対人戦2
人間とカエルの睨み合い。
最初に手を出したのは、弓の名手だった。
後ろ跳びに跳躍しつつ、素早く矢をつがえたサジの早射。
カエルの居た場所に矢が深々と刺さる。それは、威力に特化したエッジサーペントという蛇の骨を使用した物である。
刺さればハピネスフロッグの強靭な皮膚であろうとも、多少の傷を与えることが出来る。対ハピネスフロッグ用の鏃である。
(サジめ、本気じゃないか)
カエルは、そう思いつつも、同時にデヴォネアへの「ポーズ」であろうとも見てとった。
デヴォネアは、本気だと取ったらしい。
「腕は衰えてないな!」
「ぬかせ!1年呑み惚けてたお前と
一緒にするなよデヴォネア!」
跳びのいたカエルは、地面に着地し、どう打開するかを頭の中で想い描いていた。
ザクッ!
(ん!?)
思考中、それを強制的に中断させる痛みが、カエルを襲う。
腹部を見ると、刃物による切り傷が一つ。浅いが、それはカエルへ確かなダメージを与える物だった。
(馬鹿な!周囲に人間は居ない!透明化でもしているのか!)
混乱しているカエルを他所に、横っ面から、鋭い槍が突き出される。
「余所見してんじゃねぇぞ!」
突き出された槍を、素早く跳び、躱す。
同時に敵を観察。跳躍先に敵は居ない。
(...試してみるか)
着地すると同時、更に別方向への即時跳躍。
すると、何処からか鋭い短剣が、カエルの居た場所を文字通り「飛ぶように」通過し、地面に落ちた。
(あの男が何かしている)
デヴォネアを見ると、手の周囲に靄を纏っているのが見てとれる。魔力の使用痕である。
カエルは壁際に着地し、周囲を観察する。
(違和感の正体は、これか)
周囲をみると、普段地面に落ちていない筈のものが「置かれている」。
解体用のナイフ、骨を砕くためのハンマー。それらに混じって、長剣や槍といったものまで置かれている。
この解体場には無いはずのものである。
「頭が良いってのは、本当みたいだなカエル。
俺の仕掛けに、もう気付いたようだな」
連続跳躍した事で、相手にも気取られたらしい。
(あの男が魔法で武器を操っている)
周到に仕込まれた罠。戦場がこの場所になると分かっていなければ、この仕掛けは出来まい。その為のサジだった。
「俺の《能力》は「お前には」あまり効果は無い。が、搦め手ならお前にも効くようだな!」
(能力?)
魔法の事ではないようだ。
と、2人の男が意識の外から長剣を振るって来る。素早く跳躍し、斬撃を躱す。
が、2人居たはずの1人の姿が、ゆらりと蜃気楼の様に消え、カエルの跳躍の軌道へ現れ、斬撃を繰り出す!
(なに!?【アイスウォール】!)
