対人戦
ガチャリという音でカエルは目覚めた。
「今日は随分と寝転けてるじゃないか」
サジが寝間に入って来て言う。
(遅い?今は何時だ?いつもは騒がしい娘に叩き起こされるのだが...)
ベッドの上を見る。娘がいない。
あれだけバタバタ走り回る娘だ。
大抵は音で私が目覚める。
今日は寝こけてしまったのだろうか?
「...ちょっと話をしようぜ」
サジがそう言う。彼がそう言うのは珍しい。基本娘が絡んでいないと、私に関わろうとはしない男だ。
台所に招かれると、彼はコビックという木ノ実で作る、コーヒーのような物を淹れていた。
「飲むか?」
そう問われるが、生憎カエルという種族はコーヒーは飲めない。首を振って断る。
「そりゃそうか...。このコビックって飲み物はな。木ノ実から出来てる。これがそうだ。真っ黒な飲み物の原料が、この真っ赤な木ノ実なんだ。不思議だと思わないか?」
(彼は何を言いたいのだろう?)
コクリと頷いてみる。
すると彼は、離れた場所に木の実を二つ並べた。
「この木ノ実。二つ同時に手に入れたい。だが、それは出来ないんだ。ほら。俺の手じゃ届かない」
サジの広げた腕より若干幅が開いている。
「どっちかを選ばなきゃダメだろ?右の実は一粒だけで、美味しい事が分かってる実だ。
左の実は、一粒ではクセが強くて飲めない。だが、右の実と一緒に入れると更に美味しくなる。お前だったら、どっちを取る?」
(サジはどちらも手に入れたいのに、手が届かないから、片方しか手に入らない?随分簡単な問題だな)
私は両前足を広げて、サジの手では届かなかった豆を両前足で引き寄せ、サジへと渡した。
「あー、いや、そりゃお前の手の大きさなら届くだろうが、そうじゃなくってだな。届かないように...」
今度は、私の前足で届かない遠くの場所へ木の実を置いた。
「さあ、選んでくれ。お前ならどっちを取る」
随分と真剣な表情でおかしなことを聞いてくるな。手が届かないなら..
シュビッと、実を舌で引き寄せて、もう一つの実と合わせてサジに差し出す。
「そうじゃなくて...ええい!それはお前だから出来るだけだろう!お前に相談したのが間違いだったわ!」
いつもと違う雰囲気だったから、神妙に応えていたのに、なぜか怒り出すサジ。よく分からない男だ。
何か伝えるにしても、例えるのが下手なのだ。
不器用な男である。
ウロウロと、テーブルの周りを歩いていたと思うと、ピタッとサジが立ち止まる。
「...待てよ。そうか、お前なら、お前が居れば出来る可能性があるのか...」
(おや?また何か考え始めたようだ)
サジは、またテーブルの周りをウロウロし始める。忙しい事だ。
「...だぁーっ!!わからん。考えても分からん!カエル!お前が何とかしろ!」
(えぇー...)
自分の頭の中の問題を、何も知らないカエルに丸投げする男は、君くらいだろう。
「もういい!連れて行くしかない!
