うのか。
「申し遅れました。私はベル=ゼブブ様配下『四凶蟲』が一柱『ペンタグラムのネルラ』仲間内では、5属性の魔法を使う者として知られています」
先程までの態度とコロリと変わり、丁寧な口調でお辞儀しつつ言うネルラ。但し、聞かされた側は、そうではない。
「べ、ベル=ゼブブ!?「蠱毒の城」の主。伝説の魔物...」
「伝説って?...あぁ!なるほどぉ。私たちにとっては身近でも、市井の者にはそうではないとぉ」
顎に手を当て、ネルラは何度も頷く。
「ではぁ、散り行く貴方に素晴らしい情報をお教えしましょう」
リュックは、ビクリと体を震わせた。己の運命は分かっていたものの、いざ死を告げられると、体に震えが来た。
「我が主は、食べ物を足の裏で味見します!」
(は?)
そう口にしようとしたリュックだったが、その言葉を発する事は出来なかった。彼女の体は、既にサラサラと風化したように、砂と一体化してしまっていたからだ。
「どうですぅ?素晴らしい情報だったでしょう?「伝説」の意外な素顔を冥土の土産にお持ちくださいねぇ」
彼が語り終わる頃には、砂漠一色だった景色が、元の洞窟に切り替わっていた。
「ついでに私の自作の魔法も味わえたのです。三属性混合魔法【ル・サーブル】炎と水の混合魔法で体内の水分を奪い、風魔法で風化させ、人体を瞬時に砂に変える。美しき三重奏。あぁ、最高だぁ」
クルクルと8本の足を器用に使い、ネルラは回る。
そして、唐突に止まると、虚空に向けて突然話し出した。
「おいぃ?三下。お前らの親玉に伝えなさい。これ以上我らの足元で「オイタ」するなら、私が出向く、と」
ネルラが虚空に指先を向ける。
黒い輪が虚空に出現し、何者かの体を拘束する。霧のような物が徐々に物体へと変じ、黒装束に身を包んだオークが姿を現す。
「グ、グググ!!な、ナゼ俺が分かっタノダ...完璧な闇魔法の隠蔽術式だったはズ!?」
その言葉を聞き、ネルラはキョトンとする。
「なんだってぇ?完璧?児戯に等しいソレが。オークは頭悪いってのは本当だねぇ。その足りない頭で覚えて帰れぇ。お前ら上級オークの軍勢など、我ら四凶蟲の一柱のみで殲滅出来る。コソコソ穴蔵で大人しくしてろ。ってねぇ。分かったら消えな」
バシンッと音を立てて黒い輪の拘束が切れ、オークは這々の体で逃げ出した。
「やーれやれ。我が主も蟲使いの荒い方だぁ。豚如きに、私を遣わすとは。まあ、オークエンペラーが出て来たら、ウチの木っ端共1匹じゃ相手にならんだろうが、それでも10匹も出せば、お釣りが来るだろうに」
オークエンペラー。オーク属の最上位者に与えられる名。しかし「蠱毒の城」に生息する蟲達は、異常な強さを誇る。1匹1匹が、並み居るドラゴンを軽く屠れる上級上位でも屈指の実力者達だ。
「さっ。返って木っ端共をしごきに行くかぁ。奴らまだまだ弱すぎるからなぁ」
それを率いる者達こそ「四凶蟲」
実力は一匹一匹が魔王に近い実力者だ。
だが、世に名前は出ない。
出会った者は皆死ぬからだ。
そして、大っぴらに暴れまわる事がない。
それは彼等の主人の意向。
「俗世には不介入不干渉」
ひたすらに自らのテリトリーで、実力を磨き続ける。魔物としては、異常者で構成された者達である。
「たまに居るんだよなぁ。命知らずが。そういう愚か者を屠る時が、最高に楽しいんだがなぁ。だれかこねぇかなぁ」
ネルラは知らない。
今、蠱毒の城に「愚か者」が向かっている事を。