咄嗟に繰り出した【アイスウォール】で斬撃を止める。
(なんだ?先程から、私の知識の外から攻撃されているような違和感がこびり付いている)
「混乱しているようだな。そいつは《能力》だよ。固有の力って奴さ。生まれながらに一つ、武技や魔法とは別に神様から与えられる、1人1つの特別なもんさ」
「サジてめぇ余計な事言ってんじゃねぇぞ!」
どうも混乱している様子を見兼ねたのか
サジに助け舟を出されたらしい。
(《能力》厄介だな。1人1人正体不明の力を持っている。私は《武技》でさえ把握していないというのに)
圧倒的な数的不利。相手が保有する未知の力。地面に落ちた凶器。そのどれもがカエルを苦しめていた。
尚且つ相手は自分と同種の情報を調べ尽くした人間。
15年間ハピネスフロッグを追い続けただけあって、どの攻撃であれば、カエルを効率的に破壊出来るか、をデヴォネアは知り尽くしていた。
(このままでは負ける)
カエルは、そう確信する。
(では、そろそろ相手にも混乱してもらおう)
カエルは跳躍した。この狭い空間で全力で
◆
順調だ。俺の魔法「キネシス」は奴の身体に確実に傷を負わせている。それに俺の能力【不可視化】を乗せ、奴にも気取られず魔法を行使出来る。
「キネシス」は、魔力が見える者であれば、物体を操る際、魔力の糸のような物が、物体に張り付いて、それを操っているのが見えてしまう。
しかし、デヴォネアの能力【不可視化】は
その名の通り魔法を不可視化する事が可能。
100体の魔物を鎮圧し、「沈静」の二つ名を得たのも、この能力があってこそだった。
一級の冒険者の中でも、不可視の魔術を操る魔法使いとして君臨している。
集めたメンバーは、急造だが、対ハピネスフロッグの能力を持ったメンバーを集めたつもりだ。
サジが手駒に居るのも大きい。奴の矢は、牽制程度のダメージしか与えられないが、素早いハピネスフロッグの動きを限定させられる。
あの腕前が無ければ、恐らくハピネスフロッグ打倒は叶わない。それだけに、意地でも手放す訳にはいかなかった。強引な手を使ってでもだ。
現に、サジの矢で限定された動きを読んで、【蜃気楼】の能力を持った剣士がダメージを与えている。
「魔封場の壺」の効果で、この建物は、逃走不可の場となっている。奴の逃げ足も封じている。
(獲った)
そう思い、キネシスを発動。
足が止まったハピネスフロッグを狙う。
その時、奴の体が一瞬グッと下がった。
(なんだ?)
まるで、全力で跳ぶような...
ビョッ!
巨体が跳んだ影響で、建物内に風切り音が鳴る。カエルは「全力で」跳んだのだ。
(建物を体当たりで壊すつもりか!馬鹿め。
「魔封場の壺」は、魔法的衝撃だけじゃなく、一定の物理的攻撃をも抑え込む!激突するだけ...)
しかし、なんとカエルは、ベチャッと音がする程の勢いで、壁に「へばりついた」後、壁を蹴るようにして、更に反対側の壁に着く。
「ば、馬鹿な!草原で暮らす生物が、建物の中を自由自在に動き回れるはずが...!!」
驚愕が口を突いて出た。
そんな情報は無かった!
ハピネスフロッグとは、草原に住む素早さだけが取り柄のカエルだったはず...。建造物の中で生活していることなど...!
◆
(驚くのも無理は無い)
立体機動の様に空中を飛び回りながら、敵の反応を探る。どうやら「予想通り」想定外のようだ。
この近辺のカエルは、大きく、そして珍しい。以前の命の様に田畑に行けば、幾らでも居るという存在では無い。
この辺りでいう「カエル」とは、猫程の大きさがあり、大抵が魔物化している者達だ。
そんな者達が、壁にへばりついたり、樹上で暮らしている姿を見る事はそうそう出来ないはず。そう予想した。
我々カエルの一部には、足に吸盤のような組織が存在する。ガラスや木の壁などにも、へばりつき、よじ登ったり、飛び退く事も可能なのだ。
私の体にも、吸盤が存在する事を確認している。
そして、どうやら彼らの中に、壁を蹴り空中を飛び回る私に致命打を与えられる者はいないと見た。
(形勢逆転だ)
そう心の中で呟き、そして追撃を加える!
(【ポイズンミスト】!)
