行き先
カエルは魔法使いに促されて、隣の部屋へと歩を進める。
隣の部屋に入ると、そこには家の外見以上の広さがある空間が広がっていた。部屋の端には、カカシのようなものが立っている。
「訓練用の部屋だよ。さぁ、時間が惜しい。私も早くあの卵を使いたくてウズウズしてるのだ。用事を済ませよう。まずは魔法からだな」
(私も上級魔法使いの仲間入りか)
水球を習得して、1年半近く初級魔法しか使ってこなかったカエルからすると「ついに」という感覚であったが、使用魔法が、1年半で初級から上級へと「見ただけで」上がるなど、魔法使いからすると、異常である。
が、カエルはそんなことは知る由も無い。
「私は火、風、闇、の3系統の魔法を扱える。「人間では」稀有な才能だろうが...。まあ、そこは置いておこう。上級まで使えるのは闇のみだ」
(闇の上級魔法か。あのトカゲの【ファイアーボム】くらいの火力が出せるのだろうか?)
「では時間が惜しい。始めるぞ。まず、闇の魔法からだ。基礎の【ダークショット】から行くぞ。ムンッ」
闇をヘドロ状にしたようなソレが飛んでいき、標的の人形に当たる。が、特に人形は変化が無いままだ。
(あら??何も変化が無い)
「闇の魔法は特殊でな。当たれば、身体機能が著しく落ちる。魔法抵抗力が無ければ、当たった部位が動かなくなる事さえあるのだ」
(ほー。派手さは無いが、当たれば嫌な魔法だな)
「では続けていくぞ」
その他にも、闇の魔法を披露していく魔法使い。だが、その時カエルの目に驚くべき光景が繰り広げられた。
「それで、これが中級闇魔法【フェイクテクスチャ】だ。顔や、体の一部に幻を貼り付ける。この私の顔もテクスチャだ」
(んん?)
「解除すると、ほれ」
と魔法使いの顔が、人間の老人から、灰色がかった顔をした「バケモノ」の顔が現れた。
(な、なんと...)
驚きながら、魔力判定に使った白板に「アナタは魔物だったのか」と書く。よもや人の言葉を話し、人の外見の者が、魔物だったとは...。
「まあ、そのように振舞っていたからな。魔物としては珍しいだろうな。人間に憧れ、人間として過ごして居る者など。元の種族は【アンデッドマジシャン】存在進化を経て、今は【リッチウィザード】となっている」
(何故人間に憧れたのだろうか?)
白板に疑問を書く。
「分からない。マジシャンとして、古代の人間の書物を読んだ。それから知識の探求が始まった。人里などに忍び込んでは、魔術書を読み漁る日々。そこから親しみを覚えていったのかもしれないな」
彼は遠くを見るようにそう言った。長い年月を過ごした魔法使い。刹那的な憧れとは、また違うようであった。
「さて、お待ちかねだ。闇の上級魔法を見せる。よく見ておけよ。【カタストロフゲート】」
ポウッと若干間の抜けた音が部屋に響く。小さな小さな黒点。それが、徐々に標的に近付き、着弾した。
瞬間、空間が歪んだ。文字通り、その黒点に集まるように、吸い込まれるように。そして、収束した。
(むむ?効果が分からん。なんの魔法だろうか?)
「...お主を驚かそうと思って、お主の存在が「消滅」する寸前程度で寸止めしたはずだったのだが、なんの影響も無いとは、お主やはり只者ではないな」
(消滅。魔法無効化の自分には、凄さが分かりづらかったが、それほどの魔法か)
「...私は特殊な「目」を持っていてな。少し、お主の事を視てもいいか?」
コクリとカエルが頷くと同時に、内臓を内側からツツッとなぞられたような、独特の悪寒が走る。それが全身を駆け巡り、カエルはブルルと身を震わせた。
「これは...!おっと、すまんな。視られた者は、独特の感覚になることを伝え忘れた」
(もっと早く言って欲しいのだが..)
