ザルティス
『湿地帯の奥地。一際巨大な岩がそびえている。その地下へ広がる、巨大な洞穴がある。
その穴は、幾重にも枝別れしていて、迷い込んだものは出られず、「持ち主」が帰って来るまで彷徨い続けねばならない。
持ち主が帰ってきて初めて、侵入者は外に出られるのだ。蛇の血肉となって...』
そんな文献が、魔法使いの家に保管されていた。魔法使い曰く、彼の目的は、大蛇「ザルティス」の卵。
どういう目的かは、教えてはくれなかったが、大事な要件のようだ。
大蛇の巣穴には、他にも何百年と溜め込まれた財宝があるとか、何百という蛇が巣立つのを待っているとか、様々な噂があるが、全て噂だ。
何故なら、今まで生還した者は皆無。大蛇の卵があるというのも、魔法使いが言っているだけかもしれない。
ただ、あの魔法使いはどうも《能力》により、卵の存在を確かめているらしい。どういった能力かは不明だが、どうも嘘では無いように思う。
カエルは湿地帯を駆けながら、考えていた。能力。開花する力は千差万別であるが、なんらかの大きな力を得る。
これから、上級に匹敵する生物達と戦っていくには、自分も能力に目覚める必要がある。
早ければ早いほどいいだろう。
ただし、これから相手取るのは、神話級とも言える生物。体長40メートルの大蛇。天敵と言える存在。
(間違っても対峙する事は無いようにしなければいけない)
湿地帯奥地に進む。大岩がその巨体を誇示するようにそびえている。
(ここらでいいか)
カエルは、簡易の巣穴を作り、そこから目だけをギョロリと出し、大蛇の現れるのを待つこととした。
◆
時刻は夕刻。湿地帯に日が沈んで行く。この湿地帯には、魔物以外も様々な生き物が存在する。
泥を食い、そこから栄養を取り出すミミズ。湿地帯の水場には、カブトガニのような生物達も居た。
その生物達が、一斉に泥の中に潜り始めた。
(来た)
ピリピリするような圧が、カエルに降りかかる。ズルリズルリと身を引きずりながら移動しているにも関わらず、その速度は森林に生息するフォレストウルフよりも早い。
圧倒的存在感。それが通る場所には、小虫さえ存在してはならない。たちまち呑まれてしまう。
カエルは凝視する。奴の一挙手一投足が、自分の生死を左右する。
逃走の際に、万一出くわした場合においても、ゼロコンマの確率であろうと上げるために。
失敗は死を意味する。
それから、カエルは三日三晩かけて、ザルティスを。ソレの巣を見続けた。命を呑み干されぬ為に。
(奴は夜は巣に帰り、昼間活動している。寝ている間、なんて甘い事は言わない。夜の潜入は悪手だ)
カエルは、その日もそのまま朝を迎えた。
そして、もう何度も聞いた音と異様を目にする。
ズルリズルリと巣穴から這い出して来た大蛇。そして、大蛇が目覚めると、360度見回しながら、チロチロと長い舌を出す。
そして、今日の狩の方角を決めたとばかりに、ピタリと止まると、そちらの方向にズルリズルリと這って行った。
(10.9.8.7.6......)
カエルはテンカウントを始める。
ザルティスの索敵範囲を知る為、ここ3日は、ザルティスが巣を出てから何秒で索敵範囲から出るか。を、巣に近づき試していた。
(行くぞ!)
虹色の巨体が弾丸のように巣に跳び込む。
巣穴の中は、この冬の時期だというのに、暖かい。そして、広く深い。村人が落ちでもすれば、二度と上がる事は出来ないだろう。
(虎穴に入らずんば虎子を得ず、か)
ふと人間の諺を思い出す。
縦の落下が収まり、通路のような場所に出る。カエルは止まらない。止まるわけには行かないのだ。
(ザルティスがここ3日で、最短で帰って来たのが、1時間程度。それをリミットとすると、グズグズしてられない)
40メートルの巨体が動けるだけの通路は、広く、深かった。カエルの足で30秒駆けても、何も見当たらない
(後ろから、爆竹を突きつけられてるようで、恐ろしくなるな)
いつ帰って来るかも分からない大蛇の恐怖。目の見えぬ暗闇。それが30秒を5分にも10分にも感じさせた。
そして、ようやく闇に染まっていた視界に変化が見られた。光が見えたのだ。
(明かり?おかしい。蛇は明かりを必要としないはずだが)
カエルが、明かりの地点まで到達すると、眩いばかりの輝きが、巨大な空間を満たしていた。
(...美しい)
輝く様々な色をした水晶体。
採光があるわけではなく、水晶そのものが、光を発しているようだ。
光は、水晶の面一つ一つから発せられているかの如く、散りばめられ、それぞれの色が重なり、天井や壁に様々な光の色を描き出していた。
(まさかこんな所で、私の求める美しい光景の一つに巡り会えるとは)
地下や洞窟での暮らしは、過去に経験した事がある。しかし、鉱物そのものが、光を発している光景は見た事がなかった。
水晶の広場を見渡してみる。
自分が入ってきた通路以外に、通路が5つ見える。いずれも光る水晶が点在しているようだ。
(さて、どこから行くか)
迷っていると、何処からかピシピシという音が聞こえてくる。
赤く光る水晶がゴトゴトと音をたてて動き出したと思うと、水晶の下から、カニのような生物が姿をあらわす。
(水晶を背負っているのか、はたまた寄生でもしているのか、どちらにしても友好的ではなさそうだ)
シャカシャカと音を立てて、カエルに近づき、鋭い爪を振り抜いた。
(スピードは遅い。が、無視して進むのも問題か)
跳びのきながら、【ファイアーボム】を叩き込む。
だが、唱えた魔法は、赤い水晶へと吸い込まれ、消失し、カニの体が一回り大きく変貌する。
(なんと!魔法を吸収するのか?