カエル!貯蔵庫に行くぞ」
と、告げるとサッサと弓を担ぎ、身支度を終え、家を出てしまう。
(なんだか分からないが、行くしかないようだ)
◆
サジは、広場をツカツカと歩いて行く。
貯蔵庫は、村の裏手にある。
以前は、村共通の日持ちする食物を保存する場所だったが、現在は、その広さから、カエルが狩った獲物の貯蔵庫と化している。
現在利用する人間は、擬似解体屋のサジと、稀に解体の手伝いをするピレモン。そして「ユニケロ」の調達員達である。
この時間利用する人間は居ない。
だからこそ、ココが指定された。
理由は分かる。50メートル四方の建物。カエルの機動力を封じられる、ちょうど良い大きさ。
洞窟などがベストであるが、流石に「洞窟に来い」と言われたら、カエルも警戒するだろう。
「小細工は俺には向かない。陰謀策謀クソ喰らえだ。俺はデヴォネアのような人間じゃ無い。正面からぶつかって、それでダメなら次善策だ」
ブツブツと一人呟く。
元々は素直にカエルを差し出して、妻子を助けようと決めていた。
だが、信頼を寄せられている者を裏切るような真似をするほど、落ちぶれてはいない。
後ろからペチャペチャと足音をたてて、カエルが着いてくる。
深く呼吸をして覚悟を決める。
カエルに近づき目の前に立ち、腕を組んだ。
(決めた。俺はこうする)
「カエル。ひとつだけ言っておく」
一拍置いて告げる。
「何があっても、俺はお前が死ぬまではお前の味方だ。身勝手なのは知ってる!いいか?!」
「ケロッ」
迷いなくカエルは答えた。
返答があまりに早く、一瞬息を飲まされた。
そして下唇を噛む。
(俺はこんな約束して、早々にコイツを裏切るような真似をする。クズだ。コイツの方が、よっぽど賢く、人間らしいな)
「よし。覚えておくんだぞ」
(行くぞ)
誰に告げるでもなく、自分に言い聞かせる。
妻子は助ける。だが、出来るならコイツも生きて帰したい。そんな想いが彼の中にあった。死中に喝を見出すには、カエルの奮闘を信じるしかなかった。
◆
サジの後をついて行く。何かある事は分かる。それでも私は行く。恐らく、今から起こる事は、私の想像通りの事だ。
目覚めたら、サニャはともかく、ターニャまで居なかった。最近ターニャの目覚まし役は、サニャから私に引き継がれた。
朝に弱いターニャが、私より先に起きる事は、まず無い。断言するのもなんだが...。
そうなると、誘拐。魔物の類では無い。
(圧倒的不利な状況で、相手は恐らく人間。
しかも、手練れだろう。)
私が、どこまで戦えるか...。
サジには悪いが、私はこの状況、ワクワクしている。私にとって絶対的強者、飼育者だった人間に、一泡吹かせる。
(丁度試したい魔法もある)
1人と一匹は歩いて行く。
やがて、人通りも無くなり、その建物が見えて来る。幅50メートル高さ20メートル程度。
カエルが動く分には、狭い。その上、中には何人かの人間がいるはず。行動範囲は必然更に狭くなる。
(ただ、一つ奴らは思い違いをしている。サジも含めてだ)
そこを突けば、崩すことが出来るだろう。問題はその後に来る。サジは私に妻子を賭けた。私はサジに、その瞬間を賭けようと思う。
ペチャペチャと独特の足音をたてながら歩いていく。建物の入り口を潜る。獲物の骨や皮を保管していた筈のそこには、数匹の魔物の死骸以外は無かった。
(ただ、なんだろうこの違和感は?
いつもと何かが違う)
周囲を見渡すと中央に「壺」が置かれている。後ろから、バタンと扉の閉まる音。瞬間壺から光が溢れ、建物の内部を覆い、薄い膜のように内部を包む。
「ハッハッハ!よくやったぞサジ!」
下卑た笑いを浮かべながら、リーダー格らしき男が出て来る。
それに合わせ柱の陰から人間たちが姿をあらわす。
(ひぃふぅみぃ...見えてるだけで7人。サジを加えて8人か)
「デヴォネア、これでいいんだろ!?ターニャとサニャを家に帰してくれ」
「まあまあ、焦るなよ。お前と一緒に「ソイツ」を狩ってからだろ」
一瞬の沈黙の後、サジが蒼弓に矢を番える。
それを合図にするかのように、周りの人間達が、武器を構え始めた。
「ハピネスフロッグ。ようやく俺の物になる時が来たようだなぁ...」
「ケロケロッ!」
(御免こうむる!)