「色々とお主に伝えなければならない事が出来た。まず残念な報せだが、お主には上級の魔法は「現在」使いこなせない」
(なんと。どういうことだろう?)
「分相応とでも言うか、魔物にはランクとでも言うべき物がある。人間は修行という積み重ねで、上級の魔法に辿り着くのだが、魔物には修行というのはない。これは分かるか?」
コクリと頷く。
「うむ。魔物は相手を倒し、倒し続けて経験を積んでいく。そして自ずと訪れるのが「進化」だ。それによって魔物は、初級から中級、上級へと登って行く」
(なるほど。つまりは自分は、上級魔法を使うには、ランクが足りないということか)
「察したようだな。お主のランクは、それだけの力を持ちながら、未だ中級なのだ。魔力量は上級に匹敵するというのにな」
(世の中うまくいかないものだな)
思い悩んでる風なカエルを他所に、魔法使いは思う。
(【魔法無効化】【7属性行使】これだけの能力を持ちながら、未だ進化を残すとは。しかも、《能力》の解放も残っている事に加えて、特筆すべきは「この能力」これはもしや...)
思考から戻った魔法使いは、更に告げる。
「2つ目の残念な報せは、《能力》も今は解放出来ない。能力は進化によって解放されるものがある。お主のは、ソレだな」
(つまり、何はなくとも進化か)
「良い報せもある。お前の足は、既に何人たりとも追いつけぬ領域にあるという事だ。空を飛ぶ者には、近い者や上の者が居るだろうがな」
(それは良い事を聞いた。この足には絶対の信頼を置いている。その自信を継続して持っていて良いという事だからな)
「次は...いや。後にしよう。先に魔法の習得を優先する。ドンドン行くぞ。遅れるなよ」
と、若干勿体ぶったような言い方をする魔法使いは、少しの疑問を持ったカエルを他所に、訓練用の人形に向かって魔法を放ち始めた。
「闇、風、炎の魔法は、私が覚えている物はこれで全てだ。世には、他にも中級初級の魔法があるのだが、それは自分の足で稼いでくれ。さて一通り終わったな。私は早速この卵を使うとしよう」
と、魔法使いは、若干の高揚を言葉に乗せながら卵を見る。
(あの大きな卵をどうするつもりだろうか)
カエルの視線に気付いたのか、魔法使いは説明を始める。
「ああ。そうだな。これをどう使うかは、告げて無かったな。あの大蛇の膨大な魔力。それをこの卵は内包している。その魔力と、中の産まれていない生命を使って、私の望みを叶えるのだ」
(望み。彼の望みは確か...)
「人間に憧れた私の究極の望み。それは人間になる事。1年ほど卵の中に精神を溶け込ませる事で、理論上それは成るのだ」
確証はないのか?と白板でカエルは問い掛ける。
「無い。が、百年近く生きて、唯一見つけた可能性だ。純粋に人間になるわけでは無いようだがな」
(どういう事だろう?)
「人とは、赤子として生まれ、駆け回る子供になり、大人へと至るが、この方法は、体組成の再編成なのだ。つまり、直接大人の肉体へと「変異」するのだ。生まれ変わるというのとは、少し違う」
(魔物が魔物の卵を使って、姿だけ人間になる。という事か。おかしな話だが、他ならぬ本人が望んでいるのだから、何も言うことはあるまい)
「うむ。では早速今から「同化の法」を始める。達者でなカエル」
ブンブンと手を振って、魔法使いに別れを告げ、外に出ようとする。
(ん?待てよ)
トントンと床を叩き、卵に向かっている魔法使いを立ち止まらせる。
「うん?なんだ?....!おっとっと。すまん。先程は勿体ぶって言ってなかったな。別れ際が良いかと思って、忘れておったわ」
(しっかりして欲しい)
そう思うカエルに、魔法使いは衝撃の一言を告げた。
「お主。「蠱毒の城」へ行け。お主の望む全てがそこにある。以上だ」
と。