まだ判断するには早いか)
周囲を見回す。よく見れば、水晶の色は、カエルの出すアルカンシエルの虹色の配色に似ている。
(このカニが背負っている色は赤。赤は炎を表す。となると...)
カエルは右前足に意識を集中し、水球を作り出す。回転を維持したまま水球は、水晶と衝突。同時に、その赤い輝きが消失し、下に居たカニも目から光を失い、地に伏せた。
(ふう。どうやらこの水晶、属性を持っているようだな。反属性での攻撃が有効と見た。...これは不味い)
カエルは自らの習得している魔法を思い出す。攻撃に使用出来る魔法は、現在炎と水しかない。
つまり、緑と赤の水晶のカニ以外は、倒せない事になるだろう。
(これは...大変な事になるだろうな)
◆
数十分後、カエルは3つの通路を攻略し、広場へと戻ってきた。
ズドドドドドドド...
数十匹の水晶カニを引き連れて。
(大変な事になってきた。床が既にカニで埋まっているようだ)
天井や壁に張り付きながら移動するカエルを、カニ達は捉える事が出来ない。だが、移動の効率は落ちる。
想定よりも時間が経過している事に、カエルは徐々に焦りの色を強くした。
(不味い。これ以上時間をかけると、ザルティスが戻ってきてしまう)
残りの通路は二つ。右か?左か?
左だ。なぜかは分からないが、我々カエルは、左側に運動視野が偏っているのだそうだ。よってココは本能に従うのみ!
通路をひた走る。通り過ぎる端から、水晶カニが目覚めて起きだしているのを背後に感じながら駆ける。
背後では水晶カニの民族大移動のような光景が繰り広げられているだろう。
数分は駆けただろうか?
(どうやら、ここで当たりのようだ)
通路を駆け続けて、ひらけた場所へ出る。ドーム状になっているその場所は、目を開けるのも難しい程の、黄色の水晶の輝きで満たされていた。
(黄色の水晶は、恐らく光属性を表している。ぽかぽかと暖かい。卵の生育にはちょうど良いのだろうか?)
目の前には巨大な卵。数にして10個ほどあるだろうか?一つ一つがカエルの体ほどもあった。
(大きいな。風呂敷に包む訳にもいくまい。【エアロウォーク】で浮かせて持ち帰る...?いや、待て。エアロウォークは数センチ浮かせるのが精々。すると、背後に迫る水晶カニの大群には対応出来ないじゃないか)
「いらっしゃい」
(あの巨大な卵だ。カニの間をすり抜けるのも困難。つまりこの時点で、持ち帰る事は不可能じゃないか?一度帰るしかないか...)
「いらっしゃい」
(ええい、さっきから人が考えているところなのに、声をかけてくるな)
「ハハハごめんごめん。真剣に卵泥棒しようなんて考えてる生物を見たのは初めてで、珍しくてね」
(理解してくれればいいのだ。少し静かにしててくれないか)
「はーい!」
(さて、やはり一度帰るべきか...)
............
いや待て。おかしい。
まず先程の声は、誰だ?
「僕だよ」
何処から聞こえる!?
「君の前。卵の下の藁の上さ」
視野を広げてみる。すると視界に、純白のトカゲが居た。大きさにして30cm程度だろうか?
「そんなに大きくないよ。君の尺度でいう20程度さ」
...どうやら細かい性格らしい。
そして先程から思っていた事がある。
「うん。僕は君の考えている事、分かるよ。性格は細かくないよ。事実を述べているだけ」
思考を読む、か。恐ろしい《能力》を持っているトカゲだ。
「《能力》?違う違う。僕のは、そんな欠片じゃないよ。まっ、それはいいや。カエルくん名前は?」
ただのカエルで名前はない。
「ジョージ?」
「ケロッ!!??」
必死に否定する。そしてなぜ..
「何故その名を知っているか?君の頭の中を見たから。ごめんね勝手に覗いちゃって」
なんというトカゲだ。思考を読むだけでなく、記憶まで読み取るとは只者ではない。
「まあね。自己紹介しようか」
と、前置きした上で、このトカゲは
「僕の名前は「ザルティス」よろしくね」
と、告げた。




