旅立ち、伸びるカエル
子供達と肩を並べて地面に文字を書く。親子であれば微笑ましい光景だが、子供達の相手は2メートルのカエルだ。
側から見ると奇怪な光景であるはずだが、村人は気にしていない。
ここ1週間ほど、この光景は続いている。
(この辺りの文字は、簡単だ)
そう思う。カエルが「出雲文字」という文字を知っていれば、似ていると思っただろう。
(いわば平仮名のみで構成されているニホン語といった所か。鉄の箱「テレビ」で見た文字は多種多様であったが、この近辺の文字や言語は、簡素だし、もう既に覚えることはなさそうだ)
ココ最近は文法を学んでいた。
このサニャという「教師」は、優秀な先生らしい。子供だ子供だと思っていたが、村長が教えている読み書きの教室でも、突出した存在なのだとか。
「サニャねー。おっきくなったら、文字を教える先生になるの」
本人もどうやら、そういう夢を抱いているらしい。
識字率という物が、この村では極端に低い。街育ちの村長が、ここ数年教えているものの、大人は興味を示さず、子供達しか興味を示さない。
「でもさー。文字なんて覚えても、食べていけないよサニャちゃん」
えらく現実的な意見を述べるのは、ピレモンの倅のピンチョ。親と比べて、随分冷静で感情を表に出さない子だ。
「あのねピンチョ。これからは、ユニケロなんかの商人の時代が来るの。そうすれば、文字の読み書きは当然理解しないといけないのよ」
(なんだこの未来志向の話し合いは)
私は、確か子供達の遊び相手をして居たはずだが...。どうやら子供というのは勝手に育つらしい。
「アンタ達!もうお昼ご飯の時間だよ!一度家にお帰りよ!」
世話焼きのレシアが、子供達に声をかけて来た。「はーい」と気持ち良い返事を返して散って行く。
「カエルさんも、これターニャに持って帰ってくれるかい?うちで採れた野菜だよ」
この女性は、サニャ一家が豊かになった今でも、一家を気にかけていてくれる。根っからの世話焼きらしい。
コクリと頷き、ズタ袋を咥えて帰る。
この村とも、明日でお別れなのだ。
先日村の主だった面々を集め、筆談で別れを告げた。
皆一様に驚いて、なかには泣いている人間も居た。「ずっと居たら良いのに」そう言ってくれる者もいた。
意外だったのが、サジだ。
彼は男泣きに泣いた。
まだなんの恩も返せていない。
彼は、そう言っていた。
いつか返してくれ、と頼んだら
グシッと涙と鼻水を拭い、良い笑顔で「おうよっ!」と返事してくれた姿を覚えている。
ユニケロの主人も、仕入先が居なくなるのは厳しいが、軌道に乗ったし何とかすると言っていた。
後々「ユニケロは、高くなった。それでも価格に比して、質は高いが」という評価に落ち着く。
あの主人の手腕であろう。
後は明日、ターニャとサニャに告げるのみ。あの2人は共に過ごした時間が長い。これが「情」というのだろうか?
最後の狩を済ませ、夕刻になり、家に帰る。
家に帰ると、いつも通りの光景。
ただ、サニャとカエルの寝室に入ると、大きな風呂敷に、手紙が添えられていた。
「カエルへ。あなたが、旅に出る事は、夫から聞きました。コレは以前から用意していた風呂敷です。
あなたが舌を使って簡単に背負えるように、結び目は結いつけて、作っています。
ブラックサーペントの革なので、丈夫に出来ているはずです。旅から帰って来たら、色々な話を聞かせて下さい。待っています ターニャ」
と記されていた。
所々に書き直した跡があったりする。彼女は字が書けない筈だった。
恐らく誰かに教えて貰いながら書いたのであろう。
帰って来るときには、この風呂敷一杯の土産と、冒険譚を聞かせてあげよう。そう思った。
(あとはサニャだけだな)
一家の食事中、ついついサニャの顔を見てしまっていたのか
「カエルさんどうしたの?」
と、尋ねられたが、首を振って、何でも無いと示した。
思えば、この子が居なければ、村に迎えられる事も無かったろうし、こうして、言葉と文字を綺麗に覚えられる事も無かったろう。
彼女に感謝の気持ちを伝えたいが、何を渡せば良いか、結局思いつかなかった。
その夜、サニャは何故か私に抱きついたままスヤスヤと眠った。
出立当日の朝。
私は、風呂敷を背負い、扉を出る。
見送りの面々が外で待っていた。
村人全員がそこに居た。
別れを告げようと思っていたサニャもだ。
サニャが「カエルさん行ってらっしゃい」という横断幕を掲げている。
目には大粒の涙溢れていた。
どうも誰かから聞いて、知っていたようだ。
子供というのは、知らぬ間に成長するものだ。
私は門番に見送られ門から出る。
皆も見送りに来ている。
サニャに何か渡そうと思っていたが、結局私に出来る事は限られている。
虹色の靄を周囲に纏い、それを濃く練っていく。魔力の限界ギリギリにまで練る。
そして宙空に放つ
全力の【アルカンシエル】!!
空一面に覆うようなオーロラを浮かべる。
そこに穴を開け「行ってきます」と描いた。
サニャが飛び跳ねて喜んでいる。
どうにかプレゼントにはなったようだ。
「いってらっしゃい」
皆にそう言われて出立する。
いつか戻ってこよう。そう胸に抱く。
最初の目的地は、大蛇の居た、北の湿地帯だ。
振り返る事はない。
虹色のカエルは野原を疾駆する。
◆
数分後、野原にベッチャリと虹色のカエルが舌を出して伸びている。空に巨大なオーロラを発生させた影響からか、バテたのだ。
(締まらない旅立ちだな)
そう思いながら
四肢を広げてベッチャリと、寝転ぶ。
その時、何かがこちらに音も無く近づいて来た。
目だけを動かして、そちらを見る。
「何やっとるんじゃこんなところで」
見覚えのある老人。以前村に来た魔法使い。そして、私が逢いに行こうとしていた人物だった。
カエルは村の旅人から、北の湿地帯に、独りで暮らしている魔法使いが居ると聞いた。
恐らくカエルに魔法を教えた人物だろうとふんで、逢いに来たのだ。それが、偶然現れるとは。
「おっと、言葉は話せないんだったか?しかし、なんでこんな場所で伸びてるのかね?」
疑問を投げかけられたので、素早く足元に文字を書く。
「む。文字を覚えたのか。優秀な頭脳を持っているな。益々「興味」が出て来た」
益々とは?村で会ってからだろうか?
「お主の事は、以前から気に掛けておった「大蛇」と対峙した時からな」
この老人、あの場に居たのか。
と、なると、あの湿地帯の一軒家。
やはりその住人は...。
「回復したら我が家まで行こう。
協力してほしい事が色々ある」
こうして私は、怪しい魔法使いの家に招かれた。