シューッという音と共に、カエルの口から紫色の毒霧が噴出される。
【ブラインドミスト】【ポイズンボール】二つの魔法から生み出された「ソレ」は、カエルのオリジナル魔法の一つである。
霧を周囲に発生させ、視界を遮る魔法と、毒を水の球体に乗せ射出する魔法の併せ技。視界を毒霧で覆い、同時に、毒によるダメージを与え続ける魔法である。
(いつか来るであろう、対人戦を想定して作った魔法だが、思っていたより早く出番が来た。しかも、この場。効果はテキメンのようだ)
50メートル程度しかない密閉された「箱」そこを毒の霧で覆うのだ。当然人間達は、喉を掻き毟り、眼を真っ赤に充血させ、苦しみ始める。
リーダー格の男が、風の魔法で吹き飛ばそうとするが、毒霧が建物の中で循環するだけだ。
更に【ポイズンミスト】を連続で発動。
周囲が完全に見えないほどの毒霧が建物内を覆う。
(私に毒は効かない。殺しはしないが、精々苦しんでもらおう)
数十秒の後、毒霧が晴れてくる。
立っているのは「6人」
(ようやくお出ましか)
デヴォネア、サジ、そして姿の見えなかったサニャとターニャ。その後ろに初めて見る男が2人。
それぞれ、口を布で覆ったり、魔術で風を起こし続けて凌いだようだが、かなり効いたようだ。
サニャとターニャ(ついでにサジ)
には、申し訳ない事をしたが、人質を、早々に殺すことは無いと踏んで正解だったようだ。
2人を人質にとっている男の片割れが、水の膜を貼って、2人を守ったらしい。人質の姿を隠蔽していたのも、この魔術師だろう。
(あれは水系統の魔法か。「視ておく」べきだろうな。...しかし、あの男。なぜ全裸...?)
サジは、流石狩人というべきか。毒消しの草を口一杯に食んで、耐え切っていた。恨みがましくコッチを見てるが、コミカルな光景だ。
サニャが、こちらの姿を認めて
「カエルさん飛んでる!お空飛んでる!」
と、無邪気に叫んでいる。強い娘だ。
「アンタ!サッサとこんな外道共ぶっ飛ばして、助けなさいよ!足引っ張ってるんじゃ無いでしょうね!」
「おまっ!こっちは、そのカエルに毒吐きかけられて死にそうなんだぞ!ちっとは旦那の心配しろ!」
ターニャは、必死にサジを罵倒している。
こんな時にまで夫婦喧嘩か。
緊張感の無い夫婦だ。
フラつきながらも、戦闘態勢を崩していない男が1人。デヴォネアである。
「情報に無い事ばかり...。仲間は倒れ、俺は毒で満身創痍...。もうだめだぁ...おしまいだぁ...!」
芝居掛かった演技をし、フラフラ身体を動かす。
「...ククク。ハッハッハー!」
真っ赤に充血した瞳と、掠れた声で絶叫する様な笑い声をあげはじめた。
「形勢逆転だよハピネスフロッグ!お前が、あの親娘に肩入れしているのは知ってる。降りて来て、大人しくしてれば、あの親娘は助けてやる」
なんという事だ...
ここまで完全な「想像通り」の展開。カエル愛の男が鉄の箱「テレビ」で見ていた「アニメ」の悪者。それがそこに居た。
そのアニメでは、カエルの王子が、舌で悪者をノックアウトするのだが、生憎私の舌はそこまで伸びない。
「デヴォネア!てめぇ!約束が違うぞ!妻子は、無事に返してくれるって約束だろ!」
サジが狂乱したように叫ぶ。
「おいおい。俺は言ったぜサジ...。
事が終わったら返すって。終わったか?これが!?終わってねぇよな!」
「このクズ野郎...!」
ギリギリと歯軋りが聞こえて来そうなほど、歯をむき出しにして憤怒に耐えている。
(潮時だな...)
カエルは、思った。
想定していた事態。
ここまではカエルの想像通り。
カエルが、ベチャッと派手な音を立てて、地面に降りて来る。
ここからは未知の領域。
カエルにはどうしようもない。
サニャには世話になった。
会話を完全に理解出来るようになったのも彼女のお陰。文字の読み書きまで、共に勉強した仲だ。
ターニャには、特に世話にはなってない。毎日のように怒鳴られるし、礼をと思い、虫を持っていけば絶叫されるし、ロクなもんじゃない。
だが、悪い感情は無いのだ。
むしろ親しみを覚えるくらいに。
2人を救いたい。しかし、2人の喉元に剣を突きつけられた、彼女らを救う方法は、私には無いのだ。
ここから「ドラマ」を起こせる男は、目の前の、この腕の良い弓手しか居ない。彼は娘に告げていた。2人を救う「可能性」を。
誰にも見せた事がない《能力》
その存在を語っていたのだ




