輪廻
「僕の名前はザルティス」
純白のトカゲは、そう告げた。
(どういうことだ?あの大蛇がザルティスではないのか?)
「大蛇っていうとアイちゃんの事だね」
(アイちゃん?)
「君の後ろに居る彼女さ」
後ろと言われ、バッと振り向く。
しかし、水晶カニの大群しかいない。水晶カニの大群は、この空間の中には踏み入れて来ようとしない。
「あぁごめん。それは少し先の未来だったね。ちょっと先を見過ぎちゃった」
なんとも掴み所の無いトカゲだ。
「それで、卵を欲してるんだよね。代わりに何かくれたら、卵あげるよ。」
(泥棒しようとする者が、何か持っていると思うか?)
「ふふふ。そうだな。じゃあ、君の7属性の魔法。見せてよ。そんな魔法は僕も見た事が無いからさ」
それくらいなら、と魔力を練り上げ、アルカンシエルを発動させる。
「へぇー。見事な物だね。本当に7属性の魔力を纏ってるや。防御用の魔法なんだよね?どれどれ」
そういうと、トカゲは左前脚をスッと上げ、アルカンシエルへ向ける。
凄まじい爆炎が上がったのは同時。空間全体が燃え上がったかのような強烈な爆風が巻き起こる。
(な、なんだ!なんの魔法だ)
「【ファイアーボム】さ。僕が使うと、上級以上の能力なんだけどね。でも、凄いねソレ」
アルカンシエルは、なんとか炎と水のベールを残して耐えていた。
「今ので消えないなんて、驚いたよ。ちっぽけな魔法なら、焼き殺すつもりで撃ったんだけど、想像の上をいってくれた。見せてくれてありがとう」
サラッと恐ろしいことを言うトカゲだ。下級のファイアーボムが、あの威力を持つとは、尋常では無い。
上には上が存在するものだ。
「井の中の蛙大海を知らず。いい言葉だねソレ」
(思考の先読みは怖くなるからやめてほしい)
「ごめんごめん。じゃあ、卵あげるよ。いいよねアイちゃん」
突然カエルの背後に語りかけたと思うと、背後からフシュルルルという独特の音がした。
とてもじゃないが振り向きたく無い。
「アナタが、そういうのでしたら」
と、美しい声が聞こえた。その声に思わず反応して、振り向くと、あの麻痺をバラ撒く目と視線が合った。
前回と違うのは、麻痺はさせられていないということだけ。
いつのまに背後についていたんだ。
遠距離からでも、ズルリズルリと這いずる音が聞こえていたのに、この洞穴の中で音も立てずに...。
「彼女も君を最大限に警戒してるんだよ。それと同時に、とんでもなく魅力的な餌としても見てる。「存在進化」の鍵としてね」
(存在進化?)
「ザルティス。では、やはりこの者を呑めば、私はアナタの領域へ...?」
「アイちゃんそれは無理だ。僕と並びたいのはわかるが、僕と並ぶのは、『古代の叡智』でも取り込まないと無理だね」
シュンと大蛇が下を向く。
(私を食べる食べないの相談を目の前でしないでいただきたい)
(それに、この者達は何だ?えらく親しげに、いや、あのトカゲの方が上位者のように振舞っている)
「あぁ、説明していなかったね。彼女は「アイトワラス」僕の従属者であり、同時に妻でもある。つまり、この卵は、僕らの子らさ」
(...色々起こりすぎて、理解が追いつかなくなってきたぞ。トカゲが蛇の旦那で...)
「順に言おう。まず存在進化の話。魔物には魔力を入れる器が必要なんだ。それが肉体なんだけど、経験を積んで魔力が体に収まりきらなくなった場合に起こるのが『進化』だ。
進化した個体は、肉体に何らかの変異が起こる。体が大きくなったり、4足歩行が2足歩行になったり。いずれにせよ強い個体になる。
なぜ魔物が君を狙うか?それは、君が経験と魔力の塊だからだ。君を食えば、殆どの魔物は存在進化に至れる。美味しそうな餌なのさ」
(なるほど、それで得心がいった。それが、ほかの生物が、私を目の敵のように襲ってきた理由か。しかし、 存在進化か。私にも起こりうるのだろうか?)
「もちろん。君にも起こるよ。莫大な経験と魔力が必要だけどね。えーっと、次の疑問に答えよう。僕達が何者か?という疑問だが、君が繰り返してきた『生』より長く生きて来た者。僕だけで言うなら、この星の根幹を成す者の1人。かな?」
(余計わからなくなったぞ)
「村で言う長老ってところかな?
トカゲと蛇の間で何故子が生まれるか?については、この姿が、僕の姿の一つに過ぎないから」
そう言うと、純白のトカゲの姿がグニャリと歪み、美しい人間の女性へと変貌した。
「と言った所かな?疑問には一通り応えたよね。じゃあ、卵を持ち帰って良いよ。魔法使いの彼にヨロシク」
(知り合いか?)
と一瞬思ったが、思考を読まれたのだろう。
「そゆこと。じゃーねー」
ブンブンと手を振られたので、これ以上の詮索は無用という事だろう。私も背後に大蛇を背負って会話するのは、心臓が持ちそうに無いので、さっさと退散するとしよう。
【エアロウォーク】で卵を持ち上げ、帰路につく。水晶カニ達は既に、元の場所の水晶に戻っているようだった。
(終始生きた心地がしない場所だったな)
ただ、不思議と純白のトカゲが居る場所では、優しい何かに包まれているような感覚もあった。
◆
「よろしかったのですかザルティス。いいえザウレ様。あの卵は、この地の浄化に必要な物なのでは?」
「良いんだよアイトワラス。それも「ザルティス」が望んだ事だ。あのカエルが来ることも、彼女は知っていた。それを託されたのさ」
「あの湿地帯の魔法使いの狙いは、ザウレ様の魔力の一端でございましょう?あの者に悪意は無いとは言え、軽々に渡しすぎでは?」
「それも運命さ。それがあのカエルを。『輪廻の鍵』を導く為の物であるならね」
「輪廻の鍵。あの者が。それで得心いきました。世界の理を変えるおつもりですか?」
「変えるつもりさ。カエルだけにね」
「...面白いですねザウレ様」
「真面目な顔で言うのは、やめておくれ」
クスクスと大蛇の笑いが溢れる。
(さて。あの『鍵』はどこへ向かうのやら。取り敢えずは、僕らを見下ろし続けてる『あの者』を取り除いて貰おう。アイトワラスでは厳しいからね)
◆
卵を無事確保したカエルは、意気揚々と魔法使いの家へと向かう。
これで中級以上の魔法と、《能力》を手に入れられるのだ。そう思うと自然、駆ける足にも力が入る。
20分ほど駆け続けて、魔法使いの家へと到着した。
「おや。本当に無事帰って来るとは。失敗したという事はあるまいな?」
そんな悪意のある返しだったが、カエルは意に介さぬようで、自信満々に卵を見せつけた。
「おお!素晴らしい。君の足に賭けて良かったよ。とても私では達成出来なかっただろう。礼をしなければならない。卵を置いて、隣の部屋へ来てくれ。報酬を渡そう」
カエルが笑みを浮かべられたならば、満面の笑みを浮かべたであろう。
(ついに私にも《能力》が手に入るのだ。強者へと至る力を、また一つ手に入れられる!
カエルは高揚しながら、魔法使いの後を追った。




